変わるもの、続くもの
冬休みが終わった朝、王立学園には久しぶりに大勢の足音が戻っていた。
クロードが男子寮を出ると、同じように校舎へ向かう生徒たちがあちこちを歩いている。
休みの間は静かだった道にも話し声が重なり、学園全体が目を覚ましたようだった。
クロードもその中を歩き、4年魔法組の教室へ向かう。
扉を開けると、すぐにガレスが手を上げた。
「おはよう、クロード!」
「おはよう!」
教室の中では、すでに多くの生徒が席についていた。
ノーゼスは自分の席のそばでベンと話し、エクリアはピアたちと顔を合わせている。
ミナやタンガ、リーゼたちの姿もあり、見覚えのある声があちこちから聞こえていた。
クロードが席へ向かうと、ノーゼスがこちらを振り返る。
「お、来たな」
「うん」
「4年もよろしくな」
「こちらこそ」
クロードが笑うと、エクリアも近くまで歩いてきた。
「全員そろったみたいね」
教室を見回すと、クロードを含めた18人が同じ場所に集まっていた。
「本当だ」
「顔ぶれは変わらないな」
ノーゼスが言う。
「でも、4年は何が変わるんだろうな」
「詳しいことは、まだ何も聞いてないけどね」
エクリアがそう答えたところで、後ろから声が飛んできた。
「何が始まっても、今度は俺が先に行くからな!」
振り返ると、ザナトスがこちらを見ている。
「まだ何も始まってないよ」
「だから今のうちに言ってるんだよ」
「何で競うつもりなの?」
「それは始まってから決める!」
エクリアが小さく息を吐いた。
「順番が逆じゃない?」
「何だっていいだろ」
ザナトスはそう言いながらも、楽しそうに笑っている。
ノーゼスも笑い、クロードは自分の席へ鞄を置いた。
4年になっても、このやり取りは変わらないらしい。
やがて始業を知らせる鐘が鳴り、教室の話し声が少しずつ小さくなった。
扉が開く。
しかし、入ってきたのはゼルトスではなかった。
見覚えのない教師が教壇の前へ立ち、教室をゆっくりと見渡す。
「席についてください」
静かな声だったが、18人の耳にははっきりと届いた。
生徒たちが席につくのを待ってから、その教師は黒板へ自分の名前を書く。
フェルナ・クレイス。
「フェルナ・クレイスです」
「今日から4年魔法組の担任を務めます」
教室の中に小さなどよめきが広がった。
ノーゼスが声を抑えてクロードへ話しかける。
「本当に先生も変わるんだな」
「うん」
クロードも頷きながら、黒板の名前を見た。
同じ18人が集まっていても、去年までとまったく同じではない。
クレイスは教室が静かになるのを待ってから、もう一度口を開いた。
「詳しい話は始期式のあとにします」
「まずは講堂へ移動してください」
◇
始期式は、これまでと同じ講堂で行われた。
クロードたちは4年生として並び、新しい学年の始まりを迎えた。
式の言葉に耳を傾けながら、クロードは隣に並ぶ同級生たちへ目を向ける。
ノーゼスもエクリアも、少し離れたところにいるザナトスも、去年までと同じ顔だ。
けれど、自分たちはもう3年生ではない。
これから始まる授業も、求められることも、少しずつ変わっていくのだろう。
式は滞りなく進み、やがて4年生としての最初の始期式が終わった。
クロードたちはクレイスに続いて講堂を出て、教室へ戻っていった。
◇
全員が席につくと、クレイスは黒板の前に立った。
「では、4年から変わることを説明します」
何人かの生徒が姿勢を正し、クロードも机の上で手を組む。
「変わるものは多いですが、続くものもあります」
クレイスは教室を見渡しながら話を続けた。
「まず、教師についてです」
「4年からは、《戦闘実践》を除いて担当教師が替わります」
教室のあちこちで、生徒たちが小さく声を漏らした。
「戦闘実践については、昨年伝えられたとおりです」
「グレイン先生、ラディス先生、セリアナ先生の3名が引き続き担当し、固定班も変わりません」
クロードは、グレインのもとで一緒に学んできた5人の顔へ目を向けた。
エクリアとノーゼス、ガレス、ベン、ピア。
昨年すでに聞いていたことだが、新しい担任から改めて告げられると、固定班での学びが本当に続くのだと感じられた。
ガレスが隣のベンと目を合わせ、ノーゼスも小さく頷いている。
別の班では、ザナトスたちも普段どおりの顔ぶれで席を並べていた。
担任も、ほかの授業を受け持つ教師も変わる。
それでも、戦闘実践で積み重ねてきたものは、そのまま次へ続いていく。
「新しい担当教師については、それぞれの授業で紹介します」
クレイスはそこで一度言葉を区切った。
「次に、魔法の授業についてです」
クロードは自然と顔を上げた。
「4年から、独立した科目としての《魔法実習》はありません」
一瞬、教室が静まり返る。
すぐに何人もの生徒が驚いたように声を漏らした。
「なくなるんですか?」
クロードも思わず尋ねていた。
「魔法を学ばなくなるという意味ではありません」
クレイスは落ち着いた声で答える。
「これからは、《戦闘実践》の中で魔法を使い、磨いていきます」
「剣と魔法を別々に扱うだけではなく、周囲の状況に合わせて選ぶことも学びます」
クロードは、その言葉を聞きながら《サンダーランス》を思い浮かべた。
形を作り、的へ届かせることはできるようになった。
けれど、急いで放とうとすれば、まだ途中で崩れることがある。
これまでは、1つの魔法を安定させるために何度も繰り返してきた。
これからは、その魔法をいつ使うのかまで考えなければならないのだろう。
「まだ安定していない魔法も、戦闘実践の中で練習するんですか?」
エクリアが尋ねた。
「必要な基礎練習は続けます」
「ただし、練習の目的が変わります」
クレイスはそう答え、黒板へ向き直った。
「形を作れることや放てることだけが、使えるという意味ではありません」
「必要な時に、必要な場所へ届かせられるかどうかも大切です」
ノーゼスが少し考えるように腕を組む。
「壁を出せても、場所が悪かったら意味がないってことですか?」
「そのとおりです」
「立てる場所と時機まで含めて、魔法を使うことになります」
「やっぱり難しくなりそうだな」
ノーゼスが呟く。
「でも、面白そうね」
エクリアが答えた。
クロードも同じことを考えていた。
ただ強く放つだけではなく、相手や仲間の動きも見ながら使う。
1年間続けてきた戦闘実践の中でも、まだできていないことは多い。
ザナトスが前の席から振り返った。
「望むところだな」
「まだ説明の途中よ」
エクリアが言うと、ザナトスは前を向き直った。
「分かってるよ」
クレイスはそんな生徒たちを見てから、話を続ける。
「もう1つ、4年から新しく始まるものがあります」
教室の視線が再び教壇へ集まった。
「4年からは、《遠征》が始まります」
今度は先ほどより大きなどよめきが起こった。
クロードも思わずノーゼスたちと顔を見合わせる。
学園の外へ出る野外実習は、これまでにもあった。
けれど、遠征という言葉からは、それとは違うものが始まるように感じられた。
「どこへ行くんですか?」
ガレスがすぐに尋ねる。
「それは、まだ伝えません」
「場所も日程も、必要な準備と一緒に説明します」
「今は、学園の外で学ぶ機会が増えるとだけ覚えておいてください」
ガレスは少し残念そうにしながらも頷いた。
ザナトスは待ちきれないように口元を上げている。
「外なら、もっといろいろできそうだな」
「何をするかも分かってないでしょ」
マミヤがそう返すと、近くの生徒たちが笑った。
「分からないから楽しみなんだよ」
ザナトスは悪びれずに答える。
クロードも、まだ見たことのない場所を思い浮かべた。
どこへ行き、何をするのかは分からない。
自分たちだけでは進めないことも、これまでより増えるかもしれない。
それでも、学園で身につけてきたものを外で試せるのだと思うと、胸が少し弾んだ。
クレイスが教壇の上の紙をまとめる。
「今日伝える大きな変更は、以上です」
「詳しいことは、これから1つずつ説明します」
「すべてを今ここで覚える必要はありません」
「ただ、4年はこれまでに覚えたものを、実際に使っていく学年だと考えてください」
教室の中が静かになる。
クロードは、その言葉を頭の中でもう一度繰り返した。
覚えたものを、実際に使う。
《サンダーボール》も、《サンダーアロー》も、まだ完成していない《サンダーランス》も、その中に入るのだろう。
「それでは、休み時間にします」
クレイスがそう告げると、張り詰めていた空気がほどけた。
すぐに教室のあちこちで話し声が始まる。
◇
ノーゼスが椅子ごとクロードたちの方へ向き直った。
「魔法実習がなくなるって聞いた時は、ちょっと驚いたな」
「なくなるんじゃなくて、戦闘実践の中に移るのよ」
エクリアが言う。
「それは分かってるけどさ」
「今までみたいに、1つの魔法だけ練習する時間は減るのかな」
クロードが呟く。
「必要ならやるって言ってたでしょ」
「うん」
「でも、使いながら確かめることが増えるんだろうね」
「お前の新しい雷も、いきなり使うことになるかもな」
ノーゼスが笑う。
「いきなりは無理だよ」
「まだ急ぐと崩れるから」
「じゃあ、急がなくていい場面を探せばいいんじゃない?」
エクリアが何気なく言った。
クロードは少し考える。
戦いの中で急がなくていい場面が、どれくらいあるのかは分からない。
けれど、仲間がいるなら、自分1人で全部を急ぐ必要はないのかもしれない。
「それも試してみたいな」
クロードが答えると、エクリアは満足そうに頷いた。
そこへ、ザナトスがまた近づいてくる。
「クロード、遠征でも勝負だからな」
「だから、何で競うの?」
「それは遠征が始まってから決める!」
「やっぱり順番が逆だよ」
ノーゼスが笑い、ザナトスも笑い返した。
教室の中には、去年までと同じ声が響いている。
同じ18人で、同じ固定班も続いていく。
けれど、教壇に立つ教師も、魔法の学び方も、これから向かう場所も変わる。
クロードは鞄からノートを取り出した。
開いた頁には、《サンダーランス》について途中まで書いた記録が残っている。
その次の頁は、まだ何も書かれていなかった。
クロードは白い頁に手を置き、少しだけ笑う。
4年で何を書くことになるのか、今はまだ分からない。
だからこそ、最初の1行が待ち遠しかった。




