図書館へ
「クロード、帰るのか?」
鞄を持ち上げたところで、ノーゼスが声をかけてきた。
「ううん。今から図書館行ってくる」
「図書館?」
「うん。参考書を探したくて」
「今日の魔法の?」
「それもある」
ノーゼスは少し考えるようにクロードを見た。
「他にもあるのか?」
「雷の参考書も見てみたい」
「じゃあ俺も行く」
返事をした時には、ノーゼスはもう自分の鞄を持ち上げていた。
「ノーゼスも?」
「雷の参考書あるんだろ?」
「あるかは分からないよ」
「じゃあ探せば分かる」
クロードは少し笑った。
「うん。じゃあ行こう」
二人で教室を出る。
授業を終えた廊下にはまだ生徒の姿が多かった。教室に残って話している者もいれば、そのまま寮へ向かって歩いていく者もいる。
その中を並んで歩いていると、しばらくしてノーゼスが口を開いた。
「魔術操作って、クロードも今日初めて知ったのか?」
「名前はね」
「名前は?」
「父上と訓練してた時に、似たようなことはやってたから」
ノーゼスがこちらを見る。
「どんな訓練?」
クロードは少し考えてから答えた。
「剣に雷を留められないか練習してた」
「剣に?」
「うん」
「できたのか?」
「できなかった」
「できなかったのか」
ノーゼスは少し意外そうな顔をした。
クロードの雷は、それだけを狙ったところへ放つことができない。
だから剣に雷を留めることができれば、相手へ剣を当てながら雷も使えるんじゃないかと思った。
父上とも何度も試した。
雷を出して、それを剣へ留めようとする。
けれど、できなかった。
今は剣が相手へ当たる直前に魔法を使うようにしている。
「でも今日の授業を聞いて、あの時やろうとしてたことも魔術操作に関係してたんだって思った」
「へえ」
ノーゼスは前を向いたまま少し考えた。
「じゃあ、それも調べるのか?」
「うん。何でできなかったのか分かるかもしれないし」
そこまで言って、クロードは少しだけ考え直す。
「……分からないかもしれないけど」
「まだ本も見てないだろ」
「そうだけど」
「見てから考えようぜ」
ノーゼスはそう言って先へ歩いていく。
クロードもその隣を歩いた。
確かにその通りだった。
◇
図書館へ入ると、教室とは違う静けさに包まれた。
入学式の日にも大きいと思ったが、実際に中へ入ってみるとその広さがよく分かる。高い本棚がいくつも並び、その向こうにもまだ本棚が続いていた。机に向かっている生徒もいれば、本を抱えて棚の間を歩いている生徒もいる。
「……広いな」
ノーゼスが小さな声で言った。
「うん」
あとで来てみようかな。
入学した日にそう思ったことをクロードは思い出した。
思っていたより早く来ることになった。
「雷の本、どうやって探す?」
「まず――」
クロードは周囲を見た。
入口から少し進んだところに案内板がある。
二人で近づいてみると、本の種類ごとに大まかな場所が分けられていた。
「魔法はこっちだ」
ノーゼスが指を差す。
「うん」
案内に従って歩いていく。
それでも図書館そのものが広いため、魔法に関する本が置かれた場所へ着いてからも本棚は一つではなかった。
クロードは並んだ背表紙を順番に見ていく。
「土、あった」
ノーゼスが言った。
見ると、土属性について書かれた本が何冊も並んでいる。
「いっぱいあるね」
「雷は?」
クロードも周囲を探した。
炎、水、風、土。
光について書かれた本もある。
けれど雷はなかなか見つからない。
「別のところかな」
「案内板には魔法って書いてあったぞ」
「ここまでは合ってると思うんだけど」
二人でもう少し探してみる。
その途中で、クロードの目が一冊の背表紙に止まった。
魔術操作。
今日聞いたばかりの言葉だった。
「それも探してたやつ?」
ノーゼスが横から覗く。
「うん」
手を伸ばしかけて、クロードは止めた。
気になる。
けれど、まず探しに来たのは雷属性の参考書だ。
「あとで見る」
「じゃあ雷からか」
「うん」
もう少し探したものの、やはり見つからなかった。
雷属性の参考書が少ないことは授業で聞いている。
ただ、図書館にないのか、自分たちが見つけられていないだけなのかは分からない。
クロードは一度入口の方を振り返った。
「聞いてみようか」
「誰に?」
「管理してる人」
「ああ」
二人で入口の方へ戻る。
そこには一人の女性がいた。
「すみません」
クロードが声をかけると、女性が顔を上げた。
「はい」
「雷属性の参考書を探してるんですけど、どこにありますか?」
「雷属性ですね」
図書館管理人のムリヌ・ファルテスはそう確認してから、二人に場所を教えてくれた。
どうやら探していたところから少し離れた場所にあるらしい。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
二人で礼を言い、教えられた場所へ向かう。
「最初から聞けば早かったな」
ノーゼスが言った。
「案内板で分かると思ったんだけど」
「魔法までは分かった」
「うん」
何も分からなかったわけではない。
ただ、そこから先が分からなかった。
教えられた場所へ着くと、クロードは棚を見上げた。
「あった」
雷属性について書かれた本が並んでいる。
けれど、さっき見た土属性の本と比べれば明らかに少なかった。
「ほんとに少ないな」
ノーゼスも気づいたらしい。
クロードは一冊ずつ確認して、その中から参考書を手に取った。
頁を開いて読み進めていく。
しばらくして、クロードの手が止まった。
「あ」
「何?」
「僕が使ってる印」
ノーゼスがすぐ横から覗き込んでくる。
「これ?」
「うん」
「これで雷が出るのか?」
「うん」
ノーゼスがさらに近づいてくる。
「近い」
「見えないだろ」
「僕が見えない」
ノーゼスが少しだけ離れた。
クロードは改めて参考書を見る。
間違いない。
父上から教わり、今まで何度も繰り返してきた印だった。
さらに先へ進む。
今度は知らない印が出てきた。
次も知らない。
クロードはそこで手を止めた。
「これ知らない」
「どんな魔法?」
ノーゼスに聞かれ、そこに書かれている説明を読む。
何をする魔法なのかは分かる。
印の型も載っている。
けれど、それを知ったからといって自分がその魔法を扱えるのかは分からなかった。
「使える?」
「分からない」
「印は分かるんだろ?」
「うん。でも今日習っただろ。印を知ってても、それだけで扱えるとは限らないって」
「ああ」
ノーゼスは少し考えて頷いた。
「じゃあ練習すれば使える?」
「それも分からない」
必要な魔力が足りるのか。
どれだけの魔術操作が必要なのか。
今の自分に扱えるものなのか。
参考書を開けば、もっと簡単に分かると思っていた。
けれど知らなかった印を一つ見つけただけで、分からないことがいくつも出てくる。
クロードはもう一度そこに載っている印を見る。
どうして、この型なんだろう。
印は魔術操作を行うために使われる。
今日の授業ではそう習った。
なら、どうしてこの型を使うことで、その魔法に必要な魔術操作へ繋がるのだろう。
「クロード?」
聞き覚えのある声がして、クロードは顔を上げた。
エクリア・ファインザードが本を一冊抱えて立っていた。
「エクリア」
「二人も図書館に来ていたんですね」
「うん。雷の参考書を探しに来た」
ノーゼスがクロードの持っている本を指す。
「ちゃんとあったぞ」
「それはよかったですね」
「エクリアは?」
クロードが聞く。
「勉強です」
エクリアが少し離れた机へ目を向ける。
そこにはすでに何冊かの本が置かれていた。
「次の授業の予習をしていました」
「もう?」
ノーゼスが言う。
「一番を目指すと言ったでしょう」
エクリアは当然のように答えた。
クロードは入学したばかりの教室で聞いた言葉を思い出した。
勉強も実技も一番を目指す。
本当にそのために動いているらしい。
「何か分かりましたか?」
エクリアが参考書へ視線を向ける。
「知らない印がいくつかあった」
「使えるんですか?」
「分からない」
エクリアは少し考えてから、もう一度本を見る。
「見つけただけでは分からないということですか?」
「うん。印を知っても、僕がその魔法に必要な魔術操作をできるか分からないから」
「ああ……今日の授業ですね」
「うん」
「同じ属性で同じ印なら同じ魔法を使える。でも必要な魔力や魔術操作は魔法によって違う」
エクリアは確かめるように言った。
「じゃあクロードも、雷属性なら何でも使えるわけではないんですね」
「使えないよ」
クロードが答えると、エクリアは少し考えた。
「私も同じです」
「水と風?」
「はい。二つ使えますけど、それぞれの魔法を全部扱えるわけではありません」
言われてみれば当然なのかもしれない。
二つの属性を使えることと、その二つにある魔法を何でも扱えることは別だ。
ノーゼスが二人を見比べる。
「俺、土だけだけど全部使えないぞ」
「それが普通なんじゃない?」
「なんか今、俺だけすごく普通みたいに聞こえた」
「土属性が普通だとは言ってません」
エクリアが返す。
「そうじゃなくて」
ノーゼスの声が少し大きくなる。
近くで本を読んでいた生徒が顔を上げ、ノーゼスはすぐに口を閉じた。
クロードもエクリアも黙る。
少しして、エクリアが小さな声で言った。
「図書館ですよ」
「分かってる」
ノーゼスも小声で返した。
クロードは笑いそうになったのを堪えながら、参考書へ目を戻す。
「その参考書、私もあとで少し見てもいいですか?」
「雷の?」
「はい。雷属性の魔法を見る機会はほとんどありませんから」
前にも雷を見てみたいと言っていた。
「いいよ。僕が読み終わったら」
「ありがとうございます」
エクリアはそう言って、自分の席へ戻っていった。
クロードも参考書を読み進める。
知らない印はまだあった。
けれど、今ここですべてを読むのは難しそうだった。
それより、さっき見つけた魔術操作の本も気になる。
「ノーゼス」
「ん?」
「さっきの本も見てくる」
「魔術操作?」
「うん」
「俺も行く」
「土の本は?」
ノーゼスが一度、土属性の本が並んでいた方を見る。
「……あとで」
「いっぱいあったよ」
「分かってるって」
二人で先ほどの棚へ戻る。
クロードは気になっていた一冊を手に取り、頁を開いた。
魔術操作について書かれたところを探して読み進めていく。
今日ナターシャから聞いたことと重なる部分もあった。
印は魔術操作と無関係ではない。
魔法を扱うために必要な操作へ繋げるために印を使う。
けれど、クロードが知りたいのはその先だった。
なぜ、その型なのか。
どうしてその印が、その魔術操作へ繋がるのか。
何頁か読む。
別のところも読む。
けれど、今読んだ範囲では答えは見つからなかった。
「書いてない?」
ノーゼスが聞く。
「今読んだところにはない」
「他には?」
クロードは本の残りを見る。
「まだいっぱいある」
「じゃあ全部読む?」
「今日は無理」
「そっか」
ノーゼスは少し残念そうだった。
「なんでノーゼスが残念そうなの?」
「分かったら雷のことも分かるかもしれないだろ」
「ノーゼス、雷好きだね」
「珍しいからな」
クロードはもう一度本へ目を落とした。
目的だった雷属性の参考書は見つかった。
知らなかった印も見つかった。
魔術操作について書かれた本も見つかった。
それでも、剣に雷を留められなかった理由は分からない。
印と魔術操作が繋がっていることは分かったのに、どうして繋がるのかは分からない。
調べる前より知ったことは増えている。
それなのに、魔法はさっきより分からなくなった気がした。
クロードは本を閉じた。
「これ、借りられるかな」
「聞いてみようぜ」
二人は本を持ってムリヌ・ファルテスのところへ向かった。
◇
夜。
クロードは机の上にノートを開いた。
鉛筆を持ったまま、しばらく今日の授業と図書館で見たものを思い返す。
書きたいことは多かった。
けれど、どこから書けばいいのか少し迷った。
やがて最初の一行を書く。
『魔術操作。』
今日、初めて知った言葉だった。
『名前は今日初めて知った。でも、父上との訓練で似たことはやっていた。』
そこまで書いて、クロードは鉛筆を止めた。
似たこと。
そう書くと少し曖昧な気がする。
あの頃、自分が何をしようとしていたのかは分かっていた。
雷だけでは狙ったところへ放てない。
だから剣に雷を留められないか、何度も試した。
『剣に雷を留めようとしていた。』
『できなかった。』
短く書いてから、その二行を見つめる。
印は使っていた。
雷も出せていた。
それでも剣には留められなかった。
『あの時にやろうとしていたことも、魔術操作に関係していたんだと思う。』
『でも、何が足りなかったのかはまだ分からない。』
クロードはそのまま続きを書いた。
『図書館で雷属性の参考書を見つけた。』
『僕が使っている印も載っていた。知らない印もあった。』
知っている印なら、見れば自分がいつも使っているものだと分かる。
けれど、初めて見る印は違った。
その型を知っただけで、自分が扱えるようになったわけではない。
今日の授業で聞いたことを思い出す。
同じ属性で同じ印なら、同じ魔法を使える。
けれど魔法によって必要な魔力も、求められる魔術操作も違う。
『印を知ることと、その魔法を扱えることは同じじゃない。』
そこでまた鉛筆が止まった。
印は魔術操作を行うために使われる。
それは今日知った。
けれど――。
『どうして、その型なんだろう。』
クロードは少し考えてから、その下へ続けた。
『どうしてその印を使うと、その魔法に必要な魔術操作に繋がるんだろう。』
答えは書けなかった。
参考書を読んでも、今日見た範囲では分からなかった。
剣に雷を留められなかった理由も、まだ分からない。
知らない雷の印もあった。
魔術操作という名前を知って、今までやってきた訓練の見え方も少し変わった。
分かったことは増えた。
けれど、その先にまた分からないことが出てきた。
クロードは今まで書いたところを読み返す。
そして最後に、二行だけ書き足した。
『分からないことが増えた。』
『もう少し調べてみたい。』
鉛筆を置いて、クロードはノートを閉じた。




