届かない距離
王立学園の第2運動場では、4年魔法組の生徒たちが戦闘実践の準備を進めていた。
演習区画の周囲には結界用のポールが並び、生徒たちは防具を確かめながら木剣を手にしている。
クロードも手首を動かし、木剣を何度か握り直した。
「今日はグレイン班とセリアナ班で対戦する」
グレインの声に、クロードは向かい側へ目を向けた。
ナーンたち六人が、セリアナの前で話を聞いている。
ラディス班は今回、区画の外から観察することになっていた。
「前に出る時も下がる時も、自分の周りを見て動け」
グレインは両班を見渡した。
「相手だけ見ていると、味方を置いていくぞ」
「はい!」
生徒たちが返事をすると、グレインはラディスとセリアナへ目を向けた。
三人がそれぞれの位置につき、両班も演習区画へ入っていく。
「ガレス、今日は最初から飛び出すなよ」
ベンが隣で言った。
「分かってるって。ちゃんと見てから行くよ」
「本当かな」
「お前こそ、俺が前に出たらついてこいよ」
「どこまでもついていくとは言ってない」
二人のやり取りに、ピアが笑った。
「始まる前から息が合ってないよ」
「いや、合ってるだろ?」
「今の会話で?」
ガレスが首を傾げると、ベンもつられて笑ってしまった。
クロードはそんな二人を見ながら、エクリアとノーゼスの方へ向き直った。
「僕は少し後ろから見るよ」
「私は横から動けるようにしておくね」
「俺は二人の位置を見ながら壁を使う」
ノーゼスが木剣を持ち直す。
「ただ、前に出るなら声を掛けてくれ。急に壁を出すと邪魔になる」
「分かった!」
ガレスが答え、六人はそれぞれの位置へ散った。
◇
開始の合図とともに、ガレスが前へ出た。
向かい側ではナーンとタンガが木剣を構え、少し離れた位置にミナとミズーがいる。
レクシアとリーゼも、二人の動きを確かめながら位置を変えていた。
ガレスは正面のナーンへ向かったが、すぐに踏み込まず、横へ動くタンガを見た。
「……そっちか!」
タンガが近づいてくるのを見て、ガレスは進路を少し変えた。
ナーンがそれに合わせて前へ出る。
ガレスは木剣を合わせ、一度足を止めた。
「ガレス、左!」
ベンの声が飛んだ。
タンガが横から回り込もうとしている。
ガレスは木剣を引き、ナーンとの間合いを保ったまま身体を向け直した。
その間にベンが近づき、タンガの進路へ入る。
「こっちは任せろ!」
「頼んだ!」
ガレスは再びナーンへ向かった。
木剣の先が届きそうな距離まで詰めると、ナーンも踏み込んでくる。
二人の木剣がぶつかり、乾いた音が響いた。
「おっ!」
ガレスは一度受けてから押し返し、さらに一歩前へ出た。
ナーンは横へ逃れようとする。
逃がすまいとガレスが追うと、二人の位置は最初の場所から大きく離れていた。
その後ろで、クロードは雷魔法の《印》を組みかけていた。
だが、狙っていたミナが移動した先にはガレスがいる。
「……そこは撃てないな」
クロードは《印》を解き、横へ移動した。
ところが、今度はベンがタンガを押さえながら同じ方向へ下がってくる。
「クロード!」
「分かってる!」
クロードは足を止め、ベンが通るのを待った。
その間にミナは後方へ下がり、ミズーと位置を入れ替えていた。
「……動くなあ」
魔法が届かないほど遠いわけではない。
けれど、間に仲間が入れば撃てないし、横へ動けば相手も同じ場所にはいてくれない。
クロードは木剣を構え直し、相手の動きを追った。
一方、エクリアも水魔法を使う機会を探していた。
ミズーがガレスの側面へ回ろうとしているのが見える。
「あそこなら……」
エクリアは《印》を組み、水を放った。
ミズーは足を止めて避け、進む方向を変える。
その先にはノーゼスがいた。
「こっちに来るぞ!」
ノーゼスは地面へ目を向け、《ロックウォール》の《印》を組んだ。
だが、壁を出そうとした場所へガレスが踏み込んでくる。
「ガレス!」
「えっ?」
ノーゼスは魔法を発動せず、木剣を持ち直した。
ガレスが振り向いた時には、ミズーが別の方向へ移動していた。
「悪い!」
「今は前を見ろ!」
ノーゼスが答えると、ガレスは慌ててナーンへ向き直った。
そこへレクシアが動いた。
ガレスの進もうとする先に土の壁が立ち上がる。
「うわっ!」
ガレスは足を止め、壁の端へ回ろうとした。
しかし、その間にナーンが距離を取り直していた。
「……届かない!」
ガレスは木剣を握り直した。
先ほどまで届いていたはずの相手が、もう木剣の間合いにはいない。
横へ回れば追えるかもしれない。
けれど、そこにはミズーもいる。
ガレスは一瞬迷い、足を止めた。
◇
「そこまで!」
グレインの声が響き、両班が動きを止めた。
「一度、外へ出ろ」
結界の外では、ラディス班の六人がそれぞれの位置から実践を見ていた。
ザナトスは腕を組み、ガレスとベンの方へ目を向けている。
「ガレス、さっき前に出た時、俺からは見えなくなったぞ」
ベンが言った。
「えっ、あの時か?」
「ナーンを追ったところだよ。タンガを押さえてたら、お前がずっと向こうに行ってた」
「ああ……。でも、あと少しで届きそうだったんだよ」
「俺もそう見えた」
ナーンが会話に加わった。
「だから下がったんだ。あのままだと木剣を受け続けることになりそうだったから」
「やっぱりそうか」
ガレスは少し悔しそうに笑った。
「けど、離れられたら追うしかないだろ?」
「追ってもいい」
グレインが答えた。
「ただし、追った先で何が起こるかは見ておけ」
「はい」
「クロードはどうだった?」
「何度か撃てそうなところはあったんですけど、ガレスやベンが間に入って」
クロードは先ほどの位置を思い出した。
「横へ動いたら、相手も動いてしまいました」
「じゃあ、もっと離れていれば撃てたと思うか?」
「……どうでしょう」
クロードは少し考えた。
離れれば、前にいる仲間の様子は見やすくなるかもしれない。
けれど、距離が広がれば相手に届くかどうかも変わる。
横へ回るまでの時間だって長くなる。
「離れればよかった、とは言い切れないです」
「そうだな」
グレインは頷いた。
「ノーゼスは?」
「壁を出そうとした場所へガレスが来たので、やめました」
「出していたらどうなったと思う?」
「ガレスが前へ進めなくなったかもしれません」
「その代わり、相手を止められた可能性は?」
「……あります」
ノーゼスは少し眉を寄せた。
「だから、どちらがよかったのかは分かりません」
「分からないなら、何が違ったかを考えればいい」
グレインはそれ以上の答えを示さなかった。
すると、外から見ていたカイルが手を挙げた。
「ガレスが追っている間、ベンは一度タンガから離れてもよかったと思いました」
「俺が?」
ベンが振り向く。
「ずっとタンガを見ていたから、ガレスとの距離が広がったんじゃないかって」
「でも、離れたらタンガが通れただろ?」
「それはそうだけど……」
カイルは言葉を止めて考えた。
「別の人が入れれば、よかったのかな」
「その別の人は、どこから来るんだ?」
ザナトスが口を挟んだ。
「近くにいなかったら間に合わないだろ」
「だから、最初から位置を変えておけば……」
「それなら相手も変えてくるって」
二人のやり取りに、ガレスが笑った。
「外から見ても難しいんだな」
「当たり前だろ!」
ザナトスは即座に答えた。
「見てるだけなら全部分かるってわけじゃないんだよ!」
ラディスが小さく笑い、グレインへ目を向けた。
「もう一度やらせてみるか」
「ああ。今の話を踏まえて、配置を変えてみろ」
両班は再び演習区画へ戻った。
◇
二度目の実践では、ガレスは最初から大きく前へ出なかった。
ナーンとの距離を確かめながら、ベンの位置にも時々目を向ける。
「今日は慎重だね」
向かい側からナーンが声を掛けた。
「さっき追いすぎたからな!」
ガレスは笑って答えた。
「でも、ずっと待ってるわけじゃないぞ!」
ナーンが木剣を構え直す。
その横で、タンガが少しずつ移動を始めた。
ベンはそれを見ながら、自分も横へ動く。
今度はガレスとの間が広がりすぎないように気をつけていた。
だが、そこへミナが水魔法を放った。
「ベン、下がって!」
ピアの声に、ベンは後ろへ跳んだ。
水が足元を通り抜ける。
「助かった!」
「まだ来るよ!」
ピアも木剣を構え、ベンの横へ移動した。
その間にタンガが前へ出る。
ベンが受けようとしたが、ピアが先に木剣を合わせた。
「こっちは私が!」
「分かった!」
ベンは進路を変え、ガレスの方へ向かった。
今度は、二人の距離が近い。
ガレスはナーンの木剣を受けながら、ベンが来るのを横目で見た。
「よし!」
二人で前へ出ようとした、その時だった。
「ガレス、待って!」
エクリアの声が飛んだ。
少し離れた位置では、クロードが雷魔法の《印》を組んでいた。
ミズーが木剣を構えてクロードへ近づこうとしている。
その進路へ、ガレスが踏み込もうとしていた。
「うおっ!」
ガレスは慌てて足を止めた。
クロードも《印》を解く。
「ごめん!」
「いや、僕も見えてなかった!」
二人が位置を取り直す間に、ミズーは進路を変えた。
「……まただ」
クロードは少し苦笑した。
前より仲間の位置を見ようとしている。
それでも、全員が動く以上、いつも同じ場所にいてくれるわけではない。
今度はノーゼスが《ロックウォール》を使った。
ガレスの正面ではなく、横から近づこうとしたタンガの進路に壁を立てる。
「おっと!」
タンガは足を止めたが、すぐに壁の端へ回ろうとする。
「ベン、そっち!」
「見えてる!」
ベンが回り込むと、タンガも木剣を構え直した。
その間、ガレスはナーンと向き合ったままだ。
「今なら……!」
ガレスが踏み込む。
しかし、ナーンは一歩下がりながら木剣を合わせ、そのまま横へ逃れた。
「くっそ、届かない!」
追おうとしたガレスは、すぐに止まった。
横にはレクシアがいる。
その先にはミナも見えた。
「……今度は行かないの?」
ナーンが少し笑う。
「行きたいけどな!」
ガレスも笑って木剣を構え直した。
「そっちに二人いるんだよ!」
「見えてるんだ」
「さっきよりはな!」
二人が再び木剣を合わせる。
一方、クロードは少し横へ移動し、ミナの姿を捉えていた。
今なら間に仲間はいない。
クロードは《サンダーアロー》の《印》を組み始めた。
だが、ミナが動くのと同時に、ピアがその前を横切った。
「……っ!」
クロードは発動を止めた。
ピアはミナへ向かったわけではなく、タンガから距離を取ろうとしていた。
その動きが、たまたまクロードの正面と重なったのだ。
「クロード!」
ピアがこちらを見た。
「大丈夫、撃ってない!」
クロードが答える。
ピアは頷くと、すぐに木剣を構え直した。
クロードも別の位置を探したが、ミナはすでに動いている。
今度は狙える場所がない。
「……難しいな」
クロードは《印》を解き、木剣を握り直した。
相手までの距離は十分にある。
それでも、魔法を放てるとは限らない。
そんなことを考えている間にも、対戦は続いていた。
エクリアが水魔法でミズーの進路を変え、リーゼがその隙に別の方向へ動く。
ノーゼスは壁を出す場所を探し、ガレスとベンは互いの位置を見ながら前線を保とうとする。
誰かが動けば、別の誰かも動く。
その繰り返しの中で、思いどおりの距離を保つことは簡単ではなかった。
「そこまで!」
グレインの合図が響いた時、クロードは思わず息を吐いた。
◇
両班が結界の外へ出ると、グレインはまずガレスへ目を向けた。
「今度は途中で追うのをやめたな」
「はい。横にレクシアとミナがいたので」
「追えばナーンには近づけたかもしれないぞ」
「そうなんですけど、横から来られたら困るなと思って」
ガレスは少し考えた。
「でも、追わなかったから結局届かなかったんですよね」
「そうだな」
グレインは頷いた。
「じゃあ、追わなかったのは間違いだったと思うか?」
「……それは、まだ分からないです」
ガレスは困ったように笑った。
「追ってたら当てられたかもしれないし、逆にやられてたかもしれないし」
「ベンはどうだ?」
「さっきよりガレスの近くにいられました。でも、今度は二人で同じ方向に進もうとして……」
ベンはクロードを振り向いた。
「クロードの邪魔になったな」
「僕も二人が動くのを見てなかったから」
クロードは首を振った。
「撃てそうだと思った時には、もう位置が変わってたんだ」
「でも、最後は撃たなかったよね」
エクリアが言った。
「うん。ピアが前を通ったから」
「ごめんね、クロード」
ピアが申し訳なさそうに笑う。
「タンガから離れようとしたら、そっちへ行っちゃった」
「謝らなくていいよ。僕もピアが動くと思ってなかった」
クロードは答えながら、先ほどの場面を思い返した。
あの時、発動を止めたこと自体は間違っていなかったと思う。
けれど、もっと早く位置を変えていれば撃てたのだろうか。
それとも、最初から別の相手を見るべきだったのだろうか。
「ノーゼスの壁はどうだった?」
クロードが尋ねると、ノーゼスは少し考えた。
「タンガを止められたけど、すぐに回り込まれた」
「でも、その間にベンが動けたよ」
ピアが言った。
「そうなんだよな」
ノーゼスは頷いた。
「壁だけで止め続けられなくても、少し時間は作れた」
「ただ、置く場所が違ったら、俺も通れなかったと思う」
ベンが付け加える。
「さっきはガレスが通ろうとした場所だったしな」
「そうだな。そこはもっと見ないと」
話を聞いていたグレインが、両班へ声を掛けた。
「近づけば木剣が届く。離れれば周りを見る余裕ができることもある」
そこで一度言葉を切る。
「だが、近づいたから有利になるとも、離れたから安全になるとも限らない」
生徒たちが頷いた。
「相手との距離だけでなく、仲間との距離も変わっている。そこを忘れるな」
ラディス班からも、見ていた場面について意見が出た。
カイルはガレスが追うのをやめた場面を挙げ、マミヤはピアが移動した時のクロードの位置について話した。
「でもさ、クロード」
ザナトスが腕を組んだまま声を掛けた。
「最後、撃てるところまで動こうとは思わなかったのか?」
「思ったよ。でも、動いている間にミナも動いてたから」
「俺なら、もう少し前に出たかもな」
「そうしたら、今度はミズーがいたと思うよ」
「そこは何とかする!」
「どうやって?」
クロードが尋ねると、ザナトスは少しだけ黙った。
「……それを考えるんだろ!」
その答えに、周囲から笑い声が上がった。
クロードも笑ったが、ザナトスの言ったことが気にならなかったわけではない。
もっと前に出ていれば、別の選択肢があったかもしれない。
ただし、それがうまくいくとは限らない。
「次は別の位置からも考えてみるよ」
クロードがそう答えると、ザナトスは満足そうに頷いた。
「おう。俺もやってみる!」
グレインは生徒たちのやり取りを聞きながら、片づけの指示を出した。
授業の終わりが近づき、木剣を戻す生徒たちの声が運動場に広がっていった。
◇
第2運動場を離れたあとも、ガレスとベンは先ほどの対戦について話していた。
「やっぱり、前に出ないと木剣は届かないんだよな」
ガレスが言うと、ベンが頷いた。
「それはそうだな」
「でも、出すぎるとお前が遠くなるし」
「俺も近づきすぎると、クロードたちが撃ちにくい」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「それを今考えてるんだろ」
ベンが笑うと、ガレスもつられて笑った。
その少し後ろでは、ノーゼスがエクリアと話していた。
「俺の壁も、出す場所だけじゃなくて、そのあと誰が動くかまで考えないとな」
「でも、全部は分からないよね」
「そうなんだ。だから迷う」
「迷っている間にも相手は動くしね」
エクリアが笑った。
クロードは二人の話を聞きながら、先ほど魔法を止めた場面を思い出していた。
相手までの距離だけなら、届いていた。
けれど、そこへ魔法を放つことはできなかった。
「……届く距離でも、届かないんだな」
クロードが小さく呟くと、隣を歩いていたピアが顔を向けた。
「何が?」
「さっきの魔法。ミナには届く距離だったんだけど、ピアが前を通ったから撃てなかっただろ?」
「ああ、あれね」
「うん。遠かったわけじゃないのに」
「じゃあ、次は私が通らないところにいてね」
ピアが笑う。
「それが分かれば苦労しないよ」
「ふふっ、そうだね」
二人が笑っていると、前を歩いていたガレスが振り向いた。
「次は俺も、クロードが撃てる場所をちゃんと見ておくよ!」
「ガレスはまず、ベンを置いていかないようにね」
エクリアが言う。
「そこか!」
「そこからだろ」
ベンが笑いながら答えた。
クロードも笑って、仲間たちの方へ歩調を合わせた。
近くにいるだけで、うまく戦えるわけではない。
離れていれば、自由に動けるわけでもない。
その時々で変わる距離を、六人でどう使うのか。
まだ答えは出ていなかったが、次の実践で試してみたいことは増えていた。




