次に試すこと
目を開けると、窓から差す光の向きが変わっていた。
クロードは寝台に横になったまま指を握り、ゆっくり開いた。
腕も脚もまだ重いが、さっきよりは動かしやすい。
しばらく天井を見てから起き上がり、机の前へ移った。
「……書いておこう」
ノートを開き、遠征で覚えておきたいことを短く並べる。
『狙った場所には当たった』
『竜の前脚は止まらなかった』
『撃てない距離と位置があった』
そこで鉛筆を止めた。
どれも寝台の上で考えたことだった。
今すぐ答えを決めても、確かめたことにはならない。
クロードは次の頁を開こうとして、机の脇に置いた二つの球に目を向けた。
普通の鉄球と雷鳴鋼の球。
どちらもゴルダに同じ大きさで作ってもらったものだ。
鉄球を最初に使った時は、雷が丸い表面を走り、途中で外へ飛び出した。
その後も《放つ》を繰り返し、光が表面に残る長さを比べたことがある。
だが、あの時クロードが追いかけていたのは、ほとんど雷の動きだった。
「球の方は……」
クロードは膝を折り、普通鉄球へ手を添えた。
持ち上げようとして、まだ腕に疲れが残っていることを思い出す。
代わりにその場で表面を眺め、隣の雷鳴鋼球へ目を移した。
同じ大きさなのに、重さは少し違う。
中を減らしてもらった作り方も、全く同じとは限らない。
これなら材質による雷の違いは比べられるかもしれない。
ただ、球が動いたとしても、材質だけのせいだとはすぐに言えないだろう。
クロードは新しい頁に二つの丸を描いた。
『普通鉄球』
『雷鳴鋼球』
その下へ、以前とは違う一行を書き足す。
『雷が当たった時、球はどうなる?』
しばらく眺めるうちに、試してみたい気持ちが強くなった。
けれど、二つの球へここで雷を放つわけにはいかない。
それに、今はまだ身体を休める方が先だ。
クロードはノートを閉じ、球をそのままにしてもう一度寝台へ戻った。
◇
翌日、身体の重さが少し和らいだ頃、クロードはガンザスを訪ねた。
「先生、少し相談してもいいですか?」
「あれ、クロードじゃないかー」
ガンザスは手元のものを置き、こちらを向いた。
「久しぶりだなー。どうした?」
「前に使った鉄球、覚えてますか?」
「忘れるわけないだろー。でかいのを抱えて教室に来たやつだろ?」
クロードは少し笑った。
「はい。今度は雷鳴鋼の球と比べたいんです」
ノートを広げると、ガンザスは二つの丸を見比べた。
「前も雷を走らせてたよなー」
「そうです。でも今度は、球そのものも見てみたくて」
「球?」
「雷が当たったら、揺れたり、位置が変わったりしないかと思ったんです」
ガンザスはノートから顔を上げた。
「それを確かめるのに、どう置くつもりだー?」
「前みたいに、絶縁板と浅い受けを使えればと思ってます」
「受けから転がり出たら?」
クロードは口を閉じた。
球の動きを見たいからといって、自由に転がしていいわけではない。
「……出ないように、置き方を考えないといけません」
「そうだなー。それと、お前は遠征から戻ったばかりだろ?」
「はい」
「疲れてるなら、今日すぐにやる必要はないぞー」
クロードは自分の腕を見た。
昼前よりは楽になったが、まだ長く雷を使いたいとは思えない。
「今日は準備だけにします」
「じゃあ、俺が見ていられる時にしようなー。使う場所と道具は先に確かめておく」
「ありがとうございます!」
「その代わり、勝手に始めるなよー」
「はい」
クロードはノートを閉じた。
もう少し早く試したい気持ちはあったが、今は許可をもらえたことだけで十分嬉しかった。
◇
ガンザスの都合がついた放課後、クロードは魔法演習場の一角に立っていた。
鉄球と雷鳴鋼球は、寮から一つずつ運んである。
ガンザスが左右に土壁を立て、周囲と正面の空間を確認した。
前に使った時と同じように、絶縁板の上には浅い受けが用意されている。
ただし、球が受けから飛び出さないよう、今回はさらに周囲を仕切ってあった。
「まずはどっちだー?」
「普通の鉄球からです」
クロードは両手で鉄球を受けへ置いた。
小さく揺れた球が止まるのを待ち、少し離れた位置へ戻る。
「前と同じ少ない量で試します」
「ああ。一度やったら止めて、球を確かめろよー」
「はい」
クロードは右手で通常の《印》を組んだ。
《放つ》。
細い雷が鉄球へ触れ、丸い表面を横へ走った。
光の一本が外へ伸び、残りも続いて消える。
球は浅い受けの中に収まったままだった。
「動いてない……かな」
ガンザスも球を見ている。
「今のは、そう見えるなー」
クロードは結果を記し、少し休んでもう一度試した。
今度は光が早く枝分かれして、球面から離れた。
受けの縁へ球が触れるような動きは見えなかった。
以前にも見た、普通鉄球の雷の動きだった。
「次、替えていいですか?」
ガンザスが鉄球と周囲を確認して頷いた。
クロードは鉄球を片づけ、雷鳴鋼球を同じ受けへ置いた。
こちらは普通鉄球より少し軽い。
位置を確かめ、同じ場所まで下がる。
「始めます」
「いいぞー」
《印》を組み、少ない雷を《放つ》。
青白い光が雷鳴鋼球へ触れた。
表面を走った一本が回り込み、別の枝が外へ伸びる。
外へ出た光が消えた後も、球面には細い光が残っていた。
「……まだある」
クロードは目で追った。
最後の光が消えるまで、普通鉄球より少し長く感じる。
球そのものは、受けの中で止まったままだった。
クロードは急いでノートへ書き込んだ。
『雷鳴鋼球――長く残ったように見える』
「もう一度やりたいです」
「少し休んでからなー」
クロードは頷き、右手を下ろした。
次の試行では、雷鳴鋼球の表面から早く外へ飛び出す枝もあった。
それでも最後の細い光は、普通鉄球の二回より長く残ったように見えた。
「……同じ大きさでも、違う」
「見た限りではなー」
ガンザスは受けの方へ目を向けた。
「で、球の方はどうだった?」
クロードも見る。
二つの球は、どちらも受けの中に収まっていた。
「動いたところは、分かりませんでした」
「なら、それも記録だなー」
「はい」
クロードはノートを開いたまま、二つの結果を見比べる。
雷鳴鋼では、光が少し長く残るように見えた。
けれど、雷が長く残ることと、球が動くことは別なのかもしれない。
「……受けが押さえてるから、動かないのかな」
思わず口にすると、ガンザスが首を傾げた。
「それはどうだろうなー。受けをなくして試すのは駄目だぞー」
「分かってます」
「今日の分はここまでにしよう。お前、まだ疲れてるだろー」
「……はい」
クロードは素直に頷いた。
球が動くかどうかを確かめるなら、安全に置くことも考えなければならない。
動かなかった原因が球なのか、受けなのか、今は分からない。
だが、鉄球と雷鳴鋼球の違いを、初めて同じ条件で見比べられた。
それだけでもノートには、前になかった記録が増えている。
片づけを終えると、クロードは二つの球を交互に見た。
雷そのものを追いかけていた頃には、気にならなかったことがある。
「……次は、置き方だ」
思いついた言葉をノートへ書いてから、クロードは鉛筆を置いた。




