設営の途中で
高台を吹き抜ける風が、クロードの頬を撫でた。
少し前まで景色を眺めていた六人も、そろそろ荷物のところへ戻り始めている。
ノーゼスが腰を下ろしていた場所へ戻ると、ベンが先に荷物を持ち上げていた。
「もう行くのか?」
「今から野営の準備をするんでしょ。暗くなってからじゃ困るし」
「それはそうだけど、せっかく上ったのになあ」
ノーゼスは名残惜しそうに丘の向こうを見た。
「また見られるよ。帰る時もここを通るならね」
ピアが言うと、ガレスがすぐに顔を上げた。
「じゃあ、帰りにもう一回見ようぜ!」
「その時も風が強いかもしれないわよ」
エクリアの言葉に、ガレスは揺れる草を見た。
「確かに、ここで寝たら寒そうだな」
グレインが六人のそばへ来た。
「野営地はここから少し下ったところで探す。荷物を持て」
「はい!」
クロードは地面に置いていた荷物を背負い直し、肩の紐を引いた。
腰の実剣も確かめる。
休憩で軽くなった身体に、またいつもの重さが戻ってきた。
六人はグレインに続き、高台から緩い斜面を下り始めた。
登る時には気にならなかった石が、下りでは足元へ転がってきそうに見える。
クロードは草の薄いところを選び、少しずつ足を下ろした。
「下りの方が楽だと思ってたんだけどな」
ガレスが言う。
「さっきベンに言われてたでしょ」
ピアが笑うと、ベンも頷いた。
「荷物を背負ってるんだから、上りとは別の大変さがあるよ」
「分かったって! 今、よく分かった!」
そんな話をしながら下っていくと、風の当たり方が少し変わってきた。
高台の上では顔へ直接当たっていた風が、斜面の陰に入ると幾分弱くなる。
ノーゼスが肩を回した。
「この辺なら、さっきより落ち着いて休めそうだな」
「でも、ここはまだ傾いてるわ」
エクリアが足元を示した。
確かに、荷物を下ろすだけなら問題なくても、そのまま横になるには落ち着かなさそうだった。
一行は少し先まで歩き、草地が緩く広がる場所で足を止めた。
片側には丘の斜面があり、少し離れたところに木立が続いている。
反対側は開けていて、来た高台へ向かう道も見えていた。
「ここはどう?」
ピアが先に歩いて、草の間の地面を確かめた。
「結構平らだと思う」
「布を張るなら、こっちの方が広いな」
ガレスも少し歩いてみる。
ベンは荷物を下ろす場所を考えながら、木立の方を見た。
「木に近づきすぎなければ、向こうへも通れそうだね」
「ここなら風も少し弱いわね」
エクリアが顔を上げた。
クロードは少し離れて、六人が立っている場所を見渡した。
斜面を上り返す方向には、荷物を持っても歩けそうな草地がある。
木立へ向かう方にも空間はあるが、奥は木々に隠れて見えない。
「僕はここがいいと思う。向こうが見えるし、上にも戻れそうだから」
「俺も」
ノーゼスが答える。
「さっきの坂の途中よりずっといい」
六人の考えを聞いたグレインは、自分でも少し離れたところまで歩いて周囲を見た。
木立の奥へ目を向けてから、開けた草地と斜面を確かめる。
やがて戻ってきて頷いた。
「ここにしよう。準備を始めろ」
ガレスが元気よく返事をした。
「よし、今度は荷物を下ろせるな!」
「さっきも下ろしたよね」
ベンの声に、みんなが笑った。
クロードも荷物を下ろし、雨よけに使う布と縄を取り出した。
前の遠征では、立てる場所を決めてからも何度かやり直した。
今日は六人とも、それぞれ何が必要かを思い出しながら手を動かしている。
ガレスが布の端を持ち上げ、反対側をピアが押さえた。
ノーゼスは支柱を持ち、ベンが縄の束をほどいていく。
「そっち、もう少し広げられる?」
「これくらい?」
ピアが布を引くと、ガレスが頷いた。
「そうそう!」
エクリアは布の向きを確かめてから、クロードの方を見た。
「この向きなら、入口をあっちへ向けられそうね」
「うん。荷物を置いても通れそう」
クロードはその場から数歩動き、縄を張る先の地面を見た。
ベンが持ってきた杭を受け取ると、草の間にある小さな石を避けて位置を決める。
「ここなら打てそうだよ」
「じゃあ、俺が押さえる」
ベンが縄を持ち、クロードは木槌を手に取った。
少し離れたところでは、グレインが六人の作業と木立の両方を見ていた。
支柱が一本立ち、布の片側が持ち上がる。
ガレスが嬉しそうに声を上げた。
「おっ、もう形になってきた!」
「まだ片側だけよ」
エクリアが笑いながら答える。
「分かってるって。前より早いだろ?」
「そうかもしれないね」
ピアが布を押さえ直した。
クロードも次の杭を手に取ろうとした。
その時だった。
木立の方から、葉を大きく揺らす音がした。
最初は風かと思った。
けれど、音は一度で終わらず、低いところを何かが押し分けるように続いた。
「……何かいる?」
ピアが布から手を離した。
グレインの声がすぐに飛んだ。
「全員、作業を止めろ」
クロードは木槌を地面へ置き、腰の剣へ手を伸ばした。
ノーゼスも支柱から離れ、木立の方へ向き直る。
「荷物から離れろ。こっちへ寄れ」
グレインが開けた草地の方を示した。
六人は布と縄を残し、互いの位置を見ながらそちらへ移動する。
ガレスは一度だけ広げかけた布を振り返ったが、すぐに前を向いた。
枝が揺れた。
続いて、茶色い身体が茂みの間から飛び出した。
太い首の先には、突き出た牙がある。
四本の脚で地面を蹴り、低く鼻を鳴らしていた。
「ラッシュボアだ」
グレインが短く告げた。
「一体じゃないぞ。周りも見ろ」
クロードは木立の端へ目を動かした。
別の茂みも揺れている。
そこからもう一体が姿を現し、その奥でも草が倒れた。
「まだいる!」
ベンが声を上げる。
ガレスは剣を抜いたが、前へ飛び出さずグレインの指示を待った。
ベンも剣を抜き、少し後ろへ下がった。
「開けた方へ下がれ。走るな。互いを見失うなよ」
「はい!」
六人は腰の剣を確かめ、互いの位置を見ながら少しずつ下がった。
けれど、先頭のラッシュボアが顔を上げた途端、地面を蹴って走り出した。
「来る!」
ピアの声と同時に、クロードも実剣を抜いて横へ動いた。
ラッシュボアは先ほどまで六人がいた場所を駆け抜け、踏み荒らされた草が後ろへ倒れた。
ガレスが剣を構え直す。
「思ったより速いな!」
「正面に立つな!」
グレインが声を掛けると、ガレスは横へ回った。
別の一体が木立から飛び出してくる。
「そっちも!」
エクリアが《印》を組み始めた。
クロードはそちらを見たが、同じ方向へ剣を向けたベンの姿も目に入る。
今、雷を放てばベンの近くを通る。
クロードは剣を握り直し、先に横へ動いた。
「ベン、右!」
「分かった!」
ベンが退いた先へ、ラッシュボアの牙が突き出された。
その横からグレインが踏み込み、剣で魔物の進路を外した。
「もっと離れろ!」
六人は開けた草地へ移る。
それでも、木立から出てきた魔物たちは足を止めなかった。
ノーゼスが右手を上げる。
「壁出す! そっち空けて!」
ガレスが一歩退いた。
ノーゼスの《印》が終わると、ラッシュボアの進む先から少しずれた位置に《ロックウォール》が立ち上がった。
魔物が横へ向きを変える。
「回ってくる!」
ピアの声が飛ぶ。
「《ウォーターボール》!」
水の球がラッシュボアの横へ当たり、その身体が大きく揺れた。
突進の勢いが弱まったところへ、ガレスが横から踏み込む。
一度だけ剣を振り、すぐに離れた。
ラッシュボアは数歩進んでから脚をもつれさせ、草の中へ倒れ込んだ。
クロードは倒れた魔物へ近づかなかった。
牙の先はまだこちらを向いている。
ガレスも剣を構えたまま距離を取る。
やがて魔物の身体が動かなくなり、下の草へ赤い血が滲み始めた。
「……倒した?」
ノーゼスが息を弾ませて言った。
「まだ終わってない!」
エクリアが木立の方を見たまま声を上げる。
クロードも顔を向けた。
揺れる草の向こうに、別のラッシュボアがいた。
その隣でも、もう一つ茶色い背中が動いている。
グレインは六人の前方へ位置を変え、剣を構え直した。
「気を抜くな。次が来るぞ」
クロードは右手の剣を握り、横にいる仲間たちの位置を確かめた。
倒れたラッシュボアの向こうで、また草が大きく揺れた。




