触れているもの
机の上には、昨日集めたものが並んでいた。
木の枝、木の盆、フライパン、扇。
クロードは椅子に座り、開いたノートと四つのものを順番に見た。
何から試すか。
全部を一度に比べても、違うところが多すぎる。木の枝とフライパンでは、形も重さも材質も違う。扇ならもっと違う。
それなら、似ているものから試した方がいい。
クロードは木の枝と木の盆を見比べた。
どちらも木でできている。けれど、形はまるで違う。
ノートに書き加える。
『木の枝と木の盆。どちらも木。形が違う。』
まずは、この二つから。
そう決めると、クロードはノートを閉じて部屋を出た。
廊下を歩いている使用人を見つけ、声をかける。
「父上はどこにいますか?」
「ガルディオ様でしたら、修練場にいらっしゃいます」
「ありがとうございます。あと、少し手伝ってもらってもいいですか?」
使用人と一緒に部屋へ戻り、クロードは木の枝とノートを持った。木の盆とフライパン、扇は使用人に運んでもらう。
修練場に着くと、クロードは父上の姿を見つけた。
ガルディオはクロードと、その後ろからいくつもの物を運んでくる使用人を見た。
「何をする」
クロードは持っていた枝を見せた。
「これと、木の盆から試そうと思います」
「なぜだ」
「どちらも木だからです。でも、形が違います」
ガルディオは木の枝と盆へ目を向けた。
「そうか」
クロードは頷いたものの、すぐには始めなかった。
昨日までは、何を使うかばかり考えていた。
けれど、実際に試そうとすると分からないことがあった。
「父上」
「なんだ」
「父上は、剣に火を出していますよね」
「ああ」
「あれは、どうやっているんですか?」
ガルディオがクロードを見る。
「剣に魔力を流している」
「剣に?」
クロードは自分の持っている枝を見た。
魔力を自分の中で動かしたことはある。雷を出すこともできる。
けれど、自分が触れている別のものへ魔力を送ったことはない。
「ぼくもできますか?」
「できるかどうかは、やってみれば分かる」
ガルディオは枝を見た。
「まず雷は使うな」
「はい」
「その枝に魔力を流せ」
クロードは枝を握り直した。
いつものように、自分の中にある魔力を意識する。
そこまではできる。
けれど、それを枝へ送ろうとした途端、どうすればいいのか分からなくなった。
手の中には枝がある。ただ握っているだけでは何も起きない。
クロードはもう一度やってみた。
魔力を手まで動かす。
そこから先へ。
枝へ。
何も変わらない。
「……できません」
「自分の中だけで動かすな。その先まで意識しろ」
クロードは枝を見た。
その先。
自分の手ではなく、触れている枝まで。
もう一度、魔力を動かす。
手まで来たところで止めず、そのまま先へ送るつもりで意識する。
けれど、やはり枝には何の変化もない。
何度か繰り返した。
うまくいかない。
それでも同じことを続けているうちに、一度だけ、それまでとは違う感覚があった。
手の先から何かが抜けていったような、ほんのわずかな感覚だった。
クロードは枝を見つめた。
見た目には何も変わっていない。
「……今、少しだけ違いました」
「どう違った」
「手の先から、何かが抜けたような……」
ガルディオは少しだけ頷いた。
「その感覚を忘れるな」
クロードはもう一度試した。
今度はうまくいかなかった。
もう一度。
やはり違う。
さっきは何が違ったのだろう。
手の位置か。力の入れ方か。それとも魔力を動かしたときの意識か。
クロードは試すたびに、自分が何をしたのかを思い返した。
何度目かで、また同じ感覚があった。
「……今もです」
「なら続けろ」
クロードは頷いた。
できるときと、できないときがある。
それでも最初よりは、少しだけ分かるようになってきた気がした。
もう一度成功したところで、クロードは枝を見た。
ここまでできるなら、その先も試してみたい。
「父上」
「なんだ」
「雷を出してもいいですか?」
ガルディオはすぐには答えなかった。
「体調はどうだ」
聞かれて、クロードは自分の身体を確かめた。
痛いところはない。気分が悪いわけでもない。
けれど、始める前とは少し違う。
「……少し疲れました」
「なら今日はもう休め」
クロードは枝を見た。
まだ雷は試していない。木の盆にも触れていない。
「でも、まだ――」
「疲れているならやるな」
ガルディオの声は変わらなかった。
クロードは少しだけ黙ってから、頷いた。
「……はい」
今日はここまで。
そう思ったところで、クロードはもう一度枝を見た。
雷は駄目でも、今教えてもらったことなら部屋でも練習できるかもしれない。
「父上」
「なんだ」
「雷は出さないので、ぼくの部屋でもやっていいですか?」
ガルディオはしばらくクロードを見た。
「少しでも疲れたらすぐ休め」
「はい」
「無理はするな」
「はい」
「一人ではやるな」
そこでガルディオは少し考えた。
「エリスがいるなら構わん。ただし、雷は使うな」
「分かりました」
クロードは枝とノートを持ち直した。
部屋へ戻っても、すぐに練習を始めるつもりはなかった。
今は少し疲れている。
父上にも、疲れたら休めと言われた。
それなら、まず休む。
自室へ戻ると、クロードは枝を机に置き、椅子に座った。
木の盆とフライパン、扇も元の場所へ戻っている。
ノートを開き、今日やったことを思い返す。
木の枝と木の盆を比べるつもりだった。
けれど、今日はそこまで進まなかった。
代わりに分かったことがある。
クロードはペンを取り、書いた。
『触っているものに、魔力を送れる。』
少し考えて、その下にも書き足す。
『できるときと、できないときがある。』
枝に魔力を送れるようにならなければ、その枝から雷を出せるかどうかも試せない。
木の盆と比べるのは、そのあとだ。
では、次は何をするか。
クロードは机の上の枝を見ながら、今日うまくいったときのことを思い返した。
手の先から何かが抜けたように感じたときと、何も起きなかったとき。
何が違ったのかは、まだ分からない。
だから、次はそこから確かめる。
クロードはノートの続きを書いた。
『まず、木の枝に魔力を送れるようにする。』
その文字を見てから、隣に置かれた木の盆へ目を向ける。
比べたいものは、もう決まっている。
ただ、その前にやることが一つ増えた。
クロードはノートを閉じた。
今は休む。
続きは、それからだ。




