明けていく空
クロードが木立の奥へ目を向けていると、すぐ近くでグレインの足音が止まった。
「クロード、エクリア、そろそろ交代するぞ」
クロードは振り返った。
「もうですか?」
「二人とも、さっきから何度も足を動かしているだろ」
エクリアが自分の足元を見る。
「……少し疲れました」
「なら、休めるうちに休んでおけ」
グレインは草地で横になっているピアへ近づき、声を掛けた。
「ピア、起きられるか?」
「……ん」
ピアが目を開け、少し遅れて身体を起こした。
「交代?」
「ああ、身体はどうだ?」
「まだちょっと眠いけど、動けるよ」
ピアは膝を伸ばし、足元の根に気をつけながら立ち上がった。
「道の方から見ればいいんだよね?」
「そうだ」
「木の奥へ入る必要はない」
ピアはクロードたちのいた場所から木立を見渡した。
「暗くなる前に見てた道が、ほとんど分からないね」
「さっきより、もう少し見えなくなってるわ」
エクリアが答えた。
「でも、ここからなら休んでるみんなも見えるよ」
ピアは振り返ってガレスたちを確かめた。
グレインが頷く。
「俺も見ている」
「二人は戻れ」
クロードは左手の実剣を鞘へ収めた。
握っていた手を開くと、指まで強張っていたことに気づく。
「じゃあ、お願いね」
エクリアがピアへ声を掛けた。
「うん、二人とも休んで」
クロードとエクリアは、石をどけておいた草地へ戻った。
ベンとノーゼスは身体を横にしており、ガレスは上体を起こし気味にして目を閉じている。
クロードが座ると、足の裏から力が抜けた。
「……歩いてた時より脚が重いかも」
「ずっと立っていたものね」
エクリアは少し離れたところへ腰を下ろし、両脚を伸ばした。
「寝られそう?」
「うん、たぶん」
クロードは横になったが、背中に小さな根が当たった。
少し身体をずらすと、今度は地面の傾きが気になった。
「ここなら、さっきよりいいかな」
「そっちも硬い?」
「うん、石がないだけで、けっこう違うね」
「今さら敷物が欲しくなるわ」
エクリアは小さく笑い、それから草の上へゆっくり身体を下ろした。
クロードは返事をしようとしたが、口を開く前にあくびが出た。
「……寝るね」
「ええ、おやすみ」
木々の方からピアの小さな声が聞こえた。
グレインが短く何かを返す。
クロードはその声を聞きながら目を閉じた。
しばらくは硬い地面が気になっていたが、いつの間にか話し声も遠くなった。
ピアは一度休んだおかげで、立っていても先ほどほど脚は重くなかった。
ただ、風が通るたびに肩をすくめたくなる。
火のない草地には、揺れる炎も、暖かい灰もなかった。
「寒いか?」
少し離れたところからグレインが尋ねた。
「少しだけ」
「でも、大丈夫」
「無理なら言えよ」
「うん、先生も座ったら?」
「今は周囲を確かめておく」
グレインはそう答えたが、一度膝を曲げて足の具合を確かめた。
ピアはそれを見て、もう一度道の方へ顔を戻した。
少しして、休んでいたベンが身体を起こした。
「……ピア?」
「起こしちゃった?」
「ううん、何となく目が覚めたんだ」
ベンは肩をゆっくり動かした。
「クロードとエクリアは?」
「今は休んでるよ」
「私と先生が見てる」
「そっか」
ベンは一度ガレスを見てから立ち上がった。
ガレスは相変わらず上体を起こしていたが、目は閉じている。
「肩はどうだ?」
グレインがベンへ尋ねた。
「さっきより楽です」
「でも、まだ少し重いです」
「分かった」
「見張りはできそうか?」
ベンは木々の方を見た。
「はい、少しなら」
「なら、ピアと一緒に見ていてくれ」
「疲れたら交代する」
「はい」
ピアはベンへ道の見える場所を示した。
「こっちから、あの木の間を見てたんだ」
「分かった、反対側も確かめるね」
二人が立つ位置を決めたところで、グレインは草地の端へ腰を下ろした。
剣を手の届く位置に置き、背中を少し丸めて息を吐く。
「先生も疲れたでしょ?」
ピアが聞くと、グレインは小さく頷いた。
「そりゃあな」
「少し休ませてもらう」
「何かあったら呼びます」
ベンが言った。
「ああ、自分たちだけで動くなよ」
グレインは二人の位置を確かめてから、しばらく目を閉じた。
その後も、目を覚ましていた者が交代しながら木立と道を見続けた。
ノーゼスも途中で起き、腕と肩を動かしてから短い間だけ見張りに入った。
ピアはベンとノーゼスが周囲を見ている間に、もう一度横になった。
グレインも眠りっぱなしにはならず、折を見て起きては七人の様子を確かめた。
ガレスは時々目を開け、右手で身体を支え直していた。
左腕を動かさずにいられる姿勢は見つかったが、それでも長く続けると身体の別のところがつらくなる。
そのたびに、近くにいた者が声を掛けた。
「眠れた?」
ベンが小声で聞いた時、ガレスは少しだけ肩をすくめた。
「少しはな」
「ずっとじゃないけど」
「痛みが強くなったら言ってね」
「分かってるって」
ガレスはそう答えて、また目を閉じた。
遠くへ確かめに行く者はいなかった。
七人がいる場所を離れることもなく、夜はゆっくりと過ぎていった。
◇
クロードが目を開けると、すぐ横の草がうっすらと見えていた。
最初はまだ夢の続きかと思ったが、枝の間から薄い光が差している。
「……朝?」
身体を起こそうとすると、背中と脚がこわばっていた。
クロードは肘をついてゆっくり起き上がり、周りを見た。
すぐ近くでエクリアも目を覚まし、長く息を吐いている。
「おはよう」
クロードが声を掛けた。
「……おはよう」
「もう明るいのね」
「うん、少しだけど」
昨日、根を避けて選んだ地面に、淡い朝の光が落ちていた。
冷えた草の感触が手のひらに残る。
エクリアは座ったまま脚を伸ばした。
「眠ったはずなのに、身体が重いわ」
「僕も、背中が硬くなったみたい」
二人はしばらく身体を伸ばしてから、立ち上がった。
少し離れたところでは、ピアが目をこすりながら起き上がっている。
ベンとノーゼスも、すでに目を覚ましていた。
木立の方から戻ってきたグレインが、七人の休息場所を見渡した。
「起きた者から、身体の具合を教えてくれ」
「脚が少し重いです」
「でも、歩けます」
クロードが答えた。
「私も大丈夫です」
「寝た気はあまりしませんけど」
エクリアは肩を回した。
「私は、途中でまた眠れたよ」
ピアが言った。
「でも、起きたら寒かった」
「雨よけも火もなかったからな」
ノーゼスはそう言って、両腕を前へ伸ばした。
ベンは自分の右肩を揉んでいる。
「二人とも、ガレスを支えられそうか?」
グレインが尋ねた。
「昨日よりは楽です」
ベンが答える。
「でも、長く歩けるかは分かりません」
ノーゼスも頷いた。
「俺も肩は動くけど、またずっと支えたら疲れると思います」
「そうだな」
「歩き出してからも、様子を見て止まるぞ」
グレインは最後にガレスの方へ向かった。
ガレスは上体を起こしたまま、右手で地面を押して身体の位置を変えていた。
左腕は上着に支えられ、昨夜から動かしていない。
「ガレス、夜はどうだった?」
「少しは寝ました」
「でも、何度か起きました」
「腕の痛みは?」
「じっとしていれば、昨日よりひどくはないです」
「動かそうとすると痛いですけど」
グレインは腕を無理に持ち上げず、布の位置とガレスの表情を確かめた。
「なら、そのままにしておけ」
「立つ時も急ぐなよ」
「はい」
ガレスが頷いたところで、腹が小さく鳴った。
ノーゼスが振り返る。
「……今の、誰だ?」
「俺だけど」
ガレスはすぐに答えた。
「昨日からろくに食ってないんだから、腹くらい鳴るだろ」
「いや、俺も腹減ってる」
ノーゼスが自分の腹に手を当てた。
「だったら聞くなよ」
ベンが二人を見て笑う。
「僕もお腹は空いてるよ」
「でも、食べ物は向こうに置いてきちゃったからね」
エクリアは朝の光が差す道へ目を向けた。
「探し回るより、まず帰らないとね」
「そうだ、ここでばらばらになるな」
グレインも道の方を確かめた。
昨日は影に沈んでいた木の根も、今は道の端にはっきり見えていた。
クロードは腰の鞘から実剣を抜き、左手に持って周囲を見渡した。
竜の姿はない。
けれど、昨日歩いてきた道の向こうに何もいないと分かったわけではなかった。
「エクリア、ピア、道の先をここから確かめてくれ」
グレインの言葉に、二人が顔を上げる。
「はい」
「分かった」
エクリアとピアは休息場所から離れず、朝の光の中で道の曲がり方と木の根を見比べた。
「昨日来た方は、あの根の横だったわね」
エクリアが言った。
「帰る方はこっち」
「曲がった先までは見えないけど、道は続いてるよ」
ピアも指で示した。
グレインはその方向を確かめ、ベンとノーゼスへ目を戻す。
「ガレスを立たせる時は、昨日と同じように支えてくれ」
「はい」
二人がガレスのそばへ寄った。
ガレスは左腕を動かさないようにしながら、右手を地面へついた。
「先生、立てそうです」
「慌てるな」
「二人の準備ができてからだ」
ガレスは顔を上げ、ベンとノーゼスが位置を確かめるのを待った。
クロードは左手の実剣を握り直し、朝の道へ目を向けた。
木々の間には、夜には見えなかった地面が続いていた。




