変わった退路
ラッシュボアは鼻先を低くしたまま、クロードたちの方を見ていた。
その後ろでは、グレインとブラウンドラゴンが動くたびに草が大きく揺れている。
「来るなら、正面には立つなよ」
ノーゼスが剣を構え直した。
「分かってる。でも、どっちへ走るんだ?」
ガレスは魔物の脚を見ていた。
ラッシュボアは右へ一歩動いたかと思うと、急に反対側へ顔を振った。
「まだこっちを見てるわ」
エクリアが声を落とす。
六人が上ろうとした斜面は、ちょうど魔物の向こうにあった。
クロードは右手の剣を握り、横の仲間を確かめた。
「少しずつ横へ動こう。あいつが走ったら、先に避けよう」
「うん。追いかけなくていいよね」
ピアが頷く。
「先生も、下がれって言ってたしね」
ベンが斜面の足元を見ながら答えた。
六人が間隔を保って動き始めると、ラッシュボアが地面を蹴った。
「来た!」
ガレスの声に、クロードはすぐ横へ動いた。
魔物はガレスのいた場所へ突っ込んでくる。
ガレスも身を引いたが、斜面の草に片足が滑った。
「おっと!」
踏みとどまったところへ、ベンが横から声を掛ける。
「ガレス、そっちは足元が悪い!」
「見りゃ分かる!」
「見えてなかったでしょ!」
返事をする間にも、ラッシュボアは走り抜けていた。
ピアは魔物が向きを変えようとするのを見て、斜面側へ回り込む。
「また戻ってくるよ!」
「そっちに立つと危ない!」
ノーゼスの声に、ピアは一歩下がった。
そのすぐ前で、ラッシュボアが首を振りながら方向を変える。
エクリアは正面を避け、剣を持ったまま外側へ動いた。
「こっちが空いてるわ!」
クロードがそちらを見ると、草地の端へ抜ける空間があった。
その先には、竜もグレインもいない。
「なら、こっちは塞がない方がいいかも」
クロードが言うと、ベンも頷いた。
「逃げてくれるなら、それが一番だね」
けれど、ラッシュボアはこちらへ向きを戻してしまった。
低く鼻を鳴らし、今度はノーゼスの方へ脚を踏み出す。
「うわ、こっちか!」
ノーゼスは正面から離れようとした。
その横へクロードが動き、剣を構えたまま魔物の進む方向を見た。
ラッシュボアが走り始める。
「ノーゼス、右!」
「おう!」
ノーゼスが身体を引き、すれ違いざまに剣を振った。
刃は魔物の肩を浅く切ったが、止めるほどではなかった。
ラッシュボアは首を振り、勢いを保ったまま先へ進む。
その先にいたガレスは、今度は足元を確かめてから横へ退いた。
魔物は六人の間を抜け、開けた草地へ走っていく。
「追うなよ!」
ベンが声を掛けるより先に、ガレスは剣を下ろしかけていた。
「追わねえって!」
ラッシュボアは振り返らず、草地の奥へ遠ざかっていった。
しばらく見送っても、戻ってくる様子はない。
「……行った?」
ピアが息を吐く。
「まだ分からないけど、今なら上れそう」
エクリアが斜面を示した。
クロードも剣を握ったまま、グレインの方を見た。
ブラウンドラゴンは前脚を伸ばし、グレインの立つ場所へ身体を寄せていた。
グレインは横へ動いてそれをかわし、竜の側面へ剣を振るう。
硬い鱗に刃が当たる音が、草地まで響いた。
「先生、まだ戦ってる……」
ガレスの声が低くなった。
「でも、僕たちが戻ったら先生も困るよ」
クロードが答える。
グレインが何度もこちらを見ていたのを、クロードは覚えていた。
六人が下がれるなら、その方がグレインも動きやすいはずだ。
「先に上がろう」
ノーゼスが斜面へ一歩踏み出した。
「足元を見て。草が長いところは石が隠れてるかも」
ピアも続く。
六人は互いの位置を確かめながら、斜面を斜めに上り始めた。
最初の数歩は進めた。
けれど、後ろから大きな音が響いた。
クロードが振り返ると、ブラウンドラゴンの尾が草を薙ぎ払っていた。
グレインはすでにその外側へ離れている。
竜が頭を振り、グレインの方へ踏み込んだ。
グレインは真正面を避け、剣先を竜の横へ向ける。
その足元が、不意に盛り上がった。
「まただ!」
ノーゼスが叫ぶ。
グレインはすぐに踏み込みをやめ、後方へ跳んだ。
土の塊がせり上がり、竜とグレインの間に新たな壁ができる。
「先生!」
ガレスが足を止めた。
「動くな! 上へ行け!」
壁の向こうからグレインの声が返ってきた。
その声を聞いたクロードは、再び斜面へ顔を向けた。
だが、ノーゼスが先へ進もうとして足を止める。
「待て、こっちも!」
盛り上がった土の端が、斜面の下の草地まで続いていた。
さっきまで見えていた上り口の一部が塞がれ、崩れた土が斜面へこぼれ落ちている。
「さっきは通れたのに……!」
ベンが声を上げた。
ピアは足を滑らせないよう腰を落とし、別の上り方がないか左右を見た。
「ここを真っすぐは無理だね」
「でも、少し右なら上れるわ」
エクリアが指したのは、土壁の端から離れた草の薄い場所だった。
ノーゼスがそちらへ動きかける。
「待って。あそこを通ると、先生から見えにくくならない?」
クロードは土壁とグレインの位置を見比べた。
土壁の向こうで重い足音が響く。
今は竜の姿も、全身は見えなかった。
「でも、ここにいたらもっと危ないよ」
ピアは剣を握り直しながら言った。
「それはそうだな」
ガレスが唇を結び、右側の草地へ目を向ける。
グレインの剣が土壁の端から一瞬だけ見えた。
続いて、ブラウンドラゴンの褐色の頭が現れる。
竜はグレインを追うように首を動かしたが、その動きが途中で止まった。
クロードは思わず息を詰める。
大きな目が、斜面にいる六人の方を向いた。
「……こっちを見た?」
ベンが小さく言った。
「右へ回れ! そこで止まるな!」
グレインの声が飛ぶ。
六人は一斉に動き出した。
クロードも仲間と距離を保ちながら、剣を握って斜面を横へ進んだ。
その時、ブラウンドラゴンが土壁の端から大きく身体を乗り出した。
太い後脚が地面を蹴り、竜の身体が斜面へ向かって動き出した。




