次々と迫る
草の揺れが大きくなったかと思うと、ラッシュボアが勢いよく飛び出してきた。
その後ろからも、もう一体が木立を抜ける。
「右にもいる!」
ベンの声に、クロードは剣を構えたまま顔を向けた。
先ほどノーゼスが出した《ロックウォール》は、まだ草地に立っている。
一体のラッシュボアが壁の手前で向きを変え、こちらへ回り込もうとしていた。
「壁の横を通ってくるぞ!」
ノーゼスが叫ぶ。
「下がれ! 壁のそばに固まるな!」
グレインの声で、六人は開けた斜面の方へ距離を取った。
魔物が土を蹴る音が近づいてくる。
ガレスが剣を構えて踏み出しかけた。
「ガレス、そっちじゃない!」
ピアの声が飛ぶ。
ガレスは足を止めた。
すぐ横を、別のラッシュボアが勢いよく駆け抜けていった。
「危ねえ!」
「一体だけ見てたら駄目だよ!」
「分かってる!」
ガレスは振り返り、向きを変えようとする魔物からさらに離れた。
クロードも剣を握り直す。
一体を追いかければ、別の一体へ背中を向けることになる。
前に出るのも、下がるのも、仲間がどこにいるかを見なければ危ない。
「エクリア、そっち来る!」
ノーゼスの声に、エクリアは横へ足を動かした。
壁を回り込んだラッシュボアが、エクリアのいた場所へ突っ込んでくる。
エクリアはさらに距離を取り、剣を左手へ持ち替えて右手で《印》を組んだ。
「《ウィンドボール》!」
放たれた風の球が、魔物の顔の横へ当たる。
ラッシュボアは首を振り、走る向きが少しずれた。
けれど、勢いはまだ残っている。
「そのまま下がれ!」
グレインが魔物の横へ踏み込み、剣を振った。
ラッシュボアは脚を踏ん張ろうとしたが、そのまま横倒しになった。
グレインはすぐに離れ、残る個体へ顔を向ける。
「先生、まだ来ます!」
ベンが知らせた。
木立から出たもう一体が、今度はピアの方へ向かっていた。
ピアは剣を構えたまま横へ退き、近くのベンへ声を掛ける。
「ベン、こっちへ!」
「うん!」
二人が離れると、ラッシュボアは間を抜けて走った。
ピアはすれ違いざまに剣を振ったが、刃先が毛皮をかすめただけだった。
その先には、少し前まで設営していた布が見える。
「道具の方へ行った!」
ガレスが追いかけようとする。
「追うな!」
グレインの声が飛んだ。
「荷物は後だ。今は離れろ!」
ガレスは足を止め、すぐに仲間の方へ戻った。
ラッシュボアは途中で大きく向きを変え、再び六人の方へ鼻先を向ける。
「戻ってくるよ!」
ピアが言う。
「なら、横へ外す!」
ガレスが応じ、ベンと少し間を空けて立った。
魔物が地面を蹴った瞬間、ベンが先に横へ動く。
すれ違う魔物の脇へ剣を振ったが、深くは届かなかった。
ラッシュボアの顔がそちらを向いた。
ガレスは正面を避けて踏み込み、通り過ぎる身体の脇へ剣を振った。
「当たった!」
けれど、魔物は倒れない。
傷を負ったまま数歩走り、足を踏み直して戻ろうとする。
ベンも剣を持ち直した。
「まだ動くよ!」
「ああ、見えてる!」
そこへグレインが回り込み、動きを止めた魔物へ剣を振るった。
ラッシュボアが草の上へ倒れた。
ガレスは大きく息を吐く。
「倒せた……」
「先生が止めてくれたんだよ」
ベンも肩で息をしながら答えた。
「でも、お前もちゃんと避けてただろ」
「それは、そうだけど」
ベンが小さく笑った、その時だった。
また、木立の奥から低い鳴き声がした。
二人の表情が変わる。
「まだいるのかよ!」
ノーゼスが声を上げた。
「来るぞ。斜面の方へ動け!」
グレインが剣を構えたまま言う。
六人は少しずつ後ろへ下がった。
けれど、ラッシュボアは人より速い。
背を向けて走れば、追いつかれるかもしれない。
クロードは剣を持った右手を見た。
近づいてからでは、《印》を組む時間が足りない。
「ノーゼス、少し前を見ててくれる?」
「おう。どうする?」
「雷を使ってみる」
ノーゼスはクロードの前方に立つ魔物と、左右の仲間を見た。
「分かった。俺はこっちを見る!」
クロードは剣を左手へ持ち替え、右手を空ける。
前方のラッシュボアがこちらへ顔を向けた。
「来る!」
ピアが叫ぶ。
クロードはまだ放たない。
魔物の横にはエクリアがいて、そのさらに先にはガレスもいる。
「ガレス、そっち空けて!」
「分かった!」
ガレスが横へ動き、エクリアも反対へ離れる。
クロードは空いたところへ向けて《印》を組んだ。
「《サンダーボール》!」
雷の球が放たれる。
ラッシュボアが走り始めたのと、ほとんど同時だった。
球は魔物の胸元から少し外れ、肩へ当たった。
ラッシュボアの身体が跳ね、突進の向きが崩れる。
「今だ!」
ノーゼスが横へ踏み込んだ。
剣を振るうと、ラッシュボアはさらによろめいた。
その隙にガレスが近づき、魔物の側面へ一撃を加えてすぐに退く。
ラッシュボアは地面を蹴ろうとしたが、そのまま倒れ込んだ。
「やった!」
ガレスが声を上げる。
クロードも息を吐き、左手の剣を右へ戻した。
魔法を作る間、剣を振れない時間があった。
仲間が前に立っていたら、きっとあの一発も放てなかっただろう。
「クロード、大丈夫?」
エクリアが横から声を掛けた。
「うん。でも、まだ気を抜けないね」
「ああ……」
ノーゼスが答える。
剣を握る手が、少し重くなっていた。
「さっきから、走って避けてばっかりだな」
「向こうは突っ込んでくるんだから、こっちも動かないと」
ベンが言いながら、額の汗を腕で拭った。
ピアは木立へ目を向けたまま、息を整えている。
「少し、間が空いたね」
「うん。でも……」
エクリアが答えかけたところで、奥の茂みが再び動いた。
六人は同時にそちらを見た。
「ああ、もう!」
ガレスが剣を構え直した。
「今度こそ終わりかと思ったのに!」
「まだ分からないよ」
クロードも前を向く。
木立の端から、また茶色い背中が現れた。
その奥にも、低い影が見える。
「まとまって動け。斜面の方へ下がるぞ」
グレインが六人へ声を掛ける。
「はい!」
クロードたちは互いの位置を確かめながら、少しずつ後ろへ下がった。
足元の草には、倒れたラッシュボアの血が広がっている。
さっきまでは風に紛れていた匂いが、今は鼻についた。
クロードは思わず顔をしかめたが、視線を逸らさなかった。
その前で、新たなラッシュボアが地面を蹴った。




