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『異世界転生した製鉄所主任、雷魔法と鉱物生成で成り上がる ~未知の世界は面白いことだらけでした~』~幼少期・王立学園編~  作者: 黎明の星
王立学園編

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222/258

裏通りの怪しい店

次の休日、クロードは朝の鍛錬を終えると、鞄にノートを入れて王都へ出かけた。

図書館で加工工具について調べてから、どうにも実物が見たくなっていた。

切る、削る、固定する、測る。

どれも知っていることではあるが、この世界で使われている道具を全部知っているわけではない。

「今日はゆっくり見られるといいな」

いつもの大きな店へ寄るつもりで、クロードは人通りの多い道から裏通りへ入った。

こちらへ来れば、自然と足が向く店は決まっている。

ゴルダの工房へ通っていた頃も、見ていたのはいつも目的の建物の方だった。

ところが、その日は通りの途中で足が止まった。

「……あれ?」

建物と建物の間に、小さな店がある。

古びた看板には文字が書かれているものの、一部が擦れて読み取りにくい。

狭い窓には金具や金属の棒が並び、端の方に妙な形の器具が置かれていた。

二本の細い腕が向かい合い、真ん中に小さなねじが付いている。

何かを挟むものだろうか。

クロードは窓へ顔を近づけた。

「こんなお店、あったんだ」

王都に住んでもう3年以上になる。

この道だって初めてではないのに、店の存在には気づいていなかった。

入口には営業時間らしい札も見当たらない。

扉は少し開いているが、奥は薄暗かった。

「……入っていいのかな」

迷ったのはほんの少しだった。

窓際の器具が気になって仕方がない。

クロードは扉をそっと押した。


◇


中に入ると、金属と木の匂いが混ざった空気が漂っていた。

外から見たとおり、店内は広くない。

その代わり、壁一面の棚には工具がぎっしり収まっていた。

金槌にたがね、何種類ものやすり。

木工用らしい刃物の隣に、細い棒が何本も並んでいる。

クロードは思わず立ち止まった。

「……すごい」

一見ばらばらに置かれているようで、似た用途の道具は近い場所にまとめられているらしい。

棚の下段には大きな固定具があり、上段には指先ほどの小さな器具まである。

店の奥から声がした。

「扉は開いてる。入っていいよ」

「すみません、お邪魔します」

「何を探してる?」

クロードが声の方を見ると、作業台の向こうで誰かが小さな金具を拭いていた。

「加工するための工具を見たくて」

「加工って、何の?」

「金属です」

「そりゃ広いな」

手元の金具を置いた店主が、棚を見渡した。

「切るのか、曲げるのか、削るのか。それだけでも置き場所が違う」

「あ、今日は買うものが決まってるわけじゃなくて……」

「見に来ただけか」

「はい。駄目ですか?」

「壊さず戻してくれるなら構わないよ。小さいのは勝手に触らないでね」

「分かりました!」

クロードは早速、目の前の棚へ近づいた。

並んだやすりは、長さだけでなく断面の形も違う。

平たいもの、丸いもの、三角に尖ったもの。

その中に、先端だけが細く曲がった小さなやすりがあった。

「これは……」

「それが気になる?」

いつの間にか店主が近くに来ていた。

「はい。こんな形のは、あまり見たことがなくて」

「奥まったところを削るためのものだよ。真っすぐなやすりじゃ届かない場所があるからね」

店主は棚から小さな金属片を取り、角の内側を指した。

「例えば、こういうところ」

「ああ、なるほど」

クロードは角度を変えて金属片を見た。

普通のやすりを入れれば、削りたいところより先に別の面へ当たってしまう。

「先だけが曲がってるから、こっちの面を避けられるんですね」

「そういうこと」

「でも、力を入れすぎたら先端が傷みませんか?」

「傷むよ。だから力任せに使うものじゃない」

店主はあっさり答えた。

「道具の方が細いんだからね」

クロードは頷いた。

その曲げ方なら奥まった部分に届きやすい。

ただ、前世で見てきたものとは少し形が違っていて、どんな加工で作られているのかも気になった。

その隣には、薄い板が何枚も重なったような道具もあった。

「この薄板、隙間を測るためのものですよね?」

「そう。厚みの違う板を入れて、どれが通るかを見るんだ」

「なるほど、やっぱりその使い方なんですね」

前世で見た隙間ゲージと、図書館の本に載っていた測定具が頭に浮かんだ。

使い方は分かるが、この道具がどんな基準で作られているのかまでは知らない。

クロードは何枚もの薄板をじっと眺めた。

「この薄板の厚みって、どうやって確かめているんですか?」

「作る時のことなら、工房に聞かないと詳しくは分からないね」

店主はクロードの顔を見た。

「君、道具を見るのが好きなんだね」

「はい!」

即答したクロードに、店主は少し笑った。


◇


棚を一回りしてから、クロードは窓際にあった器具のことを思い出した。

「外から見えた、二本の腕が付いた道具は何ですか?」

「あれか」

店主が窓際から器具を持ってきて、作業台へ置いた。

「小さい部品を押さえるための固定具だよ。ねじを回して、挟む幅を変えられる」

「この大きさで、ねじもずいぶん細かく作ってあるんですね」

クロードは器具の横から覗き込んだ。

大きな万力なら知っている。

けれど、これは手のひらに収まるほど小さく、先端の形まで細かく作られていた。

「挟むところが平らじゃないんですね」

「丸いものや細いものを逃がしにくくするためだよ。ただ、何でもこれで挟めばいいわけじゃない」

「傷が付いたら困るものもありますよね」

「そう。何を押さえたいかで変わる」

クロードはしばらく器具を見つめた。

以前、金属の球を作ってもらった時も、形を整えるには材料を動かさずに押さえる必要があった。

ふと、別の形の固定具が頭に浮かんだ。

「こういうものを、横からも加工できるようにしたら……」

「何を?」

「あっ、えっと、小さな丸い部品を押さえながら、横から工具を入れられるような……」

「どんな形?」

クロードは身振りで説明しようとした。

しかし、店主の視線は指先を追っているものの、あまり伝わっていないようだった。

「紙に描ける?」

「はい!」

クロードは鞄からノートを取り出した。

丸い部品を真ん中に描き、その両側から押さえる部分を付け足す。

横から工具が入る隙間も描こうとしたが、線が重なってしまった。

「……こんな感じです!」

店主はノートを覗き込んだ。

しばらく無言だった。

「……これ、何?」

「固定具です」

「真ん中の丸いのは?」

「固定したい部品です」

「じゃあ、この足みたいなのは?」

「足じゃなくて、部品を押さえるところです!」

「……何で四本あるの?」

「二本です!」

クロードは慌ててノートを自分の方へ向けた。

押さえる部分を描いたつもりが、横から工具を入れるために引いた線と重なっている。

自分で見ても、確かに四本の足が付いているようだった。

「……あれ?」

「いや、こっちが聞きたいよ」

店主が笑う。

クロードは消して描き直したが、今度は中央の丸が妙に細長くなってしまった。

「さっきより分からなくなった」

「僕もそう思います……」

二人でノートを見つめ、しばらく笑った。

「絵は苦手?」

「……かなり」

「それなら、先に使い方を教えてよ」

店主は窓際の固定具を指した。

「これじゃ駄目なのは、どうして?」

「横から削ろうとすると、挟んでる部分が邪魔になると思うんです」

「なるほど。じゃあ削りたいのはどこ?」

クロードはノートの丸を指し、言葉で場所を説明した。

「そこに工具を入れたいなら、部品の向きを変える方法もあるね」

「そうですね。ただ、向きを変えた時に押さえる場所も変わりますし……」

「ただ、部品の大きさも、どのくらいの力で削るのかも分からないから、形はまだ決められないよ」

「寸法がないと駄目ですよね」

「それもだけど、何をするために使うのかが先だね」

クロードは恥ずかしそうにノートを閉じかけた。

すると店主がその紙を指した。

「絵はひどいけど、聞けば何をしたいのか少しは分かる」

「絵はひどいんですね……」

「そこは譲れない」

クロードは思わず吹き出した。


◇


「ところで、こういう形の工具って、注文して作ってもらうこともできるんですか?」

クロードが尋ねると、店主はノートから顔を上げた。

「作れるものならね。うちでも特注の相談は受けてるよ」

「ここで作るんですか?」

「ものによる。付き合いのある工房へ頼むこともある」

店主は小さな固定具を棚へ戻した。

「ザクラスの工房とも取引があるんだ」

「ザクラス!」

クロードは思わず声を大きくした。

ドワーフの国だ。

ゴルダからも、その国の金属や鍛冶の話を聞いたことがある。

「ドワーフの職人さんが作ってくれるんですか?」

「向こうで引き受けてもらえればね。ただし、何でも頼めるわけじゃないよ」

「やっぱり難しいものもありますか?」

「難しいものもあるし、手が空いてない時もある。特注は値段も高くなるし、届くまで時間もかかる」

「どのくらいですか?」

「何を作るか決まってないのに、答えられないよ」

「あっ、そうですよね」

店主はクロードのノートへちらりと目をやった。

「少なくとも、その絵のままじゃ注文できないね」

「うう……」

「寸法と使い方を考えてからおいで。絵はそのあとでいい」

クロードはノートを開き、空いているところへ書き込んだ。

『何を固定するか』

『どこを加工するか』

『大きさと必要な力』

書き終えると、店主が頷いた。

「その方がさっきの絵より分かりやすい」

「そこまでですか!」

「うん」

返事が早くて、クロードはまた笑ってしまった。

「そういえば、お名前を聞いてもいいですか?」

「ネモって名乗ってるよ」

「……名乗ってる?」

「そう。ネモ」

クロードは一瞬考えた。

「ネモさん、ですね」

「それで通じるから大丈夫」

「僕はクロードです。クロード・アインハルト」

「クロードね。分かった」

ネモは特に驚いた様子もなく、その名前を繰り返した。

それから、広げられたままのノートを指す。

「クロード、今日は何か買っていく?」

「あっ……今日は見るつもりで来ただけなので」

「そっか」

「すみません、いろいろ聞いちゃって」

「聞かれたら答えるよ。ただ、次に来るなら何を探してるか少し決めておいてね」

「はい!」

クロードはノートを鞄へしまった。

買いたいものが決まっていないのに、道具だけを増やしても仕方がない。

それでも、気になる工具はまだ棚にいくつも残っていた。

「また来てもいいですか?」

「店が開いてればね」

ネモは何でもないことのように答えた。

「今度はもっと分かる絵を持ってきます」

「言葉で説明してくれてもいいよ」

「……頑張ります」


◇


店を出ると、通りにはまだ明るい光が差していた。

クロードは振り返り、もう一度小さな店を見た。

擦れた看板と、薄暗い窓。

入る前には、何を売っているのかさえよく分からなかった場所だ。

けれど中には、見たことのない工具がいくつも並んでいた。

それに、ネモという少し変わった店主もいた。

「……こんなところにあったんだな」

3年以上も王都で暮らしているのに、まだ知らない店がある。

何度も歩いた裏通りでも、今まで見ていなかったものがあるらしい。

クロードは鞄の中のノートを軽く押さえた。

工具の絵は散々だったが、知りたいことは増えた。

小さな部品を固定する方法も、用途に合わせた道具の作り方も、まだまだ調べられそうだ。

「次は、ちゃんと考えてから来よう」

そう呟いて歩き出す。

いつもの大きな店へ寄るつもりだったのに、今日は知らない小さな店だけで時間を使ってしまった。

それでも、足取りは軽かった。

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