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『異世界転生した製鉄所主任、雷魔法と鉱物生成で成り上がる ~未知の世界は面白いことだらけでした~』~幼少期・王立学園編~  作者: 黎明の星
王立学園編

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残る匂い

ガレスが足を止めると、ベンもすぐに歩みを緩めた。

「どうした、痛むか?」

「いや……足の置き場を探してる」

ガレスは左腕を動かさないようにして、草の下の地面を見た。

ノーゼスが少し前の固い土を靴先で確かめる。

「こっちなら踏めるぞ」

「分かった」

ガレスが右足を出すのに合わせ、ベンも身体を動かした。

肩に掛かる重みは、少しも軽くなっていない。

それでも、ガレスが息を詰める回数はさっきより減っていた。

「……ベン」

「なに?」

「魔法、効いてるぞ」

ベンは横を向いた。

「本当?」

「痛くないわけじゃないけどな」

ガレスは右手でベンの肩を確かめ、次の一歩を踏み出した。

「さっきよりはずっとましだ」

「そっか……よかった」

ベンの声が少し緩んだ。

「でも、腕はそのままだよね」

「見れば分かるだろ」

「だから、動かさないでよ」

「動かしたくても動かせないって」

ガレスは言い返し、顔をしかめながらも口元を少しだけ上げた。

「お前ら、話してる間も足元見ろよ」

ノーゼスが背を支えたまま言う。

「お前だって話してるだろ」

「俺はちゃんと見てる!」

いつもなら、そこで誰かが笑ったかもしれない。

けれど、すぐ下から竜の唸り声が響き、三人とも黙って足を動かした。

「こっち、少し広いわ!」

前を行くエクリアが呼んだ。

ピアはその横から斜面を数歩下り、草の根元を見た。

「真ん中は大丈夫そうだけど、右端は土が崩れてるよ」

「じゃあ、二人が通れる幅を空けましょう」

エクリアは身を横へ寄せ、ガレスたちへ手を振った。

クロードは三人が通り過ぎるのを確かめてから後に続いた。

左手には、まだ実剣がある。

斜面の下には土の盛り上がりが続き、グレインの姿は見えなかった。

それでも時折、鋼の響く音が聞こえた。

「……先生、まだあそこにいるんだよね」

ベンが小さく言った。

「うん。さっきは剣の音がした」

クロードは足を止めずに答えた。

「こっちへ来られるかな」

ガレスが言う。

誰もすぐには返事をしなかった。

グレインが竜を引きつけているからこそ、自分たちはここまで進めている。

クロードはもう一度だけ下を見て、六人の方へ向き直った。

「まず、もっと離れよう」

「そうね。先生にも、離れろって言われたもの」

エクリアが先の斜面を見た。

ピアは少し上へ移り、次に足を置ける場所を探し始めた。

ベンとノーゼスも、ガレスの歩調に合わせて後を追う。


◇


グレインは竜の顎が動いた瞬間、踏み出しかけた足を引いた。

牙の先が草を抉り、土が細かく跳ねる。

身体を横へずらすと、今度は長い尾が回ってきた。

グレインは剣を身体の近くへ引きつけ、尾が通り過ぎるのを待ってから足場を移した。

六人の進んだ斜面を見上げる。

先ほどまで見えていた人影は、もう草の向こうに隠れていた。

ガレスを支えているのだから、それほど速くは進めないはずだ。

このまま竜を剣で牽制し続ければ、いずれ間合いを外す時が来る。

その時にまた六人へ向かわれたら、追いつくのは難しい。

グレインは竜の後脚に目を向けた。

以前つけた細い傷のある脚は、剣先が寄るとわずかに後ろへ引かれる。

近づけば反応する。

だが、こちらが離れるだけでは、竜が何を追うか分からない。

グレインは斜面の下方へ視線を移した。

その先には、野営の準備をしていた草地がある。

ラッシュボアと戦った場所でもあった。

この竜が最初に現れた時、倒れたラッシュボアへ鼻先を寄せていた。

血のついた草を何度も嗅ぎ、しばらくそちらを見ていた。

まだ同じ場所に死骸が残っている。

あそこまで連れていけば、もう一度関心を向けるかもしれない。

グレインは竜の正面から外れ、後脚の傷がある側へ回った。

竜が頭を振って追う。

剣先を脚へ向けると、竜は踏みかけた足を引いた。

その動きに合わせ、グレインは斜面の低い側へ下がる。

竜も身体の向きを変えた。

もう一歩だけ、間合いを詰めさせる。

前脚が土を踏み、グレインの足元まで草が揺れた。

すぐには背を向けず、竜の首の向きを見ながら低い方へ回り込む。

尾が再び振られると、足を止めてその先を避けた。

竜の向きが戻るまで待ち、それからまた下へ移る。

何度か繰り返すうち、斜面の草が短くなってきた。

見覚えのある木立が、少しずつ近づく。

その手前に、倒れたラッシュボアが見えた。

血の滲んだ草も、踏み荒らされた土も残っている。

さらに奥には、張りかけた雨よけの布があった。

荷物と道具も、置いた時のままだ。

グレインはそれらへ近づかなかった。

竜が前脚を踏み出す。

グレインは斜めに退き、死骸のある草地が竜の横に来る位置へ移った。

竜が顔を上げる。

鼻先がゆっくりと横へ動いた。

グレインは剣を構えたまま足を止めた。

竜は少し首を伸ばし、倒れたラッシュボアへ近づいた。

太い脚が血のついた草を踏む。

褐色の頭が下がり、鼻先が死骸の近くを動いた。

グレインは一歩、草地の外側へ下がった。

竜が頭を上げる。

その目がこちらへ向いたので、グレインも足を止めた。

剣を下げず、次の動きを待つ。

竜はしばらく首を動かしていたが、また死骸へ顔を近づけた。

グレインは今度も急がず、さらに一歩離れた。

草が靴の下で擦れる。

竜の頭がわずかに動いた。

グレインは身体を低くしたまま動きを止める。

しかし、竜は追ってこなかった。

別のラッシュボアへ鼻先を寄せ、ゆっくりと頭を動かしている。

グレインは斜面へ続く草の切れ目を確かめた。

途中には、竜が盛り上げた土壁が残っている。

その向こうへ回れば、草地から姿を隠せる。

ただし、壁の裏へ入れば竜の姿も見えなくなる。

グレインは壁までの地面を確かめ、竜が頭を下げている間に移動した。

土壁の陰へ入る直前、もう一度振り返る。

竜はまだ死骸のところにいた。

グレインは壁を間に挟み、斜面の上へ向かう。

背後の足音を確かめながら進んだが、あの重い響きは追ってこなかった。

それでも剣は収めず、六人の進んだ方角へ足を速めた。


◇


「少しだけ、ここで足を揃えよう」

ピアが示したのは、斜面の途中にある比較的平らな場所だった。

エクリアが先を確かめ、クロードは下の草地が見える位置に残った。

ベンとノーゼスはガレスの身体を支えたまま、歩みを止める。

「……ふう」

ガレスが息を吐いた。

「腕はどう?」

ベンが尋ねる。

「さっきと同じだ。痛みはましだけど、動かせない」

「そっか」

「そんな顔するなって。助かったのは本当なんだから」

ガレスが言うと、ベンはようやく少し頷いた。

「また歩ける?」

「もう少しならな」

「もう少しじゃ、困るんだけどな」

ノーゼスが言い、ガレスの背を支え直した。

「お前までそんなこと言うのかよ……」

「俺だって腕が疲れてるんだよ」

ガレスが言い返そうとしたところで、クロードが顔を上げた。

斜面の下から聞こえていた剣の音が、いつの間にか消えていた。

「……静かになったね」

ピアも気づいたようだった。

「先生、どうなったのかしら」

エクリアが草の向こうへ目を向ける。

クロードは剣の柄を握り直した。

さっきも、音が消えた後に竜が追ってきた。

「まだ分からない。先へ進めるようにしておこう」

「そうだな」

ノーゼスが答えた時、少し離れた草が揺れた。

クロードは左手の剣を上げた。

ピアとエクリアも身を引き、揺れた方を見る。

草の向こうから、人影が現れた。

「……先生!」

ベンが声を上げる。

グレインが剣を持ったまま近づいてきた。

「六人ともいるな」

一人ずつ顔を確かめ、最後にガレスの左腕へ目を向ける。

「ガレス、立っていられるか?」

「はい。二人に支えてもらってますけど」

「腕は動かすな。今はそのままでいい」

グレインは無理に腕を触ろうとしなかった。

「先生、さっき……」

ベンが口を開く。

「《ハイヒール》を使いました。少しは痛みが和らいだみたいです」

グレインはベンを見た。

「そうか。よくやった」

「でも、腕の形は変わってません」

「分かっている。今ここで無理に動かすな」

ガレスが小さく頷く。

「ベンのおかげで、歩く時は少し楽になりました」

「それなら、その分も無駄にするなよ」

グレインはガレスの足元を確かめた。

「二人に支えてもらいながら、自分の足で進めるか?」

「はい。ゆっくりなら」

「よし。歩幅は合わせろ。急に引っ張るな」

ベンとノーゼスが頷いた。

「先生、竜は?」

クロードが尋ねると、グレインは斜面の下へ目を向けた。

「ラッシュボアが倒れていた草地へ戻した。俺が離れる時には、死骸のところにいた」

「じゃあ、もう追ってこないんですか?」

ピアが聞く。

「分からん。離れることはできたが、また動き出すかもしれない」

エクリアは、ガレスの左腕と斜面の先を交互に見た。

「このまま歩き続けて大丈夫なんでしょうか」

「落ち着いて腕を見られる場所が必要だ。だが、まずは竜から離れなければならない」

グレインは六人の様子を確かめ、それから下の草地を見た。

「野営は中止する。帰還を優先するぞ」

「荷物は……やっぱり、置いたままですか」

ガレスが聞く。

「ああ。剣も荷物も、取りには戻らん」

ガレスは何か言いかけたが、口を閉じた。

「……分かりました」

「先生、戻る道はどうするんですか?」

ノーゼスが尋ねた。

「今来た場所へ引き返すわけにはいかない。竜のいる草地を避けられる道を探す」

「先の斜面なら、少し上から様子を見られそうです」

エクリアが答える。

「こっちの方が、ガレスも歩きやすいと思う」

ピアが足元を示した。

グレインは二人の指した方を確かめ、短く頷いた。

「まずはあそこまで進もう。後ろも忘れるな」

クロードは下へ向けていた剣を握り直した。

その隣でガレスが足を踏み出し、ベンとノーゼスが動きを合わせる。

エクリアとピアは先の草地へ進んだ。

グレインも剣を抜いたまま、六人が動き出すのを確かめていた。

七人は竜のいる草地を背に、帰るための道を探し始めた。

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