それぞれの遠征
次の遠征の話が出てから、何日かが過ぎていた。
その朝、4年魔法組の教室では、いつもより少し早く席についている生徒が多かった。
「今日、話があるんだよな?」
ガレスが鞄を机へ置きながら言った。
「グレイン先生が、後で詳しく伝えるって言ってたからな」
ノーゼスが答える。
「でも、今日だって聞いたのは昨日でしょ」
ベンは隣の席から顔を上げた。
「だから気になってるんだって!」
「分かってるよ」
ベンが笑うと、ガレスも笑った。
クロードは教本を出しながら、窓の方へ目を向けた。
最初の遠征では、18人で同じ道を歩き、同じ場所で夜を過ごした。
帰ってきてからも、荷物の重さや夜の音は何度も話題になっている。
「今度も同じところへ行くのかな」
クロードが言うと、エクリアは首を傾けた。
「どうかしら。別の場所に行くなら、また違う準備がいるかもしれないわね」
「今度は、持っていくものも変わるかな」
ピアが言った。
「場所が違えば、そうかもしれないね」
クロードは答えた。
そこで教室の扉が開いた。
入ってきたのは担任のフェルナだった。
「席についてください」
生徒たちが椅子を引く音が続く。
フェルナは全員が前を向いたところで口を開いた。
「今日は、遠征について担当の先生方から説明があります」
その後ろからグレイン、ラディス、セリアナが教室へ入ってきた。
クロードは思わず姿勢を正した。
3人がそろって教室へ来るのは、戦闘実践の時とは少し違った感じがした。
◇
「この間、次の遠征があると伝えたな」
教壇の前に立ったグレインが言った。
ガレスがすぐに頷く。
「はい!」
「今日は、前回と変わるところを先に話しておく」
グレインは教室を見渡した。
「今度から、遠征は班ごとに別の場所へ行く」
すぐには誰も口を開かなかった。
次の瞬間、教室のあちこちで声が上がった。
「えっ、別々ですか?」
ピアが思わず聞き返す。
「ああ。グレイン班、ラディス班、セリアナ班で、それぞれ行き先が違う」
「じゃあ、18人で一緒に歩くわけじゃないんですね」
クロードが言うと、グレインは頷いた。
「そうだ。基本は担当教師と6人で動く」
ノーゼスが隣を見た。
「ずいぶん人数が減るな」
「班の人数は前から6人よ」
エクリアが返した。
「いや、そうだけど。前はほかの班も見えてただろ」
「それは確かに違うわね」
クロードも前の遠征を思い出した。
道の途中ではザナトスたちと話し、休憩の時には別の班の生徒とも顔を合わせた。
夜も、少し離れたところにほかの班の灯りがあった。
今度は、それぞれ違う場所へ向かう。
「先生は?」
ナーンが手を上げた。
「引率も分かれるんですか?」
「当然だ」
ラディスが答えた。
「俺は俺の班を連れていく。ほかの二人も同じだ」
セリアナも頷く。
「一緒にいる教師が少なくなる分、各班で周囲をよく見て行動する必要があります」
「先生が一人になるんですね」
ミナが呟いた。
「ですが、あなたたちだけで危険な相手を引き受けるという意味ではありません」
セリアナは落ち着いた声で続けた。
「教師が止めた時は、これまでと同じように指示に従ってください」
グレインも短く頷いた。
「学園でできたことが、場所が変わっても同じようにできるか。それも見たい」
ベンはそれを聞いて、少し考える顔をした。
「前みたいに、ほかの班の先生にもすぐ聞けるわけじゃないんだね」
「分からないことがあれば、まず自分の班の中で話せ」
グレインが答えた。
「それでも分からない時は俺に聞けばいい」
ガレスが腕を組む。
「じゃあ、俺たちだけで決めることも増えるんだな!」
「今までも決めてたでしょ」
ピアが横から言った。
「それはそうだけどさ!」
笑い声が少し起こった。
◇
ラディスが教壇の横へ進んだ。
「行き先も全部同じような場所にはしていない」
その言葉に、ザナトスが身を乗り出した。
「先生、俺たちはどこですか?」
「川沿いの地域だ」
「川か!」
「水辺は地面の様子も変わる。歩けそうに見えるところでも、足元を確かめないと進めないことがある」
カイルが顔を上げる。
「川の中へ入るんですか?」
「まだ、そんな話はしてない」
ラディスが返すと、マミヤがザナトスの方へ目を向けた。
「ほら、先に決めつけないの」
「俺は何も言ってないだろ!」
「顔に出てたわよ」
近くの生徒たちが笑った。
セリアナが続ける。
「私たちの班は、岩の多い地域へ向かいます」
レクシアが少し首を傾けた。
「平らな道は少ないんですか?」
「場所によります。実際に見てから、通るところを選んでください」
「雨よけを立てる場所も、難しそうですね」
リーゼが言った。
「そうかもしれませんね」
セリアナは頷いた。
「ですが、今のうちから難しいと決める必要もありません」
クロードは二つの班の話を聞きながら、自分たちの行き先を考えた。
川沿いと岩場。
どちらも、これまでと同じように歩けるとは限らなさそうだった。
「グレイン先生、俺たちは?」
待ちきれなくなったガレスが尋ねる。
「森に接した丘陵地だ」
「丘か!」
「上り下りのあるところを通る。林の近くも歩くことになる」
ノーゼスが口を開いた。
「じゃあ、地面が平らなところばかりじゃないんですね」
「ああ」
グレインは頷く。
「どこへ荷物を置くか、どの道を選ぶか。行ってから見て考えろ」
エクリアは少し考えながら言った。
「前の遠征で選んだ野営地とは、また違うものを見ないといけないわね」
「そうなるな」
ピアはクロードの方を見た。
「森の近くだったら、また木の根がありそう」
「今度はちゃんと見るよ」
「本当に?」
「本当に」
ノーゼスが笑う。
「今のうちに何回も言っておいた方がいいな」
「ノーゼスまで!」
クロードも笑った。
前回の遠征では、歩く道も野営の場所も、実際に見てから考えた。
今度も同じところはあるだろう。
けれど、その場にいるのはグレインといつもの5人だけになる。
少し離れた場所に、ラディス班やセリアナ班がいるわけではない。
「それで、いつ出発するんですか?」
今度はタンガが尋ねた。
「日程と持っていく物の詳しい説明は、改めて行う」
グレインが答えた。
「泊まるかどうかも、その時ですか?」
ヤンナが聞く。
「そうだ。まだ今日の話だけで荷物を決めるな」
ガレスが少し残念そうな顔をした。
「もう考え始めてたのに」
「考えるのはいい。決まったと思い込むなよ」
ラディスの言葉に、ガレスは笑って頷いた。
「はい!」
セリアナが教室を見渡す。
「どの班も、前に経験したことを使いながら、それぞれの場所をよく見てください」
「帰ってきたら、みんなで話せるね」
ミナが隣のレクシアに言った。
「そうだね。どんなところだったか聞いてみたい」
ザナトスがクロードの方を振り返った。
「そっちは丘か。俺たちは川だってさ」
「聞いてたよ」
「どっちの方が大変なんだろうな」
「行ってみないと分からないんじゃない?」
「それもそうか」
ザナトスは笑って前を向いた。
◇
説明が終わると、3人の教師はフェルナと短く言葉を交わしてから教室を出ていった。
「では、ここからは普段の授業に戻ります」
フェルナが告げると、生徒たちは教本を開き始めた。
それでも、遠征の話が気になるらしく、あちこちで小さな声が続いている。
「丘陵地って、どれくらい坂があるんだろうな」
ノーゼスが呟いた。
「そこまではまだ分からないでしょ」
エクリアが返す。
「荷物を背負って歩くなら、上りも下りも大変そうだね」
ベンが言うと、ガレスは自分の肩を回した。
「前より長く歩くかもしれないしな!」
「長いかどうかもまだ聞いてないよ」
「そうだった!」
ガレスの返事に、クロードたちは笑った。
前回は、同じ道を歩いた18人で遠征の話をした。
今度は、自分たちの知らない場所へ行く仲間もいる。
クロードは少し離れた席でカイルと話しているザナトスを見た。
どんな川なのか、二人ともまだ知らないのだろう。
岩場へ向かう班も同じだ。
戻ってきたら、聞いてみたいことがいくつもできそうだった。
「クロード、教本」
エクリアに声を掛けられて、クロードは机へ目を戻した。
「あ、うん」
教本を開くと、フェルナが黒板の前に立つところだった。
遠征の出発はまだ先だ。
それまでは、いつもの授業が続いていく。
クロードは頁を開き、前を向いた。




