ペンダント
町へ入ってから、アルトたちはいくつかの店を回っていた。
王立学園へ通うために必要なものは思っていたより多く、セレナと侍女が店員と話している間、アルトは店の中を眺めていた。
ふと、棚に並んだ本の一冊が目に留まる。
「母様、ちょっと本を見てきてもいい?」
「ええ。あまり遠くへ行かないでね」
「うん」
アルトは二人から少し離れ、本が並んでいる棚へ向かった。
背表紙を眺めながら歩いていると、気になる題名を見つける。
手を伸ばそうとした、そのときだった。
周囲の音が消えた。
「……?」
アルトは振り返った。
さっきまで聞こえていた人の声も、店員の声も聞こえない。
「母様?」
返事はなかった。
セレナがいたはずの方へ戻ろうとして、足を止める。
いつの間にいたのか、一人の男が立っていた。
黒いフードを深く被り、顔の一部を仮面で隠している。
「誰?」
アルトが身構える。
男は答えず、アルトを見た。
「火と闇。二つの属性を持っているそうだな」
「……なんで知ってるの?」
「闇の方は、ほとんど使えていない」
アルトの表情が変わった。
「誰から聞いた?」
「それほど警戒する必要はない」
「だったら母様を呼んで」
「今はお前と話がしたい」
「俺は話すことなんてない」
アルトは男から距離を取り、もう一度セレナのいる方へ向かおうとした。
「母親のことでもか?」
足が止まった。
「……母様?」
「《持たざる者》でありながら、領主の妻として領民のために働いている」
アルトは振り返った。
「母様のことを悪く言うなら――」
「悪く言うつもりはない」
男は静かに言った。
「むしろ逆だ」
「逆?」
「働いているのだろう。領民のために」
「……そうだよ」
「それでも、《持たざる者》というだけで正当に見ない者がいる」
アルトは何も答えなかった。
四年前の教会で聞いた言葉が頭をよぎる。
あれからも、似たような言葉を聞くことはあった。
「だから何?」
「悔しくないのか?」
「……何が」
「どれだけ働いても、持っている力だけで人を測る者はいる」
「母様はそんなこと気にしてない」
「お前は?」
アルトが黙る。
「お前は気にしていないのか?」
「……」
「母親を見る目を変えたいとは思わないのか?」
「母様は何も悪くない」
「そうだ。ならば、お前が証明すればいい」
「俺が?」
「《持たざる者》の息子が、誰にも無視できないほどの力を持っていると示せばいい」
アルトは男を睨んだまま答えなかった。
「お前には、そのための力がある」
「……闇のこと?」
「ああ」
「使えないよ」
「今はな」
男はそう言って、わずかに手を動かした。
「お前の弟は、随分と魔力の扱いが上手くなったそうだな」
「クロードのことまで……」
「このままなら、火でも追いつかれるかもしれない」
「……」
「だが、お前には火だけではない。闇がある」
「そんなの分かってる」
アルトの声が少し強くなる。
「分かってるけど、上手く使えないんだ」
「ならば使えるようになればいい」
「簡単に言うなよ」
「簡単なことだ」
男が懐へ手を入れた。
取り出したものを見て、アルトは眉を寄せる。
細い鎖の先に、小さなペンダントが下がっていた。
「なに、それ」
「お前の闇を引き出すものだ」
「闇を?」
「身につけて魔法を使えば、今までより強く闇の力を引き出せる」
アルトはペンダントを見つめた。
「そんなものがあるなら、なんで俺に?」
「使える者でなければ意味がない」
「……」
「お前は闇属性を持っている。そして、強くなりたい」
男がペンダントを差し出す。
アルトはすぐには手を伸ばさなかった。
「怪しい」
「そうだろうな」
「知らない人から、こんなの貰えるわけないだろ」
「ならば受け取らなければいい」
「え?」
男は差し出していた手をわずかに引いた。
「弟に追いつかれても、お前の闇がこのままでも、それを選ぶのはお前だ」
「……」
「母親の評価を変える必要もない。本人が気にしていないのなら、それでいいのかもしれない」
「……母様は」
アルトは言いかけて、口を閉じた。
セレナはきっと言う。
そんなことをしなくてもいい、と。
何を持っていても、何も持っていなくても、アルトはアルトだと。
昔からずっとそうだった。
それでも。
アルトはペンダントを見る。
母が何を言われても笑っていられるからといって、自分まで平気なわけではない。
クロードが強くなることが嫌なわけでもない。
弟が頑張っていることは知っている。
それでも、追いつかれそうになれば悔しい。
そして何より。
自分には、まだ使えていない力がある。
「……本当に、これで闇が使えるようになるの?」
「使ってみれば分かる」
「危なくない?」
「力を引き出すだけだ」
男はそれ以上何も言わなかった。
アルトはしばらくペンダントを見つめていた。
やがて、ゆっくりと手を伸ばす。
指先が鎖に触れた。
「……分かった」
アルトはペンダントを受け取った。




