正確に
二限目の始まりを告げる魔導の鐘が鳴る少し前、クロードは一限目に書いたノートを閉じた。
机の上には、先ほど使った金属板が置いてある。
隣ではノーゼスが休み時間にも試していたらしく、板がぼんやりと光っては消えていた。
「さっきより光るようになった」
「何が違ったか分かった?」
クロードが聞くと、ノーゼスは板を見たまま首を傾げた。
「分からん」
「まだ?」
「光らせようとすると光る時は増えた。でも何をした時に光ってるのかって聞かれると分からない」
向こう側からエクリアが覗き込む。
「なら、光った時と光らなかった時を比べればいいでしょう」
「それが分かったら苦労してないって」
「だから繰り返すんでしょう」
「分かってるよ」
二人のやり取りを聞きながら、クロードも自分の金属板へ触れた。
魔力を感じ、動かして手から板へ流す。淡い光が浮かび、流すのを止めると光も消えた。
自分の場合は、やはり感覚と板の反応がほとんど同じだった。
やがて魔導の鐘が鳴り、ほどなくしてナターシャが教室へ入ってくる。
「二限目も、その金属板を使います」
しまおうとしていた生徒たちの手が止まった。
クロードも板を机の中央へ置く。
「一限目では、自分の魔力を感じ、動かし、触れている物へ流してもらいました。二限目では、そこからもう少し進めます」
ナターシャは自分の金属板を手に取った。
「まず、魔力を流してください。そして金属が光ったら、自分の意思で流すのを止めてください」
クロードは少しだけ首を傾げた。
一限目でも、流して止めることは何度かやっている。
「一限目にできていた人も、今度は流すことと止めることを一つずつ意識してください。始めましょう」
クロードは板へ手を置いた。
魔力を感じ、動かして板へ流す。光る。止める。消える。
もう一度同じことを繰り返す。
難しくはない。
周りでも少しずつ金属板が光り始めた。
すぐに消えるものもあれば、光ったままなかなか消えないものもある。何度か試しているうちに消せるようになった者もいた。
クロードは自分の板へ意識を戻した。
流す。光る。止める。消える。
自分は止められる。
けれど、どうやって止めているんだろう。
そう思った途端、今まで当たり前にやっていたことが気になった。
魔力を流す時は、自分の中にあるものを動かして手まで運び、その先へ流している感覚がある。
では、止める時は。
もう一度やってみる。
流す。光る。止める。消える。
やはり止められる。
でも何をしたのかと聞かれたら、ただ流すのをやめたとしか言えない。
「クロードさん」
顔を上げると、ナターシャがこちらを見ていた。
「何か気づきましたか?」
「止めることはできるんですけど……どうやって止めてるのか、よく分かりません」
「では今は、止めることはできる。ただし、その時に自分が何をしているのかまでは分からないということですね」
「はい」
「それで構いません。今はその違いを覚えておいてください」
ナターシャはそれ以上答えず、別の生徒の机へ向かった。
クロードはもう一度板を見る。
できる。
でも、分かっていない。
一限目から何度も出てきたことだった。
隣を見ると、ノーゼスの板が淡く光っている。
しばらくして光が消えたと思ったら、また光った。
「できた?」
「たぶん」
ノーゼスは板を見つめたまま答える。
「たぶん?」
「流すのはさっきより分かってきた。でも止める方がよく分からない」
そう言っている間にも、板の光が消えた。
ノーゼスが目を丸くする。
「今のは止めた?」
クロードが聞く。
「……止めたつもり」
「つもりなんだ」
「お前は分かるのかよ」
「止めたことは分かる。でも、どうやって止めてるのかは分からない」
「じゃあ同じじゃん」
「同じなのかな」
二人で首を傾げていると、ナターシャの声が飛んできた。
「ダグドラスタさん、アインハルトさん。話す前に自分の魔力を確認してください」
「はい」
「すみません」
クロードは慌てて板へ視線を戻した。
しばらく同じ練習を続けたところで、ナターシャが全員の手を止めさせた。
教室に浮かんでいた淡い光が少しずつ消えていく。
「では次は、今より少しだけ間隔を短くします」
クロードは顔を上げる。
「流す。止める。もう一度流す。もう一度止める。それを繰り返してください」
何人かがすぐに金属板へ手を伸ばした。
「ただし、速くすることが目的ではありません」
その手が止まる。
「自分の意思で流し、自分の意思で止める。その一つ一つをできるだけ正確に行ってください。間隔を短くして分からなくなったら、自分で分かるところまで戻して構いません」
クロードは板へ触れた。
まずはさっきと同じように、ゆっくりやってみる。
流す。光る。止める。消える。それを何度か繰り返してから、少しだけ間隔を短くした。
まだ分かる。
もう少しだけ短くする。
板が淡く光っては消え、また光る。
流す。止める。流す――
クロードは手を止めた。
今、二回目に流す前にきちんと止めたのか。
板は消えてからもう一度光った。
結果だけを見れば、できているように見える。
でも自分の中では、その途中が少し曖昧だった。
クロードはもう一度試す。
今度は少し遅くした。
流す。光る。止める。消える。もう一度流す。光る。止める。消える。
これなら分かる。
何度か同じ間隔で繰り返してから、ほんの少しだけ短くする。
今度も分かった。
クロードはそのまま続けた。
できたからすぐに速くするのではなく、同じように何度もできるかを確かめる。
少し短くする。
曖昧になったら戻す。
もう一度繰り返してから、また少しだけ短くする。
気づけば、教室のあちこちで金属板が淡く光っては消えていた。
その間隔は揃っていない。
ゆっくり確かめながら繰り返している者もいれば、それより短い間隔で光らせている者もいる。途中で板が光ったままになり、もう一度最初からやり直している者もいた。
クロードの少し向こうでは、エクリアが金属板をじっと見つめている。
淡い光が浮かび、消える。また浮かび、消える。
クロードより少し間隔は長い。
それでも何度繰り返しても、ほとんど同じ間隔だった。
しばらくすると、エクリアが少しだけ間を短くした。
一度目は光って消える。
二度目も同じだった。
三度目で、消えるまでに少し間が空いた。
エクリアはすぐに元の間隔へ戻した。
クロードはそれを見て、自分と同じだと思った。
「周りと比べる必要はありません」
ナターシャの声が響き、クロードは慌てて自分の板へ戻る。
「今確認するのは、誰が一番速いかではなく、自分がどこまで正確にできるかです」
クロードはもう一度始めた。
流す。止める。流す。止める。
今度は板だけではなく、自分の中にある感覚にも意識を向ける。
流したと思った時に光ったか。
止めたと思った時に消えたか。
少しずつ間隔を短くしていくと、やはり途中から曖昧になる。
そこまで来たら戻す。
何度か繰り返しているうちに、最初に曖昧になった間隔でも少しずつ分かるようになってきた。
ほんの僅かだった。
それでも、さっきより先へ進んでいる。
やがてナターシャが全員の手を止めさせた。
教室に浮かんでいた光が消えていく。
「今、どこまでできましたか?」
誰もすぐには答えなかった。
「何回できたかではありません。どのくらいの間隔なら、自分が流したことと止めたことを確認しながら繰り返せましたか?」
クロードは自分の金属板を見る。
最初より短い間隔でもできるようになった。
でも、そこからさらに短くするとまだ曖昧になる。
今の自分が正確にできるのは、その手前までだった。
ナターシャが黒板へ向かい、一つの言葉を書く。
《魔術操作》
以前にも習った言葉だった。
「皆さんはすでに、この言葉を知っていますね」
クロードは黒板を見る。
「魔法を使う時、ただ魔力を流しているだけではありません。必要な魔力を扱い、魔法を発現させるための操作をしています」
ナターシャは机の上の金属板へ触れた。
「今日行っているのは魔法ではありません。ですが、自分の意思で魔力を動かし、流し、止める。その一つ一つを正確に行えるようにしていくことは、その先の魔術操作にも繋がります」
クロードは自分の手を見る。
昔から魔力を流すことはやってきた。
止めることもできた。
それでも、こうして一つずつ分けて確かめてみると、できることの中にも曖昧なところがある。
「今すぐ完璧にできる必要はありません。まず、自分がどこまでなら正確にできるのかを知ってください。そして、そこから少しずつ正確に扱える範囲を広げていきます」
クロードは金属板へもう一度触れた。
さっき自分が戻した間隔から始める。
流す。止める。流す。止める。
淡い光が浮かんでは消える。
今度は分かる。
なら、ここからもう一度。
クロードはほんの少しだけ間隔を短くした。
それから二限目の終わりを告げる魔導の鐘が鳴るまで、何度も同じことを繰り返した。
◇
授業が終わっても、机の上にはあちこちに金属板が残っていた。
「疲れた」
ノーゼスが机に腕を置く。
「一限目より?」
「光らせるだけなら楽だったんだよ。止めろって言われたら急に分かんなくなった」
エクリアが自分の金属板を教本の上へ置いた。
「私は速くすると止める方が遅れたわ」
「見てた」
クロードが言うと、エクリアがこちらを見る。
「自分を見るんじゃなかったの?」
「あ……」
「クロードも見てたじゃん」
ノーゼスが笑う。
「少しだけだよ」
「少しでも見てるだろ」
クロードは言い返せず、自分の金属板をしまった。
「クロードはどうだったの?」
エクリアに聞かれ、クロードは少し考える。
「最初はできてた。でも間を短くしたら、途中から自分でも分からなくなった」
「できなかったのか?」
「できてはいたと思う。板は光って消えてたから」
クロードはそこで首を振る。
「でも、それだと今日やった意味がない気がする」
ノーゼスが少し考えてから、自分の板を見る。
「できてても分かってなかったら駄目ってことか」
「駄目というより、まだ分かってないってことじゃない?」
「それ、最近ずっと言ってる気がするな」
「うん」
クロードは笑った。
一限目では、魔力を流せるかどうかを確かめた。
二限目では、それを自分の意思で止め、繰り返すところまでやった。
昔からやってきたことなのに、授業で一つずつ分けてみると知らなかったことが出てくる。
クロードはノートを開き、二限目で分かったことを書き始めた。
三限目の始まりまでは、まだ少し時間があった。




