距離が近い
その日の夜、クロードは机に向かっていた。
目の前には一冊のノートが開かれている。
入学式を終えた今日一日のことを思い返しながら、クロードはペンを走らせた。
『エクリア・ファインザード。「次は負けない」と言われた』
少し間を置いて、その下へもう一つ名前を書く。
『ノーゼス・ダグドラスタ。初対面なのに距離が近い』
二つの名前を眺めてから、クロードはノートを閉じた。
◇
翌朝、教室へ入るとすでに何人もの生徒が来ていた。
昨日は名前を呼ばれただけだった者たちも、今日は近くの席同士で話している。
クロードが自分の席へ向かっていると、横から声が飛んできた。
「おはよう、クロード」
「おはよう、ノーゼス」
昨日、教室を出てからずっと質問をしてきた少年だった。
「昨日の続きなんだけど」
「まだ続くの?」
「兄弟の話、途中だっただろ?」
本当に続きらしい。
クロードが答えようとしたところで、教室の前の扉が開いた。
「皆さん、おはようございます」
マーサ・ミレナインが入ってくる。
話していた生徒たちがそれぞれの席へ戻り、ノーゼスも自分の席へ戻っていった。
「今日はオリエンテーションを行います。学園での生活について説明したあと、皆さんで学園の中を回ります」
マーサはそこまで話すと、一度教室を見渡した。
「その前に、昨日はきちんと自己紹介できませんでしたから、まずは私からですね」
姿勢を正してから、マーサは改めて教室へ向き直った。
「このクラスの担任を務めるマーサ・ミレナインです。世界史を担当しています。これからよろしくお願いします」
頭を下げてから顔を上げる。
「それでは、皆さんにも自己紹介をしてもらいましょうか」
前の席から順番に、一人ずつ名前と簡単な自己紹介をしていくことになった。
何人かが終わったあと、昨日聞いた声が教室に響いた。
「エクリア・ファインザードです。魔法は水と風を使えます。よろしくお願いします」
途端に、教室のあちこちから小さな声が上がった。
「二つ?」
「水と風だって」
クロードもエクリアを見る。
エクリアは少し間を置いてから続けた。
「それと、この学園では勉強も実技も一番を目指します」
教室が静かになる。
「入学試験では届きませんでしたが、次は必ず一番になります」
何に届かなかったのか、クロードにはすぐに分かった。
昨日も次は負けないと言われたばかりだ。
エクリアは頭を下げ、そのまま席へ戻った。
自己紹介は続いていく。
やがてクロードの番になった。
前へ出て教室を見渡す。
「クロード・アインハルトです。剣を使います。魔法は雷属性です。よろしくお願いします」
頭を下げると、今度は別のざわめきが起きた。
席へ戻ると、すぐにノーゼスが振り向いた。
「お前、雷なのか?」
「うん」
「昨日言ってなかっただろ」
「聞かれなかったから」
「あれだけ聞いたのに?」
「うん」
ノーゼスは少し考えたあと、すぐに口を開いた。
「見せてくれよ」
「今?」
「今」
クロードは教室の前を見る。
まだ次の生徒が自己紹介をしている。
「駄目だと思う」
「じゃああとでな」
あとでならいいとは言っていない。
クロードが何か言う前に次の自己紹介が始まり、ノーゼスも前を向いた。
それから何人かが続き、やがてノーゼスの番になる。
「ノーゼス・ダグドラスタ。土属性だ。よろしく」
それだけ言うと、すぐに席へ戻ってきた。
クロードは少し意外に思って横を見る。
「短いね」
「何が?」
「自己紹介」
「名前と属性言っただろ?」
「うん」
「じゃあいいだろ」
昨日からあれだけ人には質問してくるのに、自分のことはそれだけらしい。
全員の自己紹介が終わると、マーサが教室の前に立った。
「それでは学園の中を案内します。皆さん、ついてきてくださいね」
生徒たちが次々と席を立つ。
クロードも廊下へ出ると、いつの間にかノーゼスが隣にいた。
マーサの案内で校舎を歩きながら、これから使う教室や施設について説明を受けていく。
昨日通った場所もあれば、初めて見る場所もあった。
「ここが図書館です。授業で必要なもの以外にも多くの本があります」
クロードは開かれた扉の向こうへ目を向けた。
昨日も気になった場所だ。
入口から見えるだけでも、いくつもの本棚が並んでいる。
どれくらい本があるんだろう。
「本、好きなのか?」
隣からノーゼスが聞いた。
「うん」
「へえ」
マーサが移動を始め、二人もそのあとを追った。
次に案内されたのは訓練場だった。
剣の訓練に使う場所と、魔法の実技を行う場所について説明を受ける。
周囲を見ていたクロードの横で、ノーゼスが口を開いた。
「ここなら雷見せられるな」
「まだ覚えてたの?」
「見たいからな」
「今はオリエンテーション中だよ」
「じゃあ終わったら?」
クロードは答えず、マーサの説明へ視線を戻した。
そのあともいくつかの施設を回り、食堂へ入った。
広い室内には長い机がいくつも並んでいる。
マーサが利用する時間や決まりについて説明していると、隣にいたノーゼスが言った。
「あとで食べに来ようぜ」
「うん」
マーサが歩き出し、二人もそのあとについて食堂を出た。
さらに学園の中を回り、別の建物へ向かうため校舎の外へ出る。
その途中で、クロードの視線が外壁へ向いた。
壁の低い位置に、小さな跡がいくつか残っている。
何かをぶつけたようにも見えるが、形は一つずつ違っていた。
クロードの足が少しだけ遅くなる。
「何見てるんだ?」
隣からノーゼスが覗き込んだ。
「壁」
「壁?」
「ここ、跡がある」
ノーゼスも壁を見る。
「ほんとだ」
もう少し見ていたかったが、前を歩く生徒たちとの距離が開き始めている。
「行こう」
「もういいのか?」
「今は」
二人はそのまま皆のあとを追った。
その後もオリエンテーションは続き、すべての説明を終えるとその日は解散となった。
◇
その夜、クロードは机に向かい、ノートを開いた。
今日のことを思い返しながら、ペンを動かしていく。
『エクリア・ファインザード。水と風の二属性。次は必ず一番になると言っていた』
図書館のこと。
壁に残っていた跡。
そういえば、あのあと食堂にも行った。
そこでノーゼスのことを思い出した。
『ノーゼスは今日も近かった。』
クロードは少し考えて、もう一行書き足した。
『明日もたぶん近い』
ノートを閉じた。




