今使えるもの
4年生になって最初の《戦闘実践》の日、クロードたち18人は第2運動場へ集まっていた。
運動場には木剣と防具が並び、演習区画を囲むポールの間には結界の光が走っている。
3つの固定班がそれぞれの担当教師の前へ分かれると、クロードはノーゼスたちと一緒にグレインの前へ並んだ。
顔ぶれは去年までと変わらない。
クロード、ノーゼス、エクリア、ガレス、ベン、ピアの6人だ。
グレインは6人が揃ったことを確かめると、区画の奥を指した。
そこには白い布を結んだ短い杭が立てられている。
「今日は、あれに触れろ」
ガレスが杭とグレインを見比べる。
「先生を抜けてですか?」
「そうだ」
グレインは授業用の木剣を1本取り、杭の手前へ立った。
「時間内に、6人のうち誰か1人が触れればいい」
「俺は木剣だけを使う」
クロードはグレインの立つ位置と、杭までの距離を見た。
先生を倒すことが目的ではない。
誰かが向こうへ進める道を、6人で作らなければならないらしい。
「ただし、始める前に1つ決めろ」
グレインが6人を見渡す。
「今日、自分が使うものだ」
ノーゼスが少し首を傾げた。
「木剣か魔法かってことですか?」
「それもある」
グレインは短く答えた。
「新しい技や、一番強い魔法を見せる必要はない」
「動いている仲間の中で使えて、作戦へ入れた時にほかの5人が頼っていいものを選べ」
クロードは右手へ目を落とした。
最初に思い浮かんだのは《サンダーランス》だった。
固定された的へ届く回は増えている。
けれど、急いで《印》を組めば形が崩れやすく、急いでいなくても先端が揺れて雷が横へ跳ねることがある。
ここではグレインも仲間も動き続ける。
今の《サンダーランス》を、使えるものとして5人に伝えることはできなかった。
「先生」
「なんだ」
「僕は《サンダーボール》と《サンダーアロー》を使います」
グレインはクロードを見る。
「《サンダーランス》は?」
「今日は使いません」
クロードは少し考えてから続けた。
「的へ届くことはありますけど、急ぐと崩れます」
「急いでいなくても、先から雷が逸れることがあるので、みんなに頼ってもらっていいとは、まだ言えません」
「分かった」
グレインはそれ以上何も足さず、ほかの5人へ視線を移した。
ノーゼスは《ロックウォール》、エクリアは水と風の魔法を状況に合わせて選ぶと話した。
ガレス、ベン、ピアも、木剣とこれまで戦闘実践で使ってきた魔法の中から選ぶ。
6人は防具を着け、木剣を手にして区画の手前へ集まった。
「どうする?」
ガレスが杭の前に立つグレインを見る。
「先生の動ける場所を狭くする」
ノーゼスが地面を示した。
「俺が壁を出すから、その間に左右から行けないか?」
「じゃあ、私は先生が壁のない方へ動いたら魔法を使うわ」
エクリアが答える。
「俺は前へ行く」
ガレスが木剣を握り直す。
ベンとピアも、それぞれ空いた方へ進むことになった。
クロードは少し後ろから仲間の位置を見て、撃てる場所があれば雷を使う。
誰が杭へ触れるかまでは決めない。
空いた者がそのまま進むことにした。
「決まったか?」
「はい!」
グレインが木剣を構える。
「始めろ」
6人が一斉に動いた。
ノーゼスが右手で《印》を組み、グレインの左側へ《ロックウォール》を立ち上げる。
ガレスは壁とは反対側から距離を詰めた。
クロードも右手を上げながら、グレインと仲間の位置を見比べる。
グレインは壁が上がりきる前に右へ動いた。
「そっち行った!」
ピアの声が飛ぶ。
ノーゼスはグレインの移動先を見て、次の壁を作ろうと向きを変えた。
ガレスも同じ場所へ踏み込もうとする。
「ガレス、待って!」
エクリアが声を出した時には、ガレスの前で土が盛り上がり始めていた。
ガレスが足を止める。
その横では、ベンとピアも同じ空いた場所へ入ろうとして進路が近づいた。
グレインは木剣を構えたまま、その隙間へ移る。
クロードは《サンダーボール》の《印》を組んだ。
青白い雷が手元へ集まり、丸い形を作り始める。
グレインがノーゼスの側へ向きを変えた。
ノーゼスも壁の端を回ろうとして、クロードの少し前を横切る。
その瞬間、細い雷がノーゼスの腕へ触れた時の「痛っ」という声が、クロードの頭へ一瞬だけ戻った。
クロードは放とうとせず、魔力を止めた。
手元に残った青白い雷も、その場で消した。
グレインはノーゼスの横を抜け、杭へ向かおうとしたピアの前へ回った。
ピアが水魔法へ入る前に、グレインの木剣が進路を塞ぐ。
反対側ではガレスが土壁の端を回ろうとしていたが、間に合わなかった。
「そこまでだ」
グレインの声で、6人が動きを止めた。
白い布の杭には、誰も触れられていない。
ガレスが土壁を見て息を吐く。
「先生が動いてから、みんな同じ方へ行ったな」
「俺も壁の場所を変えようとした」
ノーゼスが答える。
「その前へガレスが来たわね」
エクリアが言う。
ベンとピアも、自分たちが同じ場所へ入りかけたことを話した。
グレインは6人の言葉を聞いてから、クロードを見る。
「お前は?」
「《サンダーボール》を作りましたけど、放ちませんでした」
「なぜだ?」
「ノーゼスが前へ入ったからです」
ノーゼスがクロードを見る。
「やっぱり止めたのか」
「うん」
「それなら止めてくれてよかった」
ノーゼスは自分の腕を軽く叩いた。
「もう一回、俺が的になるのは嫌だからな」
クロードは少し笑った。
「分かってるよ」
「一回でも多いでしょ」
エクリアが呆れたように言うと、ノーゼスも笑った。
グレインはクロードの右手へ一度目を向ける。
「使える魔法を持っていることと、使うべきか決められることは別だ」
「今の判断はそのままでいい」
クロードは頷いた。
雷を放てなかったのではない。
仲間がいるから、放たなかった。
「じゃあ、次はどうする?」
グレインが尋ねる。
6人はもう一度集まった。
「最初から決めすぎたんじゃない?」
エクリアが言う。
「先生が動いたあとも、決めた場所へ行こうとしてたわ」
「じゃあ、最初だけ決めるか」
ガレスがノーゼスを見る。
「壁を出すところまで?」
「それでいい」
ノーゼスは杭の方を見た。
「今度は全部塞がない」
「通れる場所を残して、先生が動いたら声を出す」
「私も、水か風かはその時に決めるわ」
エクリアが続ける。
ベンは近くの位置を知らせ、ピアも誰かの後ろへ付くのではなく、空いた場所を自分で見ることにした。
クロードも、最初から魔法を放つ場所を決めない。
仲間の位置を見て、使える時だけ使う。
「もう一度だ」
6人が区画の手前へ戻る。
グレインも杭の前で木剣を構え直した。
「始めろ」
ノーゼスが《印》を組む。
今度の《ロックウォール》はグレインの横を完全には塞がず、人が通れる幅を残して立ち上がった。
「右、空いてる!」
ベンの声が飛ぶ。
ガレスが木剣を構えて右へ入る。
グレインはガレスへ向きを変えた。
エクリアがその横から風の球を放つ。
グレインは風を避けて半歩下がり、壁との間から離れた。
「前、行ける!」
ピアが声を上げる。
けれどグレインはすぐに向きを変え、ピアの進路へ木剣を向けた。
ピアは無理に進まず、横へずれる。
その動きに合わせてベンも位置を変えた。
クロードは右手を上げた。
今度は《サンダーアロー》の《印》を組む。
青白い雷が細くまとまっていく。
正面にはグレインがいる。
その左にはガレスがいたが、木剣を合わせたあとで外側へ動いた。
ノーゼスは壁の反対側にいる。
エクリアとベンも射線から外れていた。
クロードはもう一度、全員の位置を見る。
「雷いく!」
声を聞いたガレスがさらに横へ離れた。
クロードは《サンダーアロー》を放った。
細い雷がまっすぐグレインへ伸びる。
グレインは身体を横へずらして避けた。
雷はその先の地面へ当たり、青白い光を散らして消える。
グレインが避けた場所の向こうに、杭まで続く短い道が開いた。
「今!」
一番近くにいたピアが駆け出す。
グレインもすぐに向きを変えた。
ガレスが木剣を持って間へ入り、グレインの動きを一瞬だけ止める。
ピアはその横を抜けた。
「ピア、そのまま!」
ベンの声が追う。
グレインの木剣がガレスの木剣を外し、ピアの方へ向く。
その前へエクリアの水の球が飛んだ。
グレインは水を避けるため、もう一度足の向きを変える。
ピアの手が白い布へ届いた。
「触った!」
ピアが声を上げる。
「そこまでだ」
6人が動きを止めた。
息を切らしたピアが杭から手を離し、振り返る。
「間に合った」
「ぎりぎりだったな!」
ガレスが笑う。
ノーゼスも壁の向こうから戻ってきた。
「今度は邪魔しなかっただろ?」
「最初の壁はね」
エクリアが答える。
「そのあと、私の前に出ようとしてたけど」
「あれは先生を見てたんだよ」
「だから周りも見なさいよ」
6人の間に笑いが広がる。
グレインは木剣を下ろし、6人が落ち着くのを待った。
「今のも、全部うまくいったわけじゃない」
「声が遅れたところもあるし、同じ場所へ動きかけたところもあった」
6人が自分たちの位置を思い返す。
「だが、一度目より互いを見て動いた」
グレインはクロードへ視線を向けた。
「雷も、撃てる場所を見てから使った」
「はい」
「遠征では、できるかもしれないものを、できるものとして作戦へ入れるな」
グレインは6人全員を見る。
「一度成功したことがある技と、その場で仲間が頼っていい技は同じじゃない」
「それに、発動できるなら必ず使えという意味でもない」
クロードは先ほど消した《サンダーボール》を思い出した。
使わなかった雷と、道を作った雷。
どちらも、仲間の位置を見て選んだ結果だった。
「まだ使えないものは、使えるように練習すればいい」
「ただ、今どこまで仲間が頼っていいのかは、自分で分かっておけ」
グレインはそう言って、白い布の杭を片づけ始めた。
6人も木剣と防具を戻し、運動場の端へ向かう。
ノーゼスが歩きながらクロードを見る。
「今日は《サンダーランス》、本当に使わなかったな」
「うん」
「使いたくならなかったの?」
クロードは少し考えた。
使ってみたい気持ちはあった。
グレインが動く中で形を保てるか、確かめたい気持ちもある。
けれど、仲間がその魔法を待つ作戦には、まだ入れられなかった。
「使いたかったけど、その魔法を頼りにしていいとは、まだ言えなかったから」
クロードが答えると、エクリアが隣から口を挟む。
「じゃあ、頼っていいって言えるところまで練習するんでしょ?」
「うん」
クロードは迷わず頷いた。
「その時は先に言ってくれよ」
ガレスが前から振り返る。
「急に来たら、味方の俺まで避けることになるからな」
「先に言うよ」
「ノーゼスにもな」
ベンが笑う。
「それは絶対に言ってくれ」
ノーゼスがすぐに返し、ピアも笑った。
クロードは自分の右手を見る。
今日の《サンダーランス》は、使えるものの中へ入らなかった。
それでも《サンダーアロー》は、仲間が進む道へつながった。
今使えるものを知ったぶん、これから使えるようにしたいものも、前よりはっきり見えていた。




