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『異世界転生した製鉄所主任、雷魔法と鉱物生成で成り上がる ~未知の世界は面白いことだらけでした~』  作者: 黎明の星


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魔力というもの

歩けるようになったからといって、すぐに自由を手に入れられるわけではなかった。

むしろクロードにとっては、そこからが本当の苦労の始まりだった。

「クロード、そちらは駄目ですよ」

廊下の角を曲がろうとしたところで、後ろからエリスの声が飛んでくる。

クロードは足を止めた。

振り返ると、少し離れたところにエリスが立っている。

怒っているわけではない。

いつもの穏やかな笑顔だ。

だがクロードは、このところ一つ学んでいた。

母があの顔で駄目と言ったときは、本当に駄目なのだ。

「……はーい」

以前よりずっと言葉が出るようになったとはいえ、まだ発音は拙い。

それでも意思を伝えられるようになっただけで、世界は大きく変わった。

「いい子ですね。こちらへいらっしゃい」

仕方なく引き返す。

本当は角の先へ行ってみたかった。

まだ一度も入ったことのない場所があるのだ。

歩けるようになれば屋敷中を自由に探索できると思っていた。

実際には扉があり、階段があり、使用人がいて、何より母がいる。

世の中は思ったほど簡単ではないらしい。

それでも行動範囲は確実に広がっていた。

自分の足で廊下を歩き、庭へ出て、気になるものがあれば近づいて見ることができる。

それだけでも十分だった。

石一つ拾うにも発見がある。

色が違う。

重さが違う。

表面の手触りも違う。

前世なら何気なく通り過ぎていたものでも、この世界では本当に同じものなのか分からない。

見た目が似ているからといって、同じ性質とは限らない。

だから拾って、触って、確かめる。

「また石ですか?」

エリスがクロードの手を見る。

そこには庭で拾った灰色の小石が握られていた。

「うん」

「昨日も拾っていましたね」

「ちがう」

「違うの?」

クロードは頷いた。

昨日の石とは色が少し違う。

それを説明したかったが、まだうまく言葉にできない。

「そう。クロードには違う石なのね」

エリスは捨てなさいとは言わなかった。

それがありがたかった。

クロードはもう一度、小石を眺める。

鉱物。

その言葉を意識すると、どうしてもイリシアから与えられたGiftを思い出した。

《鉱物生成》。

理解している鉱物を作り出す力。

当然、試してみたい。

前世の自分にとって鉄や鉱物は長年付き合ってきたものだった。

それを自分で作れるというのだから、興味がないはずがない。

だが、まだ一度も使っていなかった。

そもそも使い方が分からない。

それにイリシアからは、魔法とGiftを両方持っていることが分かれば目立つから隠した方がいいと言われている。

ならば人前で試すわけにはいかない。

今の自分はようやく歩けるようになったばかりだ。

何か予想外のことが起きても、自分一人ではどうにもできない。

前世で機械を扱っていた頃から、分からないものをいきなり動かす趣味はなかった。

試すなら、せめて何が起きても止められる準備をしてからだ。

《鉱物生成》については、もう少し大きくなってから。

今はそれよりも、知りたいことがあった。

魔法だ。



父の火魔法を初めて見てから、クロードは指の動きを何度も真似していた。

その結果、分かったことがある。

形だけを真似しても、何も起きない。

最初に見たガルディオの指の動きは、かなり覚えている。

何度も頭の中で繰り返し、動かなかった指も練習した。

今では完全とは言えないまでも、かなり近い形を作れるようになった。

それでも火は出ない。

風も起きない。

水も出ない。

当然といえば当然だった。

指の形だけで魔法が使えるなら、誰でも同じ形を作れば魔法使いになれる。

ならば、他に何かが必要なのだ。

おそらく魔力。

問題は、その魔力が何なのか分からないことだった。

身体の中にあるものなのか。

外から取り込むものなのか。

そもそも目に見えるものなのか。

考えても答えは出ない。

だったら聞けばいい。

話せるようになったことで、それができるようになった。

「父さま」

ある日の午後。

庭へ向かおうとしていたガルディオを見つけ、クロードは後ろから呼び止めた。

ガルディオが振り返る。

「どうした」

クロードは近づき、その手を見る。

それから自分の指を動かした。

何度も練習した形を作る。

「まほう」

「魔法が見たいのか」

「ちがう」

ガルディオが首を傾げる。

クロードは言葉を探した。

まだ複雑なことを説明するのは難しい。

「どうやる?」

今度は伝わったらしい。

ガルディオがわずかに眉を上げた。

「使いたいのか」

「うん」

即答した。

ガルディオは少し考えたあと、首を横に振った。

「まだ早い」

終わった。

「…………」

クロードは父を見る。

ガルディオも見る。

「…………」

「…………」

またこの時間だ。

父と話していると、どうしてこう無言の時間が増えるのだろう。

それでも今回は引き下がるつもりはなかった。

「なんで?」

ガルディオが少し困った顔をする。

「まだ《啓示》を受けていない」

聞いたことのない言葉だった。

「けいじ?」

「ああ」

「なに?」

質問すると、ガルディオがさらに困った顔になった。

説明が苦手なのは知っている。

それでもクロードは待った。

「五歳になれば、誰もが受けるものだ」

「みんな?」

「みんなだ」

「父さまも?」

「ああ」

「母さまも?」

「ああ」

なら、特別な人間だけが受けるものではないらしい。

「なにする?」

「……何をするというものではない」

ガルディオが腕を組む。

「五歳になれば《啓示》を受ける。その後に魔法やGiftを調べる」

クロードは目を瞬いた。

魔法。

Gift。

ようやく具体的な情報が出てきた。

「しらべる?」

「鑑定だ」

鑑定。

その言葉は理解できる。

「なんで五さい?」

ガルディオが黙った。

難しい質問だったらしい。

そこへ後ろから声がした。

「クロード、今日はお父様に質問ばかりですね」

エリスだった。

助かったという顔をガルディオがした気がする。

「母さま。《けいじ》ってなに?」

「あら」

エリスがクロードの前にしゃがむ。

「お父様から聞いたの?」

「うん」

「そうですね……五歳になった子供なら、誰にでも訪れるものですよ」

やはりガルディオと同じ説明だった。

「それまでは?」

「それまでは、まだ魔法やGiftを使うには身体が小さすぎるの」

エリスがクロードの頭を撫でる。

「小さな子供が大きな力を使ったら危ないでしょう?」

なるほど。

ようやく少し分かった。

「だから五さい?」

「そう教わっていますよ」

教わっている。

エリス自身も詳しい仕組みを知っているわけではないらしい。

クロードは考える。

つまり五歳という年齢には何か意味がある。

少なくともこの世界では、五歳になる前の子供が魔法を使うことは想定されていない。

だからガルディオは最初から「まだ早い」と言ったのだ。

「五さいになったら、つかえる?」

「それは《啓示》の後に調べてみないと分かりません」

「どうして?」

「魔法を使える人もいれば、Giftを持つ人もいますから」

エリスは少し考えてから続けた。

「どちらも持たない人もいます」

クロードはその言葉を覚えておいた。

魔法。

Gift。

どちらも持たない者。

イリシアから魔法とGiftについては聞いていたが、この世界の人々が実際にどう分類しているのかまでは知らない。

もっと聞きたかった。

だが今は別の疑問がある。

「まりょくは?」

「魔力?」

「いま、ない?」

ガルディオが答えた。

「ある」

クロードはすぐに父を見る。

「あるの?」

「ああ。だが自分で扱える状態ではない」

それは面白い。

存在はしている。

しかし使えない。

五歳の《啓示》を境に何かが変わる。

「さわれる?」

「魔力にか?」

「うん」

ガルディオが考える。

「自分のものを動かすのはやめておけ」

やっぱり駄目か。

「だが、感じるだけならできるかもしれん」

クロードの目が輝いた。

「ほんと?」

「ああ。ただし少しだけだ」

ガルディオがクロードの前に片膝をついた。

「手を出せ」

クロードはすぐに右手を差し出した。

ガルディオがその手を握る。

大きな手だった。

「目を閉じろ」

言われた通りにする。

「今から俺の魔力をほんの少し流す」

クロードは意識を手へ集中させた。

次の瞬間。

「っ」

反射的に指が動いた。

何かが入ってきた。

熱い。

そう思ったが、実際に手の温度が上がったわけではない。

痺れとも違う。

血が流れる感覚とも違う。

それでも確かに、外から何かが入ってきたのが分かった。

手のひらから腕へ。

ほんの僅かな距離を流れ、すぐに感覚が消える。

「これが魔力だ」

ガルディオの声が聞こえた。

クロードは目を開けた。

「もういっかい」

「駄目だ」

即答された。

「…………」

「少しだけと言った」

クロードは自分の右手を見る。

もう何も感じない。

だが、確かにあった。

見えない。

触れない。

それでも感じることはできた。

「これで分かっただろう」

ガルディオが立ち上がる。

「魔法は印だけでは使えない。魔力を制御し、印によって形を与える」

クロードは父の言葉を頭の中で繰り返した。

魔力を制御する。

印によって形を与える。

なら、印は魔法そのものではない。

魔力をどう動かし、どういう現象を起こすのかを決めるためのものなのかもしれない。

「やってみたい」

「五歳になってからだ」

「ちょっとだけ」

「駄目だ」

「すこし」

「駄目だ」

強い。

こういうときのガルディオはまるで動かない。

「クロード」

ガルディオがいつもより少し真剣な声を出した。

「力は、使えることより制御できることの方が大事だ」

クロードは父を見上げる。

「扱えない力は、自分だけでなく周りも傷つける」

その言葉には納得できた。

製鉄所でも同じだった。

大きな力を扱う設備ほど、動けばいいというものではない。

狙った範囲で働かせられること。

異常があれば気づけること。

止めたいときに止められること。

制御できない力は、便利なものではなく危険なものになる。

「……わかった」

クロードが頷く。

ガルディオも小さく頷いた。



分かったとは言った。

だからといって、気にならなくなったわけではない。

数日後。

クロードは自室で一人になる機会を待っていた。

エリスは少し席を外している。

使用人の姿もない。

クロードは床に座り、右手を見る。

ガルディオから流れ込んできた感覚を思い出す。

あれが魔力。

そして父は、自分にも魔力はあると言った。

だったら感じることくらいはできるのではないか。

使うつもりはない。

動かすつもりもない。

ただ探すだけ。

そう自分に言い聞かせて目を閉じた。

身体の中へ意識を向ける。

何も分からない。

呼吸。

心臓の鼓動。

服が触れている感覚。

座っている床の硬さ。

それ以外は何もない。

もう一度。

右手に意識を集中する。

ガルディオの魔力が入ってきたときの感覚を思い出す。

確かに何かがあった。

なら自分の中にもあるはずだ。

「…………」

分からない。

今度は胸。

何もない。

腹。

何もない。

腕。

分からない。

それでも諦めずに続ける。

やがて、何かがあるような気がした。

身体の奥に、自分が普段意識していないもの。

これか?

クロードはそこへ意識を向けた。

途端に感覚が消えた。

「……むずかしい」

思わず呟く。

もう一度。

今度は無理に掴もうとしない。

そこにあるものを眺めるようなつもりで意識する。

微かに感じる。

ある。

たぶん。

なら少しだけ。

右手へ。

動け。

何も起きない。

もう一度。

動かない。

ならガルディオから流れ込んできたときのように、道を作るイメージならどうだ。

身体の中心から肩。

肩から腕。

腕から手。

流れる。

何も起きない。

「…………」

もう一度。

失敗。

もう一度。

失敗。

何度試しても、自分の中にあるはずの何かはクロードの意思に応えなかった。

そのうち集中することにも疲れて、クロードは床へ仰向けに転がった。

「できない」

天井を見ながら呟く。

前世の知識がある。

大人として生きた記憶もある。

父が使っていた印も覚えた。

魔力がどんな感覚なのかも少しだけ知った。

それでもできない。

知っていることと、できることは違う。

またそれだ。

歩くときにも思い知った。

歩き方を知っていても、身体が育っていなければ歩けなかった。

今回も同じなのかもしれない。

五歳にならなければ扱えないと、父も母も言っていた。

なら、今の自分にはできない理由がある。

クロードは身体を起こした。

だったら、できないことを何度繰り返しても仕方がない。

今できることをやろう。

父が使う印を見る。

他の人間が使う魔法も観察する。

どんなときに何を使うのか覚える。

身体を思い通りに動かせるようにする。

言葉を覚える。

文字も覚えたい。

本が読めるようになれば、知れることは一気に増えるはずだ。

それに魔法だけではない。

《鉱物生成》についても知りたい。

ただ、こちらも今は試さない方がいいだろう。

Giftも《啓示》の後から使うものだというなら、無理に触る必要はない。

五歳。

今のクロードにとっては随分先に思える。

けれど、その日まで何もできないわけではない。

知らないことはいくらでもある。

なら今は、それを一つずつ拾っていけばいい。

クロードは立ち上がると、机の上に置いてあった昨日拾った小石を手に取った。

灰色の石。

何という石なのかはまだ知らない。

調べる方法もない。

だから今は、色と重さと手触りを覚えておく。

いつか文字を読めるようになったら、本で調べればいい。

分からなければ誰かに聞けばいい。

そして五歳になったら。

自分がどんな魔法を使えるのか確かめる。

クロードは小石を窓から差し込む光へかざした。

できないことがある。

知らないことがある。

以前なら、それを不便だと思ったかもしれない。

今は少し違う。

できないなら、できるようになるまでの道がある。

知らないなら、これから知ることができる。

その方が面白い。

五歳になる日を楽しみにしながら、クロードは手の中の小さな石を飽きることなく眺め続けた。

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