鍛冶師ゴルダ
「形の変更も許可が出たぞ」
魔術実習が終わったあと、ガンザスからそう聞いたクロードは顔を上げた。
「本当ですか?」
「ああ。ただし前に決めた条件は変えない」
ガンザスは実習場に置かれた試験用の的へ目を向ける。
「的の大きさ、高さ、距離、当たりの判定。それと三回中二回だ」
「はい」
「形を変えて先端が前へ出るなら、設置する時にその分だけ位置を合わせる。それで元と同じ距離にする」
クロードは頷いた。
前に中央を尖らせたいと話した時、ガンザスから距離が変わると言われた。
的そのものの形を変えてはいけないわけではない。
試験をする時に、同じ条件になる場所へ設置すればいい。
「作ったら試験の前に持ってこい。実際に取り付けられるかも確認する」
「分かりました」
クロードは的へ近づいた。
正面ばかり見ていたが、今回は後ろへ回る。
試験用の的は台へ固定されている。
大きさだけ同じものを作っても、ここへ取り付けられなければ意味がない。
クロードはノートを取り出し、固定されている部分も簡単に描き加えた。
「そこも見るのか?」
「作ってから付かなかったら困るので」
「そりゃそうだ」
ガンザスが笑う。
クロードはもう一度正面へ回った。
中央を少し尖らせる。
素材はアルミ。
二つを同時に変えれば、結果が変わった時にどちらが影響したのかは分からない。
けれど今は、それでいい。
まず試験に通る。
魔法を使う許可を得てから、一つずつ確かめればいい。
ノートを閉じる。
作りたい形は見えてきた。
あとは、それを実際に作るだけだった。
◇
休日、クロードは王都の金属工房を訪れていた。
開いた入口の向こうから、金属を打つ硬い音がいくつも重なって聞こえてくる。
建物そのものが、以前アインハルト領で訪れた工房より大きい。
中へ入った途端、クロードの足が少し遅くなった。
炉が一つではない。
作業台もいくつも並んでいる。
壁には見覚えのある道具が並び、その間には使い道の分からないものも混ざっていた。
熱気に金属の匂いが混じる。
懐かしい。
けれど、知っている工場とは何もかもが同じではない。
奥で職人が使っているあれは何だろう。
あの炉は何を扱っている。
送風はどうしている。
別の作業台に置かれた道具も気になる。
視線が次々と動いていく。
クロードは奥へ一歩進みかけた。
「……いや」
足を止める。
先に的だ。
以前の工房でも、火花が飛ぶから近づくなと止められた。
光哲だった頃なら、安全を無視して作業場所へ入ろうとする人間を止める側だった。
分かっている。
分かっているのに、見たいものは多かった。
クロードは作業場へ向きかけていた身体を戻し、入口近くにいた男へ声をかける。
「すみません。金属の加工をお願いしたいんですけど」
「加工?」
男が振り向いた。
「何を作る?」
クロードは持ってきた紙を広げた。
「魔法の試験で使う的です」
男が紙を覗き込む。
今使われている的の形と、考えてきた形。
取り付ける部分も描いてある。
「こっちが今の的か?」
「はい」
「で、中央を尖らせたい?」
「少しだけです」
男の指が図の中央をなぞった。
「何でまたこんな形に」
「雷を当てるので」
男の手が止まる。
「雷?」
「雷属性の魔法です」
「ああ、魔法の方か」
男は納得したようにもう一度図を見る。
「俺はゴルダ・バヌアレブ。ここの鍛冶師だ」
「クロード・アインハルトです」
「アインハルト?」
ゴルダが顔を上げる。
「貴族の坊ちゃんが自分で加工の相談に来たのか」
「作りたいものがあるので」
「そうかい」
ゴルダはそれ以上気にした様子もなく紙へ視線を戻した。
「材料は?」
クロードは持ってきた布包みを開いた。
中から二つのアルミの立方体を取り出す。
ゴルダが片方を手に取った。
「アルミだな」
「はい」
向きを変えながら眺め、指先で表面をなぞる。
もう一つも手に取ったところで、少しだけ眉を寄せた。
「妙に綺麗だな」
クロードも二つの立方体を見る。
見ただけで純度が分かるわけではない。
光哲だった頃でも、正確な成分を知るなら分析が必要だった。
ただ、日頃から金属を扱っているゴルダが違和感を持つ程度には、普段見るアルミと何かが違うらしい。
「これ、どこで手に入れた?」
「知り合いがザクラスの鍛冶師と友達で、そのつてで手に入れました」
「あぁ、ザクラスか」
ゴルダはそれだけ言って、もう一度アルミを見る。
そこから先は聞かなかった。
クロードも余計な説明は足さない。
「これで作れますか?」
話を戻すと、ゴルダは立方体を作業台へ置いた。
「これだけじゃ足りねえな」
「どれくらい必要ですか?」
「作り方次第だが、この形ならもう少しいる」
ゴルダが紙を引き寄せる。
「表は中央を尖らせるんだな」
「はい。それと、できれば裏側も削りたいです」
「裏?」
「持ち運ぶので軽くしたいんです」
ゴルダがクロードを見る。
「アルミなら元から軽いぞ」
「それでも必要のない厚みは落とせますよね。ただ、薄くしすぎて曲がるのは困ります」
ゴルダの目が少し細くなった。
「固定するところも残さなきゃならねえ」
「はい」
「縁と取り付けるところを残して、裏を落とすか」
「それなら軽くできますか?」
「できる。ただし、どこまで落とせるかは実物を見ながらだな」
ゴルダが図を指で叩く。
「削れるからって全部削っていいわけじゃねえ。使って曲がったら意味がない」
クロードは頷いた。
そこは実際に作る側の判断だ。
「表は?」
「最初から全部削り出すより、必要な形に近づけてから仕上げた方がいいと思います」
今度はゴルダがすぐに答えなかった。
「加工のこと知ってんのか?」
「少しだけ」
「じゃあ、お前ならどうする?」
クロードは作業場を見た。
答えを決める前に、そこに並んでいる設備を見る。
光哲だった頃に知っていた方法はいくつかある。
けれど、この工房で何ができるのかまでは知らない。
「材料を必要な大きさと厚さに近づけてから、表と裏を仕上げます」
「ふん」
「でも、ここでどうやるのが一番いいかは分かりません。使ってる設備が分からないので」
ゴルダが少しだけ口元を緩めた。
「知ってることと知らねえことは分けるんだな」
「分からないものは分からないので」
「そりゃそうだ」
ゴルダはもう一度アルミを手に取った。
「材料を揃えて持ってこい。足りれば作れる」
「分かりました」
クロードは立方体を包み直した。
用事は終わった。
終わったのだが、足が出口へ向かなかった。
作業場を見る。
炉が見える。
さっきから気になっている道具もある。
ゴルダがその視線に気づいた。
「何だ?」
「見てもいいですか?」
「何を」
「工房です」
「工房?」
「どうやって加工してるのか見たいです」
ゴルダがクロードの顔を見る。
「金属好きなのか?」
「気になります」
「同じようなもんだろ」
ゴルダは笑いながら、作業場から少し離れた場所を指した。
「見るならそこからだ。中には入るなよ」
「はい」
「炉にも近づくな」
「分かってます」
クロードは言われた場所まで移動した。
足はそこで止める。
目は止まらなかった。
長い材料を二人がかりで扱っている。
別の場所では職人が何かを測っていた。
奥では火の色を見ながら作業をしている。
知っていることに似ている。
でも同じではない。
「ゴルダさん」
「何だ?」
「あれ、何に使うんですか?」
「今日は見るだけじゃなかったのか?」
「聞くのも駄目ですか?」
ゴルダがしばらくクロードを見る。
やがて鼻で笑った。
「仕事止めさせなきゃな」
「はい」
クロードはすぐに作業場へ視線を戻した。
◇
寮へ戻ってから、クロードは必要な分のアルミを少しずつ用意した。
一度に大きなものを作ろうとはしない。
生成したあとは時間を置き、翌日の身体にも変化がないことを確かめる。
何も起きなかったからと、限界まで試すつもりもなかった。
今必要なのは、《鉱物生成》でどこまで作れるかを知ることではない。
的を作るための材料を揃えることだ。
何日かかけて、机の上に立方体が増えていった。
大きさには多少違いがある。
それでも、どれも同じアルミだった。
ゴルダから聞いた量に届いたところで、クロードはそこで止めた。
◇
次の休日、クロードは再び工房を訪れた。
「本当に持ってきたのか」
布を開いたゴルダが最初に言った。
「持ってこいって言ったのゴルダさんですよ」
「そりゃ言ったけどよ」
ゴルダは持ち込まれたアルミを一つずつ確認していく。
それから前に見た図を作業台へ広げた。
「これなら足りるな」
「お願いします」
「その前にもう一回確認するぞ」
ゴルダの指が図を動く。
「大きさはこれ。表は中央を少し尖らせる。裏は軽くするために落とすが、縁と固定するところは残す」
「はい」
「ここまででいいな?」
「お願いします」
「よし」
ゴルダが材料を持って奥へ向かう。
クロードも一歩ついていった。
「お前はそこ」
すぐに止められた。
「……はい」
指された場所で足を止める。
危険な工程は近づかせてもらえない。
それでも作業は見える。
持ち込んだアルミが、ゴルダたちの手で少しずつ的の材料へ姿を変えていく。
前の世界で知っている作業に似たところもある。
初めて見る道具もある。
同じような目的でも、使っているものが違えば手順も変わる。
クロードの視線はほとんど休まなかった。
「ゴルダさん、今のは?」
「あとで形が狂わねえようにしてんだ」
「その道具は?」
「今回は使わねえ」
「何に使うんです?」
「質問増えてんじゃねえか」
ゴルダは手を動かしたまま答える。
「駄目ですか?」
「俺の手を止めなきゃいい」
「じゃあ聞きます」
「遠慮がねえな」
そう言いながら、ゴルダはまた答えた。
クロードは知っていることなら自分の知識と比べ、知らないことならそのまま覚えていく。
見れば見るほど気になるものが増えた。
危険な工程が終わり、材料が作業台へ移される。
ゴルダが振り向いた。
「クロード」
「はい」
「こっからなら少しやるか?」
一瞬、返事が遅れた。
「いいんですか?」
「顔に出すぎだ」
ゴルダが笑う。
「炉は駄目」
「はい」
「熱いもんにも触るな」
「はい」
「勝手に道具を持つのもなし」
「分かりました」
「測るのと印を付けるところまでだ」
「はい」
さっきまでより返事が明らかに早くなっている。
自分でも分かった。
ゴルダも気づいたらしい。
「本当に分かりやすいな」
クロードは渡された道具を受け取った。
「ここを測れ」
示された場所へ道具を当てる。
数字だけを追わず、基準になる位置へきちんと合っているかを見る。
一度外し、もう一度確かめた。
「ここです」
ゴルダも確認する。
「合ってる」
クロードが印を付けようとすると、ゴルダの声が飛んだ。
「待て」
手を止める。
「そっちから付けるな」
「どうしてです?」
「このあと固定したら見えなくなる」
ゴルダが材料の置き方を示す。
クロードはその先の工程を見て気づいた。
「ああ」
「分かったか?」
「はい。こっちからなら残る」
「そういうことだ」
位置を変え、もう一度測る。
確認してから印を付けた。
加工の原理を知っていることと、実際にその工房で仕事ができることは同じではない。
どこへ印を置けば次の作業で見えるのか。
どこを持てば安全なのか。
どの道具ならこの設備で使いやすいのか。
それは毎日ここで手を動かしているゴルダの方がずっとよく知っている。
面白かった。
加工はさらに進んだ。
平らだった面の中央が少しずつ形を持ち、その周囲がなだらかに続いていく。
裏側も削られ、余分な厚みが落とされていった。
ただし、縁と固定に必要な部分は残されている。
途中でゴルダが何度か厚みを確かめた。
クロードも横から見る。
「ここ、もう少し削れませんか?」
「削れる」
「じゃあ――」
「でも削らねえ」
ゴルダが即座に返した。
「どうしてです?」
「ここから先は使ってるうちに歪む可能性が出る。固定するところにも力がかかるからな」
クロードは裏側を見る。
確かに薄くすれば、その分だけ軽くなる。
けれど軽さだけを追えばいいわけではない。
「じゃあ、ここまでですね」
「ああ」
ゴルダが少し笑った。
「削れるのと、削っていいのは別だ」
クロードはその言葉を覚えておこうと思った。
最後の仕上げが終わり、ゴルダが的を作業台へ置く。
「ほら」
クロードは正面へ回った。
中央が少し尖っている。
思い描いていた形だった。
横から見る。
裏側へ回る。
固定する部分も、持ってきた図に合わせて残されている。
クロードは両手を伸ばした。
「持ってもいいですか?」
「もう冷えてる。いいぞ」
持ち上げる。
思っていたより軽い。
アルミそのものが鉄より軽いうえ、裏側の余計な厚みも落としてある。
これなら自分でも運べそうだった。
「どうだ?」
「持てます」
「的の感想がそれか?」
クロードは笑って、もう一度正面を見る。
「形も思ってた通りです」
「ならよかった」
ゴルダも完成した的を見る。
「で、これなら雷が当たるのか?」
「分かりません」
ゴルダがクロードを見る。
「分からねえのかよ」
「だから試すんです」
一瞬のあと、ゴルダが声を上げて笑った。
「そこまで考えて作っといて、最後は分からねえのか」
「まだ試してないので」
「まあ、そりゃそうだな」
クロードも笑った。
素材をアルミに変えた。
形も変えた。
もし次の試験で雷が当たりやすくなっても、どちらが効いたのかは分からない。
それは今はいい。
まず試験に通る。
魔法を使う許可が取れれば、そのあとでいくらでも確かめられる。
クロードは完成した的をもう一度持ち上げた。
加工代を払い、工房を出る準備をする。
それでも足はすぐに出口へ向かなかった。
奥ではまだ炉の火が揺れている。
今日使わなかった道具もある。
何の作業をしているのか分からない場所も残っていた。
「ゴルダさん」
「今度は何だ?」
「また何か作りたくなったら、来てもいいですか?」
ゴルダがクロードを見る。
「もう次のこと考えてんのか?」
「まだ何を作るかは決まってません」
「決まってねえのかよ」
「でも、また来ると思います」
ゴルダは少し呆れたような顔をした。
それから笑う。
「だったら次から俺に言え」
「ゴルダさんに?」
「知らねえ奴に最初から説明するより早いだろ」
クロードも笑った。
「はい」
「変な材料持ってくる時も先に俺に見せろ」
「分かりました」
「あと、勝手に炉へ近づくなよ」
「それも分かってます」
「本当か?」
「本当です」
まだ少し疑っている顔をしている。
クロードは的を抱え、今度こそ出口へ向かった。
扉を出る前に振り返る。
炉の火が見える。
金属を打つ音が聞こえる。
知らない道具も、知らない加工も、まだいくつも残っていた。
「また来ます」
「おう。またな」
今度はゴルダも、当たり前のように返した。




