夜を迎える場所
その日の《戦闘実践》は、第2運動場ではなく教室で行うと伝えられていた。
いつもなら木剣や防具を手にする時間だが、18人は自分の席について鐘を待っている。
「教室で戦うわけじゃないよな?」
ガレスが机の間を見回す。
「それはさすがに狭いでしょ」
ベンが笑ったところで、教室の扉が開いた。
入ってきたのはグレイン、ラディス、セリアナの3人だった。
ラディスは丸めた大きな紙を3本抱えている。
グレインが教壇の前へ立つと、教室の話し声が静かになった。
「今日は、野営について話す」
聞き慣れない言葉ではなかったが、クロードは少し姿勢を正した。
遠征が始まることは聞いている。
けれど、そこで何をするのかはまだほとんど知らない。
「遠征によっては、その日のうちに学園へ戻らず、外で夜を越すこともある」
教室のあちこちで小さな声が上がった。
ザナトスがすぐに手を挙げる。
「夜に魔物が出たら、戦うんですか?」
「その時の相手と状況で、俺たちが決める」
グレインは短く答えた。
「だが、戦うことだけ考えていても夜は越せない」
セリアナが生徒たちを見渡す。
「身体を休められなければ、次の日に動けません」
「それに、危険があった時に動けない場所では休めない」
ラディスが抱えていた紙を机の上へ置いた。
「野営で最初にすることは、寝床を作ることじゃない」
グレインが黒板へ向き直る。
「夜を過ごす場所を選ぶことだ」
ノーゼスが少し首を傾げた。
「先に寝る場所を作るんじゃないんですか?」
「作る場所を決める方が先だ」
グレインは黒板へ、平らな線と曲がった線をいくつか描いた。
「水が近いから便利だと思って決めたら、雨で増えた水が流れ込むかもしれない」
「木のそばなら風を避けられると思っても、枝や地面を確かめずに真下へ入れば危ない」
「周りが見やすい場所でも、風や雨を受け続けたら休めない」
クロードは黒板の線を目で追った。
どこか1つを選べば、それだけで安全になるわけではないらしい。
ラディスが丸めた紙を開き、3つの固定班へ1枚ずつ渡していく。
クロードたちの机にも、大きな地形図が広げられた。
紙には細い川、木々の集まる場所、開けた土地、緩やかな高低が描かれている。
端には風向きを示す矢印もあった。
「班で1つ、夜を過ごす場所を選べ」
グレインが言う。
「選んだ理由と、まだ確かめなければならないことも考えろ」
18人はいつもの固定班ごとに机を囲んだ。
ガレスが真っ先に川の近くを指す。
「ここはどうだ?」
「水が近いし、平らに見える」
エクリアが川沿いの線を見る。
「近すぎない?」
「雨が降ったら、水がどこまで来るか分からないわ」
「でも、離れすぎたら水を運ぶのが大変だろ?」
ガレスが指を少し上へ動かした。
「じゃあ、この辺か?」
ノーゼスが川から離れた場所を見る。
「ここは少し高いな」
「雨が流れ込むよりはいいかもしれない」
ピアが紙へ顔を近づけた。
「でも、こっちは斜めになってない?」
「寝たら転がるほどじゃないと思うけど」
「地図だけじゃ、どれくらい傾いてるか分からないよ」
ベンが木々の記号を指した。
「こっちなら風を避けられそうじゃない?」
エクリアが風向きの矢印と見比べる。
「木の真下じゃなくて、少し離れたところならよさそうね」
クロードは川と木々の間にある道を指でなぞった。
「ここからなら川へも行けるし、反対側にも出られる」
「反対側?」
ノーゼスが聞く。
「何か来た時に、川の方へしか動けないのは困るかなと思って」
「逃げる方も見るのか」
ガレスがもう一度地形図を見る。
6人は川から少し離れた、片側に木々があり、反対側へも動ける場所へ印をつけた。
ただし、地面の傾きと木の枝は現地で確かめると横へ書き加える。
ほかの班からも、それぞれ違う場所を選ぶ声が聞こえていた。
やがてグレインが手を叩く。
「決まった班から理由を話せ」
最初に立ったのはザナトスだった。
ラディス班の地形図を持ち、中央の開けた場所を指す。
「俺たちはここです」
「周りが全部見えるから、何か来てもすぐ分かります」
ラディスが地図の端を指で叩いた。
「風は?」
ザナトスの指が止まる。
同じ班のカイルが風向きの矢印を見る。
「正面から来る」
「ずっと吹かれたら、休めないかも」
「じゃあ、少し木の方へ寄せるか?」
ザナトスたちは地形図を見直し始めた。
次に、セリアナ班のミナが大きな木の近くを指す。
「ここなら風を避けられると思いました」
セリアナが穏やかに尋ねる。
「木の下は、上まで確認できていますか?」
ミナが紙に描かれた木を見る。
「地図だけだと分かりません」
「では、実際に着いたら何を見ますか?」
「枝と、木の周りの地面です」
「そうですね」
セリアナは小さく頷いた。
クロードたちの番になると、ガレスが班で選んだ場所を示した。
「川から少し離れていて、片方に木があります」
「反対側にも動けるので、何かあった時に1方向へ集まらなくて済むと思いました」
グレインが印のついた場所を見る。
「地面は?」
「少し高くて、傾きがあります」
ノーゼスが答える。
「実際に歩いて、6人が休める広さか確かめます」
「木も近いけど、枝の下には入らない」
ピアが付け足す。
「川までの道も見ます」
クロードが言うと、グレインは一度頷いた。
「今の地図だけで、そこが正しいとは決められない」
グレインは3枚の地形図を順番に見た。
「地図で候補を決めたら、最後は自分の足で歩け」
「地面を踏んで、周りを見て、それから決める」
「便利に見える場所ほど、見落としているものがないか確かめろ」
生徒たちは選んだ場所と、書き加えた言葉へ目を落とした。
グレインは黒板へ4つの印を描く。
「次は、選んだ場所の中をどう使うか考える」
丸、四角、三角、そして1本の線だった。
「丸は6人が休む場所」
「四角は荷物をまとめる場所」
「三角は火を使う場所」
「線は、その中を動くための道だ」
「火の起こし方は、まだやらない」
「今日は、何をどこへ置けば6人が休めて、必要な時に動けるかを考えろ」
ガレスが紙の中央へ三角を書こうとする。
「火は真ん中の方が、みんな暖かくないか?」
「寝る場所と近すぎるわ」
エクリアがすぐに止めた。
「荷物も火のそばには置けないでしょ」
「じゃあ、こっち?」
ガレスが紙の端へ三角を移す。
ノーゼスはその近くへ四角を書いた。
「荷物は、寝る場所のそばがいいよな」
ベンが丸と四角の間を指でなぞる。
「でも、ここに置くと川へ行く道を塞がない?」
「本当だ」
ノーゼスが四角を少し横へずらす。
ピアが空いた場所へ1本の線を引いた。
「ここなら、寝る場所から外へ出られるよ」
「火のところへ行く時も通れる」
クロードは反対側にも短い線を引いた。
「何かあった時に、こっちからも離れられるようにしたい」
「道が2つあれば、全員が同じところへ行かなくて済むな」
ガレスが言う。
ノーゼスが少し笑った。
「この前みたいに、同じ場所へ集まったら動けないしな」
「壁まで出したら、もっと通れないね」
クロードが返すと、6人の間に笑いが広がった。
ラディスが机の横へ来て、地形図を覗き込む。
「ここに荷物を置いたら、火のところへ行く時はどこを通る?」
ベンが引いた線を示す。
「ここです」
「6人が同時に動いても通れるか?」
6人は紙の上の幅を見る。
ガレスが首を振った。
「狭いかもしれません」
「じゃあ、直せ」
ラディスはそれだけ言って、次の班へ向かった。
クロードたちは丸と四角の間を広げ、線を引き直した。
少し離れたところでは、セリアナが別の班へ問いかけている。
「休んでいる人のそばを、全員が通る形になっていませんか?」
その班でも地形図の印が書き直されていく。
最初は広く見えた場所も、6人分の寝る場所や荷物、火、通り道を入れると急に狭くなった。
クロードは紙の上に並んだ印を見る。
戦闘実践で動く時と同じように、野営でも1人分だけを考えては足りない。
グレインが全班の地形図を見終え、教壇の前へ戻った。
「野営場所は、眠るためだけの場所じゃない」
「休めること、周りを確かめられること、危険があれば離れられること」
「その3つを一緒に考えろ」
ザナトスが自分たちの地形図を見ながら手を挙げる。
「魔物が来ても戦いやすい場所の方がいいんじゃないですか?」
「戦いやすくても、一晩中風に吹かれて眠れなければ、次の日は動けない」
グレインが答える。
「逆に、よく眠れても周囲が見えず、逃げる道もなければ安全とは言えん」
「戦うための場所と、休むための場所は同じじゃない」
ザナトスは少し考えてから頷いた。
グレインは黒板の印を消さずに、18人を見渡す。
「次は、実際に学園の中で作る」
教室の空気が少し変わった。
ガレスが身を乗り出す。
「寝る場所も作るんですか?」
「簡単なものをな」
「道具は学園で用意する」
セリアナが続ける。
「次も夜を越すわけではありません」
「昼間の授業で、場所を選び、道具を運び、作った場所を確認します」
「そして、最後はすべて片づけてください」
ラディスが腕を組む。
「作れたら終わりじゃない」
「使った場所を元に戻すところまでだ」
ザナトスが楽しそうに笑った。
「早くやりたいな」
「道具を運ぶだけでも大変そうだな」
ガレスが言うと、近くの生徒たちが笑った。
クロードも地形図を見ながら笑う。
紙の上では、選んだ場所へ丸や四角を動かすだけだった。
次は実際の地面を歩き、6人で道具を運ぶことになる。
鐘が鳴り、グレインが授業の終わりを告げた。
3班は地形図を畳み、机を元の位置へ戻していく。
クロードは自分の席へ戻る前に、窓の外へ目を向けた。
校舎の向こうには、木々と開けた場所が見えている。
これまでは授業へ向かう途中の景色として見ていた。
けれど今は、地面の傾きや木の枝、その先へ抜ける道が気になった。
どこへ荷物を置くのか。
どこで火を使い、どこを空けておくのか。
6人で夜を迎えるなら、見るものは1つでは足りない。
クロードは窓の外をもう一度見渡した。
(次は、地図じゃなくて本物の地面を見るんだ)
同じ学園の中なのに、次の授業では少し違う場所に見えそうだった。




