楽しかった日
朝、昨日の記録をもう一度読み返した。
『魔力が自分の中から枝まで、そのまま流れる感じ。今日は四回とも同じ感じで雷が出た。』
四回とも同じ感覚で雷が出た。
前より、雷を出すときの魔力の流れは分かってきた気がする。
次はどうしよう。
もっと強い雷を出すなら、流す魔力を増やせばいいのだろうか。
それとも、別のやり方があるのだろうか。
前に考えた、雷を何かに留めることもまだ試していない。
どちらもやってみたい。
でも、今日はまだ体が少し重かった。
昨日も最後には疲れて、父上に止められた。
今すぐ試すのはやめておこう。
僕はノートを閉じた。
そうすると、急にやることがなくなった。
何をしよう。
少し考えていると、イリアの顔が浮かんだ。
イリアに会いに行こう。
部屋を出て母さまのところへ向かう。
着いてみると、母さまとイリアは出かけるところだった。
ハミアも一緒にいて、出かける準備をしている。
「母さま、どこかへ行くんですか?」
「ええ。街へ買い物に行こうと思っているの」
「おにいちゃん!」
僕に気づいたイリアが、ぱっと笑ってこちらへ歩いてくる。
「イリアも行くの?」
「いく!」
元気よく答えて、僕のそばまで来た。
僕はイリアと母さまを見る。
「僕も一緒に行っていいですか?」
「クロードも?」
「はい」
「もちろんいいわ」
母さまが笑った。
「では、クロードさまのご用意もいたしますね」
ハミアが言う。
「お願いします」
「はい。少々お待ちくださいませ」
しばらくして、僕たちは馬車で屋敷を出た。
母さまの隣にイリアが座り、僕とハミアは向かいに座っている。
イリアはさっきから窓の外を見ていた。
「おにいちゃん、みて!」
突然イリアが外を指さした。
「なに?」
「あれ!」
僕も窓の外を見る。
けれど馬車は進んでいて、イリアが何を指さしたのか分からなかった。
「どれ?」
「あれ!」
もう一度指さした先を見るけれど、やっぱり分からない。
「見えなかった」
そう言うと、イリアは窓の外を見てから僕を見る。
「ない?」
「もう通り過ぎちゃったみたい」
「そっかぁ」
少し残念そうにしたと思ったら、すぐに別のものを見つけたらしく、また窓の外を見始めた。
母さまがその様子を見て笑っている。
「イリアは外を見るのが好きなのよ」
「ずっと見てますね」
「クロードも小さい頃は、よく外を見ていたわ」
「僕もですか?」
「ええ」
覚えていない。
前のことを思い出そうとしていると、ハミアも小さく笑った。
「よく窓の外をご覧になっていましたね」
「ハミアも覚えてるんですか?」
「もちろんでございます。クロードさまがもっと小さな頃から存じておりますから」
そうだった。
ハミアはずっと母さまのそばにいる。
「今はあまり見てないですか?」
「いいえ。ただ、以前より考えごとをなさっていることが増えたように思います」
「考えごと……」
雷のことなら、よく考えている。
今日も朝から考えていた。
「今日は?」
母さまに聞かれた。
「今日は考えてません」
「あら、そうなの?」
「はい。今日は試さないことにしたので」
「そう」
母さまはそれ以上聞かなかった。
僕もイリアと同じように窓の外を見る。
街へ近づくにつれて、人や建物が少しずつ増えていった。
馬車を降りてからは、母さまたちと一緒に街を歩いた。
イリアは母さまと手を繋いでいる。
人も店も多く、いろいろなものが目に入る。
店先に並べられた品物を見ながら歩いていると、一軒の建物が気になった。
開いた入口の奥に作業台がある。
壁にはいくつもの道具が掛かっていて、中では誰かが作業をしていた。
僕は足を止めた。
「クロード?」
母さまに呼ばれて振り返る。
「あそこ、工房ですか?」
「そうみたいね」
もう一度中を見る。
何を作っているんだろう。
「母さま、少し見てきてもいいですか?」
「あの工房を?」
「はい」
母さまは工房を見てから僕を見る。
「私はまだ買い物があるけれど」
「見終わったら戻ります」
「そうね……」
母さまは少し考えてからハミアを見た。
「ハミア、クロードについていてくれる?」
「はい。かしこまりました」
「ありがとうございます」
僕が言うと、ハミアがこちらへ来る。
「では、参りましょうか」
「はい」
「おにいちゃん?」
イリアが僕を見上げた。
「ちょっとあそこを見てくるね」
「あそこ?」
「うん。あとで戻るから」
「イリアも」
僕が行こうとすると、イリアもついてこようとする。
「イリアは母さまとお買い物でしょ?」
「おにいちゃんといく」
困って母さまを見る。
母さまは少し笑ってから、イリアの手を握った。
「お兄ちゃんは、少し見てきたら戻ってくるわ」
「……もどる?」
「うん。戻るよ」
僕が答えると、イリアは少し考えてから頷いた。
「まってる」
「うん」
母さまとイリアを見送って、僕はハミアと工房へ向かった。
中へ入ると、外から見ていたよりもたくさんのものがあった。
木を削るための道具や、金属を加工するための道具。作業台の上には作りかけらしいものも置かれている。
奥から何かを叩く音が聞こえた。
僕は近くに並んでいるものを一つずつ見ていく。
「クロードさま、足元にはお気をつけくださいませ」
「はい」
言われて下を見ると、作業台の近くに木の欠片が落ちていた。
それを避けて、さらに奥を見る。
どうやって作っているんだろう。
形の違う道具がいくつもある。
使い方の分からないものもあった。
見ているだけでも面白い。
しばらく工房の中を見ていると、並んでいる品物の一つが目に留まった。
それを見ているうちに、さっきのイリアの顔が浮かんだ。
「ハミア」
「はい」
「これ、買えますか?」
「こちらでございますか?」
「はい」
「では、お店の方に伺ってみましょう」
ハミアが工房の人に聞いてくれた。
売ってもらえると分かって、それを買うことにする。
イリアは喜んでくれるだろうか。
そう考えていると、母さまのことも浮かんだ。
せっかくなら、母さまにも何か贈りたい。
もう一度、並んでいるものを見る。
「何かお探しでございますか?」
「母さまにも何か買おうと思って」
「エリスさまにも?」
「はい。でも、何がいいでしょう」
ハミアも一緒に並んでいるものを見る。
「そうですね……」
少しして、ハミアが僕を見る。
「クロードさまが、エリスさまに差し上げたいと思われたものがよろしいのではないでしょうか」
「僕が選んだもの?」
「はい」
それなら、自分で探してみよう。
さっきよりゆっくり見ていく。
いくつか見ているうちに、これなら母さまが使ってくれるかもしれないと思うものがあった。
「これにします」
「お決まりになりましたか?」
「はい」
「では、こちらもお願いしてまいりますね」
ハミアが一歩動いた。
「あっ……」
足元にあった木の欠片に靴が触れ、少し体が傾く。
けれどすぐに踏み直した。
「ハミア?」
「だいじょうぶです……少しつまずいただけですので、お気になさらず」
そう言ってから、ハミアは足元の木の欠片を拾った。
「こちらにあると、また誰かがつまずいてしまいますね」
邪魔にならないところへ置いてから、何事もなかったように僕のところへ戻ってくる。
「では、こちらでございますね」
「はい」
買ったものを受け取ってからも、僕は少しだけ工房を見て回った。
まだ見ていないものもある。
奥の作業も気になる。
あちらに置かれている道具も見てみたい。
「クロードさま」
「はい?」
「そろそろお時間が……」
言われて、入口の外を見る。
思っていたより長く見ていたらしい。
「もうそんな時間ですか?」
「はい。ですが、もう少しくらいでしたら大丈夫かと思います」
もう少し見たい。
でも、母さまたちも買い物をしている。
それにハミアも、本当は母さまについてきたはずだ。
「今日は戻ります」
「よろしいのですか?」
「はい。また来たいです」
「……ふふ。では、そのときに続きをご覧になればよろしいですね」
「はい」
工房を出て、母さまたちが向かった方へ歩く。
「母さまたち、まだ買い物してますか?」
「どうでしょう。そろそろ終えられているかもしれませんね」
「早く戻りましょう」
「はい」
母さまに荷物を持たせたままにはできない。
ハミアも僕についてきてくれていた。
少し歩いたところで、母さまとイリアを見つけた。
「母さま」
「あら、クロード」
「戻りました」
「工房はどうだった?」
「いろいろありました。見たことのない道具もあって、面白かったです」
「そう。よかったわね」
「はい」
イリアも僕のところへ歩いてくる。
「おにいちゃん!」
「ただいま」
「なにしてた?」
「いろいろ見てたよ」
僕が持っている包みを見つけたのか、イリアがそちらを見る。
「それ、なに?」
「あとで」
「なに?」
「馬車に乗ったら見せるね」
「いまみる」
「まだ秘密」
「ひみつ?」
「うん」
イリアは気になるようで、包みをじっと見ている。
その間にハミアは母さまの持っていた荷物に気づいた。
「エリスさま、お持ちいたします」
「ありがとう、ハミア」
ハミアが荷物を受け取る。
僕たちは残りの買い物を済ませてから、馬車へ戻った。
帰りの馬車が動き出す。
イリアはまだ僕の持っている包みが気になるようで、何度も見ていた。
「おにいちゃん」
「なに?」
「ひみつ、みる」
「覚えてたの?」
「みる!」
「分かった」
僕は小さい方の包みを取り出した。
「イリア、これ」
包みを開いて、中のものを見せる。
木を彫って作られた、小さな人形だった。
イリアが人形を見る。
少しの間じっと見てから、両手を伸ばした。
「おにんぎょう!」
「うん。イリアに」
「くれる?」
「うん」
人形を渡すと、イリアはすぐに両手で持った。
「おにんぎょう!」
嬉しそうに人形を見て、それから母さまにも見せる。
「おかあさま、みて!」
「まあ、かわいいお人形ね」
「おにいちゃん!」
「僕が買ったんだよ」
「おにいちゃん、くれた!」
「よかったわね」
「うん!」
気に入ってくれたみたいだ。
嬉しそうに人形を見ているイリアを見ていると、僕も嬉しくなった。
「それから、母さまにもあります」
「私にも?」
「はい」
もう一つの包みを母さまに渡す。
「開けてもいい?」
「はい」
母さまが包みを開く。
中に入っているものが見えた。
万年筆だ。
工房で見つけたとき、母さまが使っているところが浮かんだ。
「万年筆……」
「母さま、よく書きものをしているから、使えるかなと思って」
母さまは万年筆を手に取って、しばらく眺めた。
「ありがとう、クロード。大切に使うわ」
「気に入りましたか?」
「ええ。とても」
母さまが笑った。
それを見て、これを選んでよかったと思った。
ハミアも母さまの隣で静かに笑っている。
「クロードさま、一生懸命お選びになっていましたから」
「ハミア」
「……ふふ」
母さまが僕を見る。
「そうなの?」
「少し迷いました」
「それなら、なおさら大切にしないといけないわね」
母さまはもう一度万年筆を見た。
向かいではイリアが人形を動かして遊び始めている。
行きの馬車ではずっと外を見ていたのに、今は人形から目を離さない。
しばらくすると眠くなってきたのか、だんだん動きが小さくなっていった。
母さまがそんなイリアを支える。
僕は窓の外を見る。
朝は雷のことを考えていた。
でも、今日は試さなくてよかった気がした。
屋敷へ戻ってから、僕は自分の部屋へ戻った。
机に座ってノートを開く。
昨日書いた雷の記録が目に入った。
今日は一度も雷を試していない。
でも、明日やってみたいことはある。
もっと強い雷を出すにはどうすればいいのか。
雷を何かに留めるにはどうすればいいのか。
明日やることをまとめておこう。
僕はペンを持った。
何から書こうかと考える。
すると、今日のことが浮かんだ。
馬車の窓から外を見ていたイリア。
母さまと歩いた街。
偶然見つけた工房。
たくさん並んでいた道具。
人形を見て喜んでいたイリア。
万年筆を受け取って笑っていた母さま。
気づくと、僕はペンを動かしていた。
『今日は母さまとイリアと街へ行った。工房で二人に贈るものを買った。イリアも母さまも喜んでくれた。楽しかった。』
書いてから、ノートを見る。
明日やることを書くつもりだったのに、今日のことを書いてしまった。
でも、消す必要はないと思った。
今日は楽しかった。
僕はそのままノートを閉じた。




