どこまで?
四限目の始まりを告げる魔導の鐘が鳴ると、教室に残っていた話し声が少しずつ小さくなった。
ナターシャは教卓の上に置いていた紙束を持ち上げ、前の席から順に配っていく。
「午前中にやったことの確認をします」
前から回ってきた紙を受け取り、クロードは一番上に名前を書いた。
問題は多くなかった。
魔力を感じること。動かすこと。物へ流すこと。止めること。午前中に説明されたことや、実際にやったことについて答える問題が並んでいる。
クロードは上から順に書いていった。
途中まではほとんど手が止まらなかった。
けれど、物へ流した魔力をどうやって止めたのかを書く問題で筆先が止まる。
止めることはできた。
何度もやった。
それでも、どうやって止めたのかと聞かれるとうまく書けない。
クロードは少し考え、自分で分かるところまでを書いた。
最後の問題は、
『今日の授業で、自分がまだ分からないことを書きなさい』
だった。
クロードは三限目に使った二枚の板を思い出した。
右だけを止めようとして、両方が消えた。
同じようにやったつもりでも、次は同じようにならなかった。
そのことを書いている途中で、ナターシャが残り時間を告げた。
クロードは最後まで書き、答案を前へ回した。
「では、確認していきましょう」
クロードはノートを開いた。
一問目。
二問目。
自分が書いた答えとナターシャの説明を比べながら聞いていく。
三問目の説明が終わったところで、後ろの方から男子の声がした。
「あ、そこ違った」
「私も」
少し離れたところから女子の声が続いた。
クロードは振り返りかけたが、ナターシャはもう次の問題を読み始めている。
急いでノートへ書いた。
『三問目――二人』
「先生」
手を挙げたのはマミヤだった。
「止めたつもりなのに、少し遅れて板が消えた場合は、止められたことになりますか?」
「止めようとした時と、実際に消えた時が違ったんですね」
「はい」
「その時、自分では魔力が止まったと思いましたか?」
マミヤは少し考えた。
「……止めた、とは思いました。でも板はまだ光ってました」
クロードの筆が動く。
『マミヤ――止めたと思う/板まだ光る』
「じゃあ先生」
今度はガレスが手を挙げた。
「最後に消えたなら、止めること自体はできたってことですか?」
「でも」
マミヤがガレスを見る。
「私が止めたから消えたのかは分からないよ」
「ああ、そっか」
クロードは二人を見る。
右だけを止めようとして、両方が消えた。
自分の時とは違う。
それでも、何かが引っかかった。
「先生」
クロードも手を挙げた。
「はい」
「それって、一限目にノーゼスの板が光った時とも関係ありますか?」
突然名前を出され、ノーゼスがクロードを見る。
「俺?」
「板は光ったけど、自分では流したって分からなかっただろ」
「ああ」
「エクリアは逆だった」
前の席でエクリアが振り返る。
「流したと思ったのに、板は光らなかった」
「そうね」
クロードはマミヤの方を見る。
「今は、止めたと思ったのに板は光ってた」
そこまで言ってからナターシャを見る。
「これって同じなんですか?」
「同じだとは、まだ言えません」
「何が違うんですか?」
「それも、今の段階ではまだ分かりません」
クロードはすぐにノートへ書いた。
『同じとはまだ言えない』
「じゃあ俺のも違うのかな」
後ろから男子の声がした。
クロードが顔を上げる。
「俺、二枚とも光らせようとしたのに、最初は右しか光らなかった」
別のところから声が返った。
「右にしか流してなかったんじゃない?」
「でも両方に流してるつもりだったんだって」
クロードは振り返った。
何人かが話していて、最初に誰が言ったのかは分からない。
「先生」
また手を挙げる。
「はい、クロード君」
「二枚に流したつもりなのに片方だけ光るのと、一枚に流したつもりなのに光らないのは同じですか?」
「条件が違いますね」
「二枚だからですか?」
「それだけでは分かりません」
「じゃあ――」
「クロード君」
ナターシャが名前を呼んだ。
「はい」
「一度、ノートを書きましょうか」
教室のあちこちから笑い声が漏れた。
クロードはまだ上げていた手を下ろした。
隣でノーゼスも笑っている。
「質問しすぎなんだよ」
「気になったから」
「分かるけどさ」
「ノーゼス君も静かに」
「俺も?」
「二人ともです」
前でエクリアが小さく笑った。
クロードはノートへ急いで書く。
『男子?――二枚、両方のつもり/右だけ光る』
その下に、
『一枚と二枚』
と付け足した。
「次の問題です」
もう始まっている。
クロードは慌てて顔を上げた。
今度は先に話を聞く。
説明が終わったところで別の手が上がった。
「ピアさん」
「はい。私は最初、板が光っても流してる感じが分からなかったんですけど、途中から少し分かるようになりました。それは、できるようになったっていうのとは違うんですか?」
クロードはまた筆を持った。
『ピア――光る/最初分からない→途中から分かる』
隣からノーゼスの声がした。
「俺と似てるな」
クロードの筆が止まる。
「最初は?」
「え?」
「最初は似てるかもしれないけど、そのあとも――」
「クロード君」
「はい」
「今はピアさんの質問を聞きましょう」
「……はい」
ノーゼスが肩を揺らした。
「笑うなよ」
「いや、お前が」
「そこ」
「はい」
二人で前を向く。
エクリアがまた笑っていた。
ナターシャがピアの質問に答え、クロードは聞きながら、さっき書いたものの横に小さく疑問符をつけた。
答え合わせはそのまま進んでいった。
途中で誰かが間違えたと言い、別の誰かが質問し、ナターシャが答える。
クロードも気になったところで手を挙げた。
一つ書いている間にも次の話が始まり、聞いている途中で別のことが気になる。
聞く。
書く。
質問する。
答えを聞いて、また書く。
四限目の終わりを告げる魔導の鐘が鳴った時には、ノートの端まで短い言葉が並んでいた。
「今日はここまでです」
ナターシャがそう言った途端、教室の空気が緩んだ。
椅子を引く音が重なり、あちこちから声が上がる。
「終わったー」
「最後なんて書いた?」
「俺、あれで合ってた?」
クロードはノートへ目を落とした。
『三問目――二人』
『マミヤ――止めたと思う/板まだ光る』
『同じとはまだ言えない』
『男子?――二枚、両方のつもり/右だけ光る』
『一枚と二枚』
『ピア――光る/最初分からない→途中から分かる』
途中で書きかけたものも残っている。
「クロード」
ノーゼスが横から覗き込んだ。
「何だこれ」
「今日聞いたこと」
「分かるのか?」
クロードは少し考えた。
「今は、たぶん」
「お前、昼に俺の『たぶん』は書かなかっただろ」
クロードはノーゼスを見る。
エクリアが吹き出した。
「確かに」
「……あとでちゃんと見る」
「ずるくない?」
「何が?」
三人で笑いながら、クロードはノートを閉じた。
◇
夜。
クロードは自室の机でノートを開いた。
昼間に急いで書いた文字を、上から一つずつ読み直していく。
『マミヤ――止めたと思う/板まだ光る』
新しいページを開き、今度は名前を書かずに起きたことだけを書き直した。
『止めたと思った → 板はまだ光っていた』
次のメモを見る。
『ピア――光る/最初分からない→途中から分かる』
『流したと分からない → 板は光った』
昼休みに聞いたノーゼスの話も同じところがある。
エクリアは逆だった。
『流したと思った → 板は光らなかった』
クロードは二つを並べて見た。
『流したと分からない → 光る』
『流したと思った → 光らない』
その下へ、
『逆?』
と書く。
しばらく眺めてから、その横にもう一つ疑問符を足した。
本当に逆なのか。
片方は流したことが分からなかった。
もう片方は流したと思っていた。
結果だけを反対にしたら、同じことになるわけではない。
クロードは次のメモを見る。
『男子?――二枚、両方のつもり/右だけ光る』
『二枚に流したつもり → 片方だけ光った』
さっきの、
『流したと思った → 板は光らなかった』
と並べる。
似ている。
けれど、一枚と二枚では条件が違う。
二つの間に線を引きかけて止め、
『一枚と二枚で同じ?』
と書いた。
次は自分の三限目。
『片方だけ止めるつもり → 両方止まった』
最初に書いた、
『止めたと思った → 板はまだ光っていた』
をその横へ持ってくる。
どちらも止める時に起きた。
けれど結果は違う。
流す時にも、自分がしたと思ったことと板の反応が違うことがあった。
止める時にもある。
クロードは少し離れたところへ、
『自分でやったと思ったこと』
と書いた。
その横に、
『板に起きたこと』
と書く。
昼間に拾ったものを、その二つに分けてもう一度見ていく。
板に起きたことは見れば分かる。
光った。
光らなかった。
消えた。
消えなかった。
片方だけ光った。
では、自分がやったと思ったことはどうだろう。
流したと思った。
止めたと思った。
両方に流したと思った。
右だけを止めたと思った。
クロードは筆を止めた。
二つが同じ時は、気にならなかった。
違った時に、分からなくなる。
『自分でやったと思ったことと、実際にやったことは同じ?』
書いてから読み返す。
実際にやったこと。
それは板を見れば全部分かるのだろうか。
クロードはその言葉に線を引いた。
少し考えて、横へ書き直す。
『板が教えてくれるのは、どこまで?』
さらに、その下へ、
『自分で分かるのは、どこまで?』
と書いた。
二つの問いを見比べる。
どちらにも、まだ答えはなかった。
「まだ分からないな」
クロードは小さく呟き、ノートを閉じた。




