休めない夜
木々の間に残っていた陽の光が消え、足元の草は少しずつ暗がりに溶けていった。
クロードは空を見上げたが、枝の向こうにはもう陽の姿が見えなかった。
昼間は平らに見えた地面にも影が重なり、少し離れるだけで石と土の境目が分かりにくくなる。
「そろそろ、休む者は休んでおけ」
グレインが七人のいる場所へ戻ってきた。
ガレスは左腕を上着で支えたまま座り、ベンとノーゼスも近くの草地で肩を休めている。
「夜の間、勝手に道へ出るなよ」
「はい」
「何かあったら、まず声を掛けろ」
「自分だけで確かめに行く必要はない」
ピアが、道の方へ目を向けた。
「さっきより、向こうが見えなくなってきたね」
「だからこそ、ここから離れない」
グレインは道へ続く空いた場所と、木立の奥を順に確かめた。
「最初はクロードとエクリア、二人で周囲を見てくれ」
「はい」
クロードが返事をすると、エクリアも頷いた。
「分かりました」
「ピアは次に備えて休め」
「ガレス、ベン、ノーゼスも今は身体を休ませろ」
「私もまだ起きてられるよ?」
ピアが言った。
「分かってる」
「だが、後で起きる者も必要だ」
「そっか」
「じゃあ、休んどくね」
ピアは木の根から少し離れた場所へ移動した。
グレインは六人の顔を確かめてから、剣を手に少し離れた位置へ立つ。
「俺も見ている」
「交代は様子を見て決めるぞ」
クロードは左手の実剣を握り直し、エクリアとともに道の方へ向かった。
遠くへ出るわけではない。
休んでいる四人が見える場所から、木々の間へ視線を向けるだけだった。
「来た時、あの道ってもっと広く見えたわよね」
エクリアが小声で言った。
「明るかったからかな」
「たぶんね」
「今は、どこまで道なのかも分かりにくいわ」
クロードは木の幹と、その足元へ目を向けた。
日が沈んだだけで、さっきまで見えていた道の形が変わってしまったようだった。
「こっちは僕が見るね」
「じゃあ、私はあちらも見るわ」
二人は少しだけ立つ位置をずらした。
後ろでは、ノーゼスが地面へ手をつく音がした。
「……思ってたより硬いな」
「さっき石をどけたところでしょ?」
ピアが答えた。
「石がなくても、地面は硬いんだな」
「それはそうよ」
エクリアが振り返らずに返す。
「じゃあ、帰ったらちゃんとした寝床で寝よう」
ノーゼスの言葉に、ベンが小さく笑った。
「僕はその前に、肩を休めたいな」
ベンは地面へ腰を下ろし直し、ゆっくりと背中を伸ばした。
右肩を動かしてみると、ガレスを支えていた時の重さがまだ残っている。
「寝れば楽になるかな」
「眠れたらな」
ノーゼスはそう言って横になろうとしたが、背中に草の根が当たり、すぐに少し場所を移した。
「こっちの方がましか」
ピアも別の場所で膝を曲げ、地面の凹凸を確かめながら身体を休める。
三人の話し声は、しばらくすると自然に小さくなった。
その中で、ガレスだけは座ったまま身体を動かしていた。
右手を地面につき、少し腰をずらす。
左腕を支えている上着が引かれる感じがして、すぐに動きを止めた。
「……っ」
ベンが顔を上げる。
「ガレス、痛む?」
「ちょっとな」
ガレスは腕を見下ろした。
「座ってる間はいいんだけど、横になろうとすると変なところが引っ張られる」
「じゃあ、無理に寝ない方がいいんじゃない?」
「でも、ずっと座ってるのもきついだろ」
もう一度身体を横へ傾けてみる。
右手を使ってゆっくり動いたつもりだったが、左腕の下に当てた布が少しずれた。
ガレスは顔をしかめ、途中で元の姿勢へ戻った。
「……駄目だ」
ベンは起き上がりかけた。
「僕、手伝おうか?」
「お前は休んでろよ」
「でも、さっきから眠れないでしょ」
「まだ寝るところまでいってないんだよ」
ガレスが言い返すと、ベンは少しだけ笑った。
「それじゃ、余計に困るね」
クロードは二人の声に顔を向けたが、グレインが近づいていくのを見て、道の方へ視線を戻した。
「どうした、ガレス」
「横になろうとしたんですけど、腕が動いて痛くて」
「どの向きなら楽だ?」
「今の座ってる向きなら、まだ平気です」
グレインは剣を鞘へ収め、ガレスのそばにしゃがんだ。
「なら、いきなり横にならなくていい」
ガレスが頷くと、グレインは上着の結び目と腕の下の布を確かめた。
「腕はそのままにして、身体だけ少し動かせるか?」
「やってみます」
ガレスは右手を地面へ置き、膝を曲げ直した。
さっきよりもゆっくり、身体の重さを右側へ移してみる。
「……ここまでは大丈夫」
「それ以上は?」
「ちょっと待ってください」
ガレスは息を整えてから、さらにほんの少しだけ腰をずらした。
左腕が引かれそうになると、自分で動きを止めた。
「そこが限界です」
「分かった」
「戻さなくてもつらくないか?」
「……はい」
「さっきよりは楽です」
グレインは布が腕の下から外れていないことを確かめた。
「今はその姿勢で休め」
「つらくなったら、また言え」
「はい」
ベンがガレスの顔を覗いた。
「今なら少し休めそう?」
「まあ、座ってるよりは」
「よかった」
「だから、お前も早く横になれって」
ベンは頷いて、また地面へ身体を下ろした。
その横から、ノーゼスの声がした。
「お前、まだ起きてたのか」
「寝てたのかよ?」
ガレスが聞き返す。
「寝ようとしてたんだよ」
ノーゼスは目を閉じたまま答えた。
「お前らがずっと喋ってるから、まだ起きてる」
「だったら聞いてないで寝ろよ」
「そうする」
少し間が空いてから、ノーゼスがまた口を開いた。
「明日も歩くんだから、動けるうちにちゃんと休めよ」
「それ、俺に言ってるのか?」
「お前にも、俺にもだよ」
ガレスは返事をしかけ、口を閉じた。
「……分かった」
ノーゼスはそれ以上何も言わず、身体の向きを少し変えた。
ベンも目を閉じる。
グレインはガレスの腕をもう一度確かめてから立ち上がり、剣を抜いた。
「動かしたくなったら、一人で無理をするなよ」
「はい、先生」
クロードはグレインがこちらへ戻ってくるのを見て、少し安心した。
その間もエクリアは木立の方を見続けていた。
「ガレス、少し楽になったみたいね」
「うん」
「ベンとノーゼスも休めそう」
クロードが答えた。
「なら、私たちはちゃんと見てないとね」
エクリアは視線を道へ戻した。
クロードも左手に持った剣を確かめ、木々の向こうへ目を向ける。
木の葉は揺れているが、今のところこちらへ近づいてくるものは見えない。
ただ、休んでいる仲間の方を確かめようとすると、その間は道から目が離れる。
「私があちらを見てるから、クロードは少し後ろを見てきてもいいわよ」
エクリアが言った。
「うん、すぐ戻るね」
クロードは数歩だけ向きを変え、休んでいる四人の様子を確かめた。
ピアは膝を曲げて横になり、呼吸も落ち着いているようだった。
ベンとノーゼスも、さっきより静かになっていた。
ガレスは目を閉じているが、完全には横になっていない。
左腕を支えた布の下へ目を向けたところで、ガレスが右手をわずかに動かした。
「ガレス?」
声を掛けると、ガレスは目を開けた。
「何だ?」
「腕、大丈夫?」
「今のところはな」
「寝られるかどうかは分からないけど」
「眠くなったら、少しは眠れるといいね」
「そうだな」
ガレスはクロードの左手にある剣を見た。
「お前も、あとでちゃんと休めよ」
「うん」
「今はエクリアと見てるから」
「頼んだ」
クロードが頷くと、ガレスはまた目を閉じた。
クロードはエクリアのところへ戻った。
「どうだった?」
「ガレスはまだ起きてたけど、さっきより楽みたい」
「そう」
「……でも、寝られるかは別なのね」
「うん」
エクリアは少しだけ眉を寄せたが、すぐに木々の方へ目を向けた。
「明日も歩かなきゃいけないものね」
二人は、それぞれ見ている方角を確かめ合った。
夜が深くなるにつれ、立ったままの脚にも重さが出てきた。
クロードは片足へ寄せていた重心を戻し、もう一方の足を少し動かす。
エクリアも靴の位置を変えていた。
「脚、疲れた?」
「少しね」
「じっと立ってると、歩いてた時とは違う感じがするわ」
「僕も」
「眠くはない?」
「……まだ大丈夫」
クロードは答えたが、その直後に小さくあくびをかみ殺した。
エクリアが横目で見る。
「今のは?」
「ちょっとだけ」
「なら、無理しないで言うのよ」
「エクリアもね」
「ええ」
近くにいたグレインが二人の様子を見た。
「脚を動かすのは構わん」
「ずっと同じ姿勢でいる必要はないぞ」
「はい」
「疲れが強くなったら、すぐ言え」
「交代を考える」
クロードは頷き、もう一度休んでいる仲間たちへ視線を向けた。
暗がりの中でも、ガレスが身体を起こし気味にしていることは分かる。
ベンとノーゼスの姿は、そのそばで動かなくなっていた。
ピアも少し離れたところで休んでいる。
グレインは三人の周りと道の方へ交互に目を向け、また木立へ視線を戻した。
クロードは先生の背中を見た。
グレインも昼間からずっと歩き、竜と戦い、今は七人の夜を見ている。
「先生は、休まないんですか?」
グレインは少しだけクロードへ顔を向けた。
「休む時は休むさ」
「今は、お前たちの様子を見ておく」
「……はい」
「心配するなら、まず自分が疲れた時に言えよ」
クロードは小さく笑った。
「分かりました」
グレインは頷いて、道の方へ顔を戻した。
クロードも暗い木々を見直す。
昼間は歩き続けることに必死だったが、足を止めた今も、思っていたほど楽ではない。
ガレスは身体を横にできず、ベンとノーゼスは疲れた肩を休ませている。
その向こうで、ピアも次の交代に備えて眠ろうとしている。
クロードはそれぞれの姿を一度確かめてから、エクリアと同じように木立へ目を向けた。
夜は、まだ続いていた。




