同じようにできるまで
朝、机に向かって昨日の記録を開いた。
『昨日と同じ感覚になることが増えた。』
最後に書いた一文を読み返し、机の上に置いてある木の枝を見る。
昨日は、何度か同じ感覚になった。
手の先から何かが抜けて、そのまま枝へ向かっていくような感覚。
最初に父上と練習したときよりは増えたけれど、毎回できるわけではない。
今日もやってみたい。
そう思って枝へ手を伸ばしかけ、止めた。
一人ではやらない。
父上と約束している。
昨日は母さまが部屋へ来てくれたので、そのまま見てもらうことができた。
けれど今日はまだ来ていない。
少し待ってみたが、扉の向こうから足音が聞こえてくることもなかった。
「母さまのところに行ってみよう」
枝は机に置いたまま、部屋を出た。
母さまを探してみると、すぐに見つかった。
けれど今は何かの用事をしているところらしく、僕を見ると少し困ったように笑った。
「クロード、どうしたの?」
「昨日の続きをしたいんです」
「枝に魔力を送る練習?」
「はい」
母さまは手元を見てから、僕へ視線を戻した。
「ごめんなさい。今は少し手が離せないの」
「分かりました」
昨日一緒にいてくれたからといって、今日もずっと僕についていられるわけじゃない。
それなら父上はどうだろう。
「父上のところに行ってみます」
「ええ。でも、一人では始めないのよ」
「はい」
母さまと別れ、今度は父上を探した。
父上もすぐには見つからなかったが、居場所を聞いて向かってみると、何かの用事をしているところだった。
「父上」
僕が呼ぶと、父上がこちらを見る。
「どうした」
「昨日の続きをしたいです」
「枝か」
「はい」
父上は少し考えてから、近くにいたジルドを見た。
「ジルド」
「はい」
「クロードについていてくれ」
「かしこまりました」
父上はそれだけでは終わらず、もう一言付け加えた。
「危ないと思ったらすぐ止めるんだ」
「かしこまりました」
僕は父上を見る。
「いいんですか?」
「ああ。ただし雷は使うな」
「はい」
昨日と同じ練習だけなら続けていいらしい。
僕はジルドと一緒に自分の部屋へ戻ることにした。
廊下を歩いていると、向こうからアルト兄様がやってきた。
「クロード?」
「アルト兄様」
アルト兄様は僕の隣にいるジルドを見て、それから僕へ視線を戻した。
「どこ行くんだ?」
「部屋です」
「ジルドと?」
「昨日の続きをするんです」
「昨日?」
「枝に魔力を送る練習です」
アルト兄様は少し考えたあと、僕を見る。
「前に探した枝か?」
「うん」
アルト兄様と一緒に見つけた枝だ。
「見てもいい?」
「うん」
そのままアルト兄様も一緒に来ることになった。
部屋へ戻り、机の上に置いてあった枝を手に取る。
ジルドは少し離れたところに立った。
アルト兄様は僕のそばまで来て、枝を覗き込んでいる。
「これに魔力を送るのか?」
「うん。父上に教えてもらったんだけど、まだ毎回できないんだ」
「どうやるんだ?」
「枝を持って、手の先からその先まで魔力を送るようにする」
言いながら枝を握る。
昨日と同じように、自分の中にある魔力を意識した。
手まで持ってくる。
そこから先。
枝へ向かって送る。
「……」
何も感じない。
一度力を抜いて、もう一度やる。
今度は手の先から何かが抜けたような感覚があった。
「今のはできたと思う」
「分かるのか?」
「たぶん。昨日と同じ感じがしたから」
本当に枝へ魔力が入ったかどうかは、まだ分からない。
分かるのは、自分の中で昨日と同じ感覚になったかどうかだけだ。
もう一度試す。
今度も似た感覚がした。
その次はしなかった。
「やっぱり毎回じゃない」
枝を見ながら考えていると、ふとアルト兄様の手が目に入った。
アルト兄様も魔法を使える。
「アルト兄様」
「ん?」
「アルト兄様は、物に魔力を送るときどうやってる?」
「物に?」
「うん」
アルト兄様は少し考えた。
「俺は……」
自分の手を見ながら、言葉を探している。
「持ってるものに流すときは、そのまま流してるけど」
「そのまま?」
「うん。手のところで止めないで、その先までって感じかな」
僕は首を傾げた。
父上に教えてもらったことと、少し似ている。
でも言い方が違う。
「アルト兄様もやってみて」
「これで?」
「うん」
枝を渡すと、アルト兄様は受け取った。
「魔法は出さないぞ」
「魔力だけ」
「それなら」
アルト兄様が枝を握る。
僕はその手を見る。
見たところで魔力が見えるわけではない。
それでも、どう持っているのかは分かる。
「できた?」
「たぶんな」
「どんな感じ?」
「だから、そのまま流す感じだって」
「その『そのまま』が分からない」
「俺だって説明しにくいんだよ」
アルト兄様が少し困った顔をした。
僕は枝を返してもらう。
「じゃあ、もう一回やってみる」
「おう」
手のところで止めない。
その先まで。
父上から教えてもらったことと、アルト兄様の言ったことを思い出しながら試してみる。
今度は、同じ感覚がした。
「できたと思う」
「じゃあもう一回」
「うん」
もう一度。
今度も同じだった。
「またできた」
「じゃあ次」
「うん」
次も。
その次も。
けれど、その次は何も感じなかった。
「あ」
「失敗?」
「たぶん」
「じゃあもう一回だな」
「うん」
何度か続ける。
アルト兄様も時々枝を持ち、自分ならどうするか試してみる。
僕もそれを見てから、また自分でやってみた。
同じ感覚になることが少しずつ増えていった。
途中で一度手を止め、自分の身体の具合も確かめる。
昨日のように少し疲れてはいるけれど、まだ続けられそうだった。
それでもずっとやり続けることはせず、一度休んでからまた試した。
「さっきよりできてない?」
アルト兄様が言う。
「うん」
最初より、失敗する方が少なくなっている。
何度か続けて成功したと思えることもあった。
もちろん、本当に枝へ魔力が入っているのかは分からない。
でも、自分の感覚だけで言えば、かなり同じようにできるようになってきた。
「今日はここまでにします」
僕が枝を机へ置くと、ジルドが静かに頷いた。
アルト兄様も椅子から立ち上がる。
「明日もやるのか?」
「うん。父上に見てもらいたい」
今日できたことが、明日もできるとは限らない。
それでも昨日よりは前へ進んだ気がした。
◇
夕食の席で、父上が僕を見る。
「どうだった?」
何のことかはすぐに分かった。
「昨日よりできました」
「どのくらいだ」
今日のことを思い返す。
できたと思ったときと、できなかったとき。
最後の方は、失敗する方が少なかった。
「八割ぐらいはできてると思います」
父上は短く頷いた。
「そうか」
それから少し間を置いて言う。
「なら明日、少し見せてみろ」
「はい」
「それで大丈夫なら、次は雷を使う」
僕は思わず父上を見た。
ようやく、そこまで来た。
雷を何かに留められるか。
そのために始めた練習だった。
まだ枝へ魔力を送れているのかさえ、自分では確かめられていない。
それでも明日、父上に見てもらえる。
僕は小さく頷いた。
「分かりました」
まずは明日。
今日と同じようにできるか、父上の前でも試してみよう。




