アルトの来れなかった場所
ここから王立学園編が始まる
馬車の窓から、流れていく景色をぼんやりと眺めていた。
見慣れた街並みはとうに遠ざかり、窓の外には知らない景色が続いている。
やがて馬車の速度が落ち、ゆっくりと止まった。
「クロード様、到着いたしました」
御者台から声がした。
「……うん。ありがとう」
クロードは短く答えると、馬車を降りた。
目の前には、大きな門があった。
その向こうには広い敷地と、いくつもの建物が見えている。
王立学園。
クロードは門を見上げた。
「アルト兄様も……」
小さく呟き、しばらくそこに立っていた。
やがて門の向こうへ視線を移すと、クロードはゆっくりと歩き出した。
門をくぐった途端、あちこちから声が聞こえてきた。
クロードと同じくらいの年頃の子供たちが次々と学園の中へ入っていく。家族と別れる者もいれば、すでに近くの誰かと話しながら歩いている者もいた。
その間を、揃いの服を着た年上の生徒たちが行き交っている。
クロードは歩きながら周囲へ目を向けた。
門から真っすぐに伸びる道の先には大きな校舎があり、その上には王立学園の紋章が掲げられている。
正面だけではない。
少し離れたところにも別の建物があり、さらにその奥にもいくつかの屋根が見えた。
思っていたより、ずっと広い。
新入生を迎えるためなのか、道の途中には大きな掲示も出ている。その前を何人もの生徒が通り過ぎていった。
クロードも横を通りながら目を向ける。
そのまま歩いていると、今度は少し離れたところに広く開けた場所が見えた。
何人かの生徒がそこを横切っている。
その奥にも建物がある。
何に使う場所なんだろう。
目で追っているうちに、別の建物が視界に入った。
周りの建物とは少し雰囲気が違う。
入口の近くに掲げられた文字を読む。
図書館。
クロードの視線が少しだけ長くそこに留まった。
どれくらい本があるんだろう。
あとで来てみようかな。
そう思いながら歩いていると、今度は正面の校舎が近づいてくる。
近くまで来ると、門の前から見ていた時よりもずっと大きかった。
クロードは一度上まで見上げ、それから入口へ目を戻した。
入口の前では、学園の者たちが新入生を案内している。
クロードも自分の教室の場所を尋ね、教えられた方向を確認して校舎の中へ入った。
外のざわめきが少し遠くなり、代わりに廊下を歩く生徒たちの靴音や話し声が聞こえてくる。
長い廊下の左右にはいくつもの扉が並んでいた。
それぞれに番号がついている。
壁には大きな掲示板があり、何枚もの紙が貼られていた。
クロードは通り過ぎながら一枚に目を向ける。
何かの予定らしい文字が並んでいる。その隣にも別の紙があり、さらにその横には違うものが貼られていた。
全部読んでいたら時間がかかりそうだ。
前へ目を戻すと、廊下の先には大きな階段があった。
上から何人もの生徒が降りてくる。
その中には自分よりずっと年上に見える生徒もいる。
クロードはすれ違いながらその姿を見て、教えられた場所へ向かって廊下を曲がった。
窓の多い廊下に出た。
外には先ほど歩いてきた道が見え、その向こうには別の校舎がある。
反対側には教室が並んでいた。
開いている扉の向こうへ目を向けると、机と椅子が並んでいる。
その次の部屋にも机があったが、置かれているものは少し違っていた。
クロードは歩きながら中を覗く。
ここでは何をするんだろう。
その先にも、まだ教室は続いている。
これからどんな授業があるのか。
どんなことを教わるのか。
考えている間にも、廊下では次々と生徒たちとすれ違った。
話しながら歩いている者もいれば、一人で教室を探しているらしい者もいる。
クロードも扉の横にある番号を順番に確認していった。
やがて、教えられた番号を見つける。
ここだ。
クロードは扉を開けた。
中にはすでに何人もの生徒がいた。
知らない顔ばかりだった。
扉の開く音に何人かがこちらを見る。
クロードも教室の中を見回してから、机に置かれた名前を順に確認していった。
クロード・アインハルト。
自分の名前を見つけ、椅子を引いて腰を下ろす。
周囲では、すでにあちこちから話し声が聞こえていた。
隣の席へ声をかけている者。
何人かで集まって話している者。
まだ誰とも話さず、一人で座っている者もいる。
クロードはそんな教室の中を眺めた。
今まで会ったことのない人たちばかりだ。
その間にも新しい生徒が入ってきて、空いていた席が少しずつ埋まっていく。
誰かが笑う声がする。
少し離れたところでは、二人の生徒が何かを話している。
その近くを通った生徒が自分の席を見つけて座った。
クロードの視線も、自然とあちらこちらへ動いていった。
やがて窓の外へ目を向ける。
そこからは学園の敷地がよく見えた。
さっき歩いてきた道も、その途中で見かけた建物も見える。
少し遠くには図書館の一部も覗いていた。
まだ見ていない場所のほうがずっと多い。
明日も、その次の日もここへ来る。
クロードはしばらく窓の外を眺めていた。
やがて廊下から足音が近づいてくる。
教室の扉が開き、教師が入ってきた。
「皆さん、そろそろ入学式の時間です。移動しますので、ついてきてください」
それまで話していた生徒たちも次々と立ち上がる。
クロードも席を立ち、その流れについていった。
教室を出ると、今度は同じ教室の生徒たちと一緒に廊下を歩いていく。
先ほど通った場所を抜け、階段を下りる。
来る時には通らなかった廊下へ入ると、クロードはまた周囲へ目を向けた。
さっきまでとは違う掲示。
開いた扉の向こうに見える広い部屋。
廊下の先へ続く別の通路。
まだ知らない場所がいくつもある。
前を歩く生徒たちについて進んでいくと、やがて大きな扉が見えてきた。
その向こうからは、大勢の話し声が聞こえている。
扉を抜けると、広い空間が広がっていた。
すでに多くの新入生が集まっている。
クロードは広間の中を見渡した。
高い天井。
ずっと奥まで並べられた席。
別の入口からも次々と入ってくる生徒たち。
教室にいた人数とは比べものにならない。
クロードは案内された場所へ進み、席に腰を下ろした。
正面には壇上があり、その後ろには王立学園の紋章が掲げられている。
周囲ではまだ話し声が続いていた。
クロードは壇上へ目を向け、それから周囲に集まった新入生たちを見た。
しばらくして、広間の扉が閉じた。
それまであちこちから聞こえていた話し声が、少しずつ静まっていく。
クロードも正面へ視線を戻した。
そして――
王立学園の入学式が始まった。




