少なく
その夜、クロードは寮の自室でノートを開いていた。
昼間の魔法実習では《空中浮遊》を試そうとしてガンザスに止められ、結局最後まで《丸くする》を続けたものの、雷は一度も丸くならなかった。
少し前の頁を開くと、これまで何度も確かめてきたことが並んでいる。
『雷を集める → できる』
『形を作ろうとする → 途中で放電』
『《丸くする》 → まだできない』
雷を出すことはできるし、手元へ集めるところまでもできる。
《印》も覚えている。
それでも形を作ろうとしたところで雷が外へ弾けてしまう。
クロードは鉛筆を持ったまま、自分の右手を見た。
「何か変えてみるか」
同じやり方を続けるだけでは、また同じところで失敗するかもしれない。
丸くしようとする大きさを変えるか、《印》を進める速さを変えるか、それとも雷そのものを変えるか。
いくつか思い浮かんだところで、クロードは手を止めた。
一度に全部を変えたら、何が結果を変えたのか分からなくなる。
それなら一つずつ試した方がいい。
しばらく考えてから、新しい行へ鉛筆を置いた。
『雷の量を減らす』
その下へもう一行書く。
『ほかは変えない』
まずはこれを試してみよう。
クロードは二行を見直すと、ノートを閉じた。
◇
翌朝、週の四日目の一限目はマーサ・ミレナインの世界史だった。
教室の前には地図が広げられ、マーサがそこを指しながら授業を進めている。
クロードも教本を開き、話を聞きながら必要なところをノートへ書いていった。
次の授業になれば昨夜決めたことを試せる。
一度そんなことが頭をよぎったが、今は世界史の時間だった。
クロードは黒板へ目を戻し、そのまま一限目の授業を受けた。
やがて終わりを告げる魔導の鐘が鳴り、教室のあちこちで教本を閉じる音が重なる。
次は二限続けて魔法実習だった。
◇
魔法実習場へ移動すると、ガンザス・ドルナードは集まった生徒たちを見渡してから手を叩いた。
「よーし、昨日の続きからやるぞー」
生徒たちはそれぞれ間隔を空け、自分が昨日まで進めたところから準備を始める。
《空中浮遊》を続ける者もいれば、すでにその先の《静止》を練習している者もいた。
どちらへ進むにしても、まず自分の魔法を丸い形へ整えるところから始まる。
クロードだけは、まだその最初のところを越えられていない。
雷を出す前に、クロードはガンザスのところへ向かった。
「先生」
「ん?」
「今日は、雷の量を減らして《丸くする》を試してみたいです」
ガンザスはクロードを見る。
「量を減らすんだな」
「はい」
「ほかにも変えることはあるか?」
「いいえ。今回は量だけです」
ガンザスは少し考えてから頷いた。
「分かった。最初は俺が見る」
「はい」
クロードは周囲との距離を確かめ、右手を上げた。
いつものように雷を出す。
ただし今日は、その量を増やさない。
右手の上に現れた細い光を見ながら、これまでより少ないところで止める。
そこから《丸くする》の《印》へ進んだ。
散っている雷を、一つの形へまとめようとする。
光がわずかに寄った。
次の瞬間、細い雷が外へ弾けた。
パチッ、と乾いた音がして光が消える。
クロードは右手を見る。
丸くはなっていない。
「どうだ?」
「駄目です」
答えてから、クロードは少し考えた。
「でも、今までより小さかった気がします」
「何が?」
「弾けた時の音と、雷です」
ガンザスはすぐには何も言わなかった。
「もう一回やってみろ」
「はい」
クロードはもう一度、同じくらいの量だけ雷を集めた。
ほかは変えない。
同じように《印》を進める。
形ができる前に、また雷が弾けた。
一度目とよく似た、小さな音だった。
三度目も試す。
やはり丸くはならない。
それでも、いつもの量で試していた時ほど大きく弾けてもいなかった。
クロードは右手を下ろした。
「量を減らしても、丸くならない」
「そうだな」
「でも、弾け方は変わりました」
ガンザスが頷く。
「なら、それは覚えとけ」
答えを教えることなく、ガンザスは別の生徒の方へ歩いていった。
クロードもその場で少し手を休める。
少なくすれば丸くなる、というわけではなかった。
けれど、量を変えれば結果の一部は変わった。
少し離れた場所では、ノーゼスが土を丸い形へまとめていた。
そこから《空中浮遊》の《印》へ移ると、丸い土がゆっくりと手元を離れていく。
途中で少し沈み、ノーゼスの顔が強張った。
それでも地面へ落ちる前に持ち直し、昨日より長く空中へ浮かび続ける。
「お」
ノーゼス自身が声を漏らした。
近くを通ったガンザスもそちらを見る。
「昨日よりいいぞー。慌てるな、そのまま続けろ」
「はい」
まだ安定しているとは言えないが、すぐに落ちてしまっていた昨日とは違っていた。
クロードはその様子を見届けてから、再び自分の練習へ戻った。
二限目が終わり、短い休憩を挟んでも結果は大きく変わらなかった。
三限目に入ってからも、クロードは雷の量だけを減らした状態で何度か《丸くする》を試したが、どれも形になる前に弾けてしまう。
その間にも、周囲ではそれぞれの練習が続いていた。
ザナトスは丸い火を空中へ浮かせ、《静止》を繰り返している。
途中で一度だけクロードの方を見たが、今日は何も言わずに自分の火へ向き直った。
ノーゼスも何度か土を落としながら、それでも昨日より長く《空中浮遊》を続けられるようになっていた。
少し離れたところでは、エクリアが水の練習を終えて風へ切り替えている。
風を集めると、その場で空気が回り始める。
最初に《丸くする》を習った時と同じように、渦を作ってから形を整え、その丸い風を手元から離していく。
空中へ浮いても、風そのものが止まるわけではない。
中では流れ続けたまま、丸い形を保っていた。
クロードは何気なくその様子を見た。
「クロードー」
ガンザスの声が飛んできて、クロードは顔を上げる。
「休むならいいけど、ぼーっとするなよー」
「あ、はい」
クロードは右手へ視線を戻した。
今は自分の練習中だ。
もう一度、少ない雷を集める。
そして《印》を進める。
パチッ。
やはり雷は丸くならなかった。
やがて三限目の終わりを告げる魔導の鐘が鳴る。
「よーし、今日はそこまでー」
ガンザスの声に、生徒たちは順番に魔法を止めていった。
クロードも右手を下ろす。
今日も《丸くする》には成功しなかった。
それでも、昨日までとまったく同じ失敗ではなかった。
◇
片づけを終えると、クロードたちは一度教室へ戻って教本を置き、それから食堂へ向かった。
昼時の食堂は今日も多くの生徒で賑わっている。
三人で料理を受け取り、空いている席へ座って食べ始めた。
「今日、昨日より浮いた」
しばらくして、ノーゼスが嬉しそうに言った。
「見てた」
クロードが答える。
「まだ落ちるけどな」
「でも昨日より長かったわね」
エクリアも言う。
「だろ?」
ノーゼスが少し得意そうに笑った。
エクリアは自分の料理へ手を伸ばしながら、今度はクロードを見る。
「クロードの方は?」
「丸くはならなかった」
「量を減らしてたよね」
「うん。でも弾け方は少し小さくなった」
クロードが答えると、ノーゼスが首を傾げた。
「じゃあ少なくした方がいいの?」
「まだ分かんない」
丸くならなかったことは変わらない。
今分かっているのは、量を減らしたら弾け方も変わったということだけだった。
それ以上のことは、まだ決められない。
しばらく三人で食べていると、ノーゼスがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、明日休みだろ」
「うん」
「二人とも何する?」
エクリアが少し考える。
「私はまだ決めてないわ」
「僕も」
そう答えたところで、クロードはノーゼスを見た。
「じゃあノーゼス、明日、壁の練習しない?」
「壁?」
「前に途中まで作ったやつ」
ノーゼスは少しだけ考えたあと、自分の手を見る。
前に壁を作ろうとした時は、途中で疲れてそこで終わっている。
今日はまだ失敗することもあるものの、《空中浮遊》は昨日より扱えるようになっていた。
「いいよ」
「大丈夫?」
「うん。今日ちょっとできるようになったし」
そこでノーゼスは付け足す。
「まだちゃんとじゃないけど」
「じゃあ無理しないくらいでやろう」
「それならいい」
二人の話を聞いていたエクリアが首を傾げた。
「壁って何?」
「雷を試す時に、周りへ飛ばないようにできないかと思って」
クロードが答える。
「前にノーゼスと作ってみたんだけど、まだ低いんだ」
「壁っていうより土の山だけどな」
ノーゼスが言う。
エクリアは二人を交互に見た。
「それ、私も見てみたい」
「壁を?」
「それもだけど、二人が何をしてるのか気になる」
クロードはノーゼスを見る。
ノーゼスも特に嫌そうな様子はなかった。
「じゃあ一緒に来る?」
「いいの?」
「僕はいいよ」
「俺も」
「じゃあ行く」
エクリアが頷いた。
思いがけず、明日の予定が三人分決まった。
「前みたいに先生にも相談してからやろう」
クロードが言うと、ノーゼスも頷く。
壁を作ることと、それで雷を試しても安全かどうかは別だった。
明日はまず、途中になっている壁の続きをやればいい。
話がまとまると、三人は残っていた昼食へ戻った。
◇
昼休みが終わり、四限目はターマニー・トビーダースの算術だった。
黒板に書かれた問題を見ながら、クロードは紙へ数字を書いていく。
午前中に何度も雷を使ったせいか少し疲れは残っていたが、計算そのものは難しくない。
一つ解き終えると途中の式を見直し、次の問題へ進む。
雷のことも明日の壁のことも、授業中はいったん脇へ置いた。
やがて魔導の鐘が鳴り、その日の授業が終わった。
◇
その夜、クロードは自室へ戻ると、机の前へ座った。
午前中の実習の疲れがまだ少し残っている。
長く考えるつもりはなかったが、今日試したことだけは忘れないうちに書いておきたかった。
ノートを開く。
『雷の量を減らす』
『ほかは変えない』
昨夜書いた二行の下へ、今日の結果を足していく。
『丸くならない』
『弾け方 → 小さくなった』
何度か試しても、結果はだいたい同じだった。
量を減らしても丸くはならない。
けれど、何も変わらなかったわけでもない。
クロードは少し考えてから、もう一行だけ書いた。
『量だけが原因ではない?』
鉛筆が止まる。
次は何を変えるか。
大きさか、《印》を進める速さか。
そこまで考えたところで、昼間の実習場がふと頭に浮かんだ。
空中に浮いていたエクリアの風。
丸い形をしているのに、その中の風は止まっていなかった。
そういえば、最初に《丸くする》を習った時も同じだった。
風はただ集めるのではなく、まず渦を作っていた。
『風はまず渦だー。形はそのあとでいい』
あの時のガンザスの声まで思い出す。
クロードは右手を見る。
自分は今まで、散っている雷を一つの場所へまとめ、そのまま丸い形にしようとしてきた。
けれど風は違う。
動いたまま、形を作っている。
「……雷も?」
クロードはノートへ目を戻した。
止めたまままとめるのではなく、雷そのものを動かし続けたらどうなるのか。
風のように流れを作ることができたら。
そもそも雷をそんなふうに動かせるのかも分からない。
できたとして、それで丸くなるのかも分からない。
クロードは新しい行へ鉛筆を置いた。
『雷を動かしたままなら?』
少し迷ってから、その下へ短く書き足す。
『回す?』
疑問符のついた二文字を眺める。
試すなら、またガンザスに相談してからだ。
今日はそこまでにして、クロードはノートを閉じた。
明日は休みだった。
そして、ノーゼスとエクリアと一緒に、途中になっている壁の続きをすることになっている。
クロードは机を離れ、その日はそのまま休むことにした。




