初めての授業(久しぶりの授業)
朝、教室へ入ると昨日より少し賑やかだった。
話している生徒もいれば、席に座って教本を眺めている生徒もいる。クロードはその間を通って自分の席へ向かった。
「おはよう、クロード」
後ろから聞こえた声に振り返る。
ノーゼスだった。
「おはよう」
挨拶を返して席に着くと、ノーゼスも自分の席へ戻っていった。
間もなく鐘が鳴り、マーサ・ミレナインが教室へ入ってくる。
「皆さん、おはようございます」
教室が静かになった。
「今日から通常授業が始まります。ただ、1限目はこれから皆さんが受ける授業について説明しますね」
時間割が配られ、クロードも受け取った紙へ目を落とした。
世界史、算術、文学。それ以外にもいくつかの授業が並び、その中には魔法基礎と魔法実技という文字もある。
こうして教室の席に座って先生の話を聞くのは、ずいぶん久しぶりな気がした。
「基本的には午前に3限、午後に1限です。毎日同じ授業ではありませんから、時間割はちゃんと確認してくださいね」
マーサはそれぞれの授業について順番に説明していく。
世界史はマーサ自身が担当し、魔法基礎を担当するのはナターシャ・ミナルトアという教師らしい。
「皆さんは魔法組ですから、当然魔法についても学んでもらいます。ただし、最初は基礎を中心に勉強します」
教室の中から手が挙がった。
「実技はやらないんですか?」
クロードもそちらを見る。
昨日、自己紹介で聞いた名前を思い出す。
ガレス・ヴァンデル。
「もちろんありますよ。魔法実技はゼーラス・ハイマウンティ先生が担当します」
「いつからですか?」
「皆さんが必要なことをきちんと理解してからです」
ガレスは少し考えた。
「じゃあ、早く覚えれば早く実技ができるってことですか?」
「早く覚えるだけでは駄目ですよ。きちんと理解してくださいね」
「はい」
ガレスは手を下ろした。
マーサは教卓の上に置いた紙へ目を落とす。
「それから、魔法についてもう一つ大切な決まりがあります」
教室の視線が集まった。
「学園の中で魔法を使う際は許可証が必要です。許可証を持っていない生徒は、授業以外で勝手に魔法を使わないようにしてください」
クロードは顔を上げた。
「許可証を持っている場合でも、魔法を使えるのは指定された場所だけです」
今度は別の場所から手が挙がった。
「先生」
「はい」
「許可証はどうしたらもらえるんですか?」
「魔法実技のテストで一定以上の点数を取ると許可証がもらえます」
教室に小さなざわめきが広がった。
「ですから、皆さんが許可証を手にするのはもう少し先ですね」
マーサはそう言ってから説明を続けた。
授業で使う教本や必要なもの、学園で過ごす上で気をつけること。一つずつ話を聞いているうちに、1限目の終わりを告げる鐘が鳴った。
マーサが時計を見る。
「ちょうど鐘も鳴りましたね。それでは説明はここまでにします。次はナターシャ先生の魔法基礎ですから、教本を準備して待っていてください」
マーサが教室を出ていくと、止まっていた話し声が戻ってきた。
クロードも机の中から魔法基礎の教本を取り出す。
「クロード」
顔を上げると、ノーゼスが机の横に立っていた。
「実技、まだ先なんだな」
「そうみたいだね」
「雷、見たかったんだけど」
ノーゼスは本当に残念そうだった。
昨日から雷を見せてほしいと言っていたが、許可証が必要なら今ここで見せることはできない。
「許可証も実技テストを受けないともらえないんだろ?」
「うん」
「じゃあ実技テスト、頑張るしかないか」
「そうだね」
ノーゼスは少し考えてから頷いた。
「雷を見るためなら頑張れる」
「雷を見る話?」
横から声がした。
エクリアだった。
「うん。クロードの雷」
ノーゼスが答えると、エクリアはクロードを見る。
「私も少し気になるわ」
「エクリアも?」
「雷魔法を見る機会なんて、あまりないもの」
エクリアは少し考えるように時間割へ目を落とした。
「でも許可証がないなら、今は無理ね」
「そうみたい」
「なら授業を受けましょう」
その時、教室の前の扉が開いた。
入ってきた女性を見て、教室の声が少しずつ小さくなる。
女性は教卓まで歩くと、一冊の教本を置いた。
「ナターシャ・ミナルトアです。魔法基礎を担当します」
教室を見渡してから、ナターシャは黒板へ向かった。
「教本はまだ開かなくて構いません」
すでに開いていた生徒の何人かが手を止める。
「皆さんはすでに魔法を使えると思います。ですが、魔法を使えることと、魔法を理解していることは同じではありません」
クロードは前を見る。
「分からないことを、分からないと言うのは構いません。答えを間違えることもあるでしょう。それも構いません」
ナターシャは教室を見渡した。
「ただし、一度教えたことを何も考えずに『分かりません』で終わらせることは認めません。答えを間違えた時も、なぜそう考えたのかを説明してください」
厳しい先生だ。
けれど、こういう先生も昔いたような気がする。
誰だったかまで思い出そうとはせず、クロードはそのままナターシャの話を聞いた。
「では始めます」
ナターシャは黒板に文字を書く。
印。
「魔法を使う時には必ず印を使います。これは皆さんも知っていますね」
何人かが頷く。
クロードも同じだった。
雷を使う時にも印を使う。それ自体は何度も繰り返してきた。
「では、自分が普段使っている印を、なぜその形に組んでいるのか説明できる人はいますか?」
誰もすぐには答えなかった。
クロードは自分が雷を使う時のことを思い返す。
印を組み、触れているものへ魔力を流す。そうすれば雷が出る。
けれど、なぜその印なのかと聞かれると答えられない。
しばらくして、一人の手が挙がった。
「はい」
ナターシャがそちらを見る。
「名前は?」
「リーゼ・シュトラールです」
「ではリーゼ。説明してください」
リーゼは立ち上がった。
「その印を使えば、使いたい魔法になるからです」
「なぜですか?」
リーゼは少し黙った。
「……分かりません」
「分からない。それで構いません。座ってください」
「はい」
リーゼが座ると、ナターシャは黒板へ向き直った。
「今の答えがすべて間違っているわけではありません。その印を使えば、その魔法になる。皆さんもそれを知っているから使っているのでしょう」
ナターシャは黒板に書いた文字を指した。
「ですが、それだけでは理解したことにはなりません」
クロードは黒板を見る。
「印は属性ごとに異なります。そして印の組み方によって、魔法の強さや形も変わります」
ナターシャは教卓の教本を手に取った。
「各属性には、それぞれ印について学ぶための参考書があります。印は魔法ギルドによって管理され、新しい印ができた場合には必ず登録することになっています」
そこで教本を置く。
「この授業では印を覚えるだけではなく、自分が使っている印について考えながら学んでもらいます」
教室の後ろから手が挙がった。
「先生」
「はい」
「印を少し間違えたら、どうなるんですか?」
声を上げたのはマミヤ・シーナだった。
ナターシャはすぐには答えなかった。
「あなたはどうなると思いますか?」
「え?」
「何か気になったから質問したのでしょう。まず自分で考えてください」
マミヤは少し考えた。
「……魔法が出ない、とか?」
ナターシャは黙って続きを待っている。
「それか……組み方で強さとか形が変わるなら、間違えた時も何か変わるのかなって」
「今はそれで構いません」
マミヤはしばらくナターシャを見ていた。
「……答えは?」
「これから学びます」
「今は教えてくれないんですか?」
「今ここで私が答えを言えば、あなたはその答えを覚えるだけでしょう」
マミヤは何か言いかけ、そのまま口を閉じた。
「まず考えてください。その上で学び、確かめる。それを繰り返します」
ナターシャは教本を開いた。
「では皆さんも教本を開いてください」
教室のあちこちからページをめくる音が聞こえる。
クロードも教本を開いた。
「今日は自分の属性で使っている印を一つ選んでください」
クロードはページをめくり、雷属性の印を探した。
その中に見覚えのあるものがある。
自分が何度も使ってきた印だった。
「選んだら、まずよく見てください」
ナターシャの声を聞きながら、クロードはページに描かれた印を見る。
形は覚えている。
これまで何度も使ってきたのだから、間違えることもほとんどない。
けれど、さっき聞かれたことには答えられなかった。
なぜ、この印なんだろう。
「すぐに答えを出す必要はありません」
クロードは印から目を離さなかった。
「まず、自分が何を知らないのかを見つけてください」
知らないことを教わり、それまで当たり前に使っていたものを改めて考える。
こういう時間は嫌いではなかった。
分からないことがあれば、調べる。試してみて違えば、また考える。
昔からそういうことを繰り返していた気がする。
けれど今、目の前にあるのは昔にはなかった魔法だった。
クロードはもう一度、教本の印を見る。
同じ印なのに、今までとは少し違って見えた。
やがて2限目の終わりを告げる鐘が鳴った。
そのあとも授業は続き、クロードは新しい教本を開き、新しい教師の話を聞いた。
そして、学園での授業が始まった。
◇
その夜、クロードは机に向かって日記を開いた。
何を書くか少し考えてから、今日あったことを順番に書いていく。
『今日から授業が始まった。』
『1限目はマーサ先生から授業の説明を聞いた。』
『学園で魔法を使うには許可証が必要。実技テストで一定以上の点数を取らないともらえない。』
そこまで書いて次の行へ移る。
『2限目は魔法基礎だった。』
『ナターシャ先生に、なぜその印を使っているのか聞かれた。』
クロードは筆を止めた。
昼間に見た印を思い出す。
何度も使ってきたのに、どうしてその形なのかは知らなかった。
『使えるけど、知らないことがあった。』
少し考えてから書き足す。
『参考書を探してみる。』
クロードは今日のことを思い返し、最後にもう一行書き足した。
『やっぱり今日も近かった』




