アルミあります
何を使うか。
前の実技で使ったノートと『雷の記録』を並べながら、クロードは以前の結果をもう一度見ていた。
鉄、アルミ、鉛。
三種類を比べた中では、アルミへ雷が向かった回数が一番多かった。
もちろん、アルミなら必ず当たるわけではない。
地面へ落ちたこともある。
それでも、今の自分が実際に確かめた結果から選ぶなら候補は決まっていた。
クロードはノートへ書き込む。
『的の素材 → アルミ』
他の金属も比べてみたい。
けれど許可証を持っていない今は、授業以外で自由に雷を使って確かめることができない。
なら、今ある結果を使う。
「問題は……」
アルミをどう用意するかだった。
王都なら扱っている店を探すことはできるだろう。
必要な量を買い、工房で加工してもらえばいい。
そこまで考えたところで、クロードの鉛筆が止まった。
自分には、もう一つ方法がある。
《鉱物生成》。
転生する前、自分で望んだGiftだった。
鉄や銅のような鉱物を自分で作れたら面白い。
そう思って選んだ力なのに、これまで一度も使ったことがない。
昔から使い方が分からなかったというのもある。
女神イリシアから、魔法とGiftの両方を持つことになれば隠した方がいいと言われていたこともある。
屋敷で試そうと思ったことがなかったわけではない。
けれど、もし本当に鉱物が作れたなら、それは使ったあとも残る。
火を灯して消すのとは違う。
何もないところから金属が出てきて、それを家族や使用人に見つけられれば当然聞かれる。
これは何だ。
どこから持ってきた。
誰にもらった。
子どもの自分が、そんな問いに答えられるはずもなかった。
だから試さなかった。
けれど今は違う。
作ったものを使う目的がある。
試験用の的。
生成したあとも、隠したまま置いておく必要はない。
クロードは《鉱物生成》と書いた文字をしばらく見つめた。
「……使ってみるか」
◇
その夜、クロードは寮の自室で机の上に一枚の布を広げた。
個室なら、扉を閉めてしまえば誰かに見られる心配は少ない。
もし何かができても、すぐ包んで片づけられるようにしておく。
いきなり大的一つ分を作るつもりはない。
どんな力なのかも分からないのに、最初から大きく試す理由はなかった。
クロードは布の上へ手を伸ばす。
《鉱物生成》。
頭の中でその名前を意識してみる。
何も起きない。
今度はアルミを思い浮かべる。
やはり何も起きなかった。
「……まあ、そうだよな」
昔、ザナン兄さまにGiftのことを聞いた時の会話を思い出す。
《啓示》で名前が分かり、なんとなく使える感覚はあった。
けれど、それだけだった。
どう使うのかと聞いたクロードに、ザナンは試したと答えた。
失敗したのかと尋ねれば、当然だと笑っていた。
「名前が分かっただけで全部分かるなら、苦労しない」
今になって、その言葉がよく分かる。
クロードは一度手を下ろした。
魔法なら、これまで父や学園で教わったことがある。
魔力をどう動かすか。
どんな《印》を使うか。
試すための手がかりがある。
けれど《鉱物生成》については、名前と条件しか知らない。
理解していない鉱物は作れない。
ならばまず、自分がアルミについて何を知っているのか。
クロードは目を閉じた。
前の世界で知っていた金属。
軽く、加工しやすい。
鉄より電気を通しやすい。
この世界でも実際に手に取った。
大きさを測り、重さを比べ、工房で加工してもらい、雷も当てた。
色も覚えている。
持った時の軽さも覚えている。
知っていることを一つずつ頭の中へ並べていく。
そのうえでもう一度、アルミを作ることを意識した。
何も起きない。
「違うか」
手を下ろす。
少し考えて、もう一度。
それでも駄目だった。
クロードは首を傾げる。
名前を知っている。
性質も知っている。
実際に触ったこともある。
それだけでは足りないのか。
それとも、使い方そのものが違うのか。
何度かやり方を変えているうちに、ふと、今までとは違う気がした。
何が違ったのかは自分でも分からない。
ただ、今ならできるかもしれない。
そんな曖昧な感覚だった。
クロードはもう一度アルミを思い浮かべる。
作る。
その瞬間だった。
こと。
小さな音がした。
クロードの目が開く。
布の上に、銀白色のものが置かれていた。
「……え」
すぐには手を伸ばせなかった。
指先で摘まめるほどの、小さな正立方体。
さっきまで何もなかった場所に、それは確かに存在している。
クロードはじっと見つめた。
見つめたまま、しばらく動かなかった。
それから恐る恐る指先で触れる。
硬い。
持ち上げる。
軽い。
知っている感覚に近い。
「……本当に」
手の中の立方体を見る。
何年も前、自分で欲しいと願った力だった。
知らない世界で、知らない物質に出会う。
それを調べる。
理解する。
もし自分の手で作れるなら、きっと面白い。
あの時そう思った。
その力で、本当に鉱物を作った。
「本当に作れた……」
気づけば笑っていた。
指先で向きを変えながら、何度も眺める。
もっと見ていたかったし、すぐにもう一度試してみたい気持ちもあった。
けれど、その前に自分の身体を確かめた。
手に痛みはない。
痺れもない。
身体が急に重くなった感じもしない。
少なくとも、今すぐ分かる変化はなかった。
クロードはそこで一度休むことにした。
小さな立方体を机の上へ置き、時間が経っても消えないことも確認する。
やはり、作ったものは残るらしい。
それを見ていると、屋敷で試さなかったのは正解だったと思った。
こんなものが突然部屋から見つかれば、説明のしようがない。
十分に時間を空けてから、クロードはもう一度布の上へ手を向けた。
今度は、さっきより少しだけ大きく。
アルミについて知っていることを思い浮かべ、先ほどできた時と同じように試してみる。
一度では何も起きなかった。
もう一度。
しばらくして、また小さな音がした。
布の上に二つ目の銀白色が現れる。
「おお……」
最初より大きい。
クロードは手に取って眺めた。
形は同じだった。
立方体。
二つを並べる。
一つ目より、二つ目の方が一辺が長い。
自分が大きく作ろうとしたから変わったのか、それとも他にも何か条件があるのかはまだ分からない。
身体にも、今のところ大きな変化はない。
もう少し。
そう思ったところで、クロードは手を止めた。
昔、ミーニャが《緑恵》を使いすぎて、翌日まで身体が重かったと言っていた。
《緑恵》と《鉱物生成》は違う。
同じことが起きるとは限らない。
だからといって、自分の限界を知るために限界まで使う必要もない。
今日分かったことはもうある。
《鉱物生成》は使えた。
アルミを作ることもできた。
二度使った今のところ、身体に目立った変化はない。
クロードはノートを開いた。
『《鉱物生成》』
『アルミを生成』
『二回』
『どちらも立方体』
『二回目の方が大きい』
『身体の変化 → 今のところなし』
少し考えて、その下へ書く。
『どこまで作れる?』
今はまだ答えられない。
クロードは鉛筆を置き、二つの立方体を見る。
試験の的に使うには足りない。
それに、量が足りたとしてもこのままでは的にはならない。
《鉱物生成》で作れたのは、あくまで素材だった。
試験用の大きさや形へするには加工が必要になる。
そこで昔訪れた工房が浮かんだ。
鉄とアルミと鉛を同じ大きさへ揃えてもらった場所。
炉の近くへ行こうとして、危ないからと止められたことまで一緒に思い出す。
クロードは小さく笑った。
「……工房だな」
◇
次の魔術実習でも、クロードは《丸くする》を成功させることができなかった。
何度目かの雷が手元で弾け、ガンザスに休むよう言われたあと、クロードは実習場の端に置かれた試験用の的を眺めていた。
素材はアルミにする。
あとは、必要な量と加工方法を考えなければならない。
そう思いながら平らな的を見ているうちに、別のものが頭に浮かんだ。
避雷針。
前の世界で何度も見た、雷から建物を守るためのもの。
先端は尖っていた。
それと同じ形にすれば、この世界の雷魔法も必ずそこへ向かう。
そんなことは言えない。
けれど、平らな面のままより、中央を少し尖らせた方が雷の向かい方に違いが出る可能性はないだろうか。
「……試してみたい」
呟いてから、クロードは学園から認められた条件を思い出した。
大きさは変えない。
高さも変えない。
距離も変えない。
合格条件も変えない。
変えていいのは素材だけ。
クロードはしばらく的を見たあと、片づけを始めていたガンザスのところへ向かった。
「先生」
「ん?」
「的のことで、もう一つ聞きたいです」
「まだあるのか?」
ガンザスが少し笑う。
「はい」
クロードは試験用の的を指した。
「素材を変えるのはいいって言われました。でも、形も少し変えるのは駄目ですか?」
ガンザスの視線が的へ向く。
「どう変える?」
「真ん中を少し尖らせたいです」
「尖らせる?」
「はい」
「何でだ?」
「その方が、雷が真ん中へ向かいやすくなるかもしれないと思って」
「そうなるのか?」
「分かりません」
クロードは首を横へ振った。
「前に素材を変えた時は結果が変わりました。だから、形でも何か変わるかもしれないと思って」
ガンザスは腕を組み、しばらく的を見る。
「今出てる許可は素材だけだ」
「はい」
「形まで変えるなら、もう一度確認しないとな」
「お願いします」
ガンザスは的の中央へ指を向けた。
「それと、真ん中を尖らせたらどうなる?」
「どうなる?」
「その分、先がこっちへ出るだろ」
クロードは的を見る。
平らな面から、中央だけを前へ尖らせる。
その先端を見る。
「あ……」
試験で立つ場所から先端までの距離。
今より少しだけ近くなる。
「距離が変わる」
「ああ」
クロードはしばらく黙った。
大きさも。
高さも。
距離も。
三回中二回という合格条件も。
そこは変えないという前提で許可をもらった。
形を変えるなら、その条件まで壊さない方法を考えなければならない。
「距離が変わらない形にしないと駄目ですね」
「そういうことになるな」
どう作ればいいのか。
実際にそんな加工ができるのか。
そこまではまだ分からない。
「形の変更も含めて確認してみる」
「はい」
「返事が出るまでは作るなよ」
「分かってます」
クロードはもう一度的を見る。
素材は決まった。
《鉱物生成》も使えた。
けれど、作れたのは素材そのものだった。
試験で使える形にするには加工しなければならない。
考えている形を本当に作れるのかも分からない。
なら、行く場所は一つだった。
工房。
しかも、ここは王都だ。
アインハルト領で見た工房より大きいのだろうか。
炉はいくつある。
どんな道具を使っている。
どんな金属を扱っている。
どんな加工ができる。
考えているうちに、クロードは自分が少し笑っていることに気づいた。
まだ形を変えていいという返事すら出ていない。
「……先に許可だな」
そう呟いても、王都の工房への興味までは消えなかった。




