止まる理由
それから次に戦闘実践の授業があった日、クロードたち18人は第2運動場へ集まっていた。
演習区画には結界用のポールが並び、その脇では生徒たちが防具を着け、木剣を手にしている。
「今日はグレイン班とラディス班でやる」
グレインの声に、クロードは向かい側へ目を向けた。
ザナトスがもうこちらを見ている。
「今度こそ、お前のところまで行くからな!」
「僕だけ見てると、ほかの五人が来るよ」
「分かってるって!」
ザナトスは笑いながらカイルたちの方へ戻っていった。
セリアナ班の六人は外側で観察することになり、ラディスとセリアナもそれぞれの位置へ移る。
「相手の動きだけじゃなく、自分たちの位置も見ろ」
グレインは両班を見渡した。
「途中で一度区切る。その時に、何を見て動いたか聞くぞ」
六人が頷き、結界の内側へ入る。
グレインも結界の外へ下がった。
クロードが木剣を握り直すと、隣でガレスが小さく足を動かした。
「前が空いたら行くからな」
「その時は、横も見てよ」
ベンが言うと、ガレスは顔を向けた。
「まだこの前の話してるのか?」
「今の話だよ」
「分かってるよ。前だけ見るつもりはないって」
ガレスはそう答え、向こうの六人を見た。
ベンも笑って木剣を構えた。
始まりの合図が掛かる。
ザナトスが中央へ出た。
クロードがそれを見て構えると、反対側ではカイルが《印》を組み始めている。
「水、来る!」
ピアが声を出し、近くにいたノーゼスが位置を変えた。
水の球が二人の間を通る。
その向こうへエクリアが風の球を放つと、カイルは一度横へ退いた。
ザナトスとの間が開く。
「そこ!」
ガレスが走った。
開いた場所を抜ければ、カイルの横へ入れる。
ガレスにはそう見えていた。
ベンも一歩出かけたが、すぐに反対側へ目を向ける。
ランが木剣を構え、ガレスの進む先へ斜めに動いていた。
「ガレス、横!」
ガレスが顔を向ける。
ランの木剣が届く距離まで来ていた。
ガレスは進路を変え、振られた木剣を受けた。
乾いた音が鳴る。
その間にザナトスがこちらへ向きを変え、開いていた場所が狭くなった。
「くそ、今だったのに!」
ガレスがランとの距離を取る。
ベンはその横へ進まず、ランの動きに合わせて構えを変えた。
「ベン、こっち!」
ピアの声がする。
ベンが振り返ると、別の方向からマミヤの風が来ていた。
ベンとピアが離れたところを風が抜ける。
前へ出ようとした時の場所は、もう空いていなかった。
クロードもザナトスと木剣を合わせ、横へずれていた。
ノーゼスが声を掛ける先では、エクリアが水魔法の《印》を組み直している。
どちらの班も同じところには留まらない。
ガレスはもう一度前へ出ようとしたが、今度はカイルがその方向にいた。
木剣を向けると、カイルもこちらへ構え直す。
ガレスは足を止め、少し右へ回った。
そこで終了の声が掛かった。
両班が木剣を下ろす。
ガレスは開いていたはずの場所を見た。
もう誰も、その時と同じ位置にはいなかった。
◇
結界の外へ出ると、セリアナ班も近くへ集まってきた。
水を飲んで息を整えたあと、グレインがガレスを見た。
「最初、カイルの方へ進んだな」
「はい。ザナトスとカイルの間が空いたので」
「そのまま行けると思ったか?」
「思いました。あの時に行かなかったら、すぐ塞がれると思って」
ガレスが答えると、ベンが隣で頷いた。
「実際、すぐ塞がれたよね」
「だろ? だから先に行きたかったんだよ」
「でも、俺はランが横から来てるのが見えたんだ」
ベンは結界の端を指した。
「続いたら、俺もそっちへ行くことになってた」
「だから止まったのか」
「うん。でも、あの時ガレスの後ろへ入れなかったのは確かだよ」
グレインは二人の話を聞き、ラディス班へ目を向けた。
「そっちからは?」
「俺はエクリアの風を避けたんです」
カイルが答えた。
「あそこ、空けるつもりはなかったんですけど」
「でもガレスが来たから、俺もそっち見たぞ」
ザナトスが続ける。
「その間、クロードへ行けなかったしな」
「別に僕を追わなくてもいいでしょ」
クロードが言うと、ザナトスは笑った。
「お前がそこにいたんだから、仕方ないだろ」
外から見ていたミナが、おずおずと声を出した。
「私には、最初は通れるように見えました」
「でも、ランが動いてからは狭かったです」
「俺が見た時は、もうランが動いてたんだよ」
ベンが答えた。
「外からだと先の方まで見えるけど、中にいると目の前もあるわね」
エクリアが言う。
「俺はカイルを見てた」
ガレスは木剣の柄を握り直した。
「空いたのが見えたから、行けると思った」
「俺はそっちじゃなくて、ランを見てたんだ」
ベンは少し笑った。
「同じところにいたのにね」
「違うところ見てりゃ、そりゃ違うだろ」
ノーゼスが言って、二人を交互に見た。
「俺も、誰が先に動くかまでは見てなかった」
「じゃあ、次はどうする?」
グレインが尋ねた。
ガレスが口を開きかけると、ベンが先に言った。
「俺も、前が空いたら入るよ」
「止まれって言ってたのに?」
「いつでも止まれなんて言ってないって」
「じゃあ俺も、止まる時は止まる」
「ほんと?」
「本当だよ!」
二人が笑うと、近くでも笑いが起こった。
ラディス班も向こうで話し始めている。
グレインはそれ以上答えを足さなかった。
やがて次の演習の準備が整い、両班がもう一度結界へ入った。
◇
再び開始の合図が掛かった。
今度はザナトスがすぐに前へ来ない。
カイルも最初ほど大きく離れず、マミヤと互いの位置を確かめている。
「さっきと違うな」
ノーゼスが言った。
「見てたのは向こうも同じだからね」
クロードは木剣を構えながら、近くのランへ目を向ける。
その横をガレスが前へ出た。
ザナトスもガレスへ向き直り、木剣を合わせる。
「そっちからか!」
「お前が来ないからな!」
ガレスが笑って返す。
エクリアが水の球を放つと、カイルが避け、マミヤも進む場所を変えた。
その一瞬、カイルとマミヤの間に小さな道ができる。
ベンが先に動いた。
「俺、入る!」
ピアが声を聞き、ベンの進路から離れる。
ベンは木剣を構えて空いた場所へ踏み込んだ。
カイルがこちらを振り返る。
さらにマミヤもベンへ向きを変え、風の《印》を途中で解いた。
「こっち来た!」
マミヤの声を聞いて、ザナトスも一度顔を向ける。
ガレスがその動きを見た。
今なら、ザナトスの横を抜けられそうだった。
木剣を持ち直して足を出す。
けれど、すぐ隣ではピアもカイルの外側へ回ろうとしていた。
そのまま進めば、ピアの前を横切る。
ガレスは踏み出した足を止めた。
「ピア、先行け!」
「うん!」
ピアが横を抜けていく。
ザナトスがそちらへ向き直ろうとした。
ガレスは前へ進む代わりに、ザナトスとの間合いを詰める。
木剣がぶつかり、ザナトスの足が一度止まった。
「そっちかよ!」
「そっちへ行かせないためだよ!」
その間にピアはカイルの外側へ出たが、ヤンナがすぐに位置を変えて進路を塞いだ。
「こっちも来た!」
ピアが後ろへ知らせる。
ベンもカイルとマミヤの間を抜けようとしたが、カイルの《ウォーターボール》が進む先へ飛んできた。
足を止めて水を避けると、今度はマミヤが木剣を構えている。
「行けると思ったんだけどな」
ベンは笑いながら木剣を合わせた。
「今のは通さないよ」
マミヤも笑って返した。
クロードはランを相手にしながら、ガレスとベンがいた場所を確かめる。
さっきガレスが走ったところへ、今度はベンが先に入った。
けれど、同じ道が開いていたわけではない。
ノーゼスの声が聞こえ、クロードは木剣を構え直した。
今はまだ、目の前に相手がいる。
それからも両班は何度も位置を変え、木剣と既知の魔法で攻防を続けた。
やがて終了の声が掛かると、生徒たちは動きを止めた。
◇
片づけに入る前、グレインは六人を近くへ集めた。
「ガレス、さっき足を止めただろ」
「はい。ピアも同じ方へ動いてたので」
「じゃあ、ベンは?」
「空いたところへ、先に入れそうだったからです」
ベンが答えた。
「でも、途中でカイルの水が来て、抜けられませんでした」
「俺も、止まったからって全部見えたわけじゃないです」
ガレスが続ける。
「ピアを先に行かせたけど、その先にヤンナがいました」
ピアが頷いた。
「私も、行けると思ったんだけどね」
「向こうだって、止まってるわけじゃないしな」
ノーゼスが言うと、エクリアも頷く。
「最初に見えた場所が、そのまま空いているとは限らないものね」
クロードはさっきの二人を思い出した。
ガレスが先に進んだ時も、ベンが先に進んだ時も、相手はそれを見て動きを変えていた。
グレインは六人を見てから短く言った。
「何を見て動いたかは、今のように言えるようにしておけ」
木剣と防具を片づける時、ガレスがベンの肩へ声を掛けた。
「次に同じ隙間ができたら、お前また行く?」
「どうだろうね。ガレスが先に行くかもしれないし」
「俺が止まるかもしれないぞ」
「じゃあ、それも見てないとね」
「忙しいな!」
ガレスが笑い、ベンも笑った。
二人は木剣を戻すと、ほかの四人のところへ歩いていった。




