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『異世界転生した製鉄所主任、雷魔法と鉱物生成で成り上がる ~未知の世界は面白いことだらけでした~』  作者: 黎明の星


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広がる世界

父の指先に灯った小さな炎を見てから、クロードの日常には一つの楽しみが増えた。

ガルディオの手を見ることだ。

正確には、その指の動きを見ることだった。

最初に火を見たときは、ただ驚いた。

魔法が本当に存在する。

それだけで十分すぎるほど衝撃的だった。

だが二度、三度と思い返しているうちに、驚きは少しずつ疑問へ変わっていった。

ガルディオは火を出す前に指を動かしていた。

適当に動かしていたようには見えない。

最初に指を組み、次に形を変え、それから火が生まれた。

あの動きに意味がある。

たぶん魔法を使うために必要な何かだ。

だったら。

「あぅ」

クロードは寝台の上で右手を持ち上げた。

小さな五本の指が視界に入る。

父さんは、確か最初にこうしていた。

人差し指を曲げようとする。

中指も一緒に曲がった。

違う。

もう一度。

今度は人差し指だけを意識する。

なぜか親指が動いた。

「……うー」

思わず不満が声になる。

前世では考えたこともなかった。

指一本を好きなように動かす。

そんなことすら今の身体には難しい。

それでもクロードは何度も試した。

人差し指。

動け。

ほんの少し曲がる。

今度は中指がついてこなかった。

できた。

小さな変化だったが、クロードには十分だった。

もう一度やる。

今度はさっきより少し大きく動いた。

なるほど。

できないわけじゃない。

単純に、この身体をまだ使いこなせていないだけだ。

考えてみれば当然だった。

頭の中には黒木光哲として生きた記憶がある。

だが身体は生まれて数か月しか経っていない。

知っていることと、できることは違う。

だったら練習すればいい。

クロードが再び指を動かそうとしたところで、寝台を覗き込む顔があった。

「クロード?」

エリスだった。

「さっきから何をしているの?」

「あぅ」

「お手々が気になるの?」

違う。

魔法の練習だ。

正確には魔法を使うために必要そうな指の練習だ。

もちろん説明できるはずもない。

エリスはクロードの手を取ると、小さな指を一本ずつ優しく開いた。

「ずいぶん動かせるようになりましたね」

その言葉にクロードは少しだけ気分を良くした。

そうだろう。

練習してるからな。

「もう少ししたら、いろんなものを掴めるようになりますよ」

そう言ってエリスが指を差し出す。

クロードはそれを握った。

以前よりもしっかり力が入る。

「上手」

エリスが嬉しそうに笑った。

褒められるようなことかと思ったが、悪い気はしない。

そのまま母の指を握りながら、クロードは自分の手を見つめる。

魔法を使えるかどうか以前の問題だ。

まずは、この身体を自分の思った通りに動かせるようにならなければならない。

やることが増えた。

だが、不思議と嫌ではなかった。

むしろ一つずつできることが増えていくのは面白かった。



赤ん坊の時間は、前世とはまるで違う速さで流れていった。

一日の大半を眠って過ごし、起きれば腹が減る。

何かあれば泣くしかない。

前世なら退屈で仕方なかっただろう。

だが今のクロードには、見るものがいくらでもあった。

屋敷を行き交う使用人。

窓の外に広がる庭。

運び込まれる食材。

廊下を照らす燭台。

ときどき聞こえてくる馬の鳴き声。

そのどれもが、この世界を知るための手掛かりだった。

そして、あの日以来、魔法らしきものを目にする機会も少しずつ増えていた。

庭を眺めていたときのことだ。

前日に降った雨のせいか、道の一部がぬかるんでいた。

使用人の男がそこへしゃがみ込み、片手を地面へ向ける。

指が動いた。

次の瞬間、柔らかくなっていた土がゆっくりと盛り上がった。

大きな穴を一瞬で埋めるような派手なものではない。

男は何度か同じことを繰り返し、少しずつ地面を整えていった。

土魔法か?

クロードは窓越しにその様子を見つめた。

別の日には、庭に散らばった落ち葉を使用人が風で一か所へ集めていた。

これも一度ですべてを吹き飛ばすわけではない。

何度か風を送り、箒も使いながら集めている。

それを見て、クロードは少し意外に思った。

魔法と聞いたとき、もっと何でもできるものを想像していた。

火を出し、水を生み、大地を動かし、風を操る。

前世の物語なら、それだけ聞けばとんでもない力だ。

だが実際に見る魔法は、少し違った。

便利ではある。

間違いなく便利だ。

しかし何でも一瞬で解決するわけではないらしい。

土魔法を使っても、人の手で地面を均していた。

風魔法を使っても、最後は箒で落ち葉を集めていた。

だったら、できることとできないことがある。

どこまでできるんだろう。

水魔法があれば井戸はいらないのか。

火魔法があれば薪はいらないのか。

土魔法だけで家を建てることはできるのか。

風魔法なら、どれほど重いものまで動かせる?

そもそも魔法を使えば疲れるのだろうか。

魔力というものには限界があるのか。

また疑問が増えた。

一つ知ると、一つ減るどころか二つ三つと分からないことが増えていく。

それが妙に楽しかった。

今は見ることしかできない。

なら、見る。

話せるようになったら聞けばいい。

歩けるようになったら自分で見に行けばいい。

試せるようになったら試せばいい。

急ぐ必要はない。

この世界での人生は、始まったばかりなのだから。



季節が少しずつ移り、クロードの身体も成長していった。

首が据わった。

寝返りができるようになった。

座らせてもらえば、自分で身体を支えられる時間も長くなった。

そして、ついに自力で移動できる日がやってきた。

クロードは床に両手をついていた。

少し離れた場所にはエリスがいる。

「クロード、こっちですよ」

手を叩きながら呼んでいる。

クロードは目の前の床を見た。

最近になって、ようやく四つん這いで進めるようになった。

とはいえ、まだ思い通りとはいかない。

右手を出す。

左膝。

左手。

右膝。

順番に動かす。

前へ進む。

ほんの少しだけ。

もう一度。

右手。

左膝。

頭では分かっている。

問題は身体がついてくるかどうかだ。

少しずつエリスとの距離が縮まる。

「頑張って」

その声に応えるように、もう一度右手を出した。

滑った。

身体が前へ倒れる。

べしゃりと床へ伏せた。

「クロード」

エリスが腰を浮かせる。

だがクロードはすぐに顔を上げた。

痛くはない。

ただ失敗した。

右手を置いた位置が少し遠すぎた。

身体を支えきれなかったのだ。

だったら次は近くへ置けばいい。

もう一度、両手をつく。

「……あら」

エリスが座り直した。

クロードは再び進み始める。

今度は少し慎重に。

右手を置く位置を変える。

体重を移す。

左膝を前へ。

さっきより安定している。

そのまま少しずつ進んでいく。

そして。

エリスの服へ手が届いた。

「できましたね」

抱き上げられる。

クロードは少し得意になった。

たったこれだけの距離だ。

前世なら数歩で終わる。

それでも今の自分にとっては、自分の意思で初めて移動した距離だった。

「もう大変になりますね」

エリスが笑う。

何がだ。

「クロードが自分で好きなところへ行けるようになったら、目を離せなくなりそう」

なるほど。

確かにその通りだ。

クロードには行ってみたい場所がすでにいくつもあった。

まずは屋敷の中。

厨房も気になる。

書物がある部屋も探したい。

父の訓練場にも行ってみたい。

庭に落ちている石も近くで見たい。

そう考えているうちに、エリスがクロードの顔を覗き込んだ。

「なんだか嬉しそうね」

「あぅ」

そりゃそうだ。

世界が少し広がったんだから。



這えるようになれば、次にやりたくなることは決まっていた。

立つことだった。

最初は家具に掴まって身体を持ち上げるだけでも苦労した。

脚に力を入れる。

腕で支える。

腰を上げる。

途中で力が抜けて尻餅をつく。

何度も失敗した。

前世では何十年も歩いていた。

だから歩き方は知っている。

だが、それは何の助けにもならないことがあった。

脚の筋力が足りない。

重心の感覚も違う。

身体そのものの大きさが違う。

知識があっても、身体ができなければ使えない。

それは少し面白い発見だった。

知っていることと、できることは違う。

だったら、できるようになるまでやればいい。

クロードは何度も立った。

何度も転んだ。

そのたびにエリスや使用人が心配そうに駆け寄ってくるので、途中から転ぶことよりそちらの方が申し訳なくなってきた。

やがて家具に掴まれば安定して立てるようになった。

次は手を離す。

一秒。

二秒。

尻餅。

また立つ。

三秒。

四秒。

尻餅。

そうして少しずつ身体の使い方を覚えていった。

そして、その日は突然やってきた。

エリスの部屋で、クロードは低い机に手をついて立っていた。

少し離れた場所にガルディオがいる。

「最近はよく立つの」

エリスが言った。

「そうか」

「もうすぐ歩くかもしれませんね」

ガルディオがクロードを見る。

目が合った。

クロードは机から手を離した。

身体が揺れる。

耐える。

右足を前へ出す。

一歩。

身体が傾いた。

慌てず左足を出す。

二歩。

「あなた」

「ああ」

三歩目。

少し危ない。

それでも倒れない。

ガルディオまで、あと少し。

四歩。

五歩。

そこで身体が前へ傾いた。

限界だ。

床へ倒れると思った瞬間、大きな腕がクロードを受け止めた。

「…………」

クロードは顔を上げる。

ガルディオが見下ろしていた。

「歩いたな」

それだけだった。

だが、その声はいつもより少し柔らかかった。

「歩きましたね」

エリスも嬉しそうに笑っている。

クロード自身にも達成感があった。

ようやくだ。

ようやく、自分の足で動ける。

もちろん五歩歩いただけで、自由に屋敷を歩き回れるわけではない。

これから何度も転ぶだろう。

もっと身体を鍛えなければならない。

それでも最初の一歩は踏み出した。

ガルディオがクロードを抱き上げる。

以前とは違い、その腕つきは随分自然になっていた。

「これから大変になるな」

「え?」

「歩けるようになれば、どこへ行くか分からん」

「ふふ、そうですね」

失礼な。

そこまで無茶はしない。

クロードは心の中で反論した。

ただ少し、この屋敷を見て回りたいだけだ。

知らない部屋がある。

知らない道具がある。

知らない人がいる。

そして魔法についても、まだほとんど何も知らない。

ガルディオの肩越しに窓の外が見えた。

庭がある。

その向こうには屋敷を囲む塀がある。

さらにその先には、まだ一度も見たことのない世界が広がっている。

今のクロードに見えているのは、そのほんの一部だけだ。

ラクレシア王国がどんな国なのかも知らない。

この世界にどんな人々が暮らしているのかも知らない。

魔法が何なのかも知らない。

Giftについても、イリシアから聞いた以上のことは何も知らない。

自分が持つ《鉱物生成》だって、まだ一度も試していない。

知らないことだらけだった。

けれど、それでいい。

できなかった寝返りができるようになった。

動かなかった指が少しずつ動くようになった。

這えるようになり、立てるようになり、今日は初めて歩いた。

知らないことも、きっと同じだ。

一つずつ知っていけばいい。

分からなければ調べればいい。

できなければ試せばいい。

失敗したら、なぜ失敗したのか考えればいい。

そして、もう一度やればいい。

クロードは窓の外を見つめた。

前世では歩けることなど当たり前だった。

できて当然のことに、これほど嬉しくなったことはない。

できなかったことが、できるようになる。

知らなかったことを、一つずつ知っていく。

それは思っていた以上に面白い。

今日クロードが進んだのは、たった五歩だった。

けれどその五歩の先には、まだ何も知らない世界がどこまでも続いていた。

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