鉄球
休みの日の朝、クロードは朝食を終えて部屋へ戻ると、しばらくベッドに腰掛けていた。
窓から入る風に机の上の紙が揺れ、その音に顔を向ける。
机の脇には鉄球が置いてある。
クロードは机の前へ移るとノートを開いた。
《曲がる》を使った時と使わなかった時、右へ向けた時と左へ向けた時の記録が並んでいる。
頁を少し戻すと、丸い鉄球の絵が出てきた。
『外へ出ようとする雷を抑える』
『少し長く表面を走った』
『毎回同じではない』
その下には『雷鳴鋼なら?』とある。
注文した雷鳴鋼の鉄球はまだ出来ていない。
クロードは鉄球を両手で持ち上げ、ゆっくり回した。
前に試した時は、外へ出ようとする雷を抑えると長く残ったことがあった。
けれど次も同じにはならなかった。
この前、《放つ》だけで試した時も表面は走ったが、通る場所も長さも揃わなかった。
「同じように何回かやれば……」
新しい頁を開き、『普通の鉄球』と書く。
その下を二つに分けた。
『そのまま《放つ》』
『外へ出ようとする雷を抑える』
さらに横へ三つ書き足す。
『すぐ離れる』
『少し走る』
『長く残る』
三つの言葉を見比べてからノートを閉じ、読みかけの本を開いた。
◇
昼食を終えて部屋へ戻ると、クロードは朝の続きを読んでいた。
頁をめくったところで、机の脇の鉄球が目に入る。
昨日まで使っていた防護壁は、まだ実習場に残してもらっている。
「あっ、今からでもできる」
本を閉じ、ノートを鞄へしまうと鉄球を両手で持ち上げた。
休日の一年生用魔法実習場には、クロードの他にも何人かの生徒が来ていた。
カイル・ノルディアとヤンナ・チャウンが離れた場所で教本を開き、《印》の手順を確かめている。
カイルがクロードに気づいて手を上げた。
「クロード」
「こんにちは」
ヤンナも振り返る。
「クロードも練習?」
「うん、ちょっと確かめたいことがあって」
ヤンナが鉄球を見る。
「またそれ?」
「うん」
「休みなのに好きだね」
「二人も来てるじゃん」
カイルが笑った。
「それじゃ、お互い様だな」
クロードは二人と別れ、残してもらった防護壁のところへ向かった。
左右の壁の間から前方を見て、周囲の位置も確かめる。
カイルたちは離れた場所にいる。
前に使った絶縁板と浅い受けを使い、鉄球を置いた。
球が小さく揺れて止まる。
ノートを開き、朝に作った欄を見る。
今日は《曲がる》を使わない。
雷の量も変えない。
クロードは《印》を組んだ。
「《放つ》」
細い雷が鉄球へ触れる。
光は丸い表面を少し走り、途中から外へ飛び出して消えた。
『少し走る』のところへ印をつける。
少し間を空け、もう一度試す。
今度は触れた直後に枝分かれし、そのうち一本だけが短く表面を走った。
『すぐ離れる』。
三度目は、それより長く表面へ残った。
『長く残る』。
少し休んでから同じように続ける。
一回ごとに結果を書き、左側の欄へ印を増やしていく。
次は『外へ出ようとする雷を抑える』。
クロードは再び《印》を組んだ。
鉄球へ触れた雷が表面を走り、一本の枝が外へ伸びる。
そこへ意識を向ける。
光が揺れ、一本は飛び出したが、もう一本は球面へ残った。
そのまま少し先まで走って消える。
『長く残る』。
もう一度。
今度は抑えようとしたものの、ほとんどがすぐに外へ抜けた。
『すぐ離れる』。
「同じにはならない」
休憩を挟みながら二つを同じ回数だけ試していく。
頁が埋まると次の頁を開き、また結果を残す。
やがてクロードは鉛筆を止めた。
そのまま《放つ》方にも『長く残る』はある。
抑えた方にも『すぐ離れる』はある。
それでも『長く残る』につけた印は、抑えた方が多かった。
前の頁まで戻り、もう一度数える。
「抑えた方が長く残ることが多い」
そのままノートへ書いた。
続けて『毎回ではない』と加える。
クロードは二つの欄を見比べた。
前に一度だけ見えたものが、今日は何度も出ている。
「よし」
鉛筆を置き、鉄球を見る。
表面を走った雷は、やがて外へ飛び出して消える。
「出ていくなら……」
クロードは少し考える。
「出る前に次を入れたら?」
新しい欄を作った。
『続けて《放つ》』
一度しっかり休んでから右手を上げる。
《印》を組む。
「《放つ》」
細い雷が鉄球へ触れ、球面を走り始める。
枝の一部が外へ伸びる。
全部が離れる前に、クロードは次の《印》を組んだ。
二本目の雷が鉄球へ触れる。
先に走っていた光がまだ残る球面へ、新しい光が加わった。
「あっ」
二本は同じ場所を走らない。
それでも一発だけの時より、鉄球の表面に雷が見えている時間は長い。
やがて光がすべて外へ抜けて消えた。
クロードはすぐにノートへ書く。
『一発目が消える前に二発目』
『表面に雷がある時間が長い』
少し休む。
もう一度試す。
一発目を放つ。
外へ出始める前に二発目。
今度は二本が別々の方向へ走った。
一本は早く離れ、もう一本は少し長く残る。
それでも最後の光が消えるまでの時間は、一発だけの時より長かった。
「もう一回」
三度目も同じように続けて放つ。
経路はまた違う。
けれど球面から光がなくなるまでの時間は伸びた。
クロードはノートを見た。
「出ていく前に次が入るから……?」
鉄球へ目を戻す。
雷は入ってくる。
同時に外へ出ていく。
「入る方が多い間は、残るのかな」
ノートへ書く。
『出る前に次を入れる』
『表面に雷がある時間が長くなる』
その下へ少し間を空けて、
『通る場所は揃わない』
と加えた。
もう一組だけ試す。
一発目。
続けて二発目。
今度はさらに間を短くする。
鉄球の表面を何本もの細い光が走った。
そのうち何本かは外へ抜けるが、すぐにすべてが消えることはなかった。
クロードは目を離さず、その動きを追う。
やがて最後の一本が飛び出して消えた。
「やっぱり長い」
ノートへ手を伸ばしたところで、腕が重いことに気づく。
指を開いて閉じる。
一回ずつ間を空けていた時よりも、少し力が入りにくい。
離れたところではカイルとヤンナが片づけを始めていた。
「クロード、まだやる?」
カイルの声に顔を上げる。
クロードは腕をもう一度動かした。
「僕もそろそろ終わる」
「疲れた?」
ヤンナが聞く。
「うん、ちょっと」
「じゃあ、またね」
「またな」
「うん、またね」
二人が実習場を出ていく。
クロードは右手を休ませたままノートの前へ座った。
もう雷は放たず、午後につけた印を最初から見直していく。
そのまま《放つ》。
外へ出ようとする雷を抑える。
続けて《放つ》。
三つの結果を頁ごとに見比べる。
『抑えた方が長く残ることが多い』
『毎回ではない』
『続けて入れると、表面に雷がある時間が長くなる』
『通る場所は揃わない』
クロードは何度か頁を戻した。
一度書いた言葉を消し、別の場所へ書き直す。
もう一度数える。
また前の頁を見る。
「クロードー」
声がして、ようやく顔を上げた。
実習場の入口に見回りの教師が立っている。
「まだいたのかー」
クロードは周囲を見た。
さっきまでいた生徒たちは誰もいない。
陽はかなり傾き、防護壁の影が地面を長く伸びていた。
「……もうこんな時間?」
「そろそろ戻れよー」
「はい」
クロードは開いていたノートを見る。
「全然気づかなかった」
教師が少し笑った。
クロードもノートを閉じ、鉄球を持ち上げた。
◇
夕食を終えたあと、クロードは自室でもう一度ノートを開いた。
机の脇には鉄球が戻っている。
午後の記録を順番に見直し、新しい頁へ書く。
『普通の鉄でも雷は表面を走る』
『外へ出ようとする雷を抑えると、長く残ることが多い』
『毎回ではない』
少し下へ続ける。
『消える前に次を入れると、表面に雷がある時間が長くなる』
『でも通る場所は揃わない』
クロードは五つの行を読み返した。
普通の鉄球でも、前より長く雷を残す方法は見えてきた。
それでも同じ場所へ安定して沿わせることはできない。
最後に一行書き足す。
『雷鳴鋼でも同じ条件で比べる』
クロードは鉛筆を置き、ノートを閉じた。




