当たれ
週末の実技テストの日、クロードは完成した的を抱えて実習場へ向かった。
ゴルダに裏側を軽くしてもらったおかげで一人でも運べる。それでも教室からここまで持ってくれば腕にはそれなりに重さが残った。
実習場にはすでに何人かの生徒が集まっている。
前回の試験で合格できなかった者も来ていた。
クロードが的を抱えたまま中へ入ると、ガンザスがこちらに気づいた。
「できたか」
「はい」
クロードは的を見せる。
「一度つけてみるぞ」
「はい」
二人で試験台まで運び、固定するための部分を合わせる。
少し押し込むと予定していた位置へ収まり、ガンザスが何度か手で動かして確かめた。
外れない。
クロードは小さく息を吐いた。
寸法は何度も確認したし、ゴルダも最後まで見てくれた。それでも実際の台へつくまでは分からなかった。
「ここは問題なさそうだな」
ガンザスは的の正面へ回った。
中央が少しだけ前へ突き出している。
そのままでは前回より先端が近くなるため、ガンザスは試験台そのものを後ろへ動かした。
位置を確認してから、もう一度正面を見る。
「よし。これなら前と同じだ」
大きさも高さも変わらない。
先端までの距離も前回と同じになっている。
「これで使っていいぞ」
「ありがとうございます」
クロードは正面から的を見る。
工房で見た時とは少し違って見えた。
作ったものではなく、これから試すものとしてそこにある。
素材はアルミ。
中央を少し尖らせてある。
二つを一緒に変えた以上、もし結果が変わっても何が影響したのかまでは分からない。
それはあとでいい。
今は二回当てる。
やることはそれだけだった。
「それじゃ、始めるぞー」
ガンザスの声が実習場へ響いた。
前回と同じように試験が始まり、生徒たちが順番に呼ばれていく。
クロードは少し離れたところで自分の番を待った。
三回撃って二回。
前回は一回目を外し、二回目だけ当たり、三回目も外れた。
《丸くする》は今もできていない。
それでも《放つ》なら使える。
方向もある程度までは決められる。
足りなかったのは、あと一回だった。
「クロード・アインハルト」
「はい」
名前を呼ばれ、前へ出る。
立つ位置を確認してから的を見る。
銀白色の表面の中央に、少しだけ突き出した部分が見える。
クロードは右手を上げた。
《印》を組み、魔力を動かす。
手元に雷が現れる。
狙った一点へ正確に落とすことはできない。
けれど、進ませたい方向を決めることはできる。
正面。
的。
《放つ》。
雷が手を離れ、鋭い音を立てて走った。
白い光が的の表面へ届く。
音が響き、クロードは目を細めた。
当たっている。
中央からは少し外れていたが、雷の跡は確かに的の面に残っていた。
「一回」
ガンザスが言った。
クロードは一度手を下ろす。
当たった。
けれど、前回も一回は当たっている。
まだ同じだ。
二回目。
もう一度《印》を組む。
魔力を動かし、手元へ雷を出す。
一回目と同じように的を見る。
《放つ》。
雷が走った。
けれど今度は的へ届かず、少し横の地面へ落ちた。
バヂッ、と音がして土の一部が黒くなる。
「外れ」
ガンザスの声が聞こえる。
クロードは地面に残った跡を見る。
アルミにしても外れる。
形を変えても外れる。
それだけは、今ので分かった。
あと一回。
当たれば合格。
外れれば、また来週だ。
クロードは的へ視線を戻した。
前回は三回撃って一回だった。
今回はもう一回当たっている。
まだ終わっていない。
右手を上げる。
《印》を組む。
魔力を動かす。
細い雷が手元に現れた。
的を見る。
中央の尖ったところだけを見るのではなく、その周りの面まで視界に入れる。
正確な場所までは決められない。
それでも、行かせたいのはあそこだ。
クロードは息を吐いた。
《放つ》。
雷が走った。
一瞬だけ横へ揺れたように見える。
そのまま白い光が的へ伸びる。
バヂッ。
音がした。
クロードは的を見る。
新しい跡がついていた。
「二回」
ガンザスが言う。
クロードはその言葉を聞いたまま、しばらく的を見ていた。
「……二回」
「ああ」
ガンザスが笑う。
「合格だ」
その瞬間、胸の奥に溜まっていたものが一気に軽くなった。
「やった……」
思わず右手を見る。
雷を出した手だ。
もう一度的を見る。
一回目と三回目。
二つの跡が残っている。
「やった!」
今度はさっきより大きな声が出た。
周りにいた生徒たちからも声が聞こえ、クロードは少し照れながら試験場所を離れた。
三回中二回。
本当に当たった。
ずっと欲しかった二回だった。
アルミがよかったのか。
形がよかったのか。
それとも別の何かがあったのか。
まだ分からない。
けれど今は、それよりも合格したことが嬉しかった。
◇
試験が終わり、生徒たちが実習場を出始めた頃、クロードも的を外そうとしていた。
「クロード」
ガンザスに呼ばれて振り返る。
「はい」
「お前だけちょっと来い」
クロードは的から手を離し、ガンザスのところへ向かった。
他の生徒たちから少し離れた場所で、ガンザスが足を止める。
「まず、合格は合格だ」
「はい」
「許可証も出る」
クロードの顔が少し明るくなった。
これで授業以外でも魔法を使える。
もちろん学園の中なら、使える場所は決まっている。
それでも今までできなかったことができるようになる。
自分で条件を変えて、確かめられる。
「ただし」
ガンザスの声で思考が止まった。
「お前には一つ言っとく」
ガンザスが試験場所へ目を向ける。
二回目の雷が落ちたところには、まだ黒い跡が残っていた。
「さっき外した雷、見ただろ」
「はい」
「お前の雷は当たる時もある。でも外れた時にどこへ行くか、まだ分からない」
クロードも黒い跡を見る。
前からそうだった。
金属へ行くこともある。
地面へ落ちることもある。
進ませたい方向は決められても、最後にどこへ落ちるのかまでは決められない。
「許可証があっても、使える場所は決まってる。それは他の生徒と同じだ」
「はい」
「その上で、お前が雷を使う時は周りに誰もいない時にするか、壁を作るかして、安全対策してから使え」
「壁……」
クロードは顔を上げた。
「前に作っただろ」
覚えている。
《丸くする》を初めて試した時、手元から雷が弾けて地面へ飛んだ。
生徒たちが離れたあと、ガンザスが土を動かして壁を作った。
大丈夫とは言っていなかった。
できることを増やしただけだと言っていた。
「減らせる危険は先に減らす。そのあとで試す」
クロードが口にすると、ガンザスが頷いた。
「覚えてるなら話は早い」
「はい」
「許可が出たからって、お前の雷が急に安全になったわけじゃないからな」
「分かりました」
「ならいい」
ガンザスはそれだけ言うと、残っている試験道具の方へ戻っていった。
クロードはその場に残り、もう一度地面の黒い跡を見る。
許可証が欲しかった。
自分で雷を使って、もっと確かめたかった。
そのために昔の記録を見直し、的の素材を変え、《鉱物生成》を使い、ゴルダに新しい的を作ってもらった。
そして合格した。
これで試せる。
けれど、何も考えずに撃てるようになったわけではない。
クロードは試験台に残っている銀白色の的を見る。
当たった跡が二つ。
外れた跡が地面に一つ。
どちらも今日、自分が撃った雷だった。
試したいことはたくさんある。
その前に、安全に試せるようにしなければならない。
クロードは的のところへ戻り、固定を外した。
抱え上げた的は来た時と同じ重さのはずなのに、少しだけ軽く感じた。
◇
その夜、クロードは寮の自室でノートを開いていた。
机の端には、今日使った的を立てかけてある。
表面には二つの跡が残っていた。
クロードは少し前のページを開く。
『一回目 → 外れ』
『二回目 → 命中』
『三回目 → 外れ』
その下には、
『どうすれば二回当てられる?』
と書いてある。
クロードはしばらくそれを見てから、新しいページを開いた。
『実技テスト』
『一回目 → 命中』
『二回目 → 外れ』
『三回目 → 命中』
『合格』
書き終えてから、最後の二文字をもう一度見る。
合格。
昼間にも嬉しかったが、こうして文字にすると改めて実感が湧いた。
これで許可証がもらえる。
授業以外でも、決められた場所なら自分で雷を使って確かめられる。
クロードはその下へ続けた。
『的 → アルミ』
『形 → 中央を少し尖らせた』
二つとも変えた。
今日の結果だけでは、どちらが関係したのか分からない。
そもそも二回目は外れている。
クロードは少し考えてから書き足す。
『アルミが関係した?』
『形が関係した?』
『両方?』
その横に、
『まだ分からない』
と書いた。
確かめたい。
素材だけ変えたらどうなるのか。
形だけを変えたらどうなるのか。
同じ条件で何度も撃ったら、今日と同じような結果になるのか。
鉛筆が止まる。
昼間、ガンザスに言われたことを思い出した。
当たった雷は的へ行った。
外れた雷は地面へ行った。
次も地面へ行くとは限らない。
クロードはさらに下へ書く。
『雷を使う時』
『周りに誰もいないことを確認する』
『または壁を作るなどして安全対策をする』
そこまで書いて、少し考える。
許可証を取れば研究できると思っていた。
それは間違っていない。
ただ、許可をもらうことと、安全に試せることは同じではなかった。
《丸くする》もまだできていない。
雷がどこへ行くのかも、まだ分からないことの方が多い。
クロードはノートの一番下に新しく書いた。
『次にすること』
鉛筆を止める。
何から始めるか。
少し考えてから、その続きを書いた。
『安全に試せるようにする』
その文字を見て、クロードは頷いた。
やっと自由に試せるところまで来た。
だからこそ、今度は試せるように準備する。
クロードはノートを閉じず、もう一度最初から今日書いた内容を読み返した。
知りたいことは、まだいくつも残っていた。




