ちゃんと撃っても
野営について学ぶ授業は、その後も《戦闘実践》の中で続いていた。
雨よけや火だけで終わるわけではなく、遠征へ出るために覚えることはまだいくつもある。
その一方で、木剣と魔法を使った戦闘実践も変わらず行われていた。
その日、クロードたち18人は第2運動場へ集まっていた。
グレイン班とセリアナ班が結界の中へ入り、ラディス班の6人は外側へ移動する。
クロードは防具を着け、右手に木剣を持った。
向かい側には、ナーン、ミナ、タンガ、ミズー、レクシア、リーゼがいる。
何度も戦ってきた相手だ。
それでも、前に戦った時と同じ動きをするとは限らない。
自分たちだって、あの頃と同じではなかった。
「今日は魔法も使え」
グレインが両班を見る。
「中級も、使えると自分で判断したものなら構わない」
クロードは一瞬、右手を見た。
《サンダーランス》が頭に浮かぶ。
「ただし」
グレインが続ける。
「使えるかどうかを確かめるために、無理に放つな」
クロードは小さく頷いた。
隣ではノーゼスが木剣を肩へ乗せている。
「それ、クロードに言ってないか?」
「たぶん僕だけじゃないよ」
「でも半分くらいお前だろ」
ガレスが笑う。
「分かってるよ」
クロードも笑いながら木剣を構え直した。
エクリアは向こうの6人を見ている。
「笑ってる場合じゃないわよ」
「もう見てる」
ノーゼスも木剣を下ろし、周囲へ視線を動かした。
ベンとピアも少しずつ位置を変える。
誰が最初に前へ出るかは決めていない。
相手も同じだった。
グレインとセリアナが結界の外へ下がる。
開始の合図が掛かった。
最初に動いたのはタンガだった。
木剣を構えてガレスの方へ走る。
その横ではリーゼが大きく外へ広がった。
「右、来る!」
ピアの声が飛ぶ。
クロードが右を見ると、リーゼが《印》を組み始めていた。
「風!」
エクリアが声を上げる。
クロードは前へ出るのをやめ、横へ動いた。
風がさっきまでいた場所を抜けていく。
そのままリーゼへ向かおうとしたところで、今度は水の球が横から飛んできた。
クロードは木剣を持ったまま身体を引く。
《ウォーターボール》が目の前を通り過ぎた。
ミズーがすでに次の場所へ動いている。
「前より早いね」
クロードが呟く。
「こっちもでしょ!」
エクリアが返しながら風を放つ。
リーゼが横へ避け、その後ろにいたナーンも足を止めた。
空いた場所へガレスが走る。
タンガもすぐに向きを変えた。
木剣同士がぶつかる音が続く。
ノーゼスが右手を上げた。
「壁出す!」
クロードは声を聞き、ノーゼスの前を横切らないように位置をずらした。
地面から《ロックウォール》が立ち上がる。
以前より端まで厚みの揃った壁が、レクシアとナーンの間へ出た。
「こっちは空けてる!」
ノーゼスが壁の端を示す。
ガレスがその幅を抜けて前へ出る。
壁を出したノーゼス自身も、その場には残らなかった。
反対側へ動き、木剣を構える。
クロードは少し離れた場所で周囲を見る。
味方は前へ散っている。
相手も同じ場所には集まっていない。
以前より、魔法を使える場所が見つけやすくなっていた。
クロードは木剣を左手へ持ち替える。
「雷いく!」
右手で《印》を組む。
考え込まなくても指が動いた。
青白い雷が丸くまとまる。
《サンダーボール》を放つと、レクシアが横へ避けた。
雷球はその先の地面へ当たり、青白い光を弾けさせて消える。
クロードは雷だけを追わず、すぐに周囲へ目を戻した。
横からナーンが来ている。
木剣を右手へ戻し、振り下ろされた一撃を受けた。
「クロード、後ろ!」
ベンの声に下がる。
ナーンを追いかけず、今度は少し離れた場所へ移動した。
前ではエクリアが水を放ち、その反対側ではノーゼスがレクシアと木剣を合わせている。
ピアもミナの水を避けながら位置を変えていた。
クロードは一度呼吸を整えた。
目の前には少し距離がある。
ナーンはガレスの方へ向いている。
レクシアもノーゼスへ動いている。
自分の前には、すぐに木剣を振ってくる相手はいない。
クロードは右手を上げた。
いつもの《サンダーボール》ではない。
指を動かし、《サンダーランス》の《印》へ入る。
一つ。
次。
教本を見なくても最後までつなげられる。
青白い雷が手元へ集まり、細長く前へ伸びていく。
以前より、形になるまで迷う場所は少なくなっていた。
先端も少しずつまとまっていく。
「クロード!」
エクリアの声が聞こえる。
クロードは《印》を続けながら前を見る。
狙っていたナーンが横へ動いた。
その向こうからミナも別の場所へ走る。
さっきまで空いていた場所へガレスが入ろうとしている。
クロードは少しだけ指を速めた。
青白い雷の先端が揺れた。
「あ」
細い光が横へ逃げかける。
まだ放ってはいない。
クロードはすぐに魔力を止めた。
伸びていた雷が消える。
「やめた!」
声を出して右手を下ろした。
ガレスが一瞬こちらを見たあと、そのままナーンへ向かう。
クロードも止まってはいられない。
木剣を右手へ戻して走った。
途中まで作れた。
固定された的なら、最後まで届かせられる回もある。
それでも今は、的も味方も動いていた。
少し急いだだけで、先端はまた揺れた。
使えるようにはなっている。
けれど、今の状態を仲間の間へ放つ気にはなれなかった。
「左!」
ノーゼスの声で、クロードは考えるのをやめた。
リーゼの風が横を抜ける。
クロードはその場から離れ、もう一度周囲を見る。
エクリアが前へ出ている。
ベンは少し後ろへ下がった。
ピアはミズーと木剣を合わせている。
ガレスとナーンは離れた。
今なら射線がある。
クロードは木剣を左手へ持ち替えた。
今度は迷わない。
《サンダーアロー》の《印》を組む。
青白い雷が細くまとまった。
「雷いく!」
クロードが声を出す。
近くにいたガレスが横へ離れた。
ノーゼスもこちらを見て、自分の位置を少し変える。
クロードは前を確認した。
正面にはレクシアがいる。
その後ろに味方はいない。
「《サンダーアロー》!」
細い雷が真っ直ぐ飛ぶ。
レクシアが右手を動かした。
地面が持ち上がる。
土の壁が目の前へ立った。
《サンダーアロー》がその表面へぶつかった。
鋭い音が鳴る。
青白い光が弾けた。
その一部が壁の横から地面へ走る。
「っ!」
クロードの目がそちらへ向く。
細い雷は土の上を斜めに走り、ガレスのすぐ横で消えた。
ガレスも一瞬足を止める。
「大丈夫!?」
クロードが声を上げる。
「当たってない!」
ガレスがすぐに返した。
そのまま前から来たタンガへ木剣を向ける。
クロードも動きを止めかけた足を戻した。
ガレスには当たっていない。
戦闘はまだ続いている。
横からミナの水が来る。
クロードは避け、木剣を構え直した。
頭にはさっきの雷が残っていた。
狙いを外したわけではない。
《サンダーアロー》の形も崩れていなかった。
ガレスが射線へ入ったわけでもない。
レクシアの土壁へ、ちゃんと届いた。
それでも雷は弾けた。
「クロード、前!」
ピアの声が飛ぶ。
クロードは顔を上げる。
ナーンがこちらへ来ていた。
木剣を受け、すぐに一歩下がる。
今は考える時ではない。
ナーンがもう一度踏み込む。
クロードは横へ動き、木剣を振る。
ナーンが受ける。
その横をエクリアの風が通った。
「下がる!」
クロードが声を出して距離を取る。
ナーンも追わず、別の方向へ向きを変えた。
それからも、両班の位置は何度も入れ替わった。
ノーゼスの壁をレクシアが回り込み、エクリアの水をリーゼが避ける。
ガレスとタンガが木剣を合わせていたかと思えば、次にはベンがその間へ入る。
クロードも《サンダーボール》を一度使い、別の場面では魔法を使わず木剣で前へ出た。
撃てそうに見えても、味方が動けば右手を下ろした。
相手が壁の近くへ寄った時には、雷を選ばず位置を変えた。
やがて終了の声が掛かる。
クロードは木剣を下ろし、大きく息を吐いた。
向こうでもセリアナ班の6人が動きを止めている。
勝った負けたという空気ではなかった。
全員が呼吸を整えながら、自分たちがいた場所を見ている。
グレインとセリアナが結界の中へ入ってきた。
ラディス班の6人も外側から近づく。
「クロード」
グレインに呼ばれ、クロードは顔を上げた。
「さっきの雷、どうだった」
クロードは少し考えてから答える。
「《サンダーアロー》ですか?」
「ああ」
「狙ったところには行ったと思います」
クロードはレクシアが土壁を出した場所を見る。
「《印》も崩れてなかったです」
「そうだな」
グレインはすぐに頷いた。
「発動もしていたし、狙いも大きく外していない」
クロードは黙って続きを待つ。
「それでも、横へ飛んだ」
「はい」
ガレスが自分の足元を見た。
「俺の横だったな」
「ごめん」
「当たってないって」
ガレスは軽く笑った。
「でも、近かったのは近かったぞ」
「うん」
クロードも笑い返したが、すぐに土壁の跡へ目を戻した。
ノーゼスが腕を組む。
「前みたいに崩れたわけじゃないんだよな」
クロードは頷いた。
あの時は、魔物へ急いで放とうとして形が崩れた。
細く散った雷の一本が、前にいたノーゼスへ当たった。
今日は違う。
ちゃんと形になった《サンダーアロー》を放った。
その雷が土壁へ当たり、そこで弾けた。
グレインがクロードを見る。
「魔法を正しく出せることと、その魔法が最後まで安全なことは同じじゃない」
クロードはもう一度頷いた。
「撃つ前に味方を見るのは必要だ」
「はい」
「だが、撃ったあとに何へ当たるかもある」
グレインは土壁があった場所を示す。
「相手が避けることもある」
「防ぐこともある」
「外れれば地面や別の物へ当たることもある」
クロードは第176話で地面へ落ちた雷を思い出した。
地面で弾けた雷。
ノーゼスへ向かった細い雷。
今日、土壁から横へ走った雷。
どれも同じ形ではない。
「全部、分かってから撃つのは無理ですよね」
クロードが言うと、グレインは頷いた。
「無理だ」
答えは短かった。
「相手がどう動くかまで全部分かるなら、実践にはならない」
「じゃあ、どうするんですか?」
ピアが聞く。
グレインはクロードだけではなく6人を見る。
「危険があると知ったうえで選ぶ」
「撃つのか、撃たないのか」
「別の魔法にするのか、自分が動くのか」
「その時に決めろ」
クロードは自分の右手を見る。
さっき途中で消した《サンダーランス》も同じだった。
形を作れるようになれば終わりではない。
的へ届かせられれば終わりでもない。
《サンダーアロー》より強い雷なら、放ったあとのことも考えなければならない。
「《サンダーランス》も、ですか」
クロードが聞く。
「当然だ」
グレインは答えた。
「完成してから考えることじゃない」
クロードは右手を握り、また開いた。
《サンダーランス》を使えるようになりたい気持ちは変わらない。
危ないからやめたいとも思わなかった。
むしろ、ちゃんと使えるようになりたいからこそ、どんな時に危ないのかも知りたかった。
近くでノーゼスがクロードを見る。
「次は俺の方に飛ばすなよ」
「飛ばさないようにするよ」
「そこは絶対飛ばさないって言えよ」
「だって、今それは言えないでしょ」
クロードが答えると、ノーゼスは少し黙った。
それから吹き出す。
「まあ、そうだな」
エクリアも小さく笑った。
「だから見るんでしょ」
「うん」
クロードは頷いた。
戦闘が終わった第2運動場には、さっき立っていた土壁ももう残っていない。
それでも、雷が横へ走った場所は覚えていた。
今日の《サンダーアロー》は失敗ではなかった。
ちゃんと形になって、ちゃんと狙った方へ飛んだ。
それでも、その先で何が起きるかまでは消えない。
クロードは木剣を持ち直し、仲間たちと道具を戻す場所へ歩き始めた。




