任された相手
プレーリーベアがこちらへ向かって動く。
ガレスの声と同時に、クロードたち六人も散った。
まっすぐ前へ出る者はいない。
ガレスは剣を構えたまま右へずれ、ノーゼスは少し左へ動く。
クロードも剣を握ったまま、プレーリーベアの正面から外れた。
大きな身体が一度沈む。
次の瞬間、プレーリーベアの前脚が横へ振られた。
「うわっ!」
ガレスがさらに一歩下がる。
太い前脚が、さっきまでガレスのいた場所を通った。
爪先が地面を削り、土が小さく跳ねる。
ガレスは剣を構え直した。
「これは受けたら駄目だな」
「受けるなって言われたでしょ!」
エクリアの声が飛ぶ。
プレーリーベアがガレスの方へ身体を向ける。
その横でノーゼスが右手を上げた。
「壁出す!」
ノーゼスが《印》を組む。
地面から《ロックウォール》が立ち上がった。
プレーリーベアの正面ではなく、少し横へずれた位置だ。
そのまま進めば壁の端へぶつかる。
プレーリーベアは足を止めず、壁を避けるように身体の向きを変えた。
「そっち行く!」
ピアが声を上げる。
エクリアがすぐに右手を前へ出した。
「《ウィンドボール》!」
風の球が、向きを変えたプレーリーベアの横へ当たる。
大きな身体が少し揺れた。
それでも足は止まらない。
プレーリーベアは壁の横を抜け、そのまま六人の方へ進んでくる。
「まだ来る!」
ベンの声で、クロードはさらに横へ動いた。
ピアも《印》を組む。
「《ウォーターボール》!」
水の球がプレーリーベアの肩へ当たった。
身体がもう一度揺れる。
けれど、倒れない。
前脚を踏み直し、顔を上げた。
「当たっても止まらない!」
ピアが言う。
「分かってる!」
ノーゼスが壁の横から位置を変える。
クロードはプレーリーベアと仲間の位置を見た。
右にはガレス。
少し離れてベン。
左にはノーゼスがいる。
エクリアとピアも止まらず動いている。
剣を持って近づけば斬れるかもしれない。
でも、その前脚が届くところまで自分から入ることになる。
プレーリーベアがエクリアの方へ顔を向けた。
「エクリア、下がって!」
クロードが声を出す。
エクリアが後ろへ動く。
その動きに合わせるように、ガレスが横から近づいた。
一度だけ剣を振る。
刃がプレーリーベアの前脚をかすめた。
ガレスはすぐにその場から離れる。
プレーリーベアが大きく前脚を振った。
今度は誰にも届かない。
「近いとやっぱ怖いな!」
「だから離れて!」
エクリアが返す。
ガレスは口を閉じて、もう一度距離を取った。
クロードは右手の剣を見た。
魔法なら、もっと離れたところから使える。
けれど右手を空けるには、剣を持ち替えなければならない。
プレーリーベアはまだ動いている。
今すぐ持ち替えれば、その途中で近づかれるかもしれない。
クロードは剣を握ったまま動いた。
「クロード、右空いてる!」
ベンが声を出す。
クロードは右へずれる。
その先には誰もいない。
プレーリーベアとの間にも、仲間は入っていない。
「持ち替える!」
声を出して、クロードは実剣を左手へ移した。
重さが左腕へ移る。
学園で繰り返した時より、やはり一瞬長く感じる。
その間にもプレーリーベアは動く。
「クロード、そのまま!」
ノーゼスがプレーリーベアの方へ身体を向ける。
ガレスも少し前へ出るが、近づきすぎないところで止まった。
クロードは右手で《印》を組み始める。
《サンダーランス》ではない。
今ここで急いで作るものでもない。
使うのは、何度も使ってきた雷だ。
プレーリーベアがノーゼスの方へ顔を向ける。
クロードは途中で一度だけ周囲を見る。
射線に仲間はいない。
後ろへ置いた荷物も離れている。
「雷いく!」
エクリアとピアが同時に少し外へ動く。
クロードは右手を前へ向けた。
「《サンダーアロー》!」
青白い雷が細く伸びた。
《サンダーアロー》がプレーリーベアの肩口へ当たる。
雷が弾け、細い光が地面へ走った。
クロードはプレーリーベアだけを見ない。
枝分かれした雷の先を見る。
一つは地面で消え、もう一つも仲間のいない方向へ散った。
「大丈夫!」
クロードが声を出す。
プレーリーベアは身体を大きく揺らした。
そのまま倒れるかと思ったが、前脚を踏み直す。
低い唸り声が響く。
「まだだ!」
ガレスが言う。
クロードはすぐに次の《印》を組まない。
左手の剣を右手へ戻そうとする。
持ち替えにも時間が掛かる。
「クロード、戻って!」
ベンの声が飛ぶ。
クロードは剣を握り直すより先に一歩下がった。
その前をガレスが横切る。
プレーリーベアがガレスへ前脚を振る。
ガレスは正面から受けず、斜め後ろへ外れた。
「今!」
エクリアが《印》を組む。
今度は水の球が作られる。
「《ウォーターボール》!」
水の球がプレーリーベアの横顔へ当たった。
顔が横へ振れる。
その隙に、ベンが反対側へ回る。
ベンは実剣を抜き、プレーリーベアとの距離を見た。
すぐには振らない。
プレーリーベアがエクリアの方へ向こうとした瞬間、ベンが一歩だけ入った。
剣を一度振り、すぐに後ろへ下がる。
刃が毛の間を通り、プレーリーベアの身体がまた揺れた。
「下がる!」
ベンが自分で声を出しながら離れる。
「見えてる!」
ピアが答える。
六人の間をプレーリーベアの視線が動く。
最初より呼吸が荒くなっている。
それでも前脚の動きは重い。
一度でもまともに受ければ危ないことは変わらない。
ノーゼスが今度は壁を出さず、右手で別の《印》を組む。
「そっち空けて!」
ガレスが横へ動く。
「《ロックボール》!」
岩の球がプレーリーベアの前脚の近くへ飛ぶ。
直撃した身体が少し沈む。
プレーリーベアがノーゼスの方へ向きを変えた。
「来るぞ!」
ノーゼスがその場を離れる。
プレーリーベアが追う。
速くはない。
けれど一歩が大きい。
ノーゼスとの距離が少しずつ縮まる。
「ノーゼス、左!」
エクリアの声で、ノーゼスが左へ外れた。
プレーリーベアも身体を曲げる。
その瞬間、ガレスが反対側から入る。
剣を振り、すぐに離れる。
プレーリーベアが振り返ろうとする。
そこへピアが右手を前へ出した。
「《ウォーターボール》!」
水の球が身体の横へ当たる。
向きを変えかけていた身体がさらに崩れる。
前脚が地面へついた。
「今、近づける?」
ガレスが聞く。
「まだ立つ!」
ピアが返す。
プレーリーベアは前脚へ力を入れ、また身体を起こした。
クロードも実剣を右手へ戻していた。
雷を撃つことだけが、自分にできることではない。
剣を持ったまま、プレーリーベアの動く先を見る。
エクリアが風の《印》を組む。
ベンがその横から少し離れる。
ノーゼスも正面を外す。
誰か一人が決めたわけではない。
それぞれが、自分の近くを見て動いている。
「《ウィンドボール》!」
風の球がプレーリーベアの肩へ当たった。
身体が横へ傾く。
ガレスが踏み込む。
実剣が一度だけ振られる。
すぐにガレスは離れた。
プレーリーベアが追おうとして、一歩目で身体を揺らした。
「まだ来る!」
ベンが言う。
六人は近づかない。
プレーリーベアがもう一歩進む。
その足が地面を踏み損ねるように崩れた。
大きな身体が傾く。
前脚が地面へつき、続いて身体全体が倒れた。
土が低く鳴る。
六人の足が止まった。
「……倒れた?」
ピアが小さく言う。
ガレスが一歩前へ出ようとする。
「待って」
クロードが声を出した。
自分でも、言ってから思い出した。
オーガが倒れた時も、先生たちはすぐには近づかなかった。
ノーゼスも足を止める。
エクリアが倒れたプレーリーベアから目を離さず、周りへも視線を動かした。
ベンとピアも別の方向を見る。
プレーリーベアは動かない。
それでも六人は近づかない。
少し離れたところにいたグレインが前へ出た。
ラディスとセリアナは、ほかの12人と周囲を見ている。
グレインは剣を抜いたままプレーリーベアへ近づいた。
六人はその場で待つ。
クロードは右手の実剣を下げたまま、グレインの動きを見ていた。
グレインがプレーリーベアのそばで止まる。
しばらく状態を確かめてから、周囲へもう一度目を向けた。
それから六人を見る。
「もういい」
その言葉を聞いて、クロードは息を吐いた。
隣でもノーゼスが大きく息を吐く。
「終わった……」
ガレスは自分の剣を見てから、倒れたプレーリーベアを見る。
「本当に使ったな」
「使ったわね」
エクリアも小さく息を吐いた。
ピアはまだ少し離れたところからプレーリーベアを見ている。
ベンは後ろへ置いた荷物の方へ一度だけ顔を向けた。
クロードも自分の剣を見る。
右手には実剣がある。
少し前には、倒れたプレーリーベアがいる。
3年の野外実習では、先生が前へ入ると自分たちは下がった。
今日は、グレインが最初から最後まで近くにいた。
それでも途中で剣を振ることはなかった。
任された相手を、六人で最後まで相手にした。
クロードはもう一度息を吐き、剣を持った手の力を少しだけ抜いた。




