暗くなる前に
火を起こす場所の前で、六人はもう一度周囲を見た。
水と土はすぐ手を伸ばせるところにある。
燃やす物も、使う分だけが近くへ置かれていた。
雨よけまでは少し離れている。
そこへ向かう道も塞いでいない。
ガレスが火を起こす道具へ手を伸ばした。
「じゃあ、やるか」
「大きくしすぎないでよ」
エクリアがすぐに言う。
「分かってるって」
ガレスは少し笑いながらしゃがんだ。
ノーゼスとベンも近くへ寄り、使う物を手元へ揃える。
クロードとピアは火を使う場所の周囲をもう一度見る。
学園で練習した時と同じように、最初から大きな火を作ろうとはしない。
六人で手を動かしているうちに、小さな火がついた。
ガレスが嬉しそうに顔を上げる。
「ついた」
「まだ増やさないで」
エクリアが言う。
「今、増やそうとしてないだろ」
「顔がそう言ってる」
ノーゼスが笑った。
ガレスは何も言わず、手にしていた燃やす物を元へ戻した。
クロードは小さな炎を見る。
揺れているが、消えそうではない。
風が少し吹くと、煙が横へ流れた。
「こっち来るね」
ピアが少し身体をずらす。
クロードたちも煙の先から外れるように位置を変えた。
火そのものは動かさない。
ベンが水と土の位置を見る。
「こっちからでも届く」
ノーゼスは燃やす物の残りを見る。
「使わない分、もう少し離しとくか」
「うん」
クロードも手伝い、残りを火から離れた場所へ寄せた。
少しずつ燃やす物を加える。
火が急に大きくならないよう、六人で様子を見る。
しばらくすると、炎は小さいまま安定した。
「今度こそいいんじゃないか?」
ガレスが言う。
エクリアは火だけでなく周りも見た。
「水も土もあるし、通るところも残ってる」
ピアも煙の向きを見る。
「今はこっちに来てない」
ベンが頷いた。
「じゃあ、これで使えるね」
クロードは火の向こうへ目を向けた。
少し離れた場所では、ラディス班にも火がつき始めている。
セリアナ班の方にも、生徒たちが集まっていた。
それぞれの班のそばを、教師たちが行き来している。
グレインも六人の火を見たが、何も言わなかった。
ガレスが少し得意そうに笑う。
「止められなかったな」
「止められる前に準備したからでしょ」
エクリアが返す。
「だから出来たってことだろ?」
「それはそうね」
今度はエクリアも笑った。
六人は火の近くに座った。
一日歩き続けた足が、止まった途端に重く感じる。
クロードは膝を曲げて座り直した。
背中には、荷物を下ろした後も重さが残っている気がした。
「疲れたな」
ノーゼスがぽつりと言う。
「まだ一日目なんだよね」
ピアが返す。
ガレスが少し顔をしかめた。
「それ、今言う?」
「本当のことでしょ」
ベンが笑う。
クロードも笑いながら火を見る。
朝、学園を出た。
荷物を背負って歩いた。
途中でプレーリーベアと戦った。
また荷物を背負って歩き、ここまで来た。
それから、自分たちで今夜の場所を決めて雨よけを立てた。
一つずつ思い返すと、朝がずいぶん前のことのように感じる。
「お腹空いた」
ガレスが言った。
「それは俺も」
ノーゼスがすぐに答える。
六人は持ってきた食事を取り出した。
何かを急いで始めるでもなく、火の近くで順番に食べ始める。
クロードも口へ運び、ゆっくり噛んだ。
いつもよりおいしいのかは分からない。
ただ、歩いて戦って設営までした後の身体には、食べられることそのものがありがたかった。
しばらくの間、六人の会話は途切れたり戻ったりした。
「プレーリーベア、近くで見ると本当に大きかったな」
ガレスが言う。
「小さい個体なんでしょ?」
ピアが返す。
「それであれだぞ」
「普通のはもっと大きいってことだよね」
ベンが火の向こうを見る。
ノーゼスは食事を持ったまま肩をすくめた。
「今日はもう会わなくていいな」
「私も」
エクリアがすぐに同意した。
クロードは笑ってから、自分の指先を見る。
少し前まで、そこには魔素石が乗っていた。
初めて持った感触を思い出す。
けれど、今はそれより火の暖かさの方が近い。
クロードは手を火へ向け、すぐに戻した。
「熱い?」
ピアが聞く。
「うん、ちゃんと熱い」
「そりゃ火だからな」
ノーゼスが言う。
「分かってるよ」
また小さく笑いが起きた。
◇
食事を終える頃には、周囲の明るさが少し落ちていた。
クロードは食べ終えたものを片づけてから立ち上がる。
さっきまで見えていた木々の奥が、少し見えにくくなっている。
空はまだ完全に暗くない。
それでも、昼間とは違う。
「暗くなってきたね」
ベンが言った。
ガレスも立ち上がり、周囲を見る。
「まだ見えるけどな」
「今はね」
エクリアが答える。
六人は火の周りをもう一度確認した。
燃やす物は近づけすぎていない。
水と土もそのままある。
煙の先にも人はいない。
クロードは火へ少しだけ燃やす物を足した。
炎が揺れ、すぐに落ち着く。
その明るさが、少し前より強く見えた。
火が大きくなったわけではない。
周りが暗くなってきたからだ。
クロードは火から少し離れてみる。
昼間に選んだ地面。
自分たちで張った雨よけ。
その下に置いた荷物。
どれも場所は変わっていない。
けれど、遠くの木々はもう輪郭がぼやけ始めている。
「なんか、狭くなった感じするな」
ノーゼスが言った。
クロードが振り向く。
「場所は同じなのに?」
「見えるところが減ったからじゃない?」
エクリアが火の外側を見る。
ピアも頷いた。
「昼はもっと向こうまで見えてたよね」
ガレスは腰へ手をやった。
そこには鞘へ納めた実剣がある。
「昼より剣の場所が気になるな」
ベンも自分の腰を見る。
「見えない方から何か来たらって考えるからかな」
クロードも腰の実剣へ手を触れた。
抜くつもりはない。
ただ、手を伸ばせば届くことを確かめた。
プレーリーベアと向き合った時とは違う。
相手が見えているわけではない。
だからこそ、何もいない暗い方へ目が向く。
少し離れたところでは、ラディス班の火も明るく見えるようになっていた。
その向こうには人影が動いている。
セリアナ班の方にも別の火がある。
三人の教師も、班と班の間や周囲を見ながら動いていた。
クロードはグレインの姿を見つけ、少しだけ肩の力を抜く。
自分たちだけでここにいるわけではない。
それでも、学園の中とは違った。
時間が進むにつれて、空の明るさはさらに落ちた。
さっきまで色が分かっていた木々も、だんだん黒い形に変わっていく。
火のそばだけがはっきり見える。
少し外へ出ると、足元も見えにくくなる。
「縄、気をつけないとな」
ガレスが雨よけの方を見る。
ピアが頷く。
「昼に動かしておいてよかったね」
入口近くの縄は、設営の途中で位置を変えている。
クロードたちは雨よけまで歩き、暗くなった状態でも出入りできるかもう一度確かめた。
入口は塞がっていない。
荷物も通り道には出ていない。
昼間に見て決めたことが、暗くなると別の意味を持って見える。
クロードは雨よけの中から外を見る。
火の明かりが見える。
その先には、暗い地面と木々が続いている。
寮の部屋なら、夜になっても壁がある。
屋敷なら、窓の外が暗くなっても自分は建物の中にいる。
ここには雨よけの布があるだけだ。
その外側は、そのまま夜の中へ続いている。
クロードは外へ戻った。
ノーゼスたちは火の近くにいる。
エクリアがこちらを見る。
「どうだった?」
「入るところは大丈夫」
「荷物も邪魔じゃない?」
「うん」
クロードは火のそばへ戻った。
もう空には昼の明るさがほとんど残っていない。
教師たちの姿も、火の明かりから外れると見つけにくくなる。
遠くから聞こえる声も、昼間より近く感じた。
風で葉が動く音にも、自然と耳が向く。
誰かが怖いと言ったわけではない。
けれど六人とも、昼間より周囲を見る回数が増えていた。
クロードは火の向こうを見る。
そこは昼間、自分たちで何度も歩いて確かめた場所だった。
今は、火の明かりが届くところまでしかはっきり見えない。
同じ場所なのに、まるで違って見える。
クロードは後ろの雨よけを振り返る。
自分たちで選び、自分たちで立てた場所だ。
今夜は、あそこを使う。
学園へ戻る道を歩き始めることはない。
寮の自分の部屋へ帰ることもない。
クロードはもう一度、暗くなった周囲を見た。
本当に、ここで一晩過ごすんだ。
火が静かに揺れ、その向こうに初めての野外の夜が広がっていた。




