魔法とは?
魔法実習が始まると、クロードはいつものように周囲を確かめてから右手を上げた。
細い雷を手元へ集め、《丸くする》の《印》へ進む。
形を作ろうとしたところで、雷が外へ弾けた。
パチッ、と小さな音が残る。
「……駄目か」
何度か繰り返しても結果は大きく変わらなかった。
クロードは一度手を下ろし、息を整える。
昨夜ノートへ書いた言葉が頭に残っていた。
『僕は、魔法のことをどれくらい知ってる?』
教本は読んでいる。
授業も受けている。
それでも昨日、ジグレニスドという名前すら知らなかった。
素材だけではない。
魔法についても、自分が知らないことはまだあるのかもしれない。
そんなことを考えながら顔を上げると、少し離れたところでザナトスが火を浮かせていた。
丸くまとまった火が宙に留まり、その表面が細かく揺れている。
その近くではガレスも火を扱っていた。
同じ火属性だった。
二人とも最初に火を丸くまとめている。
けれど見比べてみると、同じには見えなかった。
ザナトスの火は輪郭を残したまま細かく揺れ、ガレスの火はそれより大きく表面が動いている。
大きさも少し違う。
「……同じ火なのに」
今までなら、誰がどこまで進んでいるのかくらいしか見ていなかった。
クロードは今度は別の方を見る。
エクリアが水を手元へ集めていた。
丸くまとまった水がゆっくり手から離れる。
少し離れたところでは、ピアも水の《空中浮遊》を練習していた。
こちらも同じ水属性だ。
それなのに、二人の水もよく見ると少し違っていた。
水なのだから、どちらも透明で丸い。
けれど表面の動き方も、形を保っている時の揺れ方も完全には同じではない。
クロードはもう一度ザナトスとガレスを見る。
同じ属性。
同じ魔法。
使う《印》も同じはずだった。
それでも違う。
「何見てるんだー?」
横から声がして、クロードは顔を上げた。
ガンザスが立っている。
「みんなの魔法です」
「自分の練習はどうした?」
「休憩してました」
「ならいい」
ガンザスも周囲へ目を向ける。
クロードは少し迷ってから聞いた。
「先生」
「ん?」
「同じ属性でも、魔法って人によって違うんですか?」
ガンザスはクロードが見ていた方へ顔を向けた。
「違うぞー」
「同じ《印》でも?」
「同じ属性で同じ魔法なら《印》は同じだ」
「じゃあ、どうして違うんですか?」
ガンザスは少し考えてから、自分の胸元を指した。
「魔力はここから出てくるだろ?」
「はい」
「なら、使う奴が違えば魔力だって少しずつ違う」
クロードは自分の胸を見る。
「魔力が違う……」
「血だって、みんな同じように流れてるけど、中まで全部同じってわけじゃないだろー?」
ガンザスが笑う。
「魔力も似たようなもんだ」
言われてみれば、同じ属性を持っているからといって、人まで同じになるわけではない。
クロードはもう一度周りの魔法を見る。
「じゃあ、その違いって魔法にどれくらい出るんですか?」
「んー?」
ガンザスが腕を組んだ。
少し考えたあと、首を傾げる。
「そこまでは俺も分からんなー」
クロードは顔を上げた。
「先生でも?」
「先生だって分からんことくらいあるぞー」
ガンザスは当たり前のように答えた。
その時、離れたところから別の生徒がガンザスを呼んだ。
「はーい、今行くぞー」
返事をしてから、ガンザスがクロードを見る。
「休憩終わったら、お前も戻れよー」
「はい」
ガンザスはそのまま歩いていった。
クロードはしばらくその背中を見送った。
先生にも分からない。
だったら、今見えている違いが魔力そのものによるものなのか、それとも別の理由なのかもまだ分からない。
クロードは右手を上げた。
もう一度雷を集める。
今度は《印》へ進む前に、手元の雷を少しだけ見た。
細い光が何本にも分かれながら揺れている。
これも、自分だからこうなっているのだろうか。
考えても答えは出なかった。
クロードは《丸くする》の《印》へ進む。
雷はやはり形になる前に弾けた。
◇
その日の授業がすべて終わり、クロードが教本を鞄へしまっていると、隣からノーゼスが声をかけてきた。
「クロード」
「なに?」
「今日も壁作るか?」
クロードは手を止めた。
ノーゼスはもう鞄を肩へ掛けている。
「今日は図書館に行こうと思ってる」
「図書館?」
「うん」
「雷の本?」
クロードは少し考えてから首を横に振った。
「魔法のこと」
「魔法?」
「今日みんなの魔法見てたら、同じ属性でも少しずつ違ってたんだ」
ノーゼスが自分の手を見る。
「俺とレクシアも?」
「たぶん」
「たぶんかよ」
「ちゃんと見てなかったから」
ノーゼスが笑った。
それから少しだけ考えるように黙り、教室の外へ目を向けた。
「じゃあ、俺一人でやってみようかな」
「壁?」
「うん」
ノーゼスが頷く。
「前よりは作れるようになってきたし」
「無理しないでね」
「分かってるって」
そこへ帰り支度を終えたエクリアがやってきた。
「二人で何の話?」
「ノーゼスが壁の練習するって」
クロードが答えると、エクリアはノーゼスを見る。
「今日も?」
「今日は一人でやってみようかなって」
「一人で?」
エクリアが少し考える。
「じゃあ私が見張りになってあげる」
「見張り?」
ノーゼスが嫌そうな顔をした。
「また疲れてるのに続けないように」
「今日は大丈夫だって」
「この前も肩が痛いって言ってたでしょう」
「もう平気」
「なら見張られてても困らないでしょう?」
ノーゼスが口を開いたまま止まる。
クロードは思わず笑った。
「何笑ってんだよ」
「別に」
「絶対何かあるだろ」
エクリアも笑いながら鞄を持った。
「先に先生へ聞きに行きましょう」
「分かってるよ」
ノーゼスが教室を出ようとして、途中で振り返る。
「クロードは図書館?」
「うん」
「じゃあ、またな」
「またね」
三人は廊下へ出ると、途中で別れた。
ノーゼスとエクリアは教師へ実習場を使ってよいか聞きに行き、クロードは一人で図書館へ向かった。
◇
図書館へ入ると、クロードは並んだ本棚を見上げた。
以前にも何度かここで魔法について調べている。
自分で何冊も探し回って、それからもっと早い方法を知った。
クロードは本棚へ向かわず、先にムリヌ・ファルテスを探した。
少ししてカウンター近くにいるムリヌを見つける。
「ムリヌさん」
呼ぶと、ムリヌがクロードへ顔を向けた。
「本を探してるんですけど」
「どのような本ですか?」
クロードは今日の魔法実習を思い返した。
「同じ属性なのに、人によって魔法が違う理由が書いてある本ってありますか?」
ムリヌはすぐには答えなかった。
「魔力の違いについてでしょうか?」
「それも知りたいです」
クロードは少し考える。
「先生に聞いたら、人によって魔力が違うって言われました」
「はい」
「でも、それだけなのかなって」
ムリヌはクロードの言葉を待つ。
「同じ《印》を使っても、みんな少しずつ違って見えたんです」
そこまで聞いて、ムリヌは小さく頷いた。
「いくつか近い本があります」
「お願いします」
ムリヌについて棚の間を歩く。
最初に渡された本は、魔力そのものについて書かれたものだった。
もう一冊は、魔法を使う時の感覚や操作について扱っているらしい。
クロードは二冊を抱えて近くの机へ移動した。
最初の本を開き、目次から魔力について書かれた頁を探す。
読み進めると、ガンザスから聞いた話に近いことが書かれていた。
同じ属性を持っていても、体内にある魔力の性質まで完全に同じではない。
クロードはそこで一度手を止めた。
「やっぱり違うんだ」
けれど、その先には別のことも書かれていた。
魔法として現れた時の違いは、魔力だけで決まるわけではない。
使い慣れているか。
操作をどれだけ身につけているか。
その時にうまく集中できているか。
いくつものものが重なって、同じ魔法でも少しずつ違って見える。
今日見たザナトスとガレスの火を思い出す。
どちらの火が違っていたからといって、魔力の違いだけが理由とは限らない。
クロードは頁をめくった。
「これだけでもないのか……」
一冊目を読み終えたわけではなかったが、気になって二冊目も開いてみる。
こちらには《印》や魔術操作について、以前読んだ本にもあった言葉が並んでいた。
何頁か進んだところで、一つの文章に目が止まった。
クロードはその部分をもう一度読む。
魔法を使う者が、その現象をどのようなものとして捉えているか。
それも魔法の現れ方に影響することがある。
「捉えてる……?」
思い浮かべたものが何でもそのまま魔法になる、とは書かれていない。
《印》や魔術操作が必要なくなるわけでもない。
それでも、同じ操作をしていても、使う者が頭の中で何を思い浮かべているかによって違いが出ることがあるらしい。
クロードは本から顔を上げた。
今日見た魔法を思い返す。
ザナトスの火。
ガレスの火。
エクリアとピアの水。
あの違いが、今読んだことによるものなのかは分からない。
魔力そのものが違うからかもしれない。
練習してきた回数が違うからかもしれない。
いくつもの理由が重なっているのかもしれない。
そこでクロードは自分の右手へ目を落とした。
「僕は……」
自分は雷をどういうものだと思っているのだろう。
目を閉じる。
最初に浮かんだのは、光哲だった頃に見た雷だった。
暗い空を一瞬で走り、何本にも枝分かれして広がっていく光。
そして今の自分が使っている雷も、手元から細く分かれ、形を作る前に外へ散っていく。
丸い雷を作ろうとは何度もしてきた。
けれど雷そのものを思い浮かべた時、最初から丸いものを想像したことがあっただろうか。
「……ないかも」
クロードは机の上のノートを開いた。
昨夜書いた一行が残っている。
『僕は、魔法のことをどれくらい知ってる?』
その下へ、今日分かったことを書いていく。
『同じ属性でも、人によって魔力は違う』
少し考えてから、次の行へ進む。
『魔力だけで魔法の違いが決まるわけじゃない』
そしてもう一行。
『どういう魔法だと思ってるかも関係する?』
最後に疑問符を書いた。
まだ本に書かれていることを読んだだけだった。
自分の雷にどれほど関係しているのかは分からない。
クロードは少し離れたところへ、小さな枝分かれした線を描いた。
その横に丸を一つ描く。
二つを見比べる。
自分にとって雷らしいのは、どちらか。
考えるまでもなかった。
鉛筆を持ち直し、最後に一行を書き足した。
『僕は雷を、散るものだと思ってる?』
クロードはしばらくその言葉を見つめた。
答えはまだ分からない。
けれど今度は、何を確かめたいのかが少しだけ見えていた。




