角の無い形
翌朝、クロードは昨日のノートをもう一度開いた。
四角の隣に描いた丸と、その下の一文が目に入る。
『角がない形ならどうなる?』
昨日使ったのは鉄の板だった。
雷は二度とも短い距離だけ表面を走り、途中で外へ飛び出した。
二度目は角の近くだった。
けれど、角が原因なのかは分からない。
それを確かめるなら、次に変えるものは一つだけでいい。
クロードは丸の横へ書いた。
『鉄のまま』
その下に、
『形だけ変える』
と続ける。
鉄から別の素材へ変えてしまえば、雷の動きが変わっても何が原因なのか分かりにくくなる。
今知りたいのは素材の違いではない。
角がある形と、角がない形で何か変わるのか。
クロードは丸を指でなぞった。
「鉄の球……」
問題は、それをどうやって用意するかだった。
◇
次の魔法実習で、クロードはガンザスへノートを見せた。
「次は、鉄の球で試してみたいです」
「球かー」
ガンザスは丸の絵を見る。
「なんで鉄なんだ?」
「昨日使ったのが鉄だったからです」
クロードは四角と丸を順番に指した。
「素材まで変えると、形が変わったから違うのか、素材が変わったから違うのか分からなくなるので」
「なるほどなー」
ガンザスは頷いた。
「鉄のまま、角だけなくすわけか」
「はい」
「球はあるのか?」
「ないです」
「だよなー」
ガンザスは少し笑った。
実習場に、ちょうどいい鉄の球が転がっているわけではない。
「用意できたら、また持ってこい」
「試していいんですか?」
「前と同じだ」
ガンザスはクロードを見る。
「持ってきたら、まず俺に見せろよー」
「はい」
話が終わると、クロードはいつもの練習場所へ戻った。
今日は昨日のような別の実験はない。
右手へ雷を集め、《丸くする》の《印》を始める。
結果は変わらなかった。
雷は少しまとまっても、やはり丸くはならない。
それでもクロードは何度か繰り返し、授業を終えた。
◇
昼休み、クロードはノーゼスとエクリアに鉄球の話をした。
「じゃあ、昨日の板を丸くしたやつを使うのか?」
ノーゼスがパンを持ったまま聞く。
「うん」
「鉄のままで?」
「そのつもり」
エクリアが首を傾げた。
「どうして鉄のままなの?」
「昨日と違うのを形だけにしたいから」
クロードが答えると、エクリアは少し考えて頷いた。
「素材まで変えたら、どっちで変わったのか分からなくなるものね」
「そう」
「でも鉄の球なんて、どこで手に入れるんだ?」
ノーゼスが聞く。
「作ってもらう」
「誰に?」
「前に魔法の試験で使う的を作ってもらった鍛冶師さん」
ノーゼスの目が少し大きくなる。
「鍛冶屋?」
「王都にあるよ」
「行ってみたい」
返事が早かった。
クロードがノーゼスを見る。
「工房に?」
「うん」
ノーゼスは当然のように頷く。
「鉄を丸くするんだろ?」
「僕がやるわけじゃないけど」
「それでも見たい」
エクリアも二人を見ながら口を開いた。
「私も行っていい?」
「もちろん」
「どうやって注文するのか、ちょっと気になるわ」
こうして次の休日、三人でゴルダの工房へ行くことになった。
◇
休日の王都を三人で歩き、クロードは以前訪れた工房へ向かった。
近づくにつれて、金属を打つ音が聞こえてくる。
ノーゼスが歩きながら何度も工房の方を見る。
「もう聞こえるな」
「中はもっとすごいよ」
クロードが答える。
「炉もいくつかあるし、道具もいっぱいある」
「クロード、前に来た時も全部見たの?」
エクリアが聞く。
「見たかったけど、仕事の邪魔になるから見てないところもある」
「意外」
「なんで?」
「止められるまで見に行きそうだから」
クロードは少し黙った。
「……前も行きかけた」
エクリアが小さく笑い、ノーゼスも笑った。
工房へ入ると、熱気と金属の匂いが三人を迎えた。
ノーゼスの視線がすぐに奥へ向かう。
クロードもつられて見そうになったが、今回は先に目的を思い出した。
入口近くから中を見渡し、見覚えのある男を探す。
「ゴルダさん」
呼ばれたゴルダが振り向いた。
クロードを見ると、少し眉を上げる。
「またお前か」
「はい」
「今日は何だ」
「加工をお願いしたくて」
ゴルダの視線がノーゼスとエクリアへ移る。
クロードは二人を順番に紹介した。
「同じクラスのノーゼスとエクリアです」
「ノーゼスです」
「エクリア・ファインザードです」
ゴルダは二人へ軽く頷き、またクロードを見る。
「で、何を作る?」
クロードは持ってきた紙を広げた。
そこには四角い板と、その隣に丸が描いてある。
「鉄の球です」
ゴルダが紙を見る。
「球?」
「はい」
「どれくらいだ」
クロードの口が止まった。
球にすることしか考えていなかったわけではない。
小さすぎれば雷がどこを走ったのか見づらい。
大きければ見やすくなる。
けれど、大きくすれば鉄はその分重くなる。
「……これくらい?」
クロードは両手で大きさを作ってみた。
ゴルダがその手を見る。
「それでいいのか?」
「表面を見たいので、小さすぎない方がいいです」
「何を見る」
「雷が表面をどう走るかです」
ノーゼスが横から紙を覗き込む。
「昨日、四角い鉄の板でやったんだ」
「それで角のところから外に出たの」
エクリアも続ける。
「だから今度は、角がないものでも同じようになるのか試すんです」
ゴルダは三人の話を聞き終えると、もう一度クロードが作った大きさを見る。
「無垢で作ったら重いぞ」
「むく?」
ノーゼスが聞き返した。
「中まで全部鉄ってことだ」
ゴルダが答える。
ノーゼスはクロードの手が作っている大きさを見た。
「それ、重いのか?」
「鉄だからな」
クロードも同じ大きさを見直した。
持ち上げられないほどではなくても、寮から実習場まで自分で運ぶことを考えれば軽い方がいい。
けれど、小さくしてしまえば今度は表面を観察しにくくなる。
そこで以前作ってもらった的を思い出した。
「あ」
クロードはゴルダを見る。
「前の的みたいに、いらないところを減らせませんか?」
ゴルダが少し目を細める。
「どこを残す」
クロードは紙の丸へ指を置いた。
「外側です」
「全部か?」
「はい」
今回は雷が表面をどう走るかを見る。
外側に大きな穴や溝があれば、その形まで条件に入ってしまう。
「表面は丸いまま残したいです」
クロードは丸の内側を指した。
「でも、中まで全部鉄じゃなくてもいいです」
ゴルダは紙を見る。
「中を軽くしろってことか」
「できますか?」
「できるかどうかと、どこまで減らしていいかは別だ」
以前にも似たことを聞いた気がして、クロードは頷いた。
ゴルダが続ける。
「外だけ残して薄くしすぎりゃ、今度はへこむ」
「じゃあ、へこまないくらいは残す?」
ノーゼスが聞いた。
「そういうことだ」
「中が空いてても、外が同じならいいの?」
今度はエクリアがクロードへ聞く。
クロードは少し考えた。
「今回見たいのは表面だから、それでいいと思う」
「でも中が違ったら、雷の動きも変わらないの?」
エクリアの言葉に、クロードの返事が止まった。
丸い表面しか見ていなかった。
中まで詰まっているかどうかが、雷の動きに関係しないとはまだ分からない。
「……分からない」
クロードは正直に答えた。
「じゃあ、いいの?」
「うーん」
クロードは紙を見る。
条件を一つだけ変えるなら、本当は昨日の鉄板と同じような状態にしたい。
けれど、鉄板と鉄球ではそもそも形が違う。
厚みまで完全に同じ条件にはできない。
それでも、今知りたいこと全部を一度に確かめる必要はない。
「まずは持っていけて、表面を見られるものがほしい」
クロードは顔を上げた。
「中が空いてることで違いが出るかは、そのあと必要になったら考える」
エクリアは少しだけ考え、それから頷いた。
「分からないことを、また一つ残すのね」
「うん」
ノーゼスが笑う。
「また増えたな」
「増えた」
クロードも少し笑った。
ゴルダはそんな三人を見てから、紙を手元へ引き寄せた。
「なら、外の球面は残す」
指で丸の外側をなぞる。
「持ち運べる重さにするため、中は必要な分だけ減らす」
今度は内側を指した。
「ただし、形が保てる分は残す」
「はい」
「作り方はこっちで決めるぞ」
「お願いします」
ゴルダはクロードが最初に示した大きさをもう一度確認し、少しだけ小さい大きさを手で示した。
「このくらいなら、表面も見えて、お前でも運べるだろ」
クロードはその大きさを見た。
片手の中へ隠れてしまうほど小さくはない。
けれど、抱え込まなければ動かせないほど大きくもない。
「それでお願いします」
「決まりだな」
ゴルダが紙へ何かを書き込んでいく。
ノーゼスはその手元を覗き込み、エクリアは工房の奥と紙を交互に見ていた。
「いつできますか?」
クロードが聞く。
ゴルダが仕事の予定を確認してから、受け取りの日を伝える。
クロードは代金の話も聞き、頷いた。
これで注文は終わった。
工房を出ると、さっきまで響いていた金属音が少し遠くなる。
ノーゼスが振り返った。
「面白かったな」
「まだ何も作ってるところ見てないけど」
エクリアが言う。
「でも中が全部同じじゃなくても、必要なところを残せば作れるのね」
クロードは工房を振り返った。
外側は残す。
中は必要な分だけ減らす。
今回必要なのは、雷が走る球面と、持ち運べることだった。
完成したら、昨日と同じ鉄で試せる。
違うのは形。
四角ではなく、角のない形。
クロードはノートに書いた言葉を思い出した。
『角がない形ならどうなる?』
その答えを見るための物が、ようやく形になり始めた。




