支えを替える
医務室の職員はガレスの返事を聞き、左腕を支えている上着へ目を向けた。
「それでは、今まで確かめたことをお話ししますね」
ガレスは右手を膝に置いたまま頷いた。
クロードも椅子の上で少し姿勢を正す。
「左腕の、肘から先の骨が折れています」
ガレスはすぐには答えなかった。
視線だけが上着の膨らんだところへ下りていく。
「……骨折、ですか」
「はい。腕が不自然な向きになっていることと、痛みの出方からも、そのように判断しています。ただ、骨がどのような状態になっているかは、さらに確かめる必要があります」
「そうですか」
ガレスが右手の指を一度握った。
ベンは隣の椅子からガレスを見ていたが、口を挟まなかった。
「今は骨の位置を無理に動かさず、腕が揺れないように固定します」
「固定したら、痛くなくなるんですか?」
「動いて響く痛みは抑えやすくなると思います。でも、骨が治ったわけではありませんから、痛む時はすぐに教えてください」
「はい」
職員が立ち上がり、医務室の奥から布と細長い板状のものを用意した。
クロードはそれを見て、グレインの上着で支えていた腕を思い出した。
あの道では、ほかに使えるものがなかった。
今は腕を支えるためのものが、目の前にある。
「先生、こちら側から腕を支えていただけますか」
「ああ」
グレインがガレスの隣へ移動した。
職員が腕の下へ手を添えると、グレインは上着の端が動かないように支えた。
「ガレス、布を少しずつ緩めます。腕は自分で持ち上げなくていいですよ」
「分かりました」
袖の結び目が緩むと、ガレスがわずかに眉を寄せた。
「痛むか?」
グレインが尋ねる。
「……ちょっと。さっきまでと支え方が違うから」
「では、ここで止めましょう」
職員は手を止め、腕の下へ当てた布の位置を直した。
ガレスはゆっくり息を吐いた。
「今はどうですか?」
「それなら、大丈夫です」
「よかった。もう少しだけ続けますね」
クロードは上着が少しずつ外されていくのを見守った。
ガレスの左腕は、やはりいつもの形ではなかった。
職員はその腕を無理に真っ直ぐにせず、柔らかな布を当てながら板を添えていく。
一度に巻きつけず、ガレスが痛みを訴えないか確かめるたびに手を止めた。
ベンは膝の上で両手を組んでいた。
ノーゼスも肩をさする手を止め、職員の動きを目で追っている。
「こちらの支えを少し替えますよ」
「はい……っ」
ガレスの顔が強張る。
職員はすぐに動きを止めた。
「痛みが落ち着くまで待ちましょう」
「……お願いします」
しばらくして、ガレスが小さく頷いた。
職員はグレインと支える位置を確かめながら、残りの布を整えた。
左腕が動かないようにしたところで、肩からも支えられるように布を掛け直す。
「指先は触られているのが分かりますか?」
「はい」
「締めつけられている感じは?」
「さっきより、腕が動かなくなった感じです。きついわけじゃないです」
「分かりました。これからも違和感が出たら知らせてください」
ガレスは固定された左腕を見下ろした。
「……さっきまでより、ぐらぐらしないです」
「そうか」
グレインが短く答える。
「でも、勝手に動かして確かめるなよ」
「はい。さすがに、もうやりません」
ガレスが右手を膝へ戻した。
グレインの上着は職員の手から返され、グレインが受け取る。
クロードはその上着へ一度目を向けた。
草地で腕を包み、木立の道を越え、街道を通ってきた布だった。
今は別のものがガレスの腕を支えている。
◇
「これで終わりですか?」
ガレスが尋ねると、職員は首を横に振った。
「固定はできましたが、治療はこれからです。腕の状態をさらに確認して、次の対応を決めます」
「……分かりました」
「しばらくはこちらで状態を見ていきます。まずは無理に動かさないでくださいね」
ガレスは右手で自分の膝を軽く叩いた。
「右手は使ってもいいんですよね?」
「左腕に響かない範囲なら、右手は使えますよ」
「じゃあ、飯は食べられるな」
ノーゼスが思わず顔を上げた。
「お前、そこが一番気になってたのか?」
「ずっと腹が減ってるんだよ!」
「俺たちもだよ」
「そうだけどさ!」
ベンが小さく笑った。
「ガレスが食べる時は、左腕に当てないようにしないとね」
「それくらいは気をつける」
ガレスは右手で食べ物を口へ運ぶ真似をしかけ、途中でやめた。
「……今はやめとく」
「そうして」
エクリアが笑うと、ガレスも少し口元を緩めた。
ピアは膝の上に置いていた手を伸ばし、ベンの方を見る。
「ベン、肩はさっきより楽になった?」
「うん。座ってたら、だいぶね」
ベンは肩を軽く回した。
その動きを見て、ノーゼスも真似する。
「俺も少しは戻った。でも、今日はもう誰も支えたくないな」
「悪かったな!」
ガレスが言うと、ノーゼスは笑った。
「だから、早く良くなれって言ってるんだよ」
ガレスは何か返そうとして、固定された左腕を見た。
「……そうだな」
その返事は、さっきより静かだった。
クロードは椅子に座ったまま、ガレスの横顔を見ていた。
骨折だと分かったからといって、突然腕が動くようになるわけではない。
それでも、道の途中で何が起きているか分からなかった時とは、少し違って見えた。
職員はガレスにもう一度姿勢を確かめさせると、グレインの方へ向いた。
「このまま診察を続けます。ほかの皆さんは、いったん休んでも大丈夫ですよ」
グレインは六人を見渡した。
「聞いたな。ガレスはここで診てもらう。お前たち五人は食事を取って休め」
「先生は?」
クロードが尋ねた。
「俺はもう少しここにいる。必要なことも伝えなければならんからな」
グレインはガレスの固定された腕を確かめてから続けた。
「戻ってきたからといって、疲れが消えたわけじゃない。腹を満たしたら、それぞれ休むように」
「はい」
エクリアが先に頷いた。
クロードも返事をしたが、すぐには椅子から立てなかった。
ガレスを残していくことが少し気になった。
ベンも同じらしく、座ったままガレスを見ている。
「……また来てもいい?」
ベンが尋ねた。
ガレスは顔を上げた。
「お前、まずは飯食って休んでこいよ」
「うん。でも、そのあとで」
「そりゃ、来てくれたら嬉しいけどさ」
ガレスは固定された左腕へ目を落としてから、ベンに向き直った。
「俺はここにいるから、先に休んでくれ」
ノーゼスがベンの肩を軽く叩く。
「行こうぜ。さっきから腹が鳴りそうなんだよ」
「さっきはもう鳴ってたじゃない」
ピアの言葉に、ノーゼスは一瞬だけ口を閉じた。
「……そうだったな」
エクリアが笑い、ベンも椅子からゆっくり立ち上がった。
クロードはその後に立った。
脚にはまだ重さが残っていたが、歩けないほどではなかった。
ガレスを見守っていた職員が、五人へ小さく頷く。
「こちらは任せてください」
ベンはもう一度ガレスを見ると、ようやく頷いた。
「じゃあ、行ってくるね」
「ああ!」
ガレスは右手を上げた。
左腕は布に支えられ、動かないままだった。
◇
医務室の扉へ向かう途中、クロードは一度振り返った。
ガレスはグレインと職員の話を聞きながら、右手を膝に置いて座っている。
野営地からここまで、ベンとノーゼスがガレスを支えて歩いてきた。
けれど今は、二人とも自分の足で扉へ向かっている。
「クロード?」
エクリアが呼んだ。
「うん、行こう」
クロードが返すと、ピアが前を歩き始めた。
廊下へ出たところで、ノーゼスが大きく息を吐く。
「さて、何か食べられるかな」
「まずは食堂へ行ってみましょう」
エクリアが言うと、ベンも頷いた。
クロードは一度だけ閉まった医務室の扉を見た。
ガレスの腕はまだ治っていない。
それでも、あの長い道で二人が支えていた腕は、今は医務室で固定されている。
クロードは仲間たちと歩調を合わせ、食堂へ向かって歩き出した。




