作るための道具
授業を終えて男子寮へ戻ったクロードは、机の上にノートを広げていた。
昨日、図書館で調べた魔素石についての記録が、見開きの両側にびっしりと並んでいる。
魔物の性質によって変わる属性。
石に蓄えられた魔素の量。
そして、その魔素石を加工して作る魔法カプセル。
読み返していると、昨日は気づかなかった疑問まで浮かんでくる。
「……やっぱり、ここが気になるな」
クロードが指で押さえたのは、最後の方に書いた一文だった。
『魔法カプセルの製造工具はドワーフの国でしか作れない』
未知の素材を加工する難しさは、前世の経験からも想像できた。
それでも、カプセルを作るための工具まで、ほかの国では再現できないというのが気になった。
「どんな道具なんだろう」
クロードは自分の手を見つめた。
以前、屋敷で金属を加工しようと考えた時も、使える設備や道具の問題にぶつかった。
切断、曲げ、穴開けと、加工に合う道具が必要なのは知っている。
ただ、この世界でそれらがどのように作られ、どこまで精度を出せるのかは、まだよく分からなかった。
魔素石なら、なおさらだろう。
「……工具の本なら、何か分かるかな」
昨日は魔素石について調べた。
今日は、この世界の加工工具について調べてみたい。
クロードはノートを鞄へしまい、再び図書館へ向かうことにした。
◇
図書館に入ると、窓際の机では数人の生徒が本を読んでいた。
クロードは邪魔にならないように歩き、奥の棚で本を整理しているムリヌ・ファルテスを見つけた。
「ムリヌさん」
「あら、クロード君。こんにちは」
「こんにちは。昨日はありがとうございました」
「お役に立てたようで何よりです」
ムリヌは手にしていた本を棚へ戻した。
「今日は何をお探しですか?」
「昨日の続きなんですけど、ちょっと違うことが気になって」
「違うこと、ですか?」
「魔法カプセルを作るための工具です」
ムリヌは小さく頷いた。
「昨日、気にされていましたね」
「はい。ドワーフの国でしか作れないって書いてあったので、どんな工具なのか知りたくなったんです」
「なるほど」
「工具について書かれた本ってありますか?」
「一般的な加工工具でしたら、いくつかありますよ」
「魔法カプセルの工具も載っていますか?」
「詳しい構造となると難しいかもしれませんが、まずは加工工具そのものについて調べてみてはいかがでしょう」
「お願いします!」
ムリヌはクロードを、昨日とは別の棚へ案内した。
そこには鍛冶や木工、石材加工について書かれた本が並んでいる。
クロードは背表紙を眺めながら、思わず足を止めた。
「……石材の加工まで載ってるんですね」
「素材が違えば、使う道具も変わりますからね」
ムリヌが一冊を取り出した。
「こちらは工具の種類と、その使い方についてまとめられています」
クロードは差し出された本を受け取った。
表紙には、大小さまざまな工具が描かれている。
「これ、読んでみます」
「ほかにも必要でしたら声を掛けてくださいね」
「ありがとうございます!」
クロードは本を抱え、空いている机へ向かった。
◇
最初の頁には、加工の目的によって工具を使い分けることが説明されていた。
切断するための道具。
削って形を整えるための道具。
材料を固定するための道具。
そして、長さや形を確かめるための測定具。
「……うん、そうだよな」
クロードは懐かしい気持ちになった。
工業高校で学んだことや、製鉄所で働いていた頃の記憶が浮かんでくる。
材料が違えば加工方法も変わる。
同じ金属でも、硬さや厚さによって使う道具を変えなければならない。
合わない工具を無理に使えば、思った形にならないばかりか、道具そのものを傷めてしまう。
クロードは頁をめくった。
そこには、金属の棒を固定して削る様子が描かれていた。
作業者は片手に工具を持ち、もう一方の手では材料に触れていない。
材料は台に取り付けられた器具で固定されている。
「……この形で押さえるんだ」
クロードは図を指でなぞった。
削る道具がどれほど良くても、材料が動いてしまえば狙った場所を削れない。
逆に、しっかり固定できれば、両手を使って工具を扱うこともできる。
「固定する仕組みも、前に見たものとは少し違うな」
クロードはノートを開き、『この世界の固定具の形』と書き加えた。
続く頁では、加工した部品の寸法を確認する方法が紹介されていた。
目で見て形が似ていても、長さや厚みが違えば組み合わせられないことがある。
そこで、決められた寸法に合っているかを測る。
本には、定規のような単純なものから、部品の隙間や厚みを確かめるための道具まで載っていた。
クロードは一つの図に目を留めた。
同じ大きさに作ったつもりの部品が、測定するとわずかに違っている。
その違いによって、組み立てた時に片方だけ引っかかるという説明だった。
「……あるある」
思わず笑ってしまう。
前世でも、見た目では分からない小さな違いに苦労したことがある。
寸法どおりに作ったつもりでも、測り方が違えば結果が変わる。
道具をきちんと使うことと、その道具が正しく測れる状態にあることは別の問題だった。
「測る道具の基準がずれてたら、何を作ってもずれるからな」
クロードはそう呟いて、ノートにもう一行書き加えた。
『測定具の基準はどこにある?』
それから、少し考えて言葉を付け足した。
『国が違っても、同じ寸法を確かめられる?』
前世で知っていた問題を、この世界ではどう扱っているのか。
本を読み始めた時よりも、知りたいことが少しはっきりしてきた。
◇
次の章では、工具そのものの製作について説明されていた。
クロードは姿勢を正して読み始めた。
工具を作るためにも、材料を加工し、仕上がりを確かめる工程が必要になる。
刃物なら刃の形を整え、用途に合った硬さに仕上げる必要がある。
材料を固定する器具なら、力を加えても簡単に変形しないように作らなければならない。
測定具なら、目盛りや基準となる部分が正しく作られていることが重要になる。
「……そうだよね」
クロードは頷いた。
特に測定具の説明が気になった。
長さを正確に測るための道具には、照らし合わせるための基準が必要になる。
それは前世でも知っていたことだ。
けれど、この国では何を基準にして、その基準が正しいとどう確かめているのだろう。
クロードは頁を戻し、説明を読み直した。
本には、基準となる道具と照らし合わせて確認する方法が紹介されていた。
「やっぱり、そこは同じなんだな……」
そこまで読んで、クロードはペンを止めた。
魔法カプセルを作る工具にも、何かを正確に加工するための部分があるのだろうか。
もしそうなら、その部分を作るための設備にも、求められる精度があるはずだ。
では、ドワーフたちはどんな道具を使って、その精度を出しているのだろう。
「……待って」
クロードはノートに小さな図を描いた。
最初に『魔法カプセル』と書き、その下に『製造工具』と続ける。
さらに下へ矢印を引き、『製造工具を加工する設備』と書いた。
「その設備を作るには……」
もう一つ矢印を引きかけて、手が止まった。
道具から道具へと考えを遡ること自体は、珍しい話ではない。
「問題は、どこまでの工程を向こうでやってるかだよな」
クロードは描きかけた矢印を見つめた。
単純な道具で作れるものもある。
手作業で少しずつ精度を高めていく方法もあるだろう。
それに、工具を作る方法は一つとは限らない。
けれど、魔法カプセルの製造工具にどんな加工設備が必要なのかは分からなかった。
「……ドワーフの国では、どうやって作ってるんだろう」
魔法カプセルそのものを作れることもすごい。
しかし、そのための工具を作れるというのは、また別の技術だった。
クロードは本を閉じずに、しばらく図を眺めていた。
そして、新しく疑問を書き加えた。
『魔法カプセルの製造工具には、どんな加工が必要?』
『その工具を作るには、何が必要?』
書いてから、思わず苦笑する。
「……また増えた」
◇
クロードは本を抱えて立ち上がり、ムリヌのいる受付へ向かった。
「ムリヌさん、ちょっと聞いてもいいですか?」
「はい。どうしました?」
「工具を作る設備について書いてある本も、ありますか?」
「加工設備の本もありますよ。何かお探しですか?」
「魔法カプセルの製造工具を、どうやって作っているのか知りたくて」
ムリヌはクロードのノートに目を向けた。
「どんなところが気になりましたか?」
「形とか材料も知りたいんですけど、それをどうやって作っているのかが気になるんです」
「製造方法そのものですね」
「はい。ドワーフの国でしか作れないなら、ほかの国では何ができないんだろうって」
ムリヌは少し考えた。
「一般的な加工技術の資料はありますが、魔法カプセルの製造工具について、その構造や製法を詳しく説明した資料となると、すぐにはご案内できませんね」
「そうですか……」
クロードは少し肩を落とした。
「ただ、製造技術の歴史や、各国で使われている工具について書かれた本なら、別の棚にもあります」
「そうなんですか?」
「はい。魔法カプセルの工具そのものが載っているとは限りませんが、参考になるかもしれません」
クロードは少し考えた。
今日は一般的な工具の本を読んだだけでも、この世界の道具について確かめたいことがいくつも見つかった。
別の本を読めば、また違う疑問も出てくるだろう。
「……じゃあ、それはまた今度読んでみます」
「分かりました」
ムリヌは微笑んだ。
クロードは手にした本を見下ろした。
「それにしても、専用の工具を作れるところが限られてるって、不思議ですね」
「使う材料や設備に、何か違いがあるのかもしれませんね」
「はい。加工する設備だけじゃなくて、仕上がりを何で確かめているのかも気になって……」
クロードがノートの図を見せると、ムリヌは少し目を細めた。
「どこで作るのかまで、気になるんですね」
「考え始めたら、止まらなくなっちゃって」
「ふふっ。面白いと思えることが見つかったなら、よかったですね」
クロードも笑った。
「はい!」
礼を言い、読んでいた本を戻して図書館を出る。
外へ出ると、すでに夕方の光が廊下へ差し込んでいた。
クロードは鞄を肩に掛け直し、男子寮へ向かった。
◇
自室へ戻ったクロードは、机にノートを広げた。
今日読んだ内容を見直しながら、書き足した疑問を整理していく。
切るための道具。
削るための道具。
材料を固定するための道具。
そして、加工したものを確かめるための道具。
どれも役割は前世で知っているものと似ている。
けれど、作り方や仕上がりを確かめる基準まで同じとは限らなかった。
クロードは、ノートの端に描いた矢印を眺めた。
魔法カプセルから製造工具へ。
製造工具から、それを加工する設備へ。
「……実物が見られたらなあ」
魔法カプセルの製造工具は、どんな形をしているのだろう。
金属でできているのか、それとも別の材料が使われているのか。
魔素石をどうやって固定し、どんな加工を施すのだろう。
本を読んだだけでは、その答えは分からなかった。
けれど、以前よりも知りたいことは具体的になっている。
クロードはノートの新しい頁を開いた。
そこへ、今日いちばん気になったことを書き込む。
『魔法カプセルの製造工具は、何を使って作っている?』
書き終えてから、少し笑った。
魔素石を初めて持った時には、こんなことを考えるとは思っていなかった。
石の中にある魔素が気になり、その使い道を調べた。
そうしたら、今度は加工するための道具が気になった。
知りたいことを調べているはずなのに、知らないことが増えていく。
「……面白いな」
クロードは小さく呟いた。
そして、机の上のノートをもう一度読み返し始めた。




