喪失
木刀がぶつかり、乾いた音が響いた。
クロードは押し返される前に木刀を引き、すぐにもう一度踏み込んだ。
横から振った一撃をアルトが受け止める。
そのまま押し込もうと力を込めたが、アルトの木刀は動かない。
「っ……!」
クロードは一度離れ、距離を取った。
最初のうちは何度か打ち合えていた。
けれど続けているうちに、少しずつ押されることが増えている。
アルトが踏み込んできた。
クロードは木刀を構える。
一撃を受け止めた瞬間、腕に重さがかかった。
押し返そうとしたところで、アルトの木刀が離れる。
「あっ」
身体が前へ傾いた。
立て直そうとするより早く、横から来た木刀に弾かれる。
クロードの手を離れた木刀が地面に転がった。
「そこまでだ」
少し離れたところで見ていたガルディオの声が飛ぶ。
クロードは地面の木刀を見てから息を吐いた。
「やっぱりアルト兄様には勝てないや」
「前よりずっと強くなってるけどな」
アルトも木刀を下ろした。
「アルト」
「はい」
ガルディオがアルトを見る。
「剣筋がいい。前より迷いがなくなった」
「ありがとうございます」
アルトが嬉しそうに答える。
ガルディオは二人の様子を見てから、仕事へ戻っていった。
クロードは木刀を拾い、アルトと一緒に休むことにした。
「疲れた……」
「最後、足が止まってたぞ」
「分かってます」
「本当か?」
「本当です」
アルトが笑う。
クロードも笑いながら隣に腰を下ろした。
しばらく休んでいると、アルトが何かを思い出したように服の中へ手を入れた。
「そうだ。クロード、これ見てみろよ」
「なんですか?」
アルトが取り出したのは、小さなペンダントだった。
「町の工房で見つけたんだ。格好いいだろ?」
クロードは身を寄せる。
細い鎖の先に下がったペンダントには、見たことのない印が刻まれていた。
「なんか変わってるね」
「だろ?」
「これ、なんの印ですか?」
「さあ。そこまでは知らない」
アルトはペンダントを手にしたまま、クロードを見る。
「それより、俺、闇魔法が使えるようになったんだ」
「ほんとですか!」
クロードは思わず声を上げた。
アルトが闇属性を持っていることは知っている。
けれど、今までは上手く使えないとも聞いていた。
「いつからですか?」
「ちょっと前から」
「闇魔法って、どんな魔法なんですか?」
「見たい?」
「見たいです!」
アルトは少し得意そうに笑った。
「じゃあ少しだけ見せてやろうか?」
「はい!」
二人は立ち上がった。
闇魔法を見るのは初めてだった。
アルトは少し離れたところにある的へ近づき、その前で立ち止まる。
「見てろよ」
「はい」
アルトが的へ手を触れた。
クロードはその手元をじっと見る。
やがてアルトが身につけているペンダントが淡く光った。
「……光った」
その直後だった。
アルトが触れている的の輪郭が薄れていく。
「え……?」
クロードは目を凝らした。
そこにあるはずの的が、少しずつ見えなくなっていく。
やがて輪郭まで分からなくなった。
「消えた?」
「あるよ」
アルトは笑って、見えなくなった的を軽く叩いた。
何もないように見える場所から音がする。
「見えなくしただけだ」
「すごい……!」
クロードは目を輝かせた。
「アルト兄様、すごい!」
「だろ?」
アルトも嬉しそうに笑っていた。
今まで使えなかった闇魔法を使えたことが、本当に嬉しいらしい。
けれど、その笑顔がふと消えた。
「……あれ?」
「どうしたんですか?」
アルトが自分の手を見る。
「……止まらない」
「え?」
「もう魔法を止めたのに……」
クロードはアルトを見る。
先ほどまで淡く光っていたペンダントが、まだ光っていた。
「アルト兄様?」
「おかしい……」
アルトが的から手を離す。
それでもペンダントの光は消えなかった。
「止められないんですか?」
「止めてる。もう何もしてない!」
アルトの声に焦りが混じる。
クロードはもう一度ペンダントを見る。
魔法を使ったときに光ったものが、今も光り続けている。
「あのペンダント……」
言い終わる前に、アルトの身体が揺れた。
「アルト兄様!」
クロードは駆け寄り、倒れそうになったアルトの身体を支えた。
「大丈夫ですか!?」
「クロード……」
アルトの声が弱い。
「父上を呼んできます!」
クロードが声を上げようとした。
けれど、頭の奥に妙な感覚が広がった。
「……?」
何をしようとしていたのか、一瞬分からなくなる。
違う。
父上を呼ぶ。
アルト兄様がおかしい。
「父上!」
声を出す。
出したはずなのに、自分の声がひどく遠く感じた。
クロードは眉を寄せる。
眠いわけではない。
それなのに、意識が少しずつ遠くなっていく。
「クロード……離れろ……」
アルトが小さく言った。
「嫌です」
クロードはアルトの腕を掴んだ。
「アルト兄様を置いていけません」
助けなければ。
父上を呼ばなければ。
そう思っているのに、身体が思うように動かない。
アルトからも少しずつ力が抜けていく。
「アルト兄様……!」
クロードは必死に身体を支えようとした。
そのとき、視界の端で何かが動いた。
誰かがいる。
黒い人影だった。
ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
クロードは目を凝らそうとした。
けれど視界がぼやけ、顔までは分からない。
どうして。
自分は立っていることさえできないのに、その人は何事もないように歩いている。
「……誰……」
声が上手く出ない。
人影は答えなかった。
そのまま二人のところまで来る。
アルトの身体から完全に力が抜けた。
「アルト兄様!」
クロードも一緒に地面へ膝をつく。
黒い人影がアルトへ手を伸ばした。
「……やめて……」
止めなければ。
クロードはアルトを掴んでいた手に力を込めようとした。
けれど指が動かない。
アルトの身体が離れていく。
黒い人影は意識を失ったアルトを持ち上げ、そのまま肩に担いだ。
「……待って……」
クロードは手を伸ばそうとした。
腕が上がらない。
指先だけが、わずかに動いた。
それだけだった。
人影がアルトを担いだまま遠ざかっていく。
アルト兄様を連れていく。
分かっている。
分かっているのに、身体が動かない。
「アルト……兄様……」
追わなければ。
助けなければ。
クロードはもう一度、身体を動かそうとした。
それでも動かなかった。
遠ざかっていくアルトの姿さえ、もうほとんど見えない。
助けないと。
最後まで残っていたその思いとともに、クロードの意識は途切れた。




