覚えていること、分かること
昼食を終えたクロードは食堂を出た。
向かうのは昨日も行った図書館だ。
休日だからだろうか。外を歩いている生徒の姿は授業がある日より少なく、急いでいる者もほとんどいない。
クロードも急がずに歩いた。
頭の中では、午前中に何度も繰り返したことを思い返している。
何もしていない時にも、魔力は僅かに流れていた。
その流れを感じてから動かした時の方が楽だった。
速くなったわけではない。動かせる魔力が増えたわけでもない。
ただ、いつものように最初から動かそうとした時よりも、無理に動かそうとする感じが少なかった。
どうしてなのかは、まだ分からない。
図書館へ着くと、クロードは扉を開けて中へ入った。
昨日と同じようにたくさんの本棚が並んでいる。
まずは案内板の前へ向かった。
昨日探したのは雷属性の参考書だった。
今日は魔力の流れについて知りたい。
案内板に並んだ項目を順番に見て、魔力について書かれた本がある場所を探す。
「……こっちかな」
棚へ向かい、一冊を手に取った。
目次を開く。
魔力について書かれてはいるものの、知りたいこととは少し違う。
棚へ戻して次の本を取った。
今度は魔術操作について書かれた本だった。
何頁か読んでみたが、昨日借りた本と似た内容が多い。
それも戻して、もう一冊。
さらにもう一冊。
何冊か確かめたところで、クロードは手を止めた。
「……違うな」
魔力について知りたいのは間違っていない。
けれど、それだけでは広すぎる。
午前中に自分が何をしていたのか、もう一度思い返す。
昔、枝へ魔力を流す練習をしていた時は、自分で動かした魔力がどう流れるのかを見ていた。
手のところで止めず、その先まで。
自分の中から枝まで途切れずに流れた時、枝の先に雷が出た。
けれど今朝気づいたのは、その前だ。
自分で動かそうとする前から、魔力は僅かに流れていた。
「動かす前の魔力……」
小さく呟いて、並んでいる本を見る。
題名だけでは中に何が書かれているのか分からないものも多い。
一冊ずつ確かめていけば、いつか見つかるかもしれない。
けれど、もっと早く探せる方法があることをクロードは昨日知っていた。
持っていた本を棚へ戻し、ムリヌ・ファルテスを探す。
少し歩いたところで、その姿を見つけた。
「あの」
声をかけると、ムリヌがクロードを見る。
「本を探してるんですけど」
「どのような本ですか?」
「魔力の流れについて書いてある本です」
言ってから、クロードは少し考えた。
これでは、さっきまで自分が探していたのと同じだ。
「えっと……何もしてない時の魔力について知りたいんです」
ムリヌは黙ってクロードの言葉を待っている。
「自分で魔力を動かす前にも、少し流れてるように感じたんです。それを感じてから動かしたら、いつもより少し楽で」
そこまで話して、クロードは首を傾げた。
「だから、何もしてない時に魔力がどうなってるのか書いてある本……だと思います」
自分でもうまく説明できているのか分からない。
けれどムリヌは少し考えたあと、一冊の本の名を口にした。
続けて、もう一冊。
どちらもクロードがさっき見た本ではない。
「今のお話でしたら、その二冊に近い記述があります」
「分かるんですか?」
「はい」
ムリヌはそう答えると歩き出した。
クロードもその後をついていく。
最初に向かったのは、先ほどクロードが探していた棚から少し離れた場所だった。
ムリヌは並んだ背表紙へ目を向け、その中から一冊を取り出した。
それをクロードへ渡すと、今度は別の棚へ向かう。
そこでも一冊を取り出した。
「こちらです」
「ありがとうございます」
二冊を受け取り、最初の本を開いてみる。
目次を見て頁をめくると、確かに体内の魔力について書かれているところがあった。
もう一冊にも魔力の流れについて触れている部分がある。
「……本当に書いてある」
さっきまで何冊も見ていたのに見つけられなかった。
それなのにムリヌは、クロードの話を聞いただけで二冊とも迷わず見つけた。
クロードは本から顔を上げた。
「ムリヌさんは、どの本に何が書いてあるのか覚えてるんですか?」
「読んだ本でしたら」
「この二冊も?」
「はい」
クロードは手元の二冊を見る。
それから周囲を見回した。
見えるところだけでも、数え切れないほどの本が並んでいる。
昨日も大きな図書館だと思った。
「読んだ本の内容も覚えてるんですか?」
「覚えています」
「全部?」
ムリヌは少し考えてから答えた。
「一度読んだ本に書かれていたことは、必要な時に思い出せます」
クロードは瞬きをした。
「そんなことできるんですか?」
「《書庫》というGIFTです」
「《書庫》……」
もう一度、手元の二冊を見る。
読んだ本に書かれていたことを覚えていて、必要な時に取り出せる。
それなら、さっきの話を聞いただけで二冊を見つけられたのも分かる。
「じゃあ」
クロードは一冊を持ち上げた。
「この本に何が書いてあるかも覚えてるんですよね?」
「はい」
「だったら、僕が知りたいことの答えも分かるんですか?」
ムリヌはすぐには答えなかった。
少し考えてから、クロードを見る。
「それは分かりません」
「え?」
思っていなかった答えだった。
「でも、本の内容は覚えてるんですよね?」
「はい」
「じゃあ……」
クロードは本とムリヌを交互に見る。
「どうして分からないんですか?」
「私が覚えているのは、本に書かれていたことだからです」
クロードは少し考えた。
まだ分からない。
ムリヌは続けた。
「例えば、その本に魔力の流れについてどう書かれていたかは思い出せます。どの辺りに書かれていたかも分かります」
「はい」
「ですが、あなたが今朝感じたものが、本に書かれているものと本当に同じなのかは私には分かりません」
「あ……」
クロードは自分の手を見る。
今朝感じたものは、自分の中にあった感覚だ。
それをムリヌが感じたわけではない。
「じゃあ、本に書いてあることは分かるけど、僕が感じたものは分からない?」
「そうですね」
「でも、魔力の流れについて書いてあるなら……」
そこでクロードは言葉を止めた。
一つ気づいた。
ムリヌが持っているのは《書庫》というGIFTだ。
「ムリヌさんは、魔法を持ってないんですよね?」
「はい」
やはりそうだった。
魔法を持つ者とGIFTを持つ者は原則として分かれている。
自分はその原則から外れる可能性を持って生まれたが、それは普通ではない。
クロードは少し考えてから聞いた。
「じゃあ、魔力を動かす感じも分からないんですか?」
「私自身が感じたことはありません」
「本で読んでても?」
「はい」
ムリヌは少しだけ間を置いた。
「どういうものだと書かれているかは覚えています。でも、実際にそれを感じたことはありませんから」
クロードは黙った。
読んだことを全部覚えていれば、何でも分かるような気がしていた。
けれど、そうではないらしい。
昨日読んだ魔術操作の本を思い出す。
印と魔術操作が関係していることは読んだ。
印が魔術操作を行うために使われることも知った。
それでも、どうしてその型がその魔術操作へ繋がるのかは分からなかった。
「……覚えてるのと、分かるのは違うんですね」
「違いますね」
「全部覚えてても?」
「はい」
ムリヌは少し考えた。
「分からないことはあります」
「たくさん?」
今度はムリヌが少しだけ黙った。
「たくさんありますよ」
クロードは目を丸くした。
それから、手元の二冊へ視線を落とした。
《書庫》があれば、読んだものを忘れない。
必要な時には取り出せる。
今だって、自分では見つけられなかった本をすぐに見つけてもらえた。
すごいGIFTだと思う。
それでも、分からないものはある。
「じゃあ、僕が知りたいことは自分で読んで確かめないと分からないですね」
「そうなると思います」
「分かりました」
クロードは二冊を抱え直した。
「これ、借りられますか?」
「はい」
ムリヌと一緒に貸し出しの場所まで戻る。
二冊を渡すと、ムリヌはそれぞれを確認して手続きを始めた。
クロードはその様子を見ながら、もう一度本へ目を向ける。
この中に答えが書かれているのかもしれない。
書かれていないのかもしれない。
書かれていても、自分が読んですぐ分かるとも限らない。
それでも、今朝感じたものと比べることはできる。
手続きが終わり、ムリヌが二冊をクロードへ返した。
「貸し出しは二週間です。それまでに返却してください」
「二週間ですね」
「はい」
クロードは二冊を受け取った。
「ありがとうございます」
少し歩きかけてから、足を止める。
振り返ると、ムリヌはまだそこにいた。
「あの、また分からないことがあったら本を探してもらってもいいですか?」
「もちろんです」
クロードは頷いた。
今度こそ二冊を抱えて、図書館の出口へ向かう。
昨日は雷の参考書と魔術操作の本。
今日は、魔力についての二冊。
知りたいことを調べるたびに、本が増えていく。
けれど、知っていることが増えた分だけ、分からないことが減るわけではないらしい。
クロードは腕の中の二冊を見た。
まずは読んでみよう。
それから、自分が感じたものと比べればいい。
クロードは二冊の本を抱えたまま、図書館を出た。




