表面を走る?
次の魔法実習を前に、クロードは机の上でノートを開いていた。
前に書いた候補が並んでいる。
『木』
『石』
『鉄』
『鉛』
『アルミ』
その少し上には、丸い物の表面を走る雷の絵があった。
『丸いものの表面を雷が走る?』
クロードはその絵をしばらく見ていた。
何で作ればいいのかを考えようとして、ふと鉛筆が止まる。
「……丸くなくてもいい?」
今知りたいのは、どの素材で球を作ればいいのかではない。
そもそも雷が物の表面を走ることがあるのか。
それなら、最初から丸い物を用意する必要はなかった。
四角くても表面はある。
平らなところも、端も、角もある。
雷を触れさせて、そのあとどう動くのかを見ればいい。
クロードは丸い絵の隣に四角を描いた。
その表面へ一本の線を引く。
途中までは四角に沿わせ、端から先だけ外へ伸ばした。
「これなら先に試せるかも」
ただし、試すなら自分で勝手に始めるわけにはいかない。
ノートを閉じたところで、実習開始を知らせる声が聞こえた。
◇
実習場へ移動すると、生徒たちはそれぞれ準備を始めた。
クロードはすぐに練習へ入らず、ガンザスのところへ向かった。
「先生」
「んー?」
「少し試してみたいことがあるんですけど、いいですか?」
ガンザスがクロードを見る。
「《丸くする》じゃないやつか?」
「はい」
「何するんだ?」
クロードは持ってきたノートを開き、昨夜描いた四角を見せた。
「雷を物に当てたあと、表面をどう動くのか見たいんです」
「表面?」
「はい」
クロードは四角の線を指でなぞる。
「丸くしようとしても雷は動き続けるので、動くのを止めないで、物の形に沿わせられないかと思って」
ガンザスが絵を見る。
「最初は丸いやつで試すのか?」
「いえ」
クロードは首を横へ振った。
「表面を走るかどうかだけなら、四角くても分かると思います」
「なるほどなー」
ガンザスは少し考えてから、実習場の端へ目を向けた。
「まず一個で見るか」
「いいんですか?」
「俺が横で見る」
それからクロードへ視線を戻す。
「ただし、今日は走るかどうかを見るところまでな」
「はい」
ガンザスが用意したのは、四角い鉄の板だった。
特別な形ではなく、平らな面といくつかの角がある。
クロードは板を見ながら、実習場の端へ移動した。
その様子に、近くにいた生徒たちが気づき始める。
「クロード、今日そっちでやるのか?」
ノーゼスが土を手元へ集めながら聞いた。
「うん、ちょっと試したいことがあって」
「《丸くする》じゃないの?」
今度はエクリアが聞く。
「それも続けるけど、今はこっちを見てみる」
「先生に聞いたの?」
「聞いたよ」
エクリアはガンザスを見て、それ以上は何も言わなかった。
周りからも何人かがこちらを見ていた。
一人だけ違う物を前に置いていれば、気になるのも当然だった。
けれどクロードが雷の《丸くする》でずっと苦戦していることは、もう同じクラスなら誰でも知っている。
しばらくすると、多くの生徒は自分の練習へ戻っていった。
「できないから、とうとう別のことを始めたのか?」
声がして、クロードは振り返った。
ザナトスだった。
クロードは少し考えてから頷く。
「うん」
「……は?」
「分からないから、別のやり方も試してる」
ザナトスが一瞬黙る。
「《丸くする》はできてないんだろ?」
「できてないよ」
「だったら先にそっちをできるようにした方がいいんじゃないのか?」
「そっちも練習するよ」
クロードは鉄の板を見る。
「でも、こっちも分からないから」
ザナトスは何か言いかけたが、結局口を閉じた。
「……好きにしろよ」
そう言って、自分の場所へ戻っていく。
クロードは首を傾げたあと、もう一度鉄板へ向き直った。
「いいかー?」
ガンザスが少し離れた場所から声をかける。
「はい」
クロードは右手を上げた。
いつも使っている低い出力で雷を出す。
狙うのは鉄板の中央付近。
雷が走る。
細い光が鉄へ触れた。
「……あ」
そこで消えなかった。
触れた場所から横へ細い光が伸びる。
ほんの短い距離だった。
表面を這うように走った雷は、そのまま板の端へ近づく。
次の瞬間、外へ弾けるように飛び、消えた。
クロードは右手を下ろしたまま鉄板を見る。
「今……」
「表面を走ったようには見えたなー」
ガンザスも鉄板を見ている。
クロードはすぐにノートへ目を落としかけ、やめた。
まだ一回だけだ。
「もう一回やっていいですか?」
「同じくらいでな」
「はい」
もう一度、中央付近を狙う。
雷が鉄板へ触れる。
今度はさっきと少し違う方向へ光が走った。
真っ直ぐではない。
細く枝分かれしながら表面を進み、そのうち一本が角に近づいた。
パチッと音がする。
光が角の近くから外へ飛び出し、空中で消えた。
「……また外に出た」
クロードは鉄板を見る。
表面を走った。
けれど、ずっとそこにいるわけではない。
同じところを走ったわけでもない。
一回目と二回目では、進んだ方向も違っていた。
「角から出た?」
クロードが呟く。
「そう見えたな」
ガンザスが答える。
「角だからですか?」
「そこまでは分からんなー」
「ですよね」
クロードは頷いた。
一度なら偶然かもしれない。
二度目も角の近くだったとしても、それだけで決めるには早い。
ただ、昨日まで分からなかったことが一つだけ見えた。
雷が物へ触れたあと、その場ですぐ消えるとは限らない。
表面を走ることがある。
「今日はそこまでにしとけー」
「はい」
クロードは素直に手を下ろした。
鉄板を眺めてから、自分の練習場所へ戻る。
まだ実習の時間は残っている。
今度はいつも通り、《丸くする》の《印》を始めた。
◇
その日の夜、クロードはノートへ四角を描いた。
中央に雷が触れた場所をつけ、そこから表面へ線を伸ばす。
一本目。
その下へ、二本目。
進んだ方向は違う。
どちらも途中で外へ出た。
『表面を少し走った』
『同じ道ではない』
『途中で外へ出た』
書いたあと、二回目の線を見る。
外へ伸びたのは角の近くだった。
クロードはその場所へ小さな丸をつける。
『角の近く?』
疑問符をつけた。
まだ分からない。
角があったから外へ出たのかもしれない。
角がなくても同じように外へ飛ぶのかもしれない。
それを確かめるには。
クロードは四角の隣へ、丸を一つ描いた。
角がない。
鉛筆の先で、その外側を一周なぞる。
「……こっちなら?」
丸の表面を雷が走るところを想像する。
途中で外へ飛ぶかもしれない。
一か所へ集まるかもしれない。
何も変わらないかもしれない。
でも今度は、試してみたい理由が前よりはっきりしていた。
クロードは丸の下へ書いた。
『角がない形ならどうなる?』
その一文を見てから、昨日のページへ戻る。
『何で作る?』
まだ、その答えは出ていない。
けれど考える順番は、少しだけ見えてきた。




