見覚えのある道
丘の側面を回り込むにつれ、遠くに見えていた木立が少しずつ大きくなってきた。
クロードは左手に実剣を持ち、前を歩く仲間たちと背後の斜面を交互に見た。
竜の重い足音は聞こえない。
それでも、グレインは後方への警戒を解かず、七人の歩く速さに合わせていた。
「この先、草が少なくなってるよ」
先を行くピアが立ち止まって声を掛けた。
エクリアはその横から少し先の地面を覗き込んでいる。
「木立まで、そのまま続いていればいいんだけど」
「行って確かめましょう」
ピアが頷き、二人は足元を見ながら進んだ。
ベンの肩に右腕を預けたガレスも、ノーゼスに背中を支えられて後に続く。
グレインの上着で支えられた左腕は、歩いても先ほどほど大きく揺れなくなっていた。
「さっきより、だいぶ歩きやすいぞ」
ガレスが小さく言った。
「それならいいけど、足元は見てね」
ベンが答える。
「見てるって」
そう言いながらガレスは、草の間に見えた石を避けて右足を置いた。
少し遅れてベンとノーゼスが同じ場所を通る。
三人が越えたのを見て、クロードも足を進めた。
しばらく行くと、前にいたエクリアの足が止まった。
「……ここ、下がってるわ」
クロードが近づくと、草の続く地面が途中で細長く落ち込んでいた。
大きな崖ではないが、下には石が混じり、向こう側へ上がる場所も狭い。
ピアは少し離れたところから覗き込んだ。
「一人なら下りられそうだけど……」
視線がガレスたちへ向く。
「三人並んで通るのは難しそうね」
エクリアも頷いた。
ノーゼスはガレスを支えたまま落ち込みの手前へ近づき、足を止めた。
「俺も、ここは嫌だな」
「俺もだ」
ガレスがすぐに続ける。
「こんなところで転んだら、せっかく腕を支えてもらった意味がない」
ベンは下を確かめてから、少しだけ肩を引いた。
「僕も、ここでガレスを支えたまま下りる自信はないよ」
「無理に通る必要はない」
グレインが二人の先へ出て、落ち込みの両端を見比べた。
「少し戻って、浅くなっている方を探そう」
「はい」
ピアは来た方へ数歩戻り、地面のつながりを目で追った。
エクリアも反対側へ回り込める場所がないか確かめる。
「こっち、草の向こうで少し狭くなってる!」
ピアが呼んだ。
クロードが見ると、落ち込みは丘の上側へ伸びるにつれて浅くなっていた。
そこまで戻れば、急に下りずに渡れそうだった。
「あそこなら、ガレスも足を置けそうかな」
クロードが言う。
「一度、近くで確かめましょう」
エクリアは浅い方へ向かい、靴で土を踏んでみた。
グレインも足場を確かめて頷いた。
「ここを通ろう。順番に、慌てずにな」
七人は少し引き返し、落ち込みの端が低くなった場所から向こう側へ移った。
ガレスが足を出す時には、ベンとノーゼスが歩幅を合わせる。
「よし、次は左足だ」
ノーゼスが言った。
「分かってる。今出すところだろ」
「だったら早く出せよ」
「急ぐなって先生に言われただろ!」
二人の言い合いを聞いて、ベンが笑いかけた。
「二人とも、僕の足まで急がせないでよ」
ガレスは少しだけ笑い、左足を固い土の上へ置いた。
三人が渡り終えると、後から来たクロードも同じ場所を通った。
木立は前より近くなっていたが、迂回した分だけ歩く距離は増えている。
やがて、ベンの歩幅が少しずつ小さくなってきた。
ガレスの右腕を支える肩にも力が入っている。
「ベン、疲れたか?」
ガレスが顔を向けた。
「……ちょっとね。でも、歩けるよ」
「俺もいるんだからな」
ノーゼスが言った。
「分かってるよ」
ベンは返事をして一歩踏み出したが、靴先が草の根元に触れた。
身体が少し前へ流れる。
「おっと……!」
ノーゼスがガレスの背を支え直し、三人とも足を止めた。
ベンはすぐに踏み直し、ガレスの方を見た。
「ごめん、腕は大丈夫?」
「大丈夫だ。今のは揺れなかった」
ガレスは上着に支えられた左腕を見てから、ベンの顔を覗き込んだ。
「お前の方こそ大丈夫か?」
「うん。転びそうになっただけ」
「それを大丈夫って言うのか?」
ノーゼスが呆れたように言う。
「ノーゼスだって疲れてるでしょ」
「……まあ、疲れてないとは言わない」
グレインは三人のそばへ戻り、地面の平らな場所を指した。
「少し足を止めろ。立ち位置を変えてみよう」
ベンは息を整え、ガレスの右腕が肩から滑らない位置を確かめた。
ノーゼスも背中へ添えていた手をずらし、ガレスが脚を動かしやすい場所を探す。
「ガレス、お前も全部こっちへ預けなくていい」
「分かってる。足は自分で出せる」
「それなら、一歩ずつ合わせよう」
ベンが言うと、ガレスは頷いた。
ノーゼスは肩を回し、ようやく大きく息を吐いた。
「荷物がないのに、こんなに疲れるとはな」
「だったら俺を置いていくか?」
ガレスが口を尖らせる。
「それこそ先生に怒られるだろ」
「怒る以前の問題だ」
すぐ横からグレインの声が返り、三人は顔を見合わせた。
ベンが先に笑い、ノーゼスも肩の力を抜いた。
「じゃあ、また行くぞ」
ガレスは自分で右足を出し、二人がそれに合わせて歩き出す。
クロードは三人の足元を見届けてから、再び先を向いた。
木立の端まで、もうそれほど遠くはないように見えた。
「ねえ、向こうに道みたいなのが見えるよ」
ピアが手を上げた。
木々の手前で草が薄くなり、地面が緩やかに曲がっていた。
その先は幹の陰に隠れている。
エクリアは少し高い場所へ移り、道の向きを見比べた。
「丘を回り込んでいるわね」
「来る時に歩いた道も、こんなふうに曲がってたよね」
クロードが答える。
「ええ。でも、ここから見ただけじゃ同じ道か分からないわ」
「もっと近くへ行ってみよう」
ピアが地面を確かめながら進む。
クロードたちも、七人が通れる幅を選んでその後に続いた。
木立の近くへ来ると、草に代わって土から浮き出た木の根が増えてきた。
「今度は根っこか」
ノーゼスが足元を見た。
「行きもそうだったな」
ガレスが答え、右足の置き場を確かめる。
「ほら、あそこ。根が道を横切ってる」
ピアが少し先を指した。
道は木々に沿って曲がり、外側には丘の斜面が見えている。
クロードは立ち止まって、来る時の景色を思い出した。
木立へ入った時も、道の先は枝に隠れていた。
途中で曲がった場所に来て、みんなでその先を確かめた。
「向きは反対だけど、同じように丘を回ってるね」
「この先、木の間に続いてるところも似てるわ」
エクリアが言う。
グレインは道の幅と木々の並びを確かめ、少し先まで歩いて振り返った。
「間違いなさそうだ。来る時に通った道につながっている」
「戻れたんだ……!」
ベンが息を吐いた。
「やっと見覚えのあるところに出たな」
ノーゼスも木々の間へ目を向ける。
「これで少しは楽になるか?」
ガレスが尋ねた。
「歩くところは選びやすくなるだろう。ただ、根も石もある」
グレインが答えた。
「それに、ここで立ち止まるわけにはいかん」
ガレスは頷き、ベンの肩に預けた右腕の位置を直した。
「大丈夫です。まだ歩けます」
「よし。急がず、続けて進める速さで行こう」
グレインは先の道と背後を確かめた。
ピアとエクリアが木の根を避けられる場所を探し、七人は木立沿いの道へ入った。
草地を歩いている時より、木の枝が空を覆うようになってきた。
少し先まで見えていた道も、木々の間では曲がった先が見えない。
「この辺、来る時はもっと明るかったよね」
ピアが上を見上げた。
葉の隙間から差す光が、斜めに傾いている。
エクリアも顔を上げた。
「そうね。木の下はもう影が長いわ」
「道には戻れたけど、まだ先が長いな」
ノーゼスが言い、息を整えた。
ベンはガレスの右腕を支え直した。
「来た時と同じ速さでは歩けないしね」
「俺のせいで……」
ガレスが言いかけると、ノーゼスが先に口を開いた。
「だったら、転ばないように足を動かしてくれ」
「分かってるって」
ガレスは少し口を曲げたものの、次の根を確かめてから足を出した。
木立の向こうから風が通り、葉が小さく鳴った。
「先生、このまま先へ進むんですか?」
クロードが尋ねた。
「今はな。明るいうちに歩けるところまで進む」
グレインは木々の間を見た。
「ただし、道の脇も見ておけ。足を止められる場所があるか、今から確かめておく」
「夜のことも、考えないといけませんよね」
ベンが言った。
「そうだ。荷物はない。暗くなってから慌てても遅い」
グレインは六人の顔を順に確かめた。
「進みながら判断する。誰かの足が止まる前に言えよ」
「はい!」
エクリアとピアが応じ、ベンとノーゼスも頷いた。
クロードは木々の間から見える空を見上げた。
傾いた陽の光は、枝の先だけを照らしている。
来る時にも通った道が足元に続いていた。
けれど、今の七人が同じ速さで歩けるわけではない。
クロードは左手の実剣を握り直し、前を歩く仲間たちへ目を戻した。




