形を借りる
数日後の魔法実習でも、クロードの雷は丸くならなかった。
右手へ雷を集め、《丸くする》の《印》を続ける。
前のように、最初から散るものだとは決めつけない。
外へ広がらないように意識すると、細い雷の何本かが手元の近くを走った。
以前より少しだけまとまっている。
けれど、それだけだった。
一本が横へ伸びる。
別の一本がそれとは違う方向へ走り、形が崩れる。
「……やっぱり丸くならない」
クロードは手を下ろした。
前回だけの偶然ではなさそうだった。
考え方を変えれば、現れ方は少し変わる。
それでも雷そのものが丸い形になるわけではない。
少し離れた場所では、ノーゼスが土を動かしていた。
形が崩れかけるたびに手を動かし、もう一度まとめ直している。
反対側ではエクリアの水が空中で揺れていた。
水は流れる。
土は崩れる。
それでも二人は、それぞれの性質を残したまま形を作っている。
クロードは自分の右手を見る。
雷は走る。
枝分かれする。
止まって一つの塊になるようなものではない。
なら。
そこまで考えたところで、クロードは首を傾げた。
今までずっと、雷そのものを丸い形へ変えようとしていた。
教本の《丸くする》を練習するなら、それは続けなければならない。
けれど、自分が雷を使う時まで、全部同じ方法で形を作る必要があるのだろうか。
「クロードー」
ガンザスの声が飛んでくる。
「考えるのはいいけど、今は手も動かせよー」
「あ、はい」
クロードは慌てて右手を上げた。
今は授業中だ。
考えるのはあとでもできる。
もう一度《丸くする》の《印》を始めた。
◇
その日の夜、クロードは自室でノートを開いた。
最近書いたページを一枚ずつ戻る。
枝分かれした雷。
その隣に描いた丸。
『僕は雷を、散るものだと思ってる?』
次のページには、
『雷そのものの性質は変わらない?』
と書いてある。
クロードはしばらくその言葉を見ていた。
雷の性質を変えない。
そう考えると、今まで描いていた丸が少し違って見えた。
新しいページを開き、丸を一つ描く。
その内側へ、枝分かれした雷を詰めるように線を引いていく。
今まで考えていた形だった。
雷そのものを集めて、丸くする。
描き終える前から、実習で何度も見た崩れ方が浮かんでくる。
外へ走る。
枝分かれする。
一つにまとまらない。
クロードはその隣へ、もう一つ丸を描いた。
今度は少し考えてから、丸の外側へ雷を描いた。
一本の線が表面をなぞるように進み、途中で二つに分かれる。
分かれた線も、丸から離れず別の方向へ走る。
さらに線を足す。
右へ。
下へ。
反対側へ。
じっと止まっている線ではない。
丸い物の表面を、雷が絶えず走っている。
クロードの鉛筆が止まった。
「……これなら」
言葉にしてから、すぐに続ける。
「いや、できるかは分からないけど」
丸い物に触れた雷が、その表面を走るとは限らない。
途中で外へ飛び出すかもしれない。
一か所へ向かうかもしれない。
何が起きるのかは、まだ分からない。
でも今描いた雷は、雷の形そのものを変えてはいなかった。
枝分かれしている。
動いている。
それでも走る場所が丸い物の表面なら、全体として見た時には丸い形に沿っている。
「雷が丸くなるんじゃなくて……」
クロードは絵の上へ指を置いた。
「丸いところを走る?」
昔、父上の剣へ炎が纏っているのを見た時、自分も雷を何かに使えないかと考えたことがあった。
けれど今回考えていることは、あの時に思った「そこへ留めておく」のとは少し違う。
雷を止めたいわけではない。
止まったら、むしろ自分が思っている雷とは違う。
走っていていい。
動き続けていていい。
その動く場所だけを、物の形に沿わせる。
クロードは二つ目の丸をもう一度見る。
「形を借りる……?」
丸い形を雷に作らせるのではなく、最初から丸い物を用意する。
雷はその表面を走る。
そうすれば、雷そのものの性質を変えなくてもいいかもしれない。
もちろん、実際にそうなるかは分からない。
クロードは絵の下へ書いた。
『丸いものの表面を雷が走る?』
少し眺めてから、その下へもう一つ書く。
『雷は動いたまま』
書き終えたところで、今度は別の疑問が浮かんだ。
丸いもの。
何で作る。
クロードは少し間を空けて候補を書いていく。
『木』
『石』
『鉄』
そこで一度止まり、さらに続ける。
『銅』
『アルミ』
並べただけで、どれがいいのかは分からない。
以前、素材を変えて雷の行き先を調べた時も、結果は同じではなかった。
同じ形に揃えても、素材が違えば雷の向かい方に差が出ることがあった。
今回も、丸ければ何でも同じとは限らない。
木の表面を走るのか。
石ならどうなるのか。
鉄と銅とアルミでは違うのか。
そもそも、どれか一つでも思ったように表面を走るのか。
「……増えたな」
答えではなく、分からないことが増えた。
クロードは少しだけ笑った。
でも嫌ではなかった。
さっきまで見ていたのは、丸くならない雷だけだった。
今は、その雷を丸くしなくても使えるかもしれないという別の見方がある。
候補のどれにも印はつけなかった。
まだ選べるだけの理由がない。
最後に一行だけ書く。
『何で作る?』
クロードは鉛筆を置いた。
《丸くする》はまだできない。
丸い物の表面を雷が走るかも分からない。
素材も決まっていない。
それでも、雷そのものを変えなければならないと思っていた時より、少しだけ先が見える気がした。
クロードはノートを閉じた。
雷は雷のままでいい。
もし形が必要なら、その形を別のものから借りればいいのかもしれない。




