はじまりの日
広い式場には、クロードと同じ制服を着た新入生たちが整然と並んでいた。
先ほどまで教室で聞こえていた話し声はほとんどなく、前方に設けられた壇上へ視線が集まっている。
やがて教師の一人が前へ出ると、王立学園の入学式が始まった。
簡単な挨拶のあと、新入生の名前が順に呼ばれていく。
「エクリア・ファインザード」
「はい」
少し離れたところで一人の少女が立ち上がる。
よく通る声だった。
クロードは何気なくそちらへ目を向けたあと、再び前を見る。
「ガレス・ヴァンデル」
「はい!」
「カイル・ノルディア」
「はい」
名前と返事が続いていく。
知らない名前ばかりだった。
当然といえば当然だ。今日ここに来るまで、クロードはこの学園に通う者のほとんどと会ったことがない。
「クロード・アインハルト」
「はい」
呼ばれて立ち上がり、返事をする。
壇上の教師が確認すると、クロードは再び席についた。
その後も呼名は続き、やがて新入生全員の入学が認められた。
続いて壇上へ上がったのは、一人の男だった。
王立学園学園長、グラシオス・ザッカーゼクト。
七賢人の一人、風の賢人グラシオス。その名は広く知られており、クロードも知っていた。
グラシオスは新入生たちを見渡してから、ゆっくりと口を開いた。
「今日、諸君は王立学園の門をくぐった」
静かな声が広い式場によく響く。
「ここには、さまざまな能力を持つ者がいる。生まれ育った場所も、これまで過ごしてきた環境も一人ひとり違う。これまで自分のいた場所では出会わなかった者とも出会うだろう」
クロードは黙ってその言葉を聞いていた。
「互いの違いを知り、時には競い、時には力を貸し合いながら、この学園で多くのことを学んでほしい」
グラシオスは最後に新入生たちをもう一度見渡す。
「諸君がこの学園で過ごす日々が、実りあるものになることを願っている」
一礼して壇上を降りると、式は次へ進んだ。
「続いて、新入生代表挨拶」
クロードは背筋を伸ばす。
「新入生代表、クロード・アインハルト」
「はい」
もう一度立ち上がる。
今度は先ほどとは違い、式場にいる者たちの視線が一斉にこちらへ向いた。
クロードは壇上へ向かい、教えられていた位置で足を止める。
前を見ると、並んで座る新入生たちの顔が思っていた以上によく見えた。
クロードは一度息を整え、口を開いた。
「本日、僕たちは王立学園への入学を許され、この日を迎えることができました」
用意してきた言葉を、一つずつ口にする。
これから始まる学園生活で多くのことを学ぶこと。
互いに高め合いながら成長していきたいこと。
そして、この学園の生徒として恥じないよう励んでいくこと。
最後まで言い終えると、クロードは一礼して壇上を降りた。
席へ戻る途中、何人かの視線を感じた。
新入生代表として前に立ったのだから、目立つのは仕方がない。
そう考えて席につく。
その後、教師たちの紹介が行われ、入学式は滞りなく終わった。
新入生たちが立ち上がり、それぞれの教室へ戻ろうと動き始める。
クロードも人の流れに合わせて歩き出した。
「クロード・アインハルト」
突然、自分の名前を呼ばれて足を止める。
振り返ると、一人の少女がこちらへ歩いてきていた。
呼名の時に、よく通る声で返事をしていた少女だ。
「えっと……」
クロードが名前を思い出そうとすると、少女は先に名乗った。
「エクリア・ファインザードよ」
「ああ、覚えてる」
「覚えていたの?」
「返事の声が印象に残ってたから」
エクリアは一瞬意外そうな顔をしたものの、すぐにクロードをまっすぐ見た。
「私はあなたの名前、入学説明会の時から知っていたわ」
「説明会?」
「ええ。新入生代表としてあなたの名前が発表されたから」
「そうだったんだ」
「私、今回も自分が一番だと思っていたの」
あまりにも迷いなく言うので、クロードは返す言葉に困った。
「でも違った。首席はクロード・アインハルト。聞いたこともない名前だったから、誰なのかと思ってた」
「それで僕の名前を?」
「ええ。それで今日、やっと分かったわ」
エクリアの目がクロードを捉える。
「あなたがクロード・アインハルトなのね」
「うん」
「次は負けないから」
「……次?」
クロードが聞き返すと、エクリアは少し眉を寄せた。
「試験よ。今度は私が一番になる」
そう言い切ると、エクリアは教室へ向かって歩き出した。
クロードはその後ろ姿を見送る。
入学初日から、ずいぶん負けず嫌いな子に目をつけられたらしい。
けれど嫌な感じはしなかった。
負けたことが悔しいから、次は勝つ。
言っていることは単純だった。
クロードも教室へ向かう。
教室に戻ると、すでに多くの生徒が席についていた。
しばらくして、一人の女性教師が教室へ入ってくる。
「皆さん、改めて入学おめでとうございます。今日からこのクラスの担任を務めます、マーサ・ミレナインです」
マーサはそう言って頭を下げた。
「まずは明日からの予定について説明しますね。教科書については――」
そこまで言って、マーサが教室を見渡した。
「あ、これはもう確認してもらってましたね」
小さな笑いが教室のあちこちから漏れる。
「すみません。それでは明日からの予定を説明します」
マーサは手元の紙へ目を落とし、今度こそ説明を始めた。
明日から授業が始まること。
必要なものや学園での決まり。
校内の施設について。
いくつかの説明を終えると、マーサは最後に教室を見渡した。
「今日はこれで終わりです。それでは、明日からよろしくお願いします」
担任の言葉を合図に、教室の空気が一気に緩んだ。
席を立つ者、近くの生徒と話し始める者、それぞれが動き出す。
クロードも鞄を手に席を立った。
「なあ」
すぐ近くから声がした。
自分に向けられたものだと思わず、クロードはそのまま歩き出そうとする。
「おい、お前だよ」
「僕?」
振り向くと、見覚えのない少年が立っていた。
少年はクロードの顔を見て、最初から知り合いだったかのように言った。
「お前すごいな」
「……何が?」
「首席だろ? さっき新入生代表やってたじゃん」
「そうだけど」
「やっぱりお前か。クロード・アインハルト」
少年は納得したように頷く。
「俺、ノーゼス・ダグドラスタ」
「クロード・アインハルト」
「それは知ってる」
「……そう」
話が終わったと思い、クロードは教室を出る。
ノーゼスも隣を歩いていた。
「なあ、試験って難しかった?」
「筆記?」
「そう」
「そんなに」
「そんなに!? 俺、結構難しかったんだけど」
「そうなんだ」
「お前、どこから来たんだ?」
「アインハルト領」
「遠い?」
「それなりに」
「へえ。兄弟いる?」
「いるよ」
「何人?」
クロードは隣を見る。
ノーゼスもこちらを見る。
「……ずっと聞くの?」
「駄目か?」
「駄目じゃないけど」
「じゃあ何人?」
クロードは少しだけ考えてから答えた。
どうやら、しばらく質問は終わりそうにない。
そして――
クロードの学園生活が始まった。




