持ってみても
授業を終えて男子寮へ戻ったクロードは、机の上にノートを広げていた。
今日の授業で書いたところを読み返し、次の頁へ進もうとしたところで手が止まる。
少し前に書き残した、一泊遠征の記録が目に入ったからだ。
『当たったあと、どこへ散るか』
《サンダーアロー》について書いた一行の下に、もう一つ気になるものがある。
《魔素石》。
プレーリーベアを倒したあと、グレインに頼んで初めて自分の手で持たせてもらった石だった。
クロードはペンを置き、その時のことを思い出す。
受け取った魔素石を手の中で眺めていると、ピアに感想を尋ねられた。
「……魔素石だ、か」
自分の返事を思い出し、思わず笑ってしまう。
ノーゼスには見れば分かると言われた。
それはそうだと思う。
けれど、あの時はほかに何と言えばいいのか分からなかった。
「持てたのは嬉しかったんだけどな」
3年の野外実習で見たグラスウルフの魔素石は、見るだけだった。
今度は自分の手で持つことができた。
確かに違う経験だったのに、ノートには持ったという事実しか残っていない。
クロードは少し考えてから、新しい行に疑問を書き始めた。
『魔素石の中には、どのくらい魔素がある?』
『魔物によって違う?』
『どうやって使う?』
最後の一行を書いたところで、別のことも気になった。
魔物が生きている間は魔素核として存在し、死ぬと魔素石へ変わる。
そこまではグレインから教わっている。
では、石になったあとも魔素を吸収するのだろうか。
「……分からないことばっかりだ」
ノートを眺めて苦笑する。
考えているだけでは答えが出そうにない。
クロードはノートを鞄に入れ、椅子から立ち上がった。
まずは図書館で調べてみよう。
◇
王立学園の図書館には、今日も何人もの生徒がいた。
机で本を読んでいる者もいれば、棚の間を歩きながら目的の本を探している者もいる。
クロードは慣れた足取りで奥へ進み、ムリヌ・ファルテスの姿を見つけた。
「ムリヌさん」
「はい」
「魔素石について調べたいんですけど、本はありますか?」
「魔素石ですか」
ムリヌはクロードへ向き直った。
「どのようなことをお調べですか?」
「えっと、魔素石の中の魔素とか、何に使われているのかとか……」
クロードは鞄からノートを取り出した。
「前の遠征で、初めて実際に持たせてもらったんです」
「そうでしたか」
「でも、持ってみても何が分かったのか、うまく説明できなくて」
ムリヌは開かれたノートに目を向けた。
「魔物についてもお調べになりたいのですね」
「はい。魔物の中にある時は魔素核で、死ぬと魔素石になるって教わりました」
「それでしたら、魔物の生態についての本と、魔素石の加工についての本がよさそうですね」
「加工?」
「はい。魔素石は、そのまま保管されるだけではありませんから」
クロードの目が少し大きくなった。
「何か作れるんですか?」
「詳しくは、こちらの本をご覧になるとよいと思います」
ムリヌは小さく微笑み、棚の方へ歩き出した。
クロードもそのあとについていく。
最初に案内された棚には、魔物の種類や生態についてまとめられた本が並んでいた。
ムリヌが示した一冊を取り、クロードは目次を開く。
《魔素核》の文字が見つかった。
「これなら、知りたいことが載っていそうです」
もう一つの棚では、魔素石について書かれた本を見つけた。
そちらの目次には、魔素石の性質、加工、利用といった項目が並んでいる。
「……いろいろあるんですね」
「気になるところから読んでみてください」
「ありがとうございます!」
クロードは二冊を抱え、空いている机へ向かった。
椅子に腰掛け、まずは魔物の生態についての本を開く。
◇
魔素核について書かれた頁には、魔物が周囲の魔素を取り込みながら活動することが説明されていた。
クロードはその一節をゆっくり読み進める。
魔物は体内の魔素核に蓄えられた魔素を消費し、不足した分を周囲の環境から補う。
そして、魔物が死んで魔素核が魔素石へ変化すると、その働きは失われる。
「……あ、ここだ」
クロードは指を止めた。
魔素石になった時点で、周囲から新たな魔素を吸収することはなくなる。
つまり、石に残った魔素は使えば減るだけなのだ。
「魔物の時とは違うんだ」
クロードはノートへ書き込んだ。
そのまま読み進めると、魔物の強さと魔素核の関係についての説明があった。
強い魔物ほど多くの魔素を必要とし、その魔素核にも多くの魔素が蓄えられている。
そのため、強い魔物から得られる魔素石ほど、一般に魔素量が多くなる。
「じゃあ、グラスウルフとプレーリーベアでも違うのかな」
クロードは二つの魔物を思い浮かべた。
ただし、手元にあるのは記憶だけだ。
実際に魔素量を調べたわけではない。
クロードは比べてみたいと思ったことをノートに書き、先へ進んだ。
次に目を引いたのは、魔物の性質と魔素の属性についての記述だった。
魔素核は魔物の性質によって属性が異なり、その特徴は魔素石になったあとも残るという。
「魔素石にも属性があるんだ」
雷属性の魔法を使うクロードにとって、属性は馴染みのある言葉だった。
けれど、魔素石については考えたことがない。
「火の魔物だったら、火の魔素石になるのかな」
そんなことを考えながら、さらに頁をめくる。
本には、特定の属性を持たない魔素石についても触れられていた。
無属性の魔素石は、一つの属性に偏らない性質を持つらしい。
「無属性もあるんだ」
クロードはその部分を読み返した。
属性の違いが何に関係するのかは、まだ分からない。
だが、次の本の目次にあった『加工』という言葉が気になった。
ひとまずノートに記録し、クロードは二冊目を手に取った。
◇
『魔素石の性質と利用』。
表紙を確かめて開くと、最初の方には魔素石の利用方法が紹介されていた。
その中でクロードの目を引いたのは、魔法カプセルという道具だった。
「魔法……カプセル?」
小さく呟き、説明を読む。
魔法カプセルは、魔素石を加工して作られる魔導具の一種だった。
あらかじめ定められた魔法を、内部に蓄えられた魔素を使って発動させる。
しかも、使用者自身が魔法を使えなくても起動できるという。
「えっ、魔法を使えなくても?」
クロードは思わず顔を上げた。
周囲が静かなのを思い出し、慌てて口を閉じる。
改めて説明を読み直した。
魔法を使えない人でも、カプセルに組み込まれた魔法なら利用できる。
ただし、自由に魔法を作り出せるわけではない。
使用できる魔法の種類や規模は、製造時の加工によって決められている。
クロードは少し考えた。
魔法を使える人なら、自分の魔力を使って《印》を組み、魔術操作を行う。
けれど、この道具なら、そのための仕組みが最初から用意されているらしい。
「じゃあ、魔法を使えない人でも火を出せたりするんだ」
どんな用途があるのか気になり、頁を進めた。
そこには、少量の火を生み出すものや、水を出すものなど、用途に応じたカプセルの例が紹介されていた。
さらに、魔法を使える人が使用した場合についての説明も見つかる。
魔法を扱う技術がある者は、発動した魔法をより正確に扱える場合があるという。
「……同じカプセルでも違うんだ」
クロードは自分の雷魔法を思い浮かべた。
同じ魔法を使っていても、狙った場所へ当てるのは簡単ではない。
カプセルでも、使う人によって違いが出るらしい。
ただし、カプセルを持てば魔術操作が上手くなるというわけではない。
クロードはその部分を読み返し、ノートへ書き留めた。
次の頁には、魔素石の魔素量と使用回数の関係が書かれていた。
「……あれ?」
クロードは少し首を傾げた。
一度だけ魔法を使う道具だと思っていたのに、複数回使用できるものもあるらしい。
同じ魔素石でも、どのように加工するかによって使用方法が変わる。
魔素を少しずつ消費する低級魔法用のカプセルなら、何度も発動できるように作れる。
一方、多くの魔素を一度に使う高級魔法用として加工することも可能だという。
「同じ石から?」
クロードは驚いて、説明を最初から読み直した。
魔素量の多い石を使えば、必ず強力な魔法を一度だけ放つわけではない。
どの程度の魔法を、どれだけの回数使えるようにするかは、加工方法によって異なるのだ。
「なるほど……」
クロードはノートの端に、小さな丸を一つ描いた。
その横へ、何度も使う場合と、一度で使う場合の二つの矢印を引く。
「同じ材料でも、作り方で変わるんだ」
金属でも、どんなものを作るかによって加工方法が変わる。
魔素石にも、似たようなところがあるのかもしれない。
興味が湧き、クロードはさらに先を読んだ。
そこには使用済みの魔素石についても記されていた。
魔法を発動するたび、内部の魔素は消費される。
そして、蓄えられた魔素を使い切った魔素石は砕けて散り、元の石として残ることはない。
「……なくなっちゃうんだ」
クロードは少し残念に思った。
魔素がなくなった石を見れば、何か分かるのではないかと考えたからだ。
だが、説明どおりなら、使い切ったあとに石を調べることはできない。
もう一度使いたければ、別の魔素石が必要になる。
「だから、魔物から取るんだな」
クロードはノートに『使い切ると砕ける』と書き加えた。
◇
次の章には、魔素石の属性と加工の関係が詳しく書かれていた。
クロードは先ほどの本で読んだ内容を思い出す。
魔素石には属性がある。
けれど、火属性の魔素石なら火魔法しか使えないというわけではなかった。
「別の属性にもできるんだ」
加工によって、異なる属性の魔法を発動するカプセルを作ることもできる。
ただし、元の魔素石の属性と違う魔法へ加工すると、魔素を十分に生かせず、威力が弱くなるという。
「じゃあ、火の石で水を出そうとすると……」
クロードはその部分を指で追った。
火属性の魔素石を火魔法用に加工する場合と、水魔法用に加工する場合では、同じ性能にはならない。
別属性への加工には不利な部分があるらしい。
そこで、先ほど見つけた無属性の魔素石についての説明が出てきた。
無属性の魔素石は、特定の属性に偏っていないため、さまざまな属性の魔法カプセルへ加工しやすい。
「へえ……」
クロードは目を輝かせた。
魔素量の多い石が便利なのだと思っていた。
でも、それだけではないらしい。
どの属性の魔法に使うかによっても、材料の向き不向きがある。
一つの属性に特化した石もあれば、いろいろな用途に加工できる石もある。
「どんな石を使うかも大事なんだな」
クロードはノートに属性ごとの違いを書き始めた。
火属性、水属性、雷属性。
思いつくものを並べてから、無属性も書き加える。
その下に『同属性』『異属性』と二つの言葉を書いた。
魔素量が同じ石でも、作ろうとする魔法によって結果が違う。
しかも、魔素量が多ければ使用回数を増やすことも、強い魔法へ使うこともできる。
「……これ、組み合わせがいっぱいあるな」
ノートを見ているだけでも、少し楽しくなってきた。
けれど、そこで一つ疑問が浮かんだ。
こんな加工を、いったいどうやって行うのだろう。
魔素石は普通の石とは違う。
中に魔素があり、しかも属性まである。
それを用途に合わせて加工するということは、ただ削ったり形を整えたりするだけではないはずだった。
クロードは目次を確かめ、製造について書かれた章を探した。
そして、ある一文で手が止まった。
『魔法カプセルの製造に必要な工具は、現在、ドワーフの国でのみ製作されている。』
「……ドワーフ?」
クロードは身を乗り出した。
説明によると、魔法カプセルの製造には専用の工具が必要であり、その工具を作れる技術を持つのはドワーフの国だけなのだという。
ほかの国では、まだ同等の工具を再現できていない。
「工具を作れるのが、ドワーフの国だけ……」
クロードはもう一度読み返した。
魔法カプセルを作ることよりも、そのための工具を作ることが難しいらしい。
どういう形の工具なのだろう。
魔素石を固定するためのものなのか。
それとも、魔素を扱うために何か特別な仕組みがあるのか。
クロードは先を探した。
しかし、この本では製造工具の詳しい構造や作り方までは説明されていなかった。
「……そこが知りたいのに」
思わず呟く。
魔素石の加工について調べに来たはずなのに、今度は工具そのものが気になってしまった。
どんな材料が使われているのか。
どうやって作るのか。
なぜ、ほかの国では同じものを作れないのか。
質問を書き始めると、ノートの残りの余白があっという間に埋まってしまった。
「また増えた……」
クロードは苦笑した。
けれど、最初とは違う。
魔素石がどんなものなのか、少しずつ分かってきている。
分かったからこそ、もっと知りたいことが出てきたのだ。
◇
しばらくして本を閉じたクロードは、二冊を抱えて席を立った。
ムリヌが近くの棚にいるのを見つけ、声を掛ける。
「ムリヌさん」
「はい」
「ありがとうございました。すごく面白かったです!」
ムリヌはクロードの抱えた本を見た。
「お探しのことは分かりましたか?」
「はい。魔素石って、魔法カプセルに加工できるんですね」
「そうですね」
「それに、強い魔物ほど魔素の多い石が取れるとか、属性によって加工の向き不向きがあるとか……」
クロードは言いながら、ノートを開いた。
「同じ石でも、何回も使えるようにしたり、強い魔法を一回だけ使えるようにしたりできるんですよね」
「ずいぶん調べましたね」
「でも、工具のことが分からなかったんです」
クロードは製造について書き留めたところを示した。
「ドワーフの国でしか作れない工具って、どんなものなんでしょう?」
ムリヌは少し考えた。
「製造技術については、一般向けの資料に詳しく載っていないものもあります」
「やっぱり、そうなんですね」
「工具そのものを調べたいのでしたら、また別の資料を探す必要がありそうですね」
「工具の本もあるんですか?」
「製造技術や加工技術について書かれた資料はあります。ただ、魔法カプセルの製造工具について、どこまで詳しく載っているかは確認が必要です」
クロードは頷いた。
「今度、そっちも読んでみたいです」
「分かりました」
ムリヌが微笑む。
クロードは二冊を戻し、ノートを鞄へしまった。
「ありがとうございました!」
礼を言って図書館を出る。
廊下を歩きながら、クロードは一泊遠征で手に持った魔素石を思い出した。
あの石にも属性があったのだろうか。
どれほどの魔素が残っていたのだろう。
もし魔法カプセルに加工したら、どんな魔法を何回使えたのだろう。
もちろん、もう確かめることはできない。
魔素石はグレインへ返しているし、あの時は何も測っていなかった。
「今度見られたら、もっとよく見よう」
クロードは小さく呟いた。
そして、もう一つ気になることがある。
魔法カプセルを作るための工具。
魔素石を加工するために、いったいどんな技術が使われているのだろう。
考えているだけでも、胸が弾んだ。
クロードは鞄の中のノートに手を添え、少しだけ歩調を速めた。
帰ったら、今日読んだところをもう一度整理しよう。
それから、次はどんな本を探すか考えてみよう。
魔素石のことを調べに来たのに、今はその石を加工する工具まで気になっている。
知らなかったことを一つ知るたびに、また新しい疑問が増えていく。
クロードはそれが、何だか嬉しかった。




