ノーゼスの魔法
次の魔術実習でも、クロードの《丸くする》は成功しなかった。
右手の上へ雷を集めるところまではできる。
そこから《印》を続け、形を作ろうとすると細い光が不規則に揺れ、丸くなる前に手元から弾けてしまう。
バチッ、と乾いた音を残して雷が消えた。
クロードは右手を開いた。
痛みはない。
けれど、今回も丸くはならなかった。
少し離れたところでは、エクリアの水が丸い形を保っている。
ノーゼスの土も以前より崩れにくくなっていた。
クロードがもう一度《印》を組もうとすると、ガンザスの声が飛んできた。
「クロード、少し休め」
「はい」
クロードが手を下ろしてしばらくすると、ガンザスが実習場を見回した。
「よーし、今日はそこまでだ」
まだ練習していた生徒たちも順番に手を止める。
「《丸くする》の実習は、これで一区切りにするぞー」
クロードは顔を上げた。
何人かもガンザスを見る。
「先生、まだできてない場合は?」
どこかから声が上がった。
「できてないなら、できてないままだ」
あっさりした返事に小さく笑いが起きる。
「でも、できたかどうかだけで全部決めるわけじゃない。ここまでどう取り組んだかもちゃんと見る」
ガンザスは生徒たちを見回した。
「ただし、できてないものをできたことにはしないぞ。必要なら練習は続けろ」
クロードは自分の右手を見る。
雷を集めることはできる。
形を作ろうとするところまでも進める。
それでも最後まで丸くできたことは一度もない。
「次は?」
別の生徒が聞いた。
「次はまた魔法基礎だ。そこで先を習ってから実習に戻る」
ガンザスが手を叩く。
「ほら、片づけろー。もう昼だぞ」
その声で生徒たちが一斉に動き始めた。
クロードも使っていた場所を片づけながら、もう一度自分の手を見る。
《丸くする》はできなかった。
けれど授業は先へ進む。
できるまで全員が同じところで待つわけではない。
だからといって、できなかったことが消えるわけでもなかった。
あとでまた試せばいい。
今は他にも試してみたいことがある。
顔を上げると、ノーゼスが自分の使った場所を片づけていた。
足元には実習で動かした土が残っている。
その土を見た瞬間、以前この実習場に立っていたものを思い出した。
ガンザスが作った土の壁。
雷が手元から飛び出した時、クロードと周囲の生徒たちとの間に作られたものだ。
『減らせる危険は先に減らす。そのあとで試す』
実技テストに合格した時にも、壁を作るなどして安全対策をするように言われている。
クロードはノーゼスのところへ歩いた。
「ノーゼス」
「ん?」
「土で壁って作れる?」
ノーゼスが手を止めた。
「壁?」
「前にガンザス先生が作ったみたいな」
ノーゼスは少し考えた。
「あんな大きいのは無理だぞ」
「小さくてもいい」
「小さい壁?」
「うん」
ノーゼスは足元を見る。
「作ったことない」
「土を集めるのはできるよね」
「それはできる」
「丸くするのも?」
「前よりは」
「じゃあ壁は?」
「だから作ったことないって」
ノーゼスが笑った。
「やってみないと分かんない」
「じゃあ、ガンザス先生に教えてもらえないかな」
二人が片づけを終える頃には、他の生徒たちも次々と実習場を出ていた。
ガンザスは最後まで残り、使った場所を見て回っている。
クロードとノーゼスはそのところへ向かった。
「先生」
「ん?」
「ちょっといいですか?」
「いいぞー。ただし短めにな。昼休みがなくなるぞ」
「土の壁の作り方を教えてもらえませんか?」
ガンザスがクロードの顔を見たあと、隣のノーゼスへ視線を移した。
「お前が作るのか?」
「たぶん」
ノーゼスが答える。
「まだ作ったことないですけど」
「なんで急に壁なんだ?」
クロードは事情を話した。
魔法使用の許可証は取れた。
けれど、外れた雷がどこへ行くかはまだ分からない。
これから試してみたいこともある。
その前に安全に試せるようにしたい。
「それで、前に先生が作った壁を思い出したんです」
「ああ、あれか」
「ノーゼスが作れるようになったら使えないかなって」
ガンザスは少し考え、それから実習場の外へ向かい始めた生徒たちを見る。
「今からやる時間はないな」
クロードも周囲を見た。
もう昼休みに入るところだ。
「放課後なら少し付き合ってやる」
ノーゼスが顔を上げた。
「本当ですか?」
「ああ。ただし今日は壁の練習だけだぞ」
ガンザスがクロードを見る。
「雷は使うな」
「はい」
「壁が作れたとしても、それだけで安全になったとは限らないからな」
「分かりました」
「じゃあ放課後、ここへ来い」
二人はガンザスに礼を言い、昼食を取るため実習場をあとにした。
昼休みが終われば、また別の授業が始まった。
教本を開き、先生の話を聞き、鐘が鳴れば次の授業へ移る。
《丸くする》の実習が一区切りになっても、その日の学園生活がそこで終わるわけではない。
クロードも授業を受けながら、時々放課後のことを思い出した。
土の壁。
ガンザスが作ったものは簡単そうに見えた。
けれどノーゼスは作ったことがないと言った。
何をすれば壁になるのか、クロードにもまだ分からなかった。
◇
最後の授業が終わると、クロードとノーゼスは約束した場所へ向かった。
少し遅れてガンザスもやってくる。
「待たせたな」
「大丈夫です」
「じゃあ始めるか。ただし本当に少しだけだぞ」
「はい」
ノーゼスが答える。
ガンザスは地面を見てから、ノーゼスへ視線を戻した。
「まず聞くけど、お前は今、土で何ができる?」
「出したり、動かしたり、集めたりできます。《丸くする》も前よりは」
「なら、それを使って壁にしてみろ」
ノーゼスが少し戸惑った。
「壁の《印》とかないんですか?」
「今のお前に新しい魔法を教える話じゃないぞ」
ガンザスは地面を指した。
「今できることを使って、どうすれば壁になるか考える」
ノーゼスはしばらく地面を見た。
やがて《印》を組む。
土が動き始め、一か所へ集まっていく。
ある程度集まったところで、ノーゼスはそれを左右へ広げた。
低い土の塊が少しずつ横へ伸びる。
しばらくして手を下ろした。
三人でできあがったものを見る。
「……壁?」
ノーゼスが言った。
クロードは横へ回ってみた。
横には長い。
けれど高さはほとんどない。
「土の山かな」
「俺もそう思う」
ノーゼスが少し肩を落とした。
ガンザスは笑わず、できたものを見ている。
「ノーゼス」
「はい」
「これを壁にするなら、何が足りない?」
ノーゼスも土の山を見る。
横から眺めて、それから少し離れた。
「高さ?」
「じゃあ次はそこを変えてみろ」
ノーゼスがもう一度《印》を組んだ。
今度は横へ広げるより、中央へ土を集めながら上へ持ち上げようとする。
土が少しずつ高くなる。
端が崩れた。
「あ」
「そのまま見ろ」
ガンザスが言う。
ノーゼスはすぐに直そうとせず、崩れたところを見る。
それからもう一度土を動かした。
今度は一気に上げず、少しずつ寄せていく。
さっきより高くなった。
それでもクロードの膝より低い。
ガンザスが以前作った壁とは比べものにならなかった。
「少し高くなった」
クロードが言う。
「うん」
ノーゼスは土を見たまま答えた。
さらに動かそうとして、途中で手を止める。
しばらくそのまま立っていたが、やがて息を吐いた。
「……なんか疲れてきた」
ガンザスがすぐにノーゼスを見る。
「なら今日は終わりだ」
「でも、まだ壁じゃないです」
「今日は壁を完成させる日じゃない」
ガンザスは少し高くなった土の塊を見る。
「一回目より変わっただろ」
ノーゼスも見る。
「高くなりました」
「なら今日はそれでいい。疲れてるのに続けても雑になるだけだ」
ノーゼスは少し名残惜しそうだったが、《印》を解いた。
「分かりました」
クロードも目の前の土を見る。
まだ壁ではない。
雷を防げるかどうかを考えるところにも届いていない。
それでも何も分からなかった時より、一つだけ先へ進んだ。
「先生」
「ん?」
「壁ができたら、次は雷を当ててもいいですか?」
ガンザスは首を振った。
「それは壁ができてから考える」
クロードは少し笑った。
「はい」
「先のことばっかり考えるなよー」
ガンザスも笑う。
ノーゼスは自分が作ったものを見ながら言った。
「次はもうちょっと高くしたい」
「まず今日は休め」
「はい」
三人は残った土を片づけて、実習場をあとにした。
◇
その夜、クロードは寮の自室でノートを開いた。
少し前のページには、
『安全に試せるようにする』
と書いてある。
さらにページをめくれば、小さな丸の下に、
『雷そのものを丸くする → まだできない』
『丸いものに雷をつけたら?』
『帯電?』
『小さい球を用意する』
と残っている。
《丸くする》の実習は一区切りになった。
けれど、できるようになったわけではない。
クロードは新しい場所へ書いた。
『土の壁』
その下へ続ける。
『横に広げる → 低い』
『上に集める → 少し高くなった』
少し考えてから、
『ノーゼス → 疲れたので終了』
と書いた。
最後に、
『まだ壁ではない』
と付け足す。
今日分かったのは、それだけだった。
次は魔法基礎で新しいことを学ぶ。
《丸くする》も残っている。
小さい球もまだ用意していない。
壁もまだ壁ではない。
クロードは鉛筆を置いた。
一つも終わってはいない。
それでも前より分かったことは少し増えた。
クロードはもう一度『安全に試せるようにする』の文字を見てから、ノートを閉じた。




