どう見えてる?
休日が終わり、クロードはいつものように朝の教室へ入った。
まだ授業が始まるまで少し時間があり、教室のあちこちで生徒たちが話している。
自分の席へ向かうと、先に来ていたノーゼスが机へ肘をついていた。
「おはよう」
「おはよ」
鞄を置き、クロードも席へ座る。
教本を出そうとして、手が止まった。
昨日ノートへ書いた言葉が頭に浮かぶ。
『じゃあ、他の人は魔法をどう思ってる?』
クロードは隣を見る。
「ねえ、ノーゼス」
「ん?」
「土って、どんなものだと思ってる?」
ノーゼスが黙った。
そのまま数秒、クロードを見る。
「……土?」
「うん」
「土は土だろ?」
「そうだよね」
クロードが頷くと、ノーゼスの眉が寄った。
「なんで聞いたんだよ」
「僕もどう聞けばいいのか分からなくて」
「聞いた方も分かってないのかよ」
ノーゼスが笑う。
クロードも少し笑ってから、言葉を探した。
「魔法を使う時の話」
「魔法?」
「ノーゼスが土を丸くする時とか、壁にする時って、土をどうしようって考えてる?」
今度はノーゼスもすぐには答えなかった。
自分の右手を見て、少し指を動かす。
「丸くする時は……丸くする」
「うん」
「壁なら、こう……」
ノーゼスが両手を少し広げる。
「下から出して、倒れないようにする感じ?」
「倒れないように?」
「うん」
「土を硬くしようって思ってる?」
「硬くっていうか……崩れないように?」
言いながら、ノーゼス自身も首を傾げた。
「なんだこれ、説明しにくいな」
「普段は考えない?」
「そこまで考えてない」
ノーゼスは机へ手を戻した。
「出して、動かして、こうしたいって思うだけ」
「こうしたい」
クロードはその言葉を繰り返した。
「何の話?」
声がして振り返ると、エクリアが立っていた。
「クロードが変なこと聞いてくる」
「変なこと?」
「土って何だと思ってるって」
エクリアがクロードを見る。
「……土?」
「やっぱりそうなるよね」
「どういう意味?」
クロードは今度は最初から聞き方を変えた。
「エクリアが水魔法を使う時、水をどんなものだと思ってる?」
「どんなもの……」
エクリアは自分の席へ鞄を置きながら考える。
「水は、水でしょう?」
「うん」
「流れるし、入れ物が変われば形も変わるし」
そこでエクリアが少し止まった。
「でも魔法の時は、形を作ろうと思えば作れるわね」
「丸くする時は?」
「丸くする時?」
エクリアは右手を軽く丸めた。
「水を集めて、外へ流れないようにする感じかしら」
クロードはノーゼスを見る。
「ノーゼスは?」
「俺?」
「土を丸くする時」
「外に流れるって感じはないな」
「土だもの」
エクリアが言う。
「水とは違うでしょう?」
「だよな」
二人にとっては当たり前らしい。
けれどクロードには、その違いが妙に気になった。
同じ《丸くする》を使っている。
同じように丸い形を作る。
それでも、二人が考えていることは同じではない。
ノーゼスは崩れないようにする。
エクリアは流れないようにする。
「クロードは?」
エクリアに聞かれ、クロードは顔を上げた。
「僕?」
「私たちに聞いてるんだから、クロードは雷をどう思ってるの?」
昨日描いた枝分かれした線が浮かんだ。
「一瞬で走って」
クロードは自分の手を見る。
「枝分かれして、広がって……散るものだと思ってた」
「思ってた?」
ノーゼスが聞き返す。
「今もそう見えるよ」
「じゃあ同じじゃないか」
「うん。でも、それしかないと思ってたのかもしれない」
ノーゼスとエクリアが顔を見合わせる。
クロード自身も、うまく説明できている気はしなかった。
ただ昨日までとは少し違う。
雷が散るように見えることと、雷は必ず散らなければならないと思うことは、同じではない気がした。
授業開始を知らせる声がして、三人は話を止めた。
◇
魔法実習の時間になると、クロードは右手を上げた。
細い雷が手元へ集まる。
いつもなら、そのまま《丸くする》の《印》へ進む。
今日は一度だけ止まった。
朝の会話を思い出す。
ノーゼスは崩れないように。
エクリアは流れないように。
では、自分は。
雷を散らさないようにする。
そう考えてから、《印》を続けた。
手元で揺れていた細い光が動く。
いつものようにすぐ外へ飛び出すと思った。
けれど、少し違った。
「……あれ?」
枝分かれしていた光の何本かが、いつもより手元の近くへまとまっている。
完全に一つになったわけではない。
それでも、外へ伸びる線が少しだけ短い。
クロードは右手を動かさず、そのまま見た。
丸く。
頭の中に丸を思い浮かべる。
雷そのものを、一つの丸へ集める。
細い光が手の上で曲がった。
いつもよりまとまる。
「……」
クロードの目が少し大きくなる。
次の瞬間、端から一本の光が外へ走った。
それをきっかけに残っていた雷も崩れ、パチッと音を立てて消える。
「……駄目か」
けれど、さっきまでとは違った。
クロードはすぐにもう一度試した。
雷を集める。
散るものだと決めつけない。
外へ広がらないように。
丸い形を意識する。
今度も、少しだけ光の散り方が変わった。
枝分かれがなくなるわけではない。
細い雷は何本かに分かれたまま、手元の近くを走っている。
そのうちの一本が外へ伸びる。
続いて別の一本も飛び出した。
形は崩れた。
「丸くならない……」
変化はある。
けれど水のように丸く集まるわけでも、土のように形を保つわけでもない。
クロードは消えた雷を見つめた。
もう一度やれば、もっと変わるかもしれない。
そう思ったところで、少し離れたガンザスと目が合った。
「クロードー、続けるなら一回休めよー」
「はい」
クロードは素直に手を下ろした。
休みながら、今の雷を思い返す。
考え方を変えたら、少しだけ変わった。
なら、昨日読んだことはまったく関係がないわけではないのかもしれない。
けれど丸くはならなかった。
丸くしようとしても、雷は途中から外へ走ろうとする。
クロードは自分の右手を開いた。
水は流れる。
土は崩れる。
だからエクリアもノーゼスも、それぞれのものを扱いながら形を作っていた。
だったら雷にも、雷のまま変わらないものがあるのかもしれない。
考え方を変えれば、現れ方は少し変わる。
でも、雷そのものを別の性質にはできない。
「……雷は雷のまま?」
答えはまだ分からない。
クロードはそれ以上試さず、他の生徒たちの魔法を見ることにした。
◇
その日の夜、クロードは自室でノートを開いた。
昨日の最後に書いた一文がある。
『じゃあ、他の人は魔法をどう思ってる?』
その下へ、今日聞いたことを書いていく。
『ノーゼス 土の壁は崩れないようにする感じ』
『エクリア 水は外へ流れないようにする感じ』
少し考えてから、その下へ続けた。
『同じ《丸くする》でも、考えてることは同じじゃない』
次に、今日の自分の雷を思い出す。
『雷を散らさないように考えてみた』
『少しだけ変わった』
『でも丸くはならない』
クロードはそこでペンを止めた。
変わった。
そこは昨日までと違う。
でも、それだけでは足りなかった。
枝分かれした雷の絵を描き、その隣へ丸を描く。
昨日と同じ二つの形。
今度は、その間へ一本の矢印を書いた。
『雷そのものの性質は変わらない?』
書いたあと、しばらく眺める。
もしそうなら。
雷を別のものに変えるのではなく、雷のままで丸い形にする方法を考えなければならない。
クロードはその考えをまだ文章にはしなかった。
今分かったのは、そこまでではない。
ノートを閉じる。
できなかったことは変わっていない。
それでも今日は、昨日とは少し違う失敗だった。




