放課後の王都
一限目の文学が終わり、二限目の算術、三限目の世界史と授業は続いていった。
クロードは教本を開き、教師の話を聞きながら必要なところをノートへ書いていく。
三限目を終える魔導の鐘が鳴ると、教室の空気が少し緩んだ。
昼休みになり、クロードも教本を閉じる。
「クロード」
声をかけてきたのはノーゼスだった。
「なに?」
「今日の放課後、暇か?」
クロードは少し考えた。
特に予定はない。部屋へ戻れば図書館から借りている本を読むつもりではいたが、今日でなければいけないわけでもなかった。
「暇だけど」
「じゃあ街に出ないか?」
「街?」
「ああ。ちょっと見て回ろうぜ」
クロードは窓の外へ目を向けた。
学園へ来てから、街をゆっくり歩いたことはまだない。
「行く」
「よし」
ノーゼスが笑う。
「二人で行くの?」
近くから声がして、クロードとノーゼスがそちらを向いた。
エクリアがこちらを見ていた。
「うん」
「何か目的があるの?」
「特にない」
ノーゼスが答える。
エクリアは少しだけ考えた。
「じゃあ、私も行く」
「エクリアも?」
「ええ」
「じゃあ三人だな」
昼休みのうちに、放課後の予定が決まった。
◇
午後の国史を終える魔導の鐘が鳴った。
クロードはノーゼス、エクリアと待ち合わせる時間を決め、一度自分の部屋へ戻った。
教本とノートを置き、外へ出る支度を済ませてから待ち合わせた場所へ向かう。
ノーゼスはすでに来ていた。
「遅いぞ」
「まだ時間前だよ」
「俺が早かっただけか」
少ししてエクリアもやって来る。
「待った?」
「今来たところ」
「俺は結構待った」
「ノーゼスが早く来ただけだよ」
「じゃあ待ってないじゃない」
エクリアに言われ、ノーゼスが笑う。
三人はそのまま学園を出た。
しばらく歩くと人通りが増え、道の両側に店が並び始めた。
クロードは自然と歩く速度を落とした。
アインハルト領にも町はある。店もあれば人が集まる場所もある。
けれど、目の前に広がる光景はそれとはずいぶん違っていた。
行き交う人の数が多い。建物の一階にはいくつもの店が並び、その間にも露店が出ている。店先から声が飛び、荷車が通りを行き、どこからか食べ物を焼く匂いまで流れてきた。
クロードが右を見たあと、今度は左を見る。
「何見てるんだ?」
「いろいろ」
「いろいろって?」
「店とか、人とか」
「全部じゃない」
エクリアが言った。
「うん。だから見るところが多い」
ノーゼスが笑った。
「じゃあゆっくり行こうぜ」
三人は人の流れに混じって歩いていく。
その途中、大きな荷物を抱えた獣人とすれ違った。
少し前を一人の男が歩いている。
クロードは思わず目で追った。
世界史で習ったばかりだった。
ヴォルガには多くの獣人が暮らしている。けれど獣人がいるのはヴォルガだけではなく、人間の国で暮らしたり働いたりしている者もいる。
知ってはいたが、実際に見るのは初めてだった。
獣人は荷物を抱えたまま男のあとを歩いていく。
周りの人たちは特に気にした様子もない。
「クロード?」
前からノーゼスに呼ばれた。
「今行く」
クロードは二人に追いついた。
少し進んだところで、今度はエクリアが足を緩める。
道端に小さな露店が出ていた。
台の上には首飾りや腕輪、髪飾りなどがいくつも並んでいる。
エクリアが立ち止まり、クロードとノーゼスも一緒に止まった。
「こういうの好きなの?」
クロードが聞く。
「見るのは好きよ」
エクリアは並んだ品を一つずつ眺めていく。
クロードも隣から覗いた。
色の違う石がついたものや、細い金属を組み合わせたもの、小さな飾りが揺れるものまである。
エクリアが一つを手に取った。
小さな石のついた髪飾りだった。
「それが気になるの?」
「少しね」
「買わないのか?」
ノーゼスが聞く。
エクリアは手の中の髪飾りをもう一度見てから、元の場所へ戻した。
「気になるけど、今日は買わないわ」
「ふーん」
ノーゼスはそれ以上聞かなかった。
クロードも何も聞かず、三人はまた歩き始める。
さっきエクリアが手にしていた髪飾りが、なんとなく頭に残っていた。
しばらく歩くと、今度はノーゼスが足を止めた。
「なんだこれ」
そこにはさっきとはまるで違う物が並んでいた。
古びた金属片に小さな箱、何かの部品らしいものや、何に使うのか分からない道具まで雑然と置かれている。
ノーゼスが露店の前にしゃがみ込んだ。
クロードとエクリアも一緒に覗く。
「これ何に使うんだ?」
ノーゼスが一つを指さした。
クロードも見る。
「分からない」
「こんなガラクタ、何に使うの?」
エクリアが言うと、店の奥にいた男が笑った。
「ガラクタとは失礼だな」
エクリアが店主を見る。
「だって何に使う物か分からないじゃない」
「使い道が分からないだけだ」
「同じじゃない?」
「全然違うね」
店主はそう言って笑う。
ノーゼスが別の物を指さした。
「じゃあ、これは?」
店主はそれを見た。
少し考える。
「……知らんな」
「知らないのかよ」
ノーゼスが笑った。
クロードもつられて笑う。
「やっぱりガラクタじゃない」
「違うって」
店主まで笑っている。
結局ノーゼスは何も買わなかった。
店を離れてからも、何度か後ろを振り返っている。
「欲しかったの?」
クロードが聞いた。
「いや、何に使うのか気になっただけ」
「分からないんでしょう?」
エクリアが言う。
「だから気になるんだろ」
ノーゼスはそう答えて、また一度だけ露店を振り返った。
◇
それからも三人は通りを歩き、気になる店があれば立ち止まった。
やがて香ばしい匂いが流れてきて、クロードの視線がそちらへ向く。
小さな店の前で何人かが焼きたての食べ物を買っていた。
「食べる?」
エクリアに聞かれ、クロードは店を見る。
「食べてみたい」
「じゃあ食おうぜ」
ノーゼスが先に向かう。
三人で一つずつ買い、そのまま歩きながら食べる。
まだ温かかった。
「おいしい」
「だろ?」
なぜかノーゼスが得意そうに言った。
「ノーゼスが作ったわけじゃないでしょう」
「分かってるって」
食べ終わる頃には、また別の店から甘い匂いがしてきた。
クロードが見る。
ノーゼスも見る。
エクリアも見ていた。
「……食べる?」
クロードが聞く。
「さっき食べたばかりでしょう」
そう言いながら、エクリアの足も止まっている。
ノーゼスが笑った。
「食おうぜ」
結局、三人とも買った。
食べながら人通りの多い道を歩いていると、向こうから仮面をつけた男がやって来た。
クロードはすれ違いざまに少しだけ男を見た。
仮面が珍しかったからというだけではなく、なんとなく周りの人とは雰囲気が違うように感じた。
「クロード、あっちにも店があるぞ」
ノーゼスに呼ばれ、クロードはそちらを見る。
「どこ?」
「あそこ」
ノーゼスが指した先にも露店が並んでいる。
クロードは一度だけ後ろを見たが、仮面の男はもう人混みに紛れていた。
そのまま二人のあとを追う。
何をしに街へ出たのかは決めていなかった。
それでも三人で店を覗き、気になったものを見て、食べたいものを見つければ食べる。
クロードはそれが楽しかった。
しばらくすると、またどこかからいい匂いがしてきた。
クロードがそちらを見る。
ノーゼスも見る。
エクリアも見ている。
「……また?」
エクリアが言った。
「食べる?」
クロードが聞く。
エクリアは少し黙ってから店を見た。
「……少しだけなら」
「決まりだな」
ノーゼスが先に歩き出す。
クロードも笑って、そのあとを追った。
◇
夕方、クロードは自分の部屋へ戻った。
思っていたより長く歩いたせいか、椅子に座ると少しだけ足が重かった。
机の上には教本とノートが置かれている。
クロードはノートを開き、今日の授業で習ったことを簡単に書き足していった。
文学、算術、世界史、国史。
一通り書き終えると、ペンを置いた。
今日は授業以外にもいろいろなものを見た。
初めて見た獣人。いくつもの露店。何に使うのか分からない道具。
それから、食べたもの。
思い返しているうちに、クロードは少し笑った。
今日はずいぶん食べた気がする。
ノートを閉じる。
机の上を片づけると、クロードは図書館から借りている本を手に取った。
少しだけ読んでから、今日は早めに休もう。
そんなことを考えながら、クロードは本を開いた。




