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ノートの最後に残した『どうやって?』に答えが出ないまま、それから数日、《丸くする》の実習は続いた。
最初の頃は形になる前に崩れていたものも、実習場のあちこちで少しずつ丸い形を見せるようになっていた。
ノーゼスの手元では土がまとまり、多少いびつではあっても形を保っている。
エクリアは水を丸くしたあと、風へ切り替えて《印》を結び直していた。
少し離れたところではリーゼ・シュトラールも風を集め、一度ほどけた渦を作り直している。
まだ何度も失敗している生徒もいる。
それでも、最初の実習とは少しずつ景色が変わっていた。
クロードは皆から離れた場所で右手を上げる。
周囲に誰もいないことを確かめ、ガンザスが見ている中で《印》を結んだ。
雷を集める。
丸くする。
バチッ。
青白い光が手元で弾けた。
また形になる前に消える。
「手は?」
「大丈夫です」
指を握ってから開く。
痛みも痺れもない。
「少し空けろ」
「はい」
言われた通りに休み、もう一度試した。
今度は一つずつ確かめるように《印》を進める。
雷が手元へ集まる。
丸くしようとしたところで、また乾いた音が響いた。
パチッ。
クロードは消えた光のあたりを見る。
何度試しても、まだ一度も雷を丸くできていなかった。
◇
週末。
実習場には試験用の的が用意されていた。
「今日の実技テストは《放つ》だ」
ガンザスの言葉に、クロードは顔を上げた。
《丸くする》ではない。
「決められた位置から三回。的の面に二回当てれば合格だ。支えや地面に当たっても命中にはならない」
ガンザスは三本指を立てた。
「それから、このテストを受けられるのは週末に一回だけだ。今日不合格だったら、次に受けられるのは来週」
「今日もう一回やるのは?」
ナーン・チャッティが聞いた。
「なし」
「厳しいなあ」
「三回あるだろ」
ガンザスが答えると、何人かが正面の的へ目を向けた。
クロードも同じように見る。
三回中二回。
《丸くする》はまだできない。
けれど、《放つ》ならこれまでにも使ってきた。
狙った一点へ正確に落とすことはできなくても、進ませたい方向を決めることはできる。
三回ある。
それなら、まだ可能性はある。
試験が始まった。
順番に名前が呼ばれ、生徒たちが前へ出ていく。
三回すべて当てる者もいれば、一度外してから残りを当てる者もいる。
ヤンナ・チャウンは最後の一回を当てたものの、命中は一回だけだった。
ナーンも一度は当てたが、残りの二回を外した。
ベン・ジャスターは一回当て、一回外した状態で三回目を迎えたが、最後の魔法は的の横へ逸れた。
「うわあ……」
ベンが的を見たまま声を漏らす。
「また来週だな」
ガンザスに言われ、ベンはもう一度だけ的を振り返って列へ戻った。
一度で全員が合格する試験ではない。
やがてクロードの名前が呼ばれた。
「クロード・アインハルト」
「はい」
前へ出る。
決められた位置に立ち、正面の的を見る。
今回は丸くしなくていい。
クロードは右手を向け、雷を進ませたい方向を決めた。
《印》を結ぶ。
青白い光が走る。
雷は的の横を抜け、そのまま地面へ落ちた。
「一回目、外れ」
クロードは雷が落ちた場所を見る。
残りは二回。
二回とも当てなければ合格できない。
もう一度、的へ向き直る。
一回目と同じように狙うつもりで右手を上げた。
《印》を結ぶ。
雷が走る。
今度は光が的の面で弾けた。
「二回目、命中」
クロードは小さく息を吐いた。
当たった。
あと一回。
一度は当てられた。
なら、できないわけではない。
もう一度的を見る。
二回目と同じようにやるつもりで構えた。
右手を向け、《印》を結ぶ。
雷が走る。
途中までは的へ向かっていた。
けれど、その先でわずかに逸れ、横の地面へ落ちた。
「三回目、外れ」
ガンザスの声が響く。
「一回命中。不合格だ」
「……はい」
二回目は当たった。
三回目も同じようにやったつもりだった。
それでも結果は違った。
クロードは地面に残った跡を見てから、その場を離れた。
◇
その夜、寮の自室でクロードはノートを開いていた。
『一回目 → 外れ』
『二回目 → 命中』
『三回目 → 外れ』
三つの結果を何度も見比べる。
全部外れたわけではない。
一度は当たった。
《放つ》そのものができないわけでもない。
けれど、二回当てられるほど安定していない。
もっと正確に飛ばせればいい。
それができるなら困っていない。
何かを試そうとしても、許可証を持っていない今は、授業以外で勝手に雷を使って確かめることもできなかった。
来週までに何を変えればいいのだろう。
クロードはしばらく鉛筆を持ったまま考えた。
やがて三つの結果の下へ、一行だけ書き足す。
『どうすれば二回当てられる?』
その先には何も書けなかった。
◇
翌日は休日だった。
昼前、寮の廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。
「クロード」
振り返るとノーゼスがいた。
「昼、一緒に食べない?」
「うん」
二人で食堂へ向かい、空いていた席に向かい合って座る。
運ばれてきた昼食を見るなり、ノーゼスがクロードの皿と自分の皿を見比べた。
「俺の方が多い」
「同じじゃない?」
「いや、俺の方が多い」
クロードも見比べる。
どこが違うのか分からない。
「何が?」
「ほら、こっち」
ノーゼスが指した場所を見ても、やっぱり分からなかった。
「同じだと思う」
「絶対こっちの方が多いって」
そう言いながらノーゼスはさっさと食べ始める。
クロードも自分の皿へ手をつけた。
授業のことや、最近食堂で出た料理のことを話しているうちに、昨日からずっと頭の中に残っていた試験のことを少しだけ忘れていた。
食事が半分ほど減った頃、ノーゼスがふと思い出したように言った。
「昨日のやつ、まだ考えてる?」
クロードの手が止まる。
「分かる?」
「なんとなく」
「一回は当たったんだけど」
「見てたよ」
「三回目も同じようにやったつもりだった」
「でも外れた」
「うん」
クロードは皿の端へ目を落とす。
「来週も同じだったら、また駄目かもしれない」
ノーゼスは少し考えてから、口に入っていたものを飲み込んだ。
「でも来週も三回あるんだろ?」
「あるけど」
「昨日、一回は当たった」
「うん」
「じゃあ次は二回当てればいいじゃん」
クロードは顔を上げた。
「それが難しいんだけど」
「俺は雷じゃないから分かんない」
ノーゼスはあっさり言って、また食事を続ける。
「でも昨日で終わりじゃないだろ」
クロードは少し黙ってから頷いた。
「うん」
「じゃあ食おう。冷める」
「ノーゼス、そればっかりだね」
「昼飯食ってるんだから当たり前だろ」
クロードは少し笑った。
何も解決していない。
それでも、昨日の夜よりもう少し考えてみようと思えた。
◇
寮の自室へ戻ってから、クロードはもう一度机に向かった。
昨日の三回を見る。
外れ。
命中。
外れ。
どうすれば雷の行き先を変えられるのか。
その言葉を頭の中で繰り返していたところで、ふと手が止まる。
「……そういえば」
前にも、雷がどこへ行くのか分からなくて調べたことがあった。
何を置けば、雷はどこへ向かうのか。
記録も残している。
クロードは寮へ持ってきていた古いノートを順に確かめた。
やがて一冊を開いたところで手が止まる。
『雷の記録』
「あった」
机へ戻り、頁をめくっていく。
やがて見覚えのある記録が現れた。
『木と石――どちらにも当たらなかった』
『木と金属――金属に当たった』
『石と金属――金属に当たった』
その下には、
『金属が雷の行き先に関係しているかもしれない』
『まだ回数が少ないので分からない』
と残っている。
クロードはさらに頁をめくる。
同じ条件を何度も繰り返した記録。
距離を変えて試した記録。
その先で、二行に目が止まった。
『金属には必ず当たらない』
『それでも、金属があると金属に当たることが何度もある』
「……そうだった」
金属を置けば、必ずそこへ落ちるわけではない。
地面へ落ちたことも何度もある。
それでも、金属を置いた時にそこへ向かったことも何度もあった。
さらに先には鉄、アルミ、鉛を比べた記録が続いている。
形と大きさをできるだけ揃え、金属の種類を変え、置く場所まで入れ替えながら比べていた。
金属なら全部同じという結果でもなかった。
クロードは何頁かを行き来してから、さらに先へ進む。
そして一つの頁で手を止めた。
狙ったところへ、安全に雷を届ける方法。
クロードはしばらく、その文字を見ていた。
昔から知りたかったことは、今も変わっていない。
狙ったところへ雷を届けたい。
昨日の試験も同じだった。
けれど昨日まで、的はただ狙うものとしてしか見ていなかった。
以前の自分は、撃ち方だけではなく、雷の行く先に置くものも変えていた。
クロードは昨日のノートを隣へ置いた。
「……的の方は?」
新しい頁に鉛筆を置く。
『的が違ったら?』
まだ何を変えられるのかは分からない。
それでも、昨日の夜にはなかった問いが一つ増えた。
◇
翌週の実習でも、《丸くする》の練習は続いていた。
クロードはいつものように少し離れた場所で《印》を結ぶ。
雷を集める。
丸くする。
バチッ。
また手元で弾けた。
「大丈夫か?」
「はい」
右手を確かめて答える。
ガンザスに休むよう言われ、クロードは少し離れて腰を下ろした。
実習場の端には、週末の試験で使う的が置かれている。
休日に書いた一行が頭に浮かんだ。
『的が違ったら?』
しばらくして近くへ戻ってきたガンザスに声をかける。
「先生」
「ん?」
「週末のテストで使う的って、次も同じですか?」
「同じだぞ」
「大きさも?」
「ああ」
「高さも?」
「同じ」
「撃つ場所からの距離も?」
「変わらない」
クロードは的を見る。
「当たったかどうかの決め方も?」
「前と同じだ。的の面に当たれば命中」
「分かりました」
ガンザスが少し首を傾げる。
「何か考えてるのか?」
「まだ考えてます」
それだけ答えた。
休憩を終えて、もう一度《丸くする》へ戻る。
雷はまた途中で弾けた。
それでも頭の中では、さっき聞いたことを並べていた。
大きさは同じ。
高さも同じ。
距離も同じ。
当たったかどうかの決め方も同じ。
そこを変えれば、前に受けた試験とは違うものになる。
では、それ以外は。
休日に開いた『雷の記録』が浮かぶ。
木。
石。
鉄。
アルミ。
鉛。
以前の自分が変えていたもの。
クロードは実習場の端にある的を見る。
「……素材」
小さく呟いた。
的の大きさを変えず、高さも距離も変えず、作られているものだけを変えたらどうなるのか。
けれど、自分だけ違う的を使うことになる。
勝手に決めていいことではない。
その後も授業の合間に何度かノートを開いた。
昔の記録と、今の試験条件を見比べる。
金属なら必ず当たるわけではない。
種類によって違いが出たこともある。
絶対にうまくいく方法ではない。
それでも、試してみる理由はある。
放課後になる頃には、聞きたいことがはっきりしていた。
◇
「先生」
片づけをしていたガンザスが振り返る。
「どうした?」
「相談があります」
クロードは『雷の記録』を持ったまま、試験用の的を見る。
「大きさも、高さも、距離も変えないで」
ガンザスが続きを待つ。
「的の素材だけ変えるのは駄目ですか?」
「素材だけ?」
「はい」
「理由は?」
クロードは『雷の記録』を開いた。
「前に、雷がどこへ行くのか調べたことがあります」
木と石。
木と金属。
石と金属。
その時の記録を見せる。
「金属があると、そこに当たることが何度もありました」
ガンザスが頁を見る。
「毎回じゃないんだな」
「はい。地面に落ちたこともあります」
さらに頁をめくる。
「そのあと、金属の種類も変えて比べました。鉄とアルミと鉛です」
「種類まで変えたのか」
「はい」
クロードは記録を指した。
「同じ結果にはなりませんでした」
ガンザスはしばらく頁を追っている。
「それで、的の素材を変えれば雷の行き先も変わるかもしれない、と」
「はい」
「絶対に当たるとは?」
「分かりません」
クロードはすぐに首を横へ振った。
「でも、前に違いが出たので確かめてみたいです」
ガンザスは『雷の記録』から的へ視線を移した。
しばらく考えたあと、クロードを見る。
「分かった」
クロードの顔が上がる。
「変えていいですか?」
「そこは俺だけじゃ決められない」
「あ……」
「試験だからな」
ガンザスはもう一度的を見る。
「マリシア先生に相談する。必要なら学園長にも確認してもらう」
「はい」
「返事が出るまでは待て」
「分かりました」
クロードは『雷の記録』を閉じた。
◇
返事が来たのは、その週のうちだった。
実習のあと、ガンザスに呼び止められる。
「クロード。的の件だ」
クロードは足を止めた。
「許可が出たぞ」
「本当ですか?」
「ああ。マリシア先生から学園長にも確認してもらった」
ガンザスは指を一本立てる。
「ただし、変えていいのは素材だけだ」
「はい」
「三回中二回。的の大きさ、高さ、距離、命中の条件も今まで通り」
クロードは頷く。
「一度同じ条件で受けたことと、お前が持ってきた記録も含めての判断だ。合格条件そのものは変えない」
「分かりました」
大きさは変わらない。
高さも変わらない。
距離も変わらない。
三回中二回も変わらない。
変えていいのは、一つだけ。
素材。
クロードは手にしていた『雷の記録』へ目を落とした。
何を使うか。
今度は、そこから考えることになる。




