背負い直して
「もういい」
グレインの言葉を聞いても、六人はすぐには動かなかった。
クロードは右手の実剣を下げたまま、倒れたプレーリーベアを見る。
さっきまで動いていた大きな身体は、もう動かない。
胸の奥に残っていた力が、少しずつ抜けていく。
「まず、自分たちを見ろ」
グレインが言った。
クロードは顔を上げる。
「怪我してないか確認しろ」
六人は互いの姿を見る。
クロードは腕と足を動かした。
痛むところはない。
ノーゼスも肩を回し、エクリアは手や腕を確かめている。
ガレスとベン、ピアにも、すぐに分かるような怪我はなかった。
「大丈夫そう」
ピアが言う。
「俺も平気だ」
ガレスが答えた。
グレインは六人を順番に見てから頷く。
クロードとノーゼスは、周囲をもう一度確かめてから剣を納めた。
ガレスとベンは、プレーリーベアへ使った実剣をグレインへ見せる。
グレインは刃を確認し、二人へ短く指示を出した。
しばらくして、二人も剣を鞘へ納める。
ガレスは鞘へ収まった剣を見下ろした。
「固定されたやつを斬った時と、全然違ったな」
「向こうが動くからね」
ベンも自分の剣へ目を向ける。
エクリアが二人を見る。
「それより、ちゃんと離れてくれてよかったわ」
「俺だって途中から分かったって」
「途中からなのね」
ガレスが何か言い返そうとして、やめた。
クロードはそのやり取りを聞きながら、プレーリーベアへ目を戻す。
倒した魔物を見ると、別のものが頭に浮かんだ。
3年の最初の野外実習。
グレインが見せてくれた、二つの石。
《魔素石》。
生きている間は《魔素核》として体内にあり、魔物が死ぬと魔素核が魔素石へ変わる。
「先生」
クロードが呼ぶと、グレインが振り向いた。
「なんだ」
「このプレーリーベアにも、魔素石があるんですよね?」
「ある」
短い返事が返ってくる。
クロードは倒れた身体を見る。
どこにあるのかは、外から見ても分からない。
同じ種類でも魔素核の位置には個体差があると、前に教わっている。
「見たいのか?」
グレインが聞いた。
クロードはすぐに頷いた。
「はい」
ノーゼスが横から笑う。
「やっぱりそこ気になるんだな」
「気になるよ」
「怖かったのに?」
「それとこれは別」
エクリアが小さく笑った。
グレインは倒れたプレーリーベアの方へ身体を向けた。
「なら、見ておけ」
六人もグレインと一緒にプレーリーベアのそばへ向かった。
グレインは倒れた身体の前で止まり、もう一度状態を確かめる。
それから魔素石のある場所を探し始めた。
クロードは邪魔にならない位置から、その手元をじっと見る。
ノーゼスたちも近くでグレインの動きを見ている。
外から見ただけでは分からなかった場所をグレインが確かめ、やがて一つの《魔素石》を取り出した。
クロードの視線がすぐにそこへ向く。
3年の時に見たのは、グラスウルフから取れた魔素石だった。
目の前にあるのは、プレーリーベアから取れたものだ。
けれど、それ以上のことは見ただけでは分からない。
クロードは少し迷ってから口を開いた。
「触ってもいいですか?」
グレインがクロードを見る。
前にも同じことを聞いた。
あの時は、見るだけにしろと言われた。
「落とすなよ」
「はい!」
クロードは差し出された魔素石へ手を伸ばした。
指先が石へ触れる。
それから、グレインから受け取った。
初めて、自分の手で魔素石を持った。
クロードはしばらく黙ってそれを見る。
「どう?」
ピアが横から聞く。
「……魔素石だ」
「見れば分かるよ」
ノーゼスがすぐに返した。
「そうじゃなくて」
クロードは言いかけて、少し考える。
見ていた時より何かが分かると思ったわけではない。
触ったからといって、魔素核がどこにあったのか分かるわけでもない。
それでも、前は見るだけだったものが今は自分の手にある。
「やっぱり気になる」
クロードが言うと、エクリアが笑った。
「それは変わらないのね」
クロードは魔素石をグレインへ返した。
グレインはそれをしまう。
「残りは俺たちがやる」
倒れたプレーリーベアの方を示してから、六人を見る。
「お前らは荷物を確認しろ」
「はい」
六人は戦う前に荷物を置いた場所へ戻った。
まとめて置いた荷物は、そのまま残っている。
道も塞いでいない。
クロードは自分の荷物を持ち上げた。
肩へ掛ける前から、少し重く感じる。
「……これ、さっきより重くなってない?」
ガレスが自分の荷物を持ちながら言った。
ノーゼスがすぐに返す。
「増えてないだろ」
「分かってるよ」
ベンが荷物を背負い直す。
「戦った後だからじゃない?」
「たぶんそれだ」
ガレスも背負い紐へ腕を通した。
クロードも荷物を背負う。
肩へ重さが戻る。
王都を出てから歩いてきた。
その途中でプレーリーベアと戦った。
それでも、この荷物を持ってまだ先へ行く。
エクリアも荷物を背負い、位置を直した。
ピアが最後に置き忘れたものがないか地面を見る。
「全部あるね」
六人はもう一度周囲を確認した。
◇
教師たちの確認が終わると、18人は再び歩き始めた。
グレイン班も元の流れへ戻る。
歩き出してすぐ、クロードは戦う前より足が重いことに気づいた。
荷物は同じはずなのに、肩へ掛かる重さも強く感じる。
ノーゼスも少し歩いてから息を吐いた。
「休んだはずなのにな」
「あれを休憩って言うの?」
エクリアが返す。
「荷物は下ろしてただろ」
「戦ってたでしょ」
「それはそうだけど」
前の方を歩いていたザナトスが振り返った。
「クロード!」
クロードが顔を上げる。
ザナトスは少し歩調を緩め、近くまで来た。
「どうだった?」
「どうって?」
「プレーリーベアだよ」
クロードは少し考える。
倒したことより先に、振られた前脚が浮かんだ。
「近いと怖かったよ」
「そこ?」
ザナトスが目を丸くする。
「当たったら危ないって、近くで見たらよく分かった」
ガレスが横から頷く。
「あれは受けたら駄目だぞ」
「お前が言うと説得力あるな」
ザナトスが笑う。
ガレスが眉を寄せる。
「なんでだよ」
話しながらも、一行は足を止めない。
ザナトスもやがて自分の班へ戻っていった。
クロードは前を見る。
戦いが終わっても、遠征は終わっていない。
道はまだ続いている。
しばらく歩くと、周りの景色が少しずつ変わっていった。
人の姿はほとんど見えない。
木々の間に開けた場所があり、その先にも地面が続いている。
やがて先頭のグレインが手を上げた。
18人の足が止まる。
ラディスとセリアナも周囲を確認する。
グレインは近くの地面と木々を見渡した。
「今日は、この辺りで一晩過ごす」
何人かが周囲へ顔を向ける。
クロードも荷物を背負ったまま見回した。
平らに見える場所。
少し傾いている場所。
地面から根が出ているところ。
低い枝が伸びている木。
人が通れそうな空間。
学園で雨よけを作った時にも、似たものを見た。
けれど今日は、教師が先に使う区画を決めてくれているわけではない。
グレインが三班を見る。
「班で周りを見ろ」
「学園でやったことを思い出せ」
答えはそれだけだった。
ガレスが荷物を背負ったまま一歩進む。
「どこから見る?」
「まず地面じゃない?」
ピアが足元を見る。
ノーゼスは少し離れた木の方へ顔を向けた。
「あっちは広そうだけど、枝が低いな」
エクリアは反対側を見る。
「火を使う場所も考えないとね」
ベンも周囲へ目を動かした。
「通る場所も残したい」
クロードは六人の声を聞きながら、もう一度辺りを見渡す。
雨よけを立てる場所。
荷物を置く場所。
歩く場所。
火を使うなら、その場所と消す準備。
学園で一つずつ練習したことが、今は全部同じ場所にある。
まだ何も作っていない。
今夜どこで休むのかも、まだ決まっていない。
クロードは肩に残る荷物の重さを感じながら、仲間たちと一緒に歩き出した。




